心の穴
「ただいま」
「おかえり!レオのサッカースクール行ってくるからお風呂入っておいてね」
そう言って母と四つ下の弟・レオは慌ただしく家を出て行った。
「いってらっしゃい」
私の声はさびしく響いた。小学校に上がると同時にサッカーを始めたレオは元々運動神経がいいからか苦労を知らない。
友達が多くて運動神経が良い弟とは正反対の姉・私。
「本当、嫌になる」
私のつぶやきは誰にも届かない。
ぐちゃぐちゃ考えるのが嫌になって、大して興味もないくせにテレビをつける。学校で人気のバラエティー番組を見ているとLINEの通知が鳴った。
リク》今週末会えない?
私の今の一番の悩みの種、彼氏のリク。五月に付き合い始めたけど今は一番の悩みでしかなかった。
レン》ごめんどっちも部活
リク》先週も会えなかったじゃん。時間作る努力しろよ
思わずため息がこぼれた。短気と束縛をこじらせているリクはかなり面倒。毎週末会うことを要求してきて断れば途端にキレる。同じ運動部でも休みの頻度には差があり、連日の部活で疲れている私にとって重荷であり苦痛。日頃のストレスもあり、何もかもに気力がなかった。
リクのステメが変わったことを確認してテレビを消してお風呂場に向かった。長袖を脱いで露わになった左手首には昨日の夜に作った傷も合わせて数十本もの線が並んでいた。
『リストカット』
今の私はこうするしかない。ストレスを消化できず、何もうまくいかない私にはこれしか快楽がない。
結局、面倒だったため湯船には浸からずにシャワーだけで済ませてしまった。特にやることもなく、リクからのLINEを確認する。
リク》返事もできないの?
》つか、午前部活なら午後から会えるだろ
》誘っていつも断られる俺の身にもなれ
「そういうお前も考えろよ」
思わず心の声が漏れる。こんなのが十件近くも来ているのだからキリがない。
ひとつ溜め息をついて通知を切る。
リクがキレたときに私がいつもとる行動。週一ペースでこんなことをするのだからもはや通知はいらないとさえ思っている。見ない方がいいと思いつつ、一通りLINEを確認して思わず笑った。
リク》死ね
自嘲するしかできなかった。笑って笑って、泣いた。静かに泣いた。泣きじゃくった。
「もう、死にたいよ……!」
私の叫びは誰にも届かない。
玄関の鍵が開く音でハッと目が覚めた。泣き疲れてソファで寝てしまっていたらしい。
「ただいまー……ってお姉ちゃん寝てたでしょ?」
レオがお茶を飲みながらリビングに入ってくる。
「気づいたら寝てた。私もお茶ほしい」
お茶を受け取っていると母がリビングに入ってくる。
「ただいまー夕飯仕上げちゃうからレオ、お風呂行っちゃってー」
「はーい」
レオはさっさとお風呂に向かう。
「レンもありがとうね」
「うん」
笑って言う母に私も笑う。同じように笑っているはずなのに私の笑顔はとてつもなくぎこちない。笑い方なんてとっくの昔に忘れてしまった。
「ただいまー」
「あ、お父さん帰ってきちゃった!おかえりー」
父が帰ってきて、レオはお風呂に行って、母は夕飯の仕上げ。私は何しようと考えてついついスマホに手を伸ばす。
『見ない方がいい。見ちゃだめだ』
そう思いながらもLINEを開いた。十件近く来ていたうちの二件は公式アカウント、八件はリクからだった。
リク》ごめん。言い過ぎた
》本当に死ねなんて思ってない
》何か言ってよ……
こんなのが八件も来ているなんて考えただけで頭が痛くなってくる。
レン》本当に思ってなかったら死ねなんて送らないでしょ
》謝ってもいつも口だけ
》もういいよそういうの。お互い疲れるだけ
》二度と話しかけてこないで。顔も見たくない
》もう無理。さようなら
これを最後にブロックした。
「お母さん、眠いから夕飯いらない」
「そう?ならもう寝ておきな」
伝えるだけ伝えて自室に入り、引き出しからカッターを取り出してそのままベッドに入る。そして刃を手首にあてるとゆっくり引く。何度も何度も切りつける。ある程度切った時点でやめてティッシュで血をふき、視界を閉ざす。
『サチにバレたら怒られるな』
そう考えたのと意識を手放したのは同時だった。
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