第16話 倉庫にて

海の匂いがする・・・ここは、港にある倉庫だろう。


咄嗟に息を止めたので、あまり薬を吸い込まなかったつもりだが

それでも、少し眠っていたようだ。


ボーっとする頭を少しずつ覚醒させていきながら、周囲の音に耳を

すました。


今、この場には私以外いないようだ。


少しずつ薄く目を開けていく。


コンクリートの床に手足を縛られ寝かせられている自分の姿に

軽く「チッ」っと舌打ちが出てしまう。


龍生と一緒にいるようになり、私にも龍生の癖がうつったようだ。


暫くすると、何人もの足音と話し声が近づいてくるのが分かった。


ガチャ


古びたドアが開くと、女が3人に男が5人部屋に入ってきた。


すると、リーダー格の女が口を開く。


「お目覚めのようね、気分はいかが?」


「こんな事されて、気分がいいはずないでしょ。」


「そう、それは残念だわ。

 久しぶりの再会がこんな形で悪いわね。」


「私は二度と会いたくなかったわよ・・・美乃里。」


そう、今回の主犯はあの美乃里だった。


昨日の京さんから聞かされた内容はこうだ。


きっかけは、愛美の龍生への恋。

まあ、肩書や顔に惹かれただけだろうが・・・。

そこに、美乃里が絡んできた。

美乃里は私がいなくなってからも姫としてガーディアンにいたらしいが

私を追い出した一件が、自作自演とメンバーにバレてしまい春日井組の

ソープに沈められていたが、半年程前に逃げ出したらしい。

それを、荒巻組の若頭に拾われた。

そのまま大人しくしていればいいのに、いつしかガーディアンを追い出

されたのは私の所為だと思うようになったらしい。

そして、私を調べるうちに愛美のことや大神組のことに辿り着き、今回

のことを思いついたらしい。

ほんと、逆恨みにもほどがある・・・。



「お姉ちゃんって、ホント邪魔なのよ。

 居なくなって済々していたのに、龍生さんと一緒にいるなんて

 ホント目障り!

 でも、美乃里さんがお姉ちゃんを消してくれるっていうから

 お願いしちゃった!」


フフフという微笑を浮かべ、勝手な事を並べる義妹に呆れて物も

言えずにいると、怯えて声も出ないと思ったのか馬鹿な母親まで

言い始める。


「愛美ちゃんの邪魔をするなんて、ホント身の程知らずなのよ。

 玲の存在自体が私達には邪魔なの。

 ホント、あなたなんて産むんじゃなかったわ。」


私だって、あんたの娘に生まれたくて生まれたわけじゃない。


勝手なことばかり言う二人に、思わず唇を噛んだ。


口の中に広がる血の味にハッとする。


昨日の事、今日の囮になることを話し合った後、龍生とベットで

きつく抱きしめあっていた時、龍生に言われた事を思い出した。


「必ず俺が玲を護る。

 絶対、傷なんて作るなよ。

 傷なんてつけたら、当分ベットから出れないと思え。」


龍生のことだ、本当に実行するだろう。


今の現状よりも怖い!思わず冷や汗が流れる。



そんな私の心境をよそに、周りの状況は動いていく。


「ねえ、玲ちゃん、明日にはあなたは海外に売られるの。

 でも、その前に良い思いさせてあげるわ。

 この人達があなたの相手をしてくれるんだって。

 良かったわね。」


頭をコテンと傾けて、ニコッとしながら恐ろしいことを口にする。


その言葉を合図に、男達が私に近づいてくる。


男達の距離が2m程に近づいた時、ガシャン!と後ろのドアが大きな

音をたて、吹っ飛んだ。


怒りに身体を震わせながらも、真直ぐに漆黒の瞳を私に向ける私の

愛しい人。


信じていたし、この展開も頭では分かっていた事だけど、やっぱり

安堵と嬉しさが込み上げてくる。


「な、なんで!どうして!あんた達が来るのよ!」


自分たちの計画がバレていたと知らない美乃里は甲高い声で喚き散らす。


「あ゛あ゛!!

 お前達の馬鹿な計画を俺達が知らないとでも思っていたのか?」


怒りMAXの龍生が絶対零度の眼差しを向けると、流石の美乃里も

震え上がり黙り込む。


「龍生さん!愛美に会いに来てくれたんですか?

 私、美乃里さんに騙されて、ここに来ただけなんです。」


猫なで声で龍生に縋り付こうと龍生の腕を掴む直前で、龍生の長い脚が

容赦なく愛美を蹴り飛ばした。


「ウッ、グエ!」


蛙が踏みつぶされたような声をだしながら壁に吹っ飛ぶ愛美。


母親は「愛美!」と叫びながらも恐怖で身体が動かないようだ。


気がつくと、私に近づいていた男達は兄の宗志、龍生の側近の数馬他

組員に全員潰され拘束されていた。


龍生が私の側にきて手と足の拘束を解くとギュッと抱きしめる。


ドクドクと速く動く心臓の音に、龍生の心配した気持ちが現れている

ようで、多少の申し訳なさを感じた。


龍生の胸に顔を埋め、幸せに浸っていると美乃里の怒鳴る声


「何なのよ!あんた達許さない!」


そう言って部屋から出ようとするところを、すぐさま宗志に掴まる。


「ちょっと離しなさいよ!

 私を誰だと思っているの!荒巻組若頭の女よ!

 あんた何かが触っていい女じゃないのよ!」


「あんた自分が誰に喧嘩を売ったのか分かってる?」


いつもより低い声で美乃里に問いかける宗志。


「あんたが攫った玲は、日本最大組織竜神会トップ大神組の若姐だぞ。

 お前みたいな女とは天と地ほどの差があるんだよ。

 ついでに言っておくと、あんたが言う荒巻組はさっき潰した。

 あんたの男の若頭は、あの世だ。」


天上を指差し、不敵に口角を上げる。


「そして、あんたとそこの2人の女は二度とお天道様は拝めない。

 ご愁傷様、まあ、自業自得だけどな。」


宗志の言葉に喚きながらも組員に引きずられていく美乃里、愛美、母親


引くずられる女達を可哀想だとも思わない私は冷たい女なのかもしれない。


そんなことを思いながら自嘲的な笑みを浮かべると、頭の上に龍生の

暖かな大きな手が触れる。


龍生に目をやると、これで良いんだと言っている気がした。


その姿を見ながらやっと終わったと目を伏せた。


港の倉庫から帰る車の中、龍生が私の存在を確かめるように、きつく

抱きしめ深いキスをした。


「玲、お前唇が切れてる。」


しまった!やっぱり気づかれた!


「えっと・・・これは・・・。」


「なあ、俺と約束したよな。」


「・・・はい。」


「という事は、異論はないな。

 宗志、俺達はマンションに降ろせ。」


宗志も龍生の考えは了承済みとばかりに素直に頷く。




マンションの部屋に入った途端、壁に押し付けられ唇をふさがれる


そのままの状態で龍生のしなやかな指に弄られる身体


気持ちよさにクラクラしてきたところで、横抱きにされベットに運ばれ

結局朝まで、龍生の仕置きは続けられ解放されたのは明け方近くだった。




目覚めたのは昼過ぎ、ベットには私一人で慌てて服を着てリビングに

降りると、スッキリした顔の龍生がコーヒーを飲んでいた。


「起こしてくれればいいのに。」


「昨日は激しかったからな、もう大丈夫か?」


意地悪そうな顔でニヤニヤする龍生に軽く怒りが湧く。


もう、あれだけ動いてこの人の体力はどうなってるの?


「もう少ししたら、本家に行くぞ。」


「そうだね、蓮もお願いしたままだし、支度するね。」


本家に着くと真直ぐ、組長のお義父さんと弥生さんの待つ部屋に

向かった。


昨日の報告をするためだ。


お互い向かい合うとお義父さんが「終わったんだな。」と言うと


「あぁ、終わった。

 それで、親父に頼みがある。

 春日井組の若頭をここに呼んでほしい。」


そう言った龍生に驚く私。


龍生の考えを読みとろうと顔を見れば目が合う。


「今回の事を機に、全て終わらせたい。

 春日井響達は、今でも玲の行方を捜している。

 まあ、京が情報を操作しているから見つかることはないが、ケリを

 つけたい。

 そして、春日井組はうちとも同盟を組む組だし、まだ甘ちゃんだが

 若頭もできる奴だと聞いている。

 今後のためにも、会って話をしたい。

 玲にも会って過去と決別してほしいと思っている。

 できるな。」


私の覚悟を確認する龍生に静かに頷く。


「私は逃げも隠れもしない、私は大神組若頭の嫁だもの。」



私達の話を聞いて、お義父さんは了解してくれた。



さあ、もう一つの過去と決別をしよう。


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