守りたいもの

第27話 暗闇に包まれた世界

 南と言い、三浦さんと言い、ギャルはこぞってゲームの素質があるのだろうか?南だけでなく三浦さんまで成長速度がこうも早いと流石に全員がそうなのではないのかと疑いたくもなる。


 そして同時に自分の下手さが体の髄まで浸透してくる。もう俺のメンタルはボロボロだ。ゲームでさえ中途半端だったとは、泣ける。


 しかし、やはりゲームのプレイが上手いともなると、2人ともこれまでゲームやアニメに触れてこなかったのが嘘のようにのめり込んでくれるのでは無いかと同時に期待もしていた。


 俺の番などすっかり忘れてしまったように二人ともゲームに夢中だ。あ、こら画面に顔がどんどん近ずいているぞ。視力が下がるからもう少し画面と目の距離を離しなさい。全く。


 などと、頭の中で注意をする(していない)。

 すると、ずっとこの二人が白熱した戦いを繰り広げているものだから全く気がつかなかったが、早尾が変に静かだなと思った。


 早尾はお茶を片手にギャルの二人と同様にして画面をみつめている。

 なるほど、二人のプレイを客観的に見ることで勉強しているわけか、と1人納得し俺もお茶をチビチビと飲みながらまたテレビ画面へと視線を戻す。


 それでも、完全に黙りだんまになってしまうのは何か腑に落ちないというか、気になるというか、やはり何処か体調が優れないのかもしれないと思い、早尾の方に今度は体ごと向いてみた。


 早尾は確かにテレビ画面の方に体を向け、そのゲームを見つめているようにもみえるが、視点は定まっておらず、心ここに在らずと言った様子で、意識がまるでここではない別世界に置いてきてしまったような、抜け殻のようにしてそこに座っていた。


「おい、早尾。おい!聞け」


 俺が何度か呼びかけても一切反応はなかった。本当にこの場所に早尾 拓という存在が確立しているのか不安に思うほどには、反応がなかった。


 俺は体をグイッと早尾方へと動かし、両肩を自分両手でがっしりと掴まえるとそのまま前後にゆさりながら言った。


「おい、お前大丈夫か!?なんかおかしいぞ!」


 いきなり俺が声を大にして喋るものだから、ゲームに熱中してた南も三浦さんも思わずこっちを向いてしまい、そのまま俺と早尾の交互を見比べている。一体全体どうしたと言った感じだ。


「…へ?あ、いや、大丈夫だよ。ははは」


 力なく笑う早尾の様子を見て、あぁそうか大丈夫かなんて思うはずがなく当然俺は異議を唱える。


「いやお前それ大丈夫じゃないだろ、ほら、もっとお茶飲め」


 俺は早尾が右手に持っているお茶の入ったコップを無理やり奪い取りそれを飲ませるようにして口元に持っていった。


 お茶は口の端から1本のハシゴを掛けたように重力に従って地べたへと落ちてゆく。口から漏れていたお茶が少量だったのが次第に増えていき、それが全くお茶を飲み込めていないことを意味していることに気がついた途端、慌てて早尾を見た。


 早尾は顔色を悪くしてぐったりとしていた。




 先程まで部屋でゲームの音と、南と三浦さんの声が鳴り止まなかったのに、今ではそれが嘘のように静まり返っていた。聞こえるのはエアコンがゴーゴーと機能している音だけだった。


 早尾をベットに座らせて、そのまま冷蔵庫から持って来たお茶をテーブルの上に置き、何度もお茶を飲ませていた。


 南と三浦さんは近くのコンビニまでポカリスエットを買ってくると言って、外に出ていた。

 当然彼女達にも熱中症にならないよう注意をして、お茶を入れたペットボトルを片手に買いに行ってもらった。


 俺は初めて早尾が苦しそうにしているのを前にして一瞬慌てふためきかけたが、女子が二人そばに居る状況が帰って自分を冷静にさせ、なんとか応急処置は出来たのではないかと自負している。


 早尾も先に比べて様子も落ち着いてきていた。

 しばらくして横にさせて、そのおでこに氷を沢山入れ込んだ袋にタオルを巻き付けて額に当てている。


 早尾の体をむしばんでいくのを直で見て、言葉にしがたい気持ちが胸の辺りで渦巻いていた。

 様態は少しずつ悪化していき本人に自覚がなかったのが何より恐ろしいと思った。


 俺たちが居て良かったと思ったが、同時に今日遊ばなかったらこうはなっていなかったのではないだろうかとも思う。


 それでも早尾は楽しそうにしていたし……。でも本当に、心の底から楽しんでいたのだろうか?

 ファミレスでは早尾の中学の同級生と思わしき人とバッティングしてしまい、更に早尾が愛用しているメガネまで壊された始末だ。思い返せば思い返すほど、早尾に無理をさせていたのではないかという疑念がふつふつと沸き立つ。

 一番楽しんでいたのは実は俺で、早尾はそれに合わせてくれていただけじゃなあいのか、と考えればキリがない仮定や想像が、余計に不安と罪悪感が俺を襲う。


 布団で横たわる早尾の方へと視線を落とし、苦しそうに顔を歪めている。


 大事な者を守ろうとしたはずが、傷付いてしまうのを目の前で見たあの光景が今も瞼に焼き付いている。


 早尾の顔に雫がぽたぽたと落ちていた。

 気がつけば自然と目から涙が零れ落ちていた。

 俺はベッドの近くに乱雑に置かれたティッシュ箱から数枚抜き取る。

 手に掴んだティッシュで早尾の色の悪い顔の上に落とした水滴を優しく拭き取った。

 拭い取る際、顔に傷を付けないように、ガラス細工を扱うように丁寧に心がけた。


 早尾は確かに体調を崩してしまった。

 だがそれは別に、早尾を失った訳では無いし、壊したわけでもないことは当然

 それでも涙を流した理由は、自分が自分を許せなかったからだろう。


 窓の外から見た景色は、室内同様に暗く闇で覆われているように見えた。

 時計は五時十五分を示していた。夏の五時は明るいはずなのに。

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