第3話 まさかの機会
教室に入るための扉を片手で開き、いざ入ろうとする。
その瞬間、目の前には金髪で染めあげられたしなやかな金の頭髪が映る。
俺とオタク君はぶつかりそうになり思わず立ち止まる。
教室の扉を開けた先に居た人物はまさかの、オタク君こと 早尾 《はやお》
「…!?」「んなぁっ!!おっ、おっ…!」
俺達2人は声とも言えない情けない鳴き声をあげる。
扉を開けた目先にいきなりその姿が現れるもんだからビックリしてしまった。つい咄嗟のことに反応がしきれなかった。
それでも相手からすればなんとも無いようで、平然とした様子だった。むしろ俺達の様子を見て心底気持ち悪がられているようにも見える。
「うっわ…何今の、きもっ…」
俺達2人を、特にオタク君のことを家畜でも見るかのような冷酷な目線で睨み付ける。
そこには一切の暖かさを感じず、生きた心地がしない程だ。
同い年とは思えないその表情に思わず俺は後ずさりをしてしまった。本能的にこの女から逃げろと警告している。危ない。この女は非常に危ない。
その気になれば俺達を完全なる豚に仕立て上げることは造作もないかもしれない。いや物理的な話じゃあないけれども。
電車でうっかり女性の肩とか手とかに触れてしまったサラリーマンがドキリとする背景が脳裏を
目の前が真っ暗になるも同然だ。金も取られて気がつけばそこは警察署だ。
豚箱行きならばそれはもう実質豚じゃあねえか。
そして職場にまでその話は届き、完全に最悪ムードで悪評が
そんな絶望のどん底を垣間見た俺とは別に、オタク君はと言えばそのギャルの冷たい態度に物凄く興奮しているようだった。
興奮…?それはおかしい、見間違いかと思った俺は顔ごとオタク君の方に向けた。
眼鏡の奥にある狐の目のような細さが、今では凄く大きくかっぴらいており南の姿を脳に刻まんとする意図が読み取れた。
恋は盲目、とはよく言ったものだ。
何でもかんでも自分にとって都合のいい解釈を自動的に行うということは、自身を保護するには凄く理想的と言える。
さっきの南の俺たちを見下したかのような態度は気に触っていないらしく、むしろこの機会を好機と踏んだようだ。
しかし、俺としてもここまで近くの距離で彼等のやり取りを眺めることが出来るのは好都合と言える。
俺もついでに南の姿、特に顔より少し下をチラッとバレないように盗み見る。ほほう?これは素晴らしいものをお持ちのようで。
「高梨、と、早尾……だっけ」
「あ、あぁ」「そ、そう…です」
丁度俺と目線の高さが同じなことを知った俺は彼女の瞳に目線を戻しながらも、彼女から放たれる威圧に思わず怯む。それはオタク君も同じようで、言葉が少し震えている。
震えながらも、ここを好機と見たのか頑張って言葉を紡ごうとするのが伝わって来た。
「ごっ!んんっ!…ご、ごめんね?少し驚いてしまっただけなのだ。別に他意はないのである」
いつもと違って自分のいい所を見せようとしているのかキャラがぶれているように感じる。
敬語なのか何なのかよく分からないそれで構成された文章に思わず苦笑を浮かべてしまった。
「ふーん。んなの見ればわかるでしょ。じゃ、退いて。ジャマ」
オタク君は少しでも会話を続けたかったのだろう、南が早々に会話を露骨に終了させようとすると少し落ち込んだ。
俺は特にノーリアクションでとりあえずお互いがどういう関係性に位置するのかを見極めるべく大人しくする事に決め込んだ訳だが、この状況をみるに、誰が見ても悪いと判断を下すのに難しくはあるまい。
やはり無理なのだろうかと思った刹那。
「あ、そだ。ついでだし聞いとっか。今度クラスの皆で夏遊ばね的な話なってんけど、あんたらどーすんの」
何か呟いたと思ったら、とんでもない誘いを受けた。聞いた事すら無かったが、どうやら夏休みの間に遊ぶという話が進んでいたようだ。
突然の話に理解が出来なかった。遊びの話にクラスで孤島を作る俺達が、誘われるだなんて思ってもみなかった。
チャンスだ、これは神が与えてくれたチャンスなのだ。そうに違いない。
オタク君に目線を送る。
俺が返事をしてはいけない。応援役は決して、その領域に踏み込むことは許されない。
ならこのお誘いの返事は、主役であるオタク君が返すべきだ。
俺の思いは伝わったようだ。オタク君は頷く。
「いえ、結構です」
俺は物凄く間抜けな顔をしていたと思う。開いた口が塞がらない、初めての経験だ。
その口を自力で元に戻してやっとの思いで反論する。
「いや何言ってんだよ!折角だからここは行くべきだろ!?」
「…いや、でもクラスの皆いるわけなりよ?んなの無理ポ!」
なるほど。オタク君の言いたいことは凡そわかった。いくら南との接点を欲しているとは言え、クラスの全員が来るのだと言うのなら、話すタイミング、アプローチ、その他諸々の条件が厳しくなる。その上俺たちの存在は明らかに浮くのは間違いない。
しかし、だからこそ俺たちが今ここで誘われているのだということを忘れてはいけない。
個人的に誘われるということは、この先ほぼゼロに等しいだろう。
だから仕方が無く、ここは俺が代わりに手助けしてやることにする。あくまでも俺は手助けであり、するのは補助。
彼に無い部分、欠けている所を埋め合わせることのみが役目。
南はYESともNoとも言えない俺達に苛立ちを表して急かす。教室に掛けられている時計をわざとらしく見る動作で早くしろと示唆している。
オタク君がNoとは言ったがそれで決定にする訳にはいかない。これはチャンスなのだ。
しかしだからと言って俺がここで南にとって印象的な存在であって欲しくはない。
「早くしてほしーんですけど。私暇じゃないから、何?来ないの?どっち?」
南は答えを求めているんじゃない。多分だが、俺たちなんかよりも昼のこの時間を優先させたいのだ。だから急かす。
さっき南は「ついでに、」と俺達を誘ったんだ。元々誘うつもりだったかどうかはさておき、俺たちはついでに過ぎないのだ。
ならここで俺が少し目立った行動をとってもそれは俺達にとっての主観でしかなく、彼女からすればほんの僅かの出しゃばりでしかない。…はずだ。
ならここで俺が取る答えは一つだ。
「あー、すまん。…少し考えたい。だからその遊ぶ日時とか詳細を詳しく教えて欲しい」
「めんどくせー。……えー、夏休み入ってすぐの26日。時間はまだ決まってないかな。場所は相澤の家が経営してる居酒屋でって感じ。まぁ、とりまLINEっしょ。どせグループでメッセ来るから」
なるほど。夏休み入ってということは、7月の26日か。来週の日曜日だっけか、確か。
相澤?と言えば、確か同じクラスの…サッカー部のやつだっけか。たしか少し大人しめで誰にでも優しくしてくれる良いやつ。
情報を聞き出した俺は、その日の予定があるかの確認を行い、その上で判断したいという考えを持っているかのように装う為に次の質問へ移行する。
「じゃあ、明日の朝でいいか?それまでに決める」
「りょ。そんじゃね」
短い返事をして南は手をヒラヒラさせ俺達の横を通り過ぎて教室を出た。
俺はオタク君以外との久しぶりの会話に疲労感を感じながら、ひと仕事した自分を励ます。
するとオタク君がおもむろに声をかけてきた。
「タカナ氏タカナ氏」
「ん?なんだ?」
今日の朝の会話もこうだったな、とか頭にどうでもいいことを浮かべながら適当に返事をする。
「LINE、もってるん?たしかタカナ氏この学校で僕以外に持ってないんじゃあ?当然、僕もないお」
あっ…
「あっ…」
「……」「……」
俺達はその事を一旦置いといて無言で自分達の座席へと戻った。
× × ×
今はLINE繋がり無論無い事件を蚊帳の外へと追いやって、話に花を咲かせる。ちなみに俺達2人の会話で咲く花はラフレシア。
「はぁ〜。可愛かったお〜。まさかあんなに間近で拝められるなんて!」
今俺たちは何時もより少し遅れたランチタイムを取っている。
今日のランチタイムでの1番のメインはハンバーグ!と、主旨は先程夏休みの集まりに誘ってくれた南のことだった。
話の機会をオタク君から奪ったのは申し訳なく思い、折角のチャンスを奪う形になってしまったことに罪悪感を感じた俺は謝った。
しかしオタク君は特に気にした様子もなく、個人的に誘われることは皆無だろうということに気づいたみたいで逆に感謝された。
「にしても〜!タカナ氏に早速フォローされちゃうとは。ほんと助かったぽ」
「応援するって言ったろ。当然の事だろ」
「てっきり自信付けてくれる係かと思ったけど、違うんだね。僕のカバーまでしてくれるとは」
俺の答えに間違いはなかったみたいで安堵する。もしこれでオタク君が俺に対して嫉妬や怒りの感情を覚えてしまったなら失敗だったと言える。
「ちなみにだが、LINEのことやらYESと南へ伝える事もだが、全部お前がやれよ」
「あー、うん。自信ないけど自分のためだしね!やるお!」
前向きに考えているのはいい事だ。変に卑屈になる必要はないし、どんどん攻めていかないと他にも狙われている可能性のある南は誰かに盗られてしまうからな。
ここで勘違いをされては困るので、念の為補足をする。
「俺はその話に着いていかないぞ。1人でその主旨を伝えろ」
「えっっ!……えぇー」
俺の発言に驚いたオタク君は一瞬大声を上げそうになるもそれをギリギリのところで押し留めた。
「あったりまえだろーが。俺がそこまで着いて行ってやる義理はねぇーよ。遊びについて行ってやるだけ感謝しやがれ」
そうだ。元々こんな話は俺には関係の無いことで、もし今朝の話が無ければ一蹴りだったに違いない。俺は煩いのは嫌いだ。うるさいのは心中だけでいい。
「それに、さっきの会話で1番印象的だったのはオタク君よりも俺だった。元々頑張るのはお前なんだから、俺じゃなくお前が頑張るんだよ」
「確かにそうだけどさぁ〜。別に僕1人じゃなくてもーいいじゃまいかー」
「遠くで見守っててやるからそれで堪忍しろ」
よっぽど1人で声をかけるのが不安なのかどうにかして俺も傍にいてもらうようにしようと声をかけてくる。
すぐ傍には居られない。俺は少し遠くの場所で見守ることに徹底する。深く干渉してしまうのは応援役としては本末が転倒してしまう。
万が一でしかなく自意識が過剰なだけかもしれないが、ギャル娘が俺に惚れてしまったり気になってしまえば意味が成さない。そのための距離感なのでしかない。
俺は傍観者であるべきなのだ。
「よく考えろ。もし俺の方に気が行ったらどうすんだよ。ちなみに、俺は告白されたら即オーケーだ」
全くそんなつもりは無いが、敢えて危機感を漂わせることでオタク君の気持ちを揺らす。
オタク君は沢山唸った後で、やっと言葉が続いた。
「うーん。確かに。それも一理あるなァ。分かった!僕一人で明日声かけるよ!!」
そう言ったオタク君は覚悟を決めたのか、ふんすと息を荒くして拳をぎゅっと握る。
俺は応援役らしく、声をかけることにする。
「あぁ、それがいい。精々頑張れよ」
オタク君は明日のシュミレーションでもしているのか、どんな風に声をかけようか、どんな話題をしようかと、脳内で試行錯誤しているみたいだ。
俺は決意を滾らせるオタク君を他所に、何処へ行っていたのかクラスに南が帰ってきていたようで、遠目からその南が所属するグループを盗み見る。
そのグループから少し、見られた気がした。が、誰を見てもこちらを見ている様子はなかった。気のせい、か。
目立つそのグループはクラスの前の座席の方できゃっきゃと騒いでおり心底愉快そうに楽しんでおられる。
今更だが、南の彼氏の有無が気になった。もしも南に彼氏が居たらオタク君はもう詰みと言える。
そんな最悪の想定に、オタク君は気づきもしないで今も楽しそうに思考を巡らせ、ブツブツと自分の考えが口から沢山漏れだしている。
その時はその時かと空になったお弁当を閉じ鞄の奥底へ乱暴に突っ込んだ。
オタク君はまだ、空になった弁当を閉じないで明るい未来に胸を含ませている。一緒にお腹も膨らんでいる。
× × ×
昼休みが終わった後、時間が消し飛んだかのように授業が終わっていった。
放課後がやってきて、この後カラオケや部活やデートやなんや各々が過ごしたいように過ごしている。
勿論俺は特に用事もなく選択肢は帰宅1本。
俺とオタク君は帰る方面が途中まで同じなので、その場所まで一緒に帰路へ着く。
帰宅の道中、明日の朝、南は遅刻せずに学校へ来るのかと心配になりながらも、まぁいいか、何とかなるだろうし、まだ7月も上旬、時間はある、頑張れオタク君、と心の中で完結してしまい応援するのだった。
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