第11話 「世界で一番可愛い美少女メイドのクロエちゃんで~す!」
学校の帰り道。眠気が抜け切らない中、ノアは通学路を歩いていた。
狂華と一緒に徹夜でプレイしたゲームのせいで、頭は眠ったままで授業も耳に入らなかった。
さらにはリースに怒られてしまい、もう登校日の前日は徹夜をしないと固く誓う。
「……眠い」
「ふふ。やはり徹夜のゲームは厳しかったようだね」
「……なんで…………狂華は元気、なのさ」
眠そうな顔色一つみせず、微笑みを浮かべる狂華。
ノアと同じようにほとんど眠っていないというのに。どういった身体構造をしているのか。サイボーグかなにかなのだろうか。
「私も眠いとも。少々、顔に出にくいだけでね」
「耐えられるものじゃないでしょー」
ぽやぽやする頭。足元はふらふらしていないが、狂華が道路側を歩いているのは気を使っているのだろう。男女が逆の気もするが。
「ふむ。マンションも見えてきた。本当は部屋まで送りたいところだが、一度家に帰らなければならなくてね。無理そうなら付きそうが、どうする?」
「大丈夫。眠いけど、意識はちゃんとしてるから」
「それならばよかった」
それじゃあ、と一つノアの頭を撫でて颯爽と去って行く。
女性なのだが、どうにもその姿は格好良く、目を奪われてしまう。
男らしいわけじゃないけど、一々やることがなすこと格好良いんだよなぁ。
時折女性のように扱われることもあり、周囲の級友が騒いでいるのもノアは把握しているが、男としてそれはどうなんだと思わなくもない。
せめてもう少し鍛えないとなぁ、と最近ご無沙汰の走り込みでもしようかと思っていると、やたら可愛らしい声に呼び止められる。
「そこいく銀髪の可愛いお兄さん」
「……可愛いは余計だけどぉ」
早く帰りたいのになぁと思いつつ声のした方向へ身体を向けると、そこには大きなリボンを胸元に付けたフリルたっぷりのメイド服を着た女性が、星でも飛ばしそうにウインクをして立っていた。
メイドだぁ。
簡素な感想をノアは抱く。普通であればもう少し大仰な反応をするのだろうが、ここ最近ノアの日常においてメイドは珍しいものではなくなった。街中にメイドがいるのは珍しいと感じても、驚くことはなかった。慣れって怖い。
恐らく外人だろう。金髪金眼の女性が花咲き誇る笑顔で近付いてくる。
「クロエちゃんは~、あ、クロエちゃんはクロエ・ウォーカーって言う超絶可愛い私の名前なんですけどね?」
「はぁ」
一々リアクションが星が瞬くようにきらっきらしている。眠気眼にはなかなか眩しい。
「で~、クロエちゃんは本日オープンしたメイド喫茶……えぇっと、そう! 『さいかわクロエちゃん』のメイドちゃんなのです!」
「自己主張激し過ぎない? しかも、今適当に考えなかった?」
「適当じゃありません~。世界で一番輝いているお店の名前です~。で、そんなオープンしたばかりのお店に、なんと! お客様第一号としてノアちゃまをご案内しちゃいます!」
「いや、いいです遠慮します。というか、なんで名前知ってるの?」
とても怖い。
「え……」
ぷにっと、頬に人差し指を当てクロエは考えている。その仕草は明らかに見られていることを意識しており、端的に言えばあざとい。
そして、ぱんっと両手を合わせる。
「さっきお友達が呼んでたじゃないですか~。やだな~、もう~」
「それはそれで怖いのだけど。もう帰っていい?」
「あ、いいですよいいですよもうどんどん帰ってきてください!」
勧誘していたというのに、あっさりと帰宅を許諾する。ただし、妙な表現であり、なによりノアの背を押す。ぐいぐいっと。
「ちょっと? 帰りたいんですけど」
「はぁい。分かってますよ。――ご主人様のお帰りですよ~」
「そういうことじゃないんだけど!?」
最初から帰す気などなかったのだろう。
抵抗して逃げ出そうとするも、前に前にと押されて下がることもできない。店内から出てきたメイドが扉を開くと、カランコロンと来店を告げる鐘が鳴る。
開いた入り口は獣の口の如くノアを待ち構えている。
「やぁあっ!? 帰らせてぇっ!? 家で寝かせて! 眠いの!」
「はいはい大丈夫ですよ~。おうちでねんねしましょうね~」
「ここおうちちゃう!」
あー! というノアの叫び声はお店の中に飲まれていき、パタンと閉じられる。
……店外にはOPENもCLOSEの文字もなく、看板すら掲げられていない。道行く誰もがお店と認識しないであろう建物にノアは入っていったのであった。
――
『お帰りなさいませ、ご主人様』
入店したノアは驚いた。
メイドは見慣れているはずだが、道を作るように両側に整然と並んだメイドに出迎えられるのは流石にインパクトが強かった。貴族のお屋敷のような様相にたじろぐ。
一歩後ろに下がったノアの背を、クロエがぽんっと叩く。
「ささ、ご主人様。奥の席にどうぞ~。本日はご主人様の貸し切りですから、気兼ねすることなんてありませんからね~」
「新規オープンでお客様第一号だよね? 貸し切りっておかしくない?」
「お客様一人一人を大切に扱うのか、メイド喫茶『世界一可愛いクロエちゃん』ですから!」
「さっきとお店の名前変わってるし、それはもうただの自画自賛」
「あはっ!」
とはいえ、今更逃げ出すのも不可能。渋々案内されたテーブル席に座る。
提供された暖かいお手拭きで、手を拭う。
適当に注文して帰ろう。
そう決断してメニューを取ろうとしたが、テーブルにメニュー表はなく、店内のどこにもメニューは見当たらない。
「クロエさん?」
「クロエちゃんって呼んで下さい♪」
徹底抗戦しいようかと考えたが、強引な彼女のことだ。呼ぶまで諦めまいと確信し、ノアが折れることにした。
「……クロエちゃん」
「はい?」
とても嬉しそうである。
「メニューは?」
「ありません!」
「ねえここ絶対お店じゃないよね!?」
「なに言ってるんですか~。やだな~、お店に決まってるじゃないですか~」
にこにこ笑うクロエ。内心を推し量ろうにも、クロエの完璧な笑顔の裏を読み取ることはできない。
メイドさんはみんな、笑顔で内心を隠すのが上手すぎる。
リースを思い描き、嘆息する。メニューがないなら一体どうすればよいのか。
「ご主人様はなにもせずともよいのです。ご安心下さい!」
「安心できない」
入店から席に着くまで、安心できる要素は皆無である。むしろ、身の危険ならビシビシ感じていた。
「まあまあ、そうおっしゃらず。ちょ~っと待ってて下さいね~」
そう言ってテーブルから離れていくクロエ。
仕方なしに待っていると、クロエは銀のトレイの上に硝子のポットなどを乗せて戻ってきた。
「お待たせ致しました~。クロエちゃんお手製の激映えハーブティーと焼き菓子ですよ~。写メってインスタ、いいねを貰いまくっちゃいましょう! あ、私はダメですよ? クロエちゃんは世界一可愛いですけど、顔出しNGですから」
「はいはいせかいいちかわいいよ」
「あはっ! ご主人様分かってる~」
適当にあしらうのが正解だと気が付いたノアだったが、クロエは一人で盛り上がるタイプであった。手に負えない。
ただ、クロエの用意したお茶はノアの目を楽しませた。
透明なポットに色とりどりの葉が湯の中に浮かんでおり、色付くお茶の上に浮く様は美しかった。小さなポットの中に花畑が閉じ込められたかのようである。
目を輝かせるノアに、クロエも満足気だ。
「ではでは、こちらをカップに淹れさせて頂きます」
茶こしを透明なカップの上に待機させ、その上でポットを傾けてお茶を淹れる。
お茶とは思えない透き通った赤色が、透明だったカップを染めていく。ポットの中を葉が泳いでいるようにくるくると巡る。
すっと目の前に出された赤くなったカップを手に持つ。ヨーロッパのクラシカルな雰囲気のある店内と相まって、ちょっとした旅行気分だ。少々クロエはお惚けであったが、その手腕は一流なのかもしれない。
「こちら、クロエちゃんオリジナルブレンドのハーブティー『可愛いだけじゃなく美しいクロエちゃんは罪』です!」
「最低だよ。雰囲気一切合切ぶち壊しだよ!」
ヨーロッパから一瞬にして現実に引き戻されてしまった。急な嵐により当機は欠航致します。嵐の名前はクロエちゃん。
「鋭いツッコミ……最高ですね! まあ、そんなのはどうでもいいので飲んで下さい。冷めちゃいます。さあさあ」
「む~……納得し難い。……あ、意外と飲みやすい」
ハーブティーは薬効優先で飲みにくいイメージを持っていたが、ほんのり甘い飲み口で後味はスッキリしていて想像以上に飲みやすい。香りも良い。
ノアの反応に、ふふんとクロエが鼻を鳴らす。
「当然です! なんてったってクロエちゃんのオリジナルブレンド『美少女で美人な上に料理もできるクロエちゃん最強では?』なんですから!」
「褒め称えたいだけだよね。おいしいけど」
お茶菓子で出された焼き菓子と合わせるとなおおいしい。ハーブティーに合わせているのだろう。甘い焼き菓子が良く合う。
拉致紛いな強引さで連れてこられたが、なんだかんだノアが楽しんでいると、クロエが隣にすすすっと相席してきた。
身を寄せ、ぴっとりくっついてくる。
「なに? 近いよ」
「いえいえ。お疲れかな~と思いまして。マッサージもいかがですか?」
「遠慮します」
すりすりと猫撫で声ですり寄ってくる姿には警戒心しか湧かない。
しかし、当然の如くノアの言葉には耳を傾けず、両手でノアの手を摑まえる。柔らかい女性の手が、ノアの手を這う。
「ちょっと」
「ふむふむ。やっぱり疲れているようですね~」
段々とクロエの手は身体を上り、ノアの目元を指先が伝う。
「隈ができてますよ。寝不足ですか~? いけないんですよ。睡眠不足は美容の大敵なんですから」
「……僕、男だから」
「関係ありません。ご主人様は綺麗なお顔をしてるんですから。美少女、美少年が見目を気にしないのは罪なんですよ?」
「そんな……法はない」
「あります」
耳元で囁かれ、くすぐったい。
小さく開いた蕾のような唇。鼻孔をくすぐる甘い花のような香りにノアの意識がくらくらと揺れる。
いつの間にか寄り添うというより抱き付くという表現がしっくりくるほどぴったりと密着され、女性特有の柔らかさ伝わってくる。ソフィアほどではないが大きな胸がノアの腕にむぎゅっと押しつぶされた瞬間、支えきれなくなったノアが椅子に倒れ込んでしまう。
見上げたノアの視界は霞、揺れ動くクロエの姿が見える。
「あらあら。これはいけませんね~。やっぱりお疲れだったようですね。あはっ! さっきも言った通りねんねして構いませんからね~」
「クロ……エ…………」
「うふふ。ちゃんを付けて欲しかったですけど、今は勘弁してあげます。どうぞ、ゆっくりお休みになって下さい」
クロエが覆い被さり、人肌の暖かさと重みを感じながらノアは静かに眠りへと落ちて行った――。
「……お休みなさい、ご主人様。良い夢を」
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