第6話 動物園のパンダ
長い長い一時間目の授業を終えるチャイムが学校全体に鳴り響く。
普段なら学校を超え、街全体に届いている鐘の音色は雨の音で掻き消されている。
登校中は気にもしなかったが、今日は街全体、学校内までもが全体的に暗く感じる。
普段の生活では味わうことの無い不快感。授業中にちらちらと各席から視線を集めている俺は、いつも以上にどっと疲労感が押し寄ていた。
朝から動物園のパンダのような視線に晒されていた理由は勿論一つ。
クラスの中で地味で特に何の特徴もない俺と、クラスどころか校内規模で有名なレベルの南 と同タイミングで入室、そして遅刻。
もう目立ちまくりだった。
妬みや疑惑の目を沢山向けられたものだ。
遅刻なんて生まれて初めてしたもんがら、ついうっかりしていた。南と一緒に遅刻すれば当然目立つし変な疑いもかけられる。先のことなんてまるで見越せなかった。
俺は普段から誰とも話すことが無いので、直接からかわれることも弄られることも無かった。代わりにひそひそとこちらを見ながら楽しくお話をしている者は居たが。
俺と違って人気者の南はといえば、それはもう敬いたくなるレベルで完璧な対応だった。俺の出る幕なんてまるで無い。最後には「階段で、ホントたまたまね〜」と人当たりの良い顔を貼り付けて、手を胸の前でプラプラと振って見事に収集して見せた。マジ助かります。
俺と南が教室に遅れて入って来てから授業が終わった今の今まで、妬みや疑惑の目を未だに飽きもせずずっと俺に向け続ける者が左隣の席に一人……。
「タカナ氏〜?一体どういう事でござるかっ!!?」
凄い迫力に思わず息を飲んだ。
唾が口から飛び散るのが目視できる程に勢いがある。正直ばっちい。てか唾俺にかかってんだけど?汚いよ本当に。気おつけてね?
「あー、まぁ落ち着け落ち着け」
「落ち着いていられるかーー!」
うがうがふがふがと怒っているのを体全体で表現している。巨体故に暑苦しい見苦しい。やめてやめて目立つから!また目立つから!もうこれ以上目立ちたくないから!恥ずかしい!
「わ!わかった!せ、説明する!だから一旦落ち着いてくれ?な?ほら、目立つし」
やっと落ち着いたオタク君は一息ついた後、メガネをクイッと上げて、レンズをキランと光らせた。
「……説明をkwsk」
「あぁ。その前に場所、変えないか?」
流石に教室でこの話をするのは駄目だ。折角の南の対応が全て水の泡になる。
あくまでも俺と南は偶然遅刻者同士階段でばったり会ったので教室に2人で一緒に入った事になっている。
その折角のフォロー台無しにしてはならない。なら場所を変えるのが筋というものだ。
俺とオタク君の2人は早速教室を出るため動き出そうとしたその時だった。
「おらお前ら席につけ〜?今日はすまんが内容が多いから早めに始めさせてもらうぞー?」
ガララと派手に扉の音を立てながら姿を現したのは、地理の教科を勤める梅田先生だった。
足が長く紺のスーツが良く似合う人だ。地理を受け持っているが好きなのは歴史で、授業は気づけば歴史の話にすり変わっていてそれが結構面白くて有名。
えー、と皆が文句を垂れながらも教室は慌ただしく動き出す。素直に言うことを聞くのも人気の秘訣なのだろう。
用意を既にしている者は自席に着席し、未だに出来ていないものは後ろのロッカーまで足を運ぶ。
俺達は教室を出ることを諦め、大人しく席に着くことにした。
「よーし!ん?そこの席は休みかー?トイレかー?わかるやつ教えてくれー」
やけに間延びした声が教室を反響する。先生の問に誰かが答えるているのがわかる。
先生の掛け声と同時に今日はいつもより早くに授業が始まったのだった。
あ、授業の用意してなかった…。
× × ×
朝から雨が降っていて、辺り一面雨雲が行き渡っており、太陽の光が届くことは無かったのが、嘘のように晴れ渡っている。
いくら途中から晴れようが、朝に雨が降り続いてた事実が覆されることは無い。雨によって濡れた地面やグチャグチャになった水溜まりだらけのグラウンドは、乾くことを知らない。…少しは乾いているかも?
やっとの思いで終わった1日にさようなら。
朝からジロジロ見られていたストレスも含めて、俺は普段より数倍ウキウキ気分で帰宅する。
そして、その横にいる1人の…、早尾 拓。オタク君と呼称を使い過ぎるあまり、たまに名前を忘れかけるので気おつけよう。
授業と授業の合間に結局話すことは無く、昼休みも人が教室から居なくなることは無いので、放課後まで登校時の話を詳しく説明することは無かった。
その為か、彼はまるで、クリスマスプレゼントを貰った小学生の面持ちのように、買った新しいゲームをやりたくてやりたくて堪らない高校生のようにして俺の横に並んでいる。
「さぁ!高梨!教えたまえ!もう周りにウチの生徒の姿はない!!さぁ!!早く!!」
いつもより迫力が凄いオタク君に圧倒される。す、凄い気迫だ。相変わらず唾が飛んでくる。ばっちい!
「あ、あぁ。すまんな、放課後まで我慢させる形になって」
好きなあの子が、まさかの応援役を名乗る俺と一緒に登校(?)兼、遅刻をしていたらそりゃあ心配になるはずだ。
彼の危惧しているであろうことに罪悪感を抱いていた俺は先に謝ることにした。
「そんなのいいから!!早く!!」
謝る必要がまるでなかった。ガチのヤツだ。そういう顔をしている。正直怖い。
「あ、あぁ。わかった。実はな──」
俺は、朝雨が降っていることに気づかなかったこと。そして登校が遅れたこと。道中で南と偶然会ったこと。無理矢理一緒に登校させられたこと。
オタク君に事の
「……」
息を、していない…だと?なんてことはないが、反応が一切として無いことに不安を覚える。
だ、大丈夫か?と、声をかけようとした時、聞き漏らしたが、彼が何か言ったようだった。
「羨ましい…」
彼は声を震わせながら、目から雫を零す。零した雫は重力に従って、地面に落ちた。
泣いていたのだ。まさかの、泣いていた。
いや、ちょ、ま、まって!え?泣いてんの?マジ?高校生が?うそだろ!?
「え、ちょ、え?いや、まじごめん。なんで泣いてんの?え?え?ごめん、ほんとごめん。なんかごめん!」
理由は思いつくものの、それが泣く程のものなのかと驚き、つい焦ってしまって、どもりながらも取り敢えず謝った。
「本当に、その、なんかごめんな?」
羨ましいと口から零しながら静かに泣いている。
本気で恋をしているのだから、おかしいことは無いだろうと背中をさする。まぁ泣かせたのは俺なわけだが。正直、複雑だ。
彼が落ち着くまで、取り敢えず背中をさすってあげようか。
話の続きはそれからにしようか。
彼にとって飛びっきり嬉しい情報は、泣き止んだ後に伝えるとしよう。
晴れ渡っている空の下、水溜まりをあちこちに作る地面の上を、俺達は行く。
恋の行方は、誰にも分からない。
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