絶望
いつも通りに起きてスマホも確認せずに学校へ向かった。
すれ違う人たちも正門が近づくにつれて増える同中の人たちも誰もその中にリストカットしている人がいるなんて思っていないだろう。ましてや自分が故意に傷つけている人間が自傷しているなんて想像もつかないと思う。
世の中は残酷で理不尽だ。
靴箱を通って階段を上がり、教室に入って見たくもないクラスメイトたちの横を通り過ぎる。
「レン、リクとなんかあったの?」
突然の声に驚き、振り返るとリクと同じバスケ部の人が立っていた。声を聞きつけただろうトキたちがこっちを見ているのが視界の端に映る。
「ちょっとトラぶってLINEブロックしたけど……なんか言ってた?」
「あぁいろいろ言ってたから……」
「そっか。ごめんね」
『なんで私は謝ったのだろう』
なんて考えたのは朝の会の最中、学年主任からのお知らせを聞いているときだった。
朝の会で担任に加えサチもいないと私は机に突っ伏していた。
「レン」
呼ばれて顔をあげて思わず顔をしかめた。今の私にとってトップ争いが出来るくらい顔が見たくない人。
「話がしたいんだけど」
リクがいた。
トキたちの視線が容赦なく刺さる。呼吸が上手くできない。体が動かない。
「早く消えろよ」
トキのつぶやきで操り人形のように動いた私。女テニが、クラスが、こっちを見ている気がする。足がすくんで、息が上手く吸えない。
「私は話すことなんてない。聞きたくもない」
声がかすれて手が震える。
「だから早く……早くここからいなくなって。今すぐに」
リクの顔が絶望と怒りに変わった。
「クズだな」
吐き捨て踵を返したリク。
私はその後ろ姿に
「知っているよ」
そう小さくつぶやいた。
六時間目はレポートをまとめるという名の自習。
当たり前のようにうるさいクラスメイトを無視してレポートをまとめると決め込んだ。トキはというと前の班の人のところに話に移動していった。
私の班は女子二人、男子三人の五人班。トキが移動するのは当然だった。
結局気が付いたら私以外の人たちは移動していなくなっていた。
「レンはさぁ」
突然耳に届いたトキの声。私に関するでっち上げストーリーを話しているのは明白だった。当の本人は聞こえてないと思っているのかだんだん音量が大きくなってくる。聞こえないふりをして盗み聞きをした。
「レン進んでる?」
顔をあげると人懐っこい笑みを浮かべた女子が立っていた。
「まあまあだよ。アヤは?」
「地理忘れて勧められない状況」
そう言うとハハっと笑った。
「地理持ってるけど貸す?」
「え、いいの?」
いいよと私が言うとラッキーとレポートを持ってくるなり目の前の不登校者の席に座った。どうやらここでやるつもりらしい。
「レンめっちゃ進んでるじゃん!」
「一人だったしこんなもんだよ」
苦笑いで返すとアヤは私に言った。
「トキが気になってるんでしょ?」
「……まあね。全部聞こえてるし」
アヤから目をそらす。わざわざ来た時点で何かあるとは思っていたけど、まさか見抜かれているとは想定外だった。
「トキも馬鹿だよねーこの距離で聞こえていないと思うなんて」
笑ったアヤは振り返って教室に声を響かせた。
「トキー、レンが全部聞こえてるって!」
水を打ったように静まり返った教室。
『なんだ。みんなにも聞こえてたんだ』
そう思わずにはいられなかった。誰かが話し出したのをきっかけに何事もなかったかのようにうるさくなった教室。その波に乗り遅れたただ一人を除いては数秒もしないうちに再びうるさくなった。
トキはハッと我に返るとアヤに駆け寄って
「全部ってマジ?」
なんて耳打ちした。
それさえも聞こえていたから
「最初から聞こえてたよ」
アヤの代わりに私が答えた。青ざめていくトキを横目にレポートに意識を戻した。
チャイムが鳴るとクラスがバラバラと席を立ち一層うるさくなる。
「レンありがとう!すごく助かった!」
「全然。助かったのは私の方」
一瞬きょとんとしたけどすぐに笑って
「うちが気分悪かっただけだから!何かあったらLINEでもなんでもいつでも言ってね」
と席に戻っていった。
「レン」
帰り支度をしていると後ろから呼ばれた。振り返るといつもより少し弱気なトキが立っていた。
「さっきは確かにレンの話をしていたけど悪口とかじゃないからさ?」
『私たち友達だもんね?』
そんな心の声が聞こえる気がした。仲良しこよしなんてするつもりはない。それはあなたも一緒でしょう?
「じゃあトキは聞えよがしに悪口を言われてもつらくないんだね」
トキが驚いた顔をする。止まらない。止まれない。
「今回のも含めてここ最近の全部聞こえてたよ?本人に聞かれたらまずい話なら本人のいないところで話すとか工夫するでしょ。もっとうまくやりなよ」
それだけ言って背を向けた。
帰りの会が終わっていつものように一人で部活に向かおうとするとアヤが走ってきた。
「一緒に部活行こ!」
「いいけどトキは?」
『いつもトキ一緒なのに』
そう言おうとしたけど、アヤがすぐに口を開いた。
「なんか怒らせたっぽくてさ。リホと先に行っちゃったみたい!」
そう言って笑うアヤが少しだけ羨ましかった。
コートに着くと後輩と同級生が何人かいる程度だった。
「アヤちょっと来て!」
リホとトキに呼ばれたアヤに手を振り、後輩の手伝いに向かう。
「リホ先輩たち、何を話してるんでしょうね」
「さぁね。よっぽど聞かれたくない話でもしてるんじゃない?」
大体予想はつくけど知らないふりをした。リホとトキは部員の多数が来て、顧問が来たところでやっと話すのをやめた。
夏にある最後の大会に向けてか、サーブ練をしてすぐに試合形式の練習に切り替わった。ペアとうまくいっていない私からすれば何よりも嫌。さっきのことがあってか今日は一段と嫌だった。
内心文句を言いながらトスをしてコートに分かれる。
プレーの順番が回ってくれば私のミスで終わる。
ここ最近すこぶる調子が悪いが今日は蛇ににらまれたカエルのように動けない。いや、実際に
もうやめたい。
「マジへたくそなんだけど。トキのペアはうまくていいよねぇ……」
とうとうリホはキレてわざと聞こえる音量で言った。
『へたくそなことくらい私が一番よく知ってる』
すごく悔しくて下唇を思い切り噛んだ。
「レン、最近調子悪いね」
同じ前衛のカオリが気を遣ってか、声を掛けてきた。
「調子悪いっていうか元々下手だから」
いやいや、と首を振ったカオリはすぐにプレーの番となった。カオリの次は私。やっぱり私のミスで終わり、そのまま練習は終了した。
コート整備しようと歩き出せば、リホたちに追い抜かされて、そのすれ違い際に
「こんなへたくそなペアいらないんだけど」
なんて言われた。
「だったら先生に言ってペア変えてもらえば?私が言っておいてあげる」
言葉と目にはっきりと敵意を含んだ私の精一杯のあがきであり、最初で最後の反撃。
そこからあとの記憶は曖昧だった。気が付いたらいつものように下校していた。リホたちに反撃してからここまでの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
「へたくそなペア」
思わずこぼれた独り言。耳にこびりついて離れないリホの声。
「もう、無理」
ふらふらと家に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます