第30話 近くなる距離
自分の家より広いと感じるリビングには余り物が置かれている訳では無いためか、広く感じる。その広いリビングと台所の近くに木製の四人テーブルがあった。
お腹を好かせた男二人で食卓を囲い、食器に盛ったオカズをひょいひょいと口に運び、最初は結構大きめな皿に山盛り盛られていたオカズの数々は、今ではほとんど平らげてしまっていた。
この広いリビングで、いつも早尾は1人でご飯を食べているのだろうか。
聞いてみることにした。聞いたところで何も出来ないかもしれないが、自転車で来るには難しくない距離なのでたまには一緒に食卓を囲むことが出来るのではないか。
「なぁ、早尾。晩御飯はいつも、どうしてんの?」
「ん?あー、うん。一人で食べてるかな」
「……。そうか」
「……あ。あー!でも今はもう慣れたって言うか!うん!」
何か誤魔化すようにへへへっとわざと作り笑いをする早尾。いつもの自然な笑みを見ていればそれが作り笑いかどうかだなんてお見通しだ。
「ここから俺の家まで、そこまで距離が遠くないんだよ」
「う?うん?」
唐突に俺が話題を変えたことに訝しんでいる。そんなことお構い無しに俺は話を繋げる。
「自転車とかだと通行費もかからずにこれる訳だよ。で、俺たちは男子高校生だから食べ盛りだろ?」
「ま、まぁ?そうだね、うん」
「なら、俺は自宅でご飯を食べて、その後自転車ここまで来て、一緒に晩飯を食べれるって訳だ。オマケに俺は運動もセットで着いてくる」
「……え?それって…、いや!いいよそんな気にしなくても!」
「俺は、早尾とご飯を食べるのが嫌いじゃないんだ。だから気にする必要はないんだ。俺がそうしたいんだ」
これは本心だった。
早尾に対して同情心がないかと問われれば嘘になるが、それでも俺は、俺の為に早尾と一緒に飯を食べる時間を共有したいのだ。
これは優しさではない。俺のわがままだ。
だから自分勝手だとか、自分本位と言われても仕方ないし、嫌だと早尾に言われたら素直に引下がるつもりでいた。
「本当に…、いいのか?」
「あぁ。俺かしたいんだからよ」
「でも、自転車って──」
「あー、もう。なんだ嫌なのか?嫌なら嫌って言ってくれ」
「そりゃ嫌じゃあ…、ないけど」
遠慮しているということはわかった。本気で嫌じゃないんだと言うことにホッとした。
「なら、いいだろ?俺がしたいんだよ」
「あぁ。よろしく頼む」
二人で一緒に準備した料理は、ペロリと平らげてしまい。
俺はいつも、誰かと飯の時間を共有していた。だから、早尾の寂しや経験した思いは当然俺にはわかりっこない。
それでも、今日という一日は早尾にとって楽しいご飯の時間だと感じてくれたなら嬉しいと思える。
これからも飯の時間を、1日でも多く共有出来たら────
ガチャガチャ。……ガチャり。
家の扉の鍵が空き、そのまま扉が開く音がした。
「あ、父さんだ」
早尾がそう言ったので、多分父親が帰ってきたのだろうと思い、リビングに入ってくるかと思ったので背格好を整え、ピシッと立っていたわけだが、どういう訳か部屋に入ることはなく、階段をのぼりバタリと扉が閉まる音がした。
そこから幾ら経っても降りてくる様子がないので、早尾に説明を求めた。
「あ、あー、疲れている日はあーやってすぐ部屋に戻って倒れちゃうんだよね」
「マジか。社会人大変すぎんだろマジで」
するとまた扉が開き、今度は母親かと思い再度ピシッとして待っていると、今度こそリビングの扉が開き母親と思わしき人が入ってきた。
「あー!君が話に聞く高梨君!へぇー!かっこいいじゃん?よろしくねー?」
俺とほぼ同じ高さに目線があるその女性は仕事によって溜まった疲労やストレスのせいなのか少しやつれ気味で、目の下にも少しクマが残っている。
しかしそんな元気がないイメージとは裏腹にバシバシと力強い平手で背中を叩かれる。い、いてぇ!この人なんだ!?見た目に反して元気ありあまってんじゃねーか!
「あ、あぁ。はい、よろしくです。今日は一日お世話になります」
ぺこりと頭を下げる。
「いやいや、気にしないで?むしろウチの
そのまま少し世間話を続けたあと、やはり仕事疲れがピークなのか、死人のように部屋から出ていった。
「いつもあんな感じなのか?」
「いや、いつもはもっと死人っぽい感じで帰ってくるから違うかな?」
「へ、へぇ。死人…、かぁ。」
「う、うん」
確かに、こんなに仕事を頑張っている姿を見たら「寂しい」とか「一緒に遊びたい」とかわがままなんて言えるはずもないよなぁと思った。
「でも、高梨を母さんにだけでも紹介できて本当によかったよ」
そう言われ嬉しくないはずもなく、俺の頬は意図せず条件反射のように勝手にグイッと上へと持ち上がっていた。
早尾宅でお風呂まで貸してもらい、ドライヤーで頭を乾かしてもらってから早尾の部屋に入った。
「お風呂頂きましたー」
「あいよー」
お風呂でさっぱりさせた俺は部屋で既に俺の寝る分のスペースを開け、布団を敷いてくれている途中だった。
「あぁ、自分でやるよ。ありがとな」
「ん?お客さんはゆっくりしてて」
「いやいや、ほら貸してくれ。なんせ今日お前熱中症でダウンしてるくらいだし」
「まぁ、そうだな。すまん、残り頼む」
お布団を引きながら時計を確認する。
十時半を回っていた。
早尾は熱中症でダウンしたらくらいだから、早めに寝てもらい回復してもらおう。
「タカナ氏ー?」
「ん?何?もう電気消すぞー?」
「あー!いや!ちょっ!まってまって!」
早尾が必死に止めるものだから一体なんだろうと思い見てみるが、何がいいずらいことなのか言い淀んでいた。
一体なんなんだ?
「あのー、ちょっとゲームしない?」
「ダメだ。はい、寝るぞー」
俺は早尾の呼び止めを聞き流し電気も消して布団に潜った。
「あー、ゲームしたかった」と早尾の呟く声を聞いているうちに意識は微睡みの中で船を漕ぐようにゆらゆらと揺れ、いずれ意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます