Ally-33:厳正なる★ARAI(あるいは、走らなYinYang/オンザラン)


「こ、こんな点数……プロでもない限りありえな……いやプロでもそうは無い評点……い、いったいこのコにはどれだけのダメ人間の素質があるというのぉぉぉぉぉんッ!?」


 割と佇まいとかメンタル構造とかが尋常では無いお人から、そんな尋常ならざる雄叫びを投げつけられるのだけれど。プロって。ダメ人間で、それで口に糊できる人がいるっていうの。いやまあ、確かめたくもないことなので流した。それよりも。


 当の僕は、ダメなエピソードを撃ち放ったことによって、何と言うか、開放感みたいなものも味わっていた。毛穴が全部開き切って、外界からの新鮮な空気を全身で取り込んでいるような、そんな爽快感。と、


「が……ッジロー……ッ!! さ、流石ば『1Q85団』の『存在感の無いエース』と呼ばれるがばいはあるっちょなす……」


 アライくんからの、珍しくの手放し称賛が僕に為されるのだけれど。でもそんな二つ名は初耳学ですぞぉ……一方、


 すごいすごいよぉう、と、三ツ輪さんも天上のことほぎのような、丹田辺りにずんと来る無縫の笑みにて僕を迎えてくれる。母さん……掴んだよ僕はこの手で。幸福という名のあざなえる縄の一端を確かに……ッ!!


 完全に調子に乗りつつある僕の精神メンタルであったけれど、そういう油断とか増長は禁物だってば。何をこれまでの人生で学んできたんだ。一度思い切り深呼吸して落ち着かせてみる。はたして。


「……評価者は自分の持ち点『100pt』の他に、課金によって得た『有償pt』を上乗せして評価することも可能なのよぉん……自分の『推しダメ』とかを押し上げる時とかにねぇん……んでもこんな野良対局でそこまで目の肥えた評価者からptを突っ込ませるなんて、ジロちゃんは本当にドエラい人材だったのねぇん……」


 ジョリーヌさんの心底感心したみたいな口調もその内容も、まあ良くは分からなかった。ただ現在いまひとつ切に感じているのは、この場からの穏便なる離脱に他ならないわけであって。ゆっくり慌てずに、ぴったりと尻の全体が嵌まりこんでしまったソファより、慎重に体を離していく。


 とにかく無事に帰ることが出来そうで、そのことだけに有難さを感じるほどまで追い詰められていた僕であったけれど、


「んそれじゃあこれは『売約済』ってことで処理しとくわぁん……流石に持って帰るレベルの重さじゃないから、送ってア・ゲ・ル。ここにジロちゃんの住所と電話番号を書いてねぇん」


 と、むふむふ言いながら巨顔の相好を崩しながらそう何らかの用紙とペンを差し出してくるものの、住所とかを開示するのは何となく怖ろしい気がしたので、学校のそれをさりげなく書き留めておいた。


 じゃあ「代金」の一万円を……と思って僕が擦り切れたジーンズのポケットから財布を出そうとしたら、いいのよいいのよぉんと流し目を使われながら押し留められた。


「さっきの『12,000』なんぼの評点……余剰分を『有償pt』として換算すると、ちょうど『12万』くらいになるのよぉん、だからもう、タダで譲るわぁ。盛り上がるといいわねぇん、文化祭」


 にやり、と歪み笑ったその巨顔はやっぱり精神の奥深いところを不穏に刺激してくるのだけれど。それでも僕はなんかこの人に親しみなんかを感じ始めてきてしまってもいるわけで。いやあかん。すぐにいい方へいい方へと流されてしまうのは僕のダメな癖だ。


 ……得難いクセかも知れないけれど。


「ほじゃがば、用事ヨンジがば済んだちょこで、つんぎの目的地ば目指して旅を続けますがねぃ」


 と、得難い人材がすぐそばにいた。アライくんはどういうスイッチが入ったのかは分からなかったけれど、また顔をくしゃと歪めると、好々爺のような御老公のようなシメを放つのだった。うん……まあもういいや、機嫌よさそうだし。とか思っていたら。


「……ん何か入り用のモノあったらいろいろ紹介できるかもよぉん? アタイこう見えてもここらのカオだしねぇん」


 ジョリーヌさんから、そんな御都合のよろしき台詞の如きの言葉がぬめりと出て来たのだけれど。


 ええとファミコンの本体とですね、つなぐ奴をですね……とかあまりの事に言い淀む僕を置いて、オッケーオッケーここ、アタイの名前出せばおまけしてくれるかもねぇん、との即応の、またしても御都合なことを端末の画面を示されながら言われた。おお、またしても幸運のターン……ッ、ありがたくそのお店までの経路を送ってもらうと、ようやく立ち直りを見せてきた噛ませ双犬ケルベロスたちに肩を貸しつつ、機械音が鳴り響くその店舗を辞する僕ら。


 こうして。


 いっときはどれほどの混沌カオスへと突き落とされるか分からんばかりだった怒涛の展開ではあったものの、何とか目的を果たすことが出来た。


 その後、僕らは難なく残るお目当てのものを軽々GETすると、あれほど都会に怖れ用心していたのもどこへやら、ゲーセンやらカラオケやらメイド喫茶(自分らもメイドだったけど)へと繰り出しては、存分に楽しんでしまったりするのであった……


 この時は。


 ……のちにあんな事が起こるなんてことは、微塵も考えていなかったわけで。僕も三ツ輪さんの隣で浮かれながら、まさにの青春アオバルを満喫するばかりであったのだけれど。


 ともかく。


 例のA★M★N★Cはその後も続けられ、さらに僕には、ジ、ジローは脂肪の下に筋肉をつけたらがば、最強の恵体えたいたい……みたいなちょっと意味の分からないことを言われてパワー系の「修行」も課せられたりしたけれど、その日頃の運動が実を結んだか、これまでの人生で最高位である徒競走2位の偉業を成し遂げ、騎馬戦ではアライくんの脚となって四騎がとこを討ち取り、三ツ輪さんの天上の声援ヘヴンリーチアーを受けつつ、最後の棒倒しでは不動の棒の番人としての仕事を全うし、クラスを優勝へと導いた体育祭ぃー(たいいくさいーッ)……


 ‘85年がば、阪神タイガース日本一の年がばい、甲子園行かんでどげんかせんと? という強引な誘いだったけど、三ツ輪三姉弟も同行するという、おまけ二人に目をつむれば夢のようなツアーを催せた夏休みぃー(なつやすみーッ)


 いつか語られる時が来るかも知れないけれど、概ねそんなリア充した高一生活ライフを送っていたわけであり。


 そんなこんなで、尺を気にするかのような端折り方はもちろん気のせいに過ぎないわけだけど、あっという間にも遂に、我が「1Q85団」の最終目標たる「1Q85祭」をぶち上げる文化祭まで、残る三日と迫っていたのだった……


 10月8日、水曜日。


 その日もごくごく普通の日常となるはずの日だったのだけれど。


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