第19話 ヒーロー
早尾のことを睨むその男は学ランを着ており、近所の高校の制服ではないことが分かった。その男が早尾を睨むので、何かしら縁のある者なのかと思い、誰だと言う意味を込めて早尾の方を見る。
早尾は泣きそうな顔を、無理して隠そうと頬をヒクヒクと引き攣らせて言った。
「宮川…君……」
宮川くんと呼ばれたその男は睨みつけていた目を狐のようにいやらしく細め笑った。
友達として気分も良くないので、俺はあんたはなんなんですかという気持ちを込めて、今度はその宮川くんとやらを見つめる。
「よォ、早尾」
俺の睨みは華麗に無視をされ、完結的に挨拶を済ました宮川はといえば、ぱっと俺と南を値踏みするような目で見てから、バカにするようにふっと鼻で笑った。
「お前、中学の時と違ってボッチ卒業したんだな?オマケにそこの女は可愛いじゃねえーか?えぇ?おい」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべながら南の空いてる席に無理やり座り馴れ馴れしく南の肩に触れようとしていた。
パチン!
今日聞いた音だ、とまず思った。
乾燥した肌と肌が勢い良くぶつかり合わさる音が店内に響いた。
店員も、店内でゆっくりしていた家族や学生も皆びっくりしてこっちを悪びれる様子もなく凝視している。
「いってーなー?えぇ?強気な女か?悪くないな」
ゲヘヘと低俗な笑い方をするその嫌な男は南に腕を払いのけられた。
早尾はテーブルの下でバレないように小さくガッツポーズをしている。どうやらこの宮川という男に対して、「南さんに触るな!」などと言えたら格好いいけど、実際にやるには勇気の必要とされるその言動を実行出来るほど相手は優しくない人間らしい。
俺はテーブルの下でスマートフォンをゆっくりととある画面に変えながらも宮川くんとやらに早尾の代わりに話をすることにした。正直、めっちゃ怖いし逃げ出したい。
「宮川くんは早尾のなんですか?友人……ではないですよね?」
「あぁ?あー、そうだな、友人……ではないな?なぁ?早尾」
「まぁ、はい……」
早尾は見るからに元気を失ってしまい、言葉も最後まで聞こえなかった。
過去に何があっただなんて俺にはわからないが、それでもいい話じゃないのは分かったし、それだけで十分だった。
「ね?名前なんて言うの?教えてよ、なんならLINEとか交換しない?へへっ」
「ちょ、やめろし。マジなんなんあんた?いらないからマジで!」
宮川とかいう男は、嫌そうに身をよじる南のことなどお構い無しでグイグイと積極的に絡みに行く。
それを横でどないしようもないと言った感じで堪えてただ見ている早尾の姿を見て決心が着いた。
つい思わず怯みそうになるのを堪えて、ぐっと拳に力を入れる。
俺は今度こそ、唇が震えることも、視界が涙で歪むこともなく真っ直ぐに相手を捉えて話しかける。
「あの!」
「…あぁ?なに?こっち忙しいんだわ、ちょっと黙っててくれや」
「……あの、正直、迷惑なので立ち去って貰えませんか?困りますので」
「ああ??何言ってんだお前、迷惑なのはお前だろーが。今連絡先交換しようとしてた所なんだよ!邪魔すんな!」
俺が正直に困っていることを本人に言ってやると、案の定逆ギレし、他の客に迷惑になることなどお構い無しで声を大にして怒鳴りつけてきた。
しかし考えてみればおかしな話だ。こう言った輩はいつも自分が正しいと信じて疑わないし、それを間違っていると指摘されるとほとんどが決まって逆ギレする。そうすることで自分に言い聞かせているようにすら今では思う。
なら俺がこの相手に対して怯む理由は何だろうか?良く考えれば何も怖くない。怖気付く必要も恐怖で唇を震わせて奥歯をガチガチと鳴らす必要も無いんだ。
俺は冷静になるよう自分に言い聞かせて、この場の状況を口に出して整理する。
「……ふぅ。……ここは、ファミリーレストランであり、今僕と早尾と南さんの3人で残り1人の友達を待っているんです」
「はぁ?だからなに──」
こういった輩は最後まで話を聞くことは無い。せっかちなやつが殆どだ。だからこの男相手に会話を合わせる必要は無い。自分のペースで、しっかりと現状を整理するんだ。
「そこにあなた、宮川くんは突如乱入してきた訳です。わかりますか?僕達は迷惑しています。ですので、速やかにここから立ち去ってください」
「何お前勝手なことを!──」
そこまで言って男はその鍛えられている腕をテーブルから身を乗り出して振りかざそうとした時だった。
その瞬間俺の頭の中は完全にクリアになったように晴れて、まるで快晴の日の青空のように澄み渡っていた。
店内全体が一瞬のうちに全て見通せた。店の奥で震える家族。何事だ何事だと興味津々な学生。間に割って入ろうか悩んでいるバイトの店員と思わしき人。全ての情報が一瞬のうちに頭の中に入り込んできた。
その中でテーブルの下でずっと先程までのやり取りを録音していたスマホを自分の顔の前に振りかざす。
男はそのまま勢いを止めることはなく、自分はこのまま強いグーパンチなんて生るいレベルの暴力を受けるのだと覚悟して奥歯をぐっと噛み締めた時、目の前に突然早尾の顔が現れた。
鈍い音ともに男の拳がのめり込んだのは俺の顔ではなく、自分のよく知る男の歪んだ顔だった。早尾が大事にしていたメガネも形を歪ませ空中に舞っているのが視界の片隅に写った。
その男が暴力を奮ったタイミングで流石の店員側も見ているだけでは済まなくなったのか、店長と思わしき人を連れて俺達のテーブルまでやってきた。
そこからは問題客が来店されたときのマニュアルでもあるのか、店長と思わしき人が特に問題もなくスムーズに話を穏便に終わらせ、そのままその宮川という男は姿を消した。
その後、頼んでいた食事がテーブルに並び、少し冷めたステーキを口に運ぶ。
いつもはおいしく感じるステーキもそこまで美味しいと思わず、なんの味も感じなかった。ただ、機械的にお腹に取り組むだけであった。
喉に詰まるステーキをコーラで無理やり胃へと流し込む。それでもまだ喉の奥に
俺は、早尾も南も助けることは出来なかった。その事実だけはやけにすんなりと飲み込めた。
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