Ally-07:現金なる★ARAI(あるいは、房総着火/インフェルノォォォォオオイド)


 春日井かすがいさん家は、ゴミ屋敷と言うほどには壮絶では無かったものの、居室や廊下にまでびっしりと物が置かれているという、整然なモノ屋敷といった風情の佇まいであった。よその家特有の何とも言えない匂いが立ち込めていていたけど、お香のものだろうか、嗅ぎ続けていると何だか眠くなりそうなそれは、懐かしさみたいなのも感じさせてきて何となく落ち着く僕がいる。


 おっさんには8年も前に先立たれじょるん、娘らも東京とインドネシアばに嫁いだるはが、ま、あんばじここには寄らんだっちゃじ。去年の暮も友達のフサちゃじゃば呼んで蕎麦ちと酒がので越したんよ……との細を穿つ身の上話の合間合間に的確に細やかな指示を出され、それを機械マシンが如くの真顔で従い、結構広かった家の片づけないしは庭の雑草むしりを行うといった大枠で見ると僕らにとっては(特に僕にとっては)不要不急な作業に先ほどから何でか従事しているわけで。


 「不要物」に関しては、特に、用途不明であるところの服でも雑巾でも無い何と言うかもう「布きれ」としか言えないような布系統と、二年くらい前のまで綺麗に畳んで取ってある新聞紙とか、裏紙として使用するにも腰を据えて写経かなんかに勤しまないとお迎えが来る前に使い切ることが出来ないんじゃないかくらいの、全てをひとところに積んだら自分の背丈よりも高くなりそうなほどの物量を誇るチラシ群とか、年月を経て独特な香りを醸している黄ばんだ包装紙・紙袋なんかの紙系統が多かった。


 最初の頃こそ、これはそこじゃご、それはあそこにちゃ、みたいに逐一指示を飛ばしていた春日井さんも、一時間くらい経つと明らかに疲れてきたのか面倒くさくなってきたのか、それよりも遥か以前に飽いていたアライくんが、こ、こんば燃えやっそもんばき囲まれちょっじょぉ、小火ボヤでもごんごごんごようき燃えそうやざ、ぞ、葬儀ぞんぎー遺品整理いびせろぅもやる手間てんまが省けるとぉとが、まっことエコですなぁ……みたいな、遠回しのようで最短距離を貫く珍しい変化球的な嫌味を放ったことも手伝ってか、じゃ、じゃあ全部捨てとくりぎ、とのことになって結局それら結構な重量のブツたちを庭まで運び出すのにまた余計な手間がかかってしまう。


 目当ての物のために普段見せない熱意で頑張るアライくんと、骨折り損がハナから確定していたところにさらに上乗せされつつあるタチの悪いカラス銭のような負の利息にあえぐばかりの僕とが、噛み合わない協力のもと、何とかひとしきりの目途がつくところまで作業を終わらせたのは午後七時を回る頃だったわけで。


 ……例の件はうまくいったの? と、暗闇に包まれ始めた縁側に腰かけて、早々に出されたお茶といちご大福をそれぞれ両手に持つという食いしん坊的な召し上がりを始めた相方になるべくそうぼかしつつ聞いたものの、怪訝そうな顔を咀嚼しながらされただけで埒があかなかったこともあって、「ウォークマンの件」と小声で耳打ちすると、わが、声がでかにきがぃッ!! とこれでもかの大声で返され、ついでにその手に持った茶碗から滴った熱めの出涸らした煎茶が僕のつなぎの右腿付近に静岡県の形に似た染みを形成していく……


 その、肌に密着してこようとする執拗な熱さと、ご安心めされい万事ぬかりは無いでござるよ、とのおどけた文句で返答されたこととに、硬質ワイヤーで出来ていると自負する僕の堪忍袋の緒も限界ではあったけど、サムズアップと同時に為された、両目を思い切りつぶり前歯が剥きだされるという、足小指を引っ掛けぶつけた痛みに耐えているような表情カオにしか見えない、残念にも程があるウインクを至近距離でかまされたことで、込み上げてきていた怒りは相殺され対消滅していくのだった……


 ともかく。


 WINカスガイWINアライLOSEボクにて終結した此度の件だったけれど。


「……そう言えば、帰り際、春日井さんから何か貰ってなかった?」


 徒労感に背後から手際よくコブラツイストを掛けられるような感じで、身体の自由もままならなく駅までの道をよろよろ歩く僕の先を、生まれたての小鹿のようなぎごちないスキップをしながら、行く闇に溶け込みつつある灰色のつなぎの背中にそう声を掛ける。と、


「……充電器がば。こいは『ガム型』ちゃ呼んばる充電池で動くんばと。それ用の奴やが」


 思いもよらずそんな静かな口調で返されたことに驚く。その内容にもだけど。と、


 バレちょったがばんなぁ、ま、そんでも見逃みんのがしでばくれちょ上に、こいもくれるっぱと、ながなかに、あんババァも粋な事をしよるもんじゃがに……


 まあ全てはあの春日井さんが一枚上手だったという、そういうことだったんだろう。でも作業中とか、縁側で一緒にお茶飲んでる時とか、アライくんはずっと春日井さんの話す昔話を、過分に過ぎる反応リアクションながらも、ちゃんと聞いててあげてたからね。娘さんたちが寄り付かなくなった今、春日井さんはそのことが嬉しかったんだと僕は思う。


 お目あてを手に入れてほくほくしているその現金なアライくんの軽やかな背中を、僕は少し頬が緩んでしまうのを自覚しながらも、何とか体を引きずるようにして追いかけていく。

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