第34話 芸能人じゃありませんから
秋葉原の駅を降りると、田舎とは違ってもの凄い数の人が通りを行き交っている。外国人も沢山いて様々な言語が飛び交う人種のるつぼ。やっぱ、大都会は違う。
大分慣れたとはいえ、アイドル顔負けの神崎未来(かんざき みらい)と一緒に歩く俺に突き刺さる男どもの嫉妬の視線が痛い。覚悟はできているつもりでいたが、こうまで人が多いと逃げる場所もない。
未来の手がスッと伸びてきて俺の手をしっかりと握った。未来・・・。ここでそれはちょっと・・・。
「手をつないでいないと、迷子になりそう」
未来は顔を赤らめてうつむいた。多分、俺の顔はそれ以上に真っ赤だ。顔は熱いし、心臓がボンボンなっている。注がれる視線の矢がさらに鋭くなったような気がして居たたまれない。
「オー。ニッポン、アイドル!ピクチャー、OK」
だどたどしい日本語で、スマホを差し向けてくる金髪西洋娘につかまり、ゲームキャラの縫いぐるみを押し付けられて記念撮影。もちろん俺は、彼女の眼中にない。手渡されたスマホを、未来と金髪西洋娘に向けて立つ。
ヤバ。未来、チョーかわいいじゃんか!金髪西洋娘も、そこそこ可愛いが未来の敵じゃない。
「ハイ、チーズ!」
パシャ。
「アリガト、サン。デ、ゴザイマス」
変な日本語でお礼を言いながら、俺の撮った写真をチェックして立ち去る金髪西洋娘。・・・。えっ、えぇー。後ろに何か順番待ちの行列ができているし。マジかよ。信じられん。大都会に都会人が集まっているとは限らない。お上りさんばっかりじゃんかよー。
「アイドルの撮影会だってよ」
「見たことないけど可愛いな。新人さんだよな?」
「俺、ミクちゃんの応援に来たけど、止めたわ。こっちの方が可愛いし」
「サインもらえるかな」
並んだ人々が口々に好き勝手なことを言っている。その間にも列に並ぶ人が増えている。
「彼女はアイドルなんかじゃありませんから。通りすがりの一般人です」
叫んでみたが、もはや焼け石に水。列に並ばないと損をすると言う集団心理と言うものか。もはや聞き入れる耳も無い。
「未来、逃げるぞ」
俺は未来の手を引いて駆け出した。『一回三分で体スッキリ体操』を続けていて良かったー。一しきり走って、ビルの谷間に逃げ込む。
「未来、大丈夫だったか?」
「はい。大樹のおかげ。大樹は手、頼もしい」
あっ!しっかり握ろうと、思わず指を絡めてしまっていた。いわゆる恋人手つなぎ。多少走っても余裕だった俺の心臓が、早鐘のようになりだした。くっ。筋肉つけても、こればっかりは無理か・・・。
手を離そうにも未来がガッチリ握り返してくる。スマホアプリのお買い物デートイベントみたいだ。がしかし、このままでは目立ち過ぎる。未来の女神様スマイルは人を惹き付け過ぎるぞ。
「未来、何か顔を隠すものを持っていないか。例えはマスクとか」
「うーん。無いかも」
くっ。唇に指をあてて考え込む未来!可愛い。って、余計に目立つだろが。
「これを着ろ」
俺は羽織っていた薄手の春物のパーカーを脱いで、彼女に手渡たした。
「へへ。大樹の匂いがする」
走って汗をかいたかも・・・。ブカブカの男物のパーカーを着て、袖口に顔を寄せて、小動物みたいに小鼻をクンクンさせる未来。キュートすぎて、俺、溶けちゃいそうなんだすけど。
Tシャツ一枚になった俺の姿を未来がまじまじと見つめてくる。
「大樹、筋肉がついたね」
「おう。未来のおかげだ」
「うん。カッコ、良くなった」
「そうか。お世辞でも嬉しいよ。いこっか」
これ以上、未来と二人っきりでビルの間にいると変な気が起きないとも限らない。正直、男子としての理性が崩壊寸前だよ。未来の頭にパーカーのフードをかぶせて通りに出る。見られていないよな。
「あのー。サインください」
ぐぐっ。見っかったか!修学旅行の中学生女子に取り囲まれる俺。濃紺のセーラー服が初々しい。って、そんな事を考えている場合じゃない。が、差し出されるペンと色紙は俺に向いている。
「はあっ?」
未来じゃなくて俺なのか?嘘だろー!俺のサインを欲しがるやつなんているのか?何じゃこれ。横で未来が楽しそうにしている。
「俺、芸能人じゃありませんから」
俺は未来の手を引いて再び駆け出した。びっくりした。何だったんだ。
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