第20話 成功は失敗を兼ねる

 俺はあの男を退くしりぞくためには、会話のやり取りを録音してそれを警察に突き出すぞと言うつもりだった。

 証拠能力としてそれが不十分か否かは、ハッキリとしてわからないが、記憶した物とそれを警察に届けるぞという脅しで社会的に追い込もうと考えていた。

 そうすれば誰も怪我を負うこともなく穏便にことを済ませられると思っていたが、考えが甘かった。

 結果、早尾のメガネは壊れてしまったし、殴られた頬っぺたも少し赤く腫れてしまった。南も肩やら腕やらベタベタと執拗しつように触られていたみたいで嫌な思いをしていたに違いなかった。


 教室では早尾の勇気が皆を圧倒した訳だったが、俺には何もすることが出来なかったのだと痛感した。


「はぁー、マジ最悪だったわ。ほんとキモイ」


 思わず顔を上げた。南がさっきの男のことを侮蔑しだしたのだ。


「南さん、その大丈夫だった?」


「あ?いや大丈夫だけどさー、ほんと助けてよ」


「あ、うん。ごめん」


 南はあの状況で必死に自分なりに相手を拒んでいた。それでもガタイのいい男を相手にすればその程度の拒否反応など虚しく敵わない。

 だから俺達に助けて欲しかった、とそう言いたいのだろう。

 ただ早尾はあの男に対してのトラウマがあったのか、どれだけ南のことが好きであったとしても、自然と過去の経験則から相手に叶わないと判断し諦めていたのだろうことは想像に難しくない。


「で、あんたは大丈夫なん?」


「…え?え??あ、僕?うん大丈夫だよ!もう痛みも引いてきたかな」


 南は早尾からそっと目を逸らし外の景色を眺めながら早尾の心配を意味する言葉をかけてくれていた。

 早尾は心配してくれているのが嬉しのか鮮やかな笑みをたたえた。


「その、……ありがとな。早尾」


「いやいや、タカナ氏は気にしなくて良いでござるよ」


 俺が殴られるはずだったのを早尾が庇って殴られてしまったのだ、それもメガネは歪んでしまうし。本当に情けない気分だった。


「それに、僕は何も出来なかったけど、早尾がああやって勇気を持って行動してくれたおかげで彼が僕に暴力をふって、それから結果的に助かったんだからさ」


 はははと無理して笑う早尾を見て、そうだろうかと軽く首を捻って、一口コーラを飲んだ。


「ありがとうね。高梨」


 俺は思わず早尾の方を向いた。

 早尾はニコッと笑った。よく笑うやつだと思った。生きずらい世の中でもこうやって必死に生きて行こうと笑う人間が居て、その人間と巡り会えたことに喜びを感じた。


 確かに俺は誰も助けることは出来なかった。早尾も南も傷ついてしまったからだ。

 ただ結果的に言うならば、その行動のおかげで守ることが出来たと早尾は言った。そう言ってくれたのだった。


 俺はコップに残ったコーラを一気に飲み干した。

 一気に飲み干したコーラはすんなりと飲み干すことが出来たのだった。

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