勝負

第9話 勇姿

 昨日の空模様とは打って変わって、むしろ鬱陶しいとすら感じさせるまでに晴れていた。

 眩しい日差しの中鳴り響く蝉の合唱は、雨時とは違った騒々しさや快活をイメージさせる。


 蝉の大合唱をバックに、授業合間に勝負を仕掛けますは俺の友達、早尾 はやお たく

 これまで内気で俺以外に積極的に行動に移すすことが無かったオタク君にエールを送る。


「では…、行ってくるでござる」


 ゴクリと生唾を飲み込む音が俺にまで聞こえて来た。

 オタク君の勇姿を見届けるぞと言う意味も込めてサムズアップする。


 緊張してガチガチに固まっている姿に不安が募るが、その足は決して止まることなく、むしろ南が群れるギャルグループへと足を進ませる。


 オタク君が向かう方はと言うと今日も変わらずガヤガヤと賑やかだ。学校生活が充実していると本気で思っているその彼女らの振る舞いは、まさしくカースト制度においてトップに君臨するに相応しいであろう。


 ギャルグループに所属する南 朱里みなみあかりの他に、人数は3人いる。

 髪を金髪に染め上げている南が1番目立つのは仕方のないことだが、彼女以外の存在感も変わらず半端ないのでもう他のメンバーも劣らず目立ちまくり。

 名前までは覚えきれなかったが、苗字だけは確実に覚えた。


 高身長の背丈には似つかわしくない程に物静かなイメージ、 桜林さくらばやしさん。

 声が大きくゲラゲラ下品によく笑う姿を見る、高城たかぎさん。

 印象は薄いけど、校則ギリギリのオシャレを徹底している、この中で一番ギャルっぽい、三浦みうらさん。

 誰も彼もスラッとした印象を持つが、それに反して出るとこは出ていることから少しつやめいた仕草や風貌にドキリとする。


 オタク君の告白から、南が普段仲良くしている人との共通点や特徴などを探る為に観察していると、大体いつもこのメンバーで固まっていることがわかった。

 前々からギャルグループで有名だから分かりきっていることではあるのだが、念の為だ。



 オタク君が予想以上にガチガチで緊張していることからわかると思うが、俺は彼の傍におらず、いつも通り自席…ではなく、オタク君が普段授業を受けている席に腰を下ろしている。


 自席だとギャルグループから少し距離が近いように感じられたので、わざわざ移動したのである。

 俺が居てはオタク君の為にならないと思ったから仕方ないね。俺の方が目立っちゃったらダメだからね。


 何処に居ても目立つであろう彼女らが生み出す空間は他とは違ったものがあり、彼は今からそこに突入するのだ。それも、一人で。俺がそうさせた張本人なのだが、なんだか可哀想になってきた。ほんと大丈夫かな?ごめんな?



 あの中に一人で飛び込めと言った俺は確かに酷かもしれない。

 普段俺以外に絡みに行くことが滅多に、所か全く無い彼に、一人で話に行くのは人生で一番の難関になるかもしれない。


 文句も言わずに、なんてことは無く、何度もボヤいてはいたが、それでも最後は一人で行く決意を固め、彼は進むことを決めた。


 夏の誘いの答えを、返す。

 たったそれだけの事かもしれない。

 だが俺達には、たったそれだけの事以上の価値がある。それほどに大事なことであり、節目である。

 これが勝負、ここが勝負なのだ。


 彼にとっての分岐点になるかもしれないここで真摯に向き合う姿は、いかにも俺は真剣なんだと気持ちが伝わるようである。

 どれだけ太っていても、邪魔くさい存在であったとしても、それでも尚、素直に突き進まんする勇敢な彼の姿に賛辞を────



 クラスでも人際輝くグループの前で彼の足は止まる──ことはなく、大きい図体を支えている足は頼りなく震え、目的を忘れてしまったのか、それとも気持ちが揺らいだのか、恐らく後者だろうが、彼女らの横をすーっと通り過ぎてしまった。そしてそのまま彼は自然な流れで教室を出た。


 え、えぇ…。

 直前でヘタレてしまったのであろう彼の後ろ姿はあまりにも人間臭く、哀愁を漂わせる彼に呆れられずにはいられなかった。



 オタク君は、授業が始まる直前まで帰ってこなかった。

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