第35話 現ナマ
俺こと常田大樹(ときだ だいき)と神崎未来(かんざき みらい)は、大通りから外れて人通りの途絶えた裏道の雑居ビルの前に立っていた。
「未来、本当にこのビルでいいのか?」
「住所は合っているし、会社名も間違ってない」
未来はそう言うが、なんか、いかにもあやしいビル。俺は、エレベーター前の通路に飛び出すように並んだ看板の宣伝文句に目を走らせる。
『担保不要、100万円まで即貸OK』
『大人の秘密の出会いスタジオ』
ヤバいよね、これ。ヤクザさんとか、裏商売の人とか出てこないよね。
「やっぱり、ここだ。ほら」
未来が指さした看板は日に焼けて薄れ、今にも朽ち果てそうな様子をしている。そこに赤い文字で印刷された貼り紙が無造作に貼られていた。
『PCパーツ、無敵堂。世界最速、クロック改造CPU、GPU入荷!』
めっちゃ、怪しい。『改造』の文字に闇を感じる。本当に大丈夫なんだろうか。足を踏み出す勇気が出ない。俺は看板を見て固まった。
「大樹、エレベーターが来たよ」
はあっ、何時の間に。もう乗り込んでいるし。常田大樹、男なら行くしかない。俺と未来を乗せたエレベーターが、変な横揺れを伴いながら動き出す。
うほっ!上じゃないんかい。B2って地下かよ。ドキドキしてきた。
チーン。
ドアが開くと入り口も通路もなく、そのまま店内に直結していた。パッケージにすら入っていない得体のしれないパーツが所狭しと堆く積まれている。カオス感、満載じゃんか。地震が来たら崩れて即死だな。津波もヤバそう。
「いらっしゃい!」
店の奥からやせ細った顔色の悪い中年男性が現れる。筋骨隆々のヤクザさんって感じは無いのでひとまず安心。未来と出会う前は俺もやせ細っていたがその比じゃない。もはや宇宙人レベルのガリガリさ加減に目が点。あのー、本当に人類ですか?
「コンドル社のCPU、ニューロンシリーズ、置いてますか?できればダブルSかトリプルSを探しているのですが」
未来、何の話だ?コンピューターの部品の話になると俺にはさっぱりわからない。店の主の目がギラリと光る。未来の顔を正面に据えて覗き込む。
「キミ、嬉しいことを言ってくれるね。AIサーバー構築用だな。大きい声では言えないが、今なら中国からの裏ルートで特別に手に入れた龍魂の無限シリーズがお薦めだが、高いぞ」
店の主は愛想のよい笑いを浮かべているが、目が完全に座っている。正直、怖いんですけど!アニメに登場する冷徹な武器商人みたいだ。
「龍魂の無限シリーズ!中国政府限定調達品じゃないですか。マザーボードもありますか。GPUはガイヤ、ターボX3000を載せたいのですけど」
「くうー。分っているね、キミ。もちろんあるとも。クロックアップ済みだから早さだけなら軍用に近い史上最速のモンスターマシンが作れる。だが、一基三百万円。お嬢ちゃんのお小遣いじゃー到底無理だな」
未来の言葉に主の顔は商売人らしく目を細めた。ふー。緊張したじゃんかよ。って、未来から来た未来が探しているのだから、あまり一般的なパーツではないのだろう。それでも、家庭用で一台三百万円のパーソナルコンピューターとかありえないし。外車が買える。ぼったくりかよ!無知な俺でも分かるわ。
「一基、二百万円にオマケしてください。その代わり二十基まとめて買います!」
はあっ。未来、何をゆっとんの?百万円の札束が四十個だぞ!マンションが買えるわ。四千万円なんてお金を、こんな怪しいお店で軽々しく使うもんじゃない。
驚く店の主を前にして、未来は店のカウンターの上に担いでいたバッグを置いた。
ドスン!
「・・・」
未来は中からコピー用紙の包み紙のようなものを取り出す。厚さは同じくらいだがサイズがかなり小さい。それをカウンターに四つ積んでいく。まさか・・・。それって・・・。
「前金で半額の二千万円。残りは納品時にお渡しします」
マジマジですか!こんな大金、見たことないんですけど。てか、レディース物のトートバッグに入れて二千万円の現ナマを持ち歩いてたの、未来。
店主の目の色が変わる。だよな。俺、心臓がバクバクいってるわ。
「こりゃー驚いた。お嬢さん、何者なんだ」
「通りすがりの普通の女子高生です」
未来は店の主の顔をキッと見つめ返して、シレっと言い張る。それ以上は語るつもりはないらしい。店の主の顔が再び崩れた。
「分った。訳ありなら何も聞かん。並列処理用の接続パーツと電源装置などを一式、オマケする。お嬢ちゃんには敵わんな。今日はもう店じまいだな」
店の主がエレベーター前を見た時だった。
「私にも同じものを頂けるかしら」
入り口に堆く高く積まれたパーツの影から、未来に劣らぬ美少女が現れる。ぬっ!黒木(くろき)アイ。何でキミがここにいるんだ。何がどうなってんのよー。俺は心の叫びを飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます