第10話 「私は少々、ご主人様に対して甘過ぎたようです」
ノアとリースは、ノアの住むマンションがある住宅街近くにあるスーパーマーケットを訪れていた。
このスーパーマーケットでは日本の食材だけでなく、外国の食材までも豊富に取り揃えており、鮮度も良い。その分、どの商品も値段が張るが、質の良い食材ばかりだ。
店内に人は疎らで、身形の良い者が多い。どちらかと言えば、富裕層向けなのであろう。
そんな中、顔を覆い隠し小さくなっている銀髪の少年が居た。日本人では珍しい容姿の少年が奇異な行動を取っているため余計に目立つ。
傍に銀髪のメイドが立っているのだから、一種見世物のようである。
小さくなってしまった主を心配そうに伺うリース。
「いかが致しましたか、ご主人様。体調が優れないようであれば、直ぐ様医者をお呼び致します」
「大丈夫。大丈夫だからこれ以上目立たせないで……」
ううぅ。油断してた。そりゃメイドさんを連れて歩けば目立つよねぇ。
ノアはリースの買い出しに付いてきたことを既に後悔していた。
ちょっとした軽い気持ちであったのだ。いつもリースのみに重い荷物を持たせ買い物をさせるなど悪い。荷物持ちの一つや二つこなしてみせようと思ったのだ。
あわよくば「健康に悪いので処分させて頂きました」と、自宅からなくなってしまったカップ麺やお菓子類を買い足したい、と。
そんな悠長なことを考えていられたのもマンションを出る前まで。ソフィアの『うわっ、マジか』という驚きの表情に疑問を持たなかった自分自身をノアは呪った。
視線、視線、視線。
メイドを従えた銀髪の少年は、天下の往来では良く目立つ。歩く度に増える視線に、心を削られていったノアは、遂には顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまったのだ。
走って逃げてしまいたい気持ちで一杯だが、自身から付いて行くと口にしてそれはあまりにも酷い。ノアが動かなくなって余計な時間を使わせてしまってもいるのだ。これ以上、迷惑を掛けるわけにはいかない。
羞恥を乗り越え、顔を赤くしたままノアは立ち上がった。
「……もう、大丈夫。行こう」
「我慢しておりませんか? 無理せず仰っていただいてよいのですよ?」
「大丈夫。うん。リースはなにも心配しないでいいから、買い物を続けよ?」
そして、早くこの地獄のような衆目から逃げよう。
~~
買い物はノアの想像以上に恙なく進んだ。
リースがノアの体調を気にしているのもあるのだろう。買い物メモなど見ることもなく、計算され尽くしたかのような最短ルートで商品をカートの中に入れていく姿はプロの所業だ。
野菜やお肉といった食品の吟味も一瞬。だからといって手前から適当に取っているわけではないのであろう。食材を掴み取る手に迷いはない。
だからといって足早かというとそうではなく、ノアの歩調に合わせて行軍はゆったりしている。無駄はなく、されど主を気に掛け急ぎはしない。メイドの鏡である。
そんなスーパーマーケット巡りも終わりに差し掛かった頃、ノアがある棚を見つけてふらふらと吸い寄せられていく。
無論、主の変化に気が付いたリースは直ぐに足を止めて追い掛ける。
「…………」
「ご主人様?」
ノアが磁石のように吸い寄せられたのはお菓子コーナー。
最近ご無沙汰であったポテトチップスを大事そうに両手で持ち、じっと見ている。
主の気持ちを察したメイドは、複雑な表情だ。主の気持ちを大事にしたいが、あのお菓子は健康に悪いという気持ちがありありと顔に出ている。
「ご主人様……そちらのお菓子はあまり健康に良くありません。なにより、今の時間帯で食べてしまえばご夕食に差し支えます。どうか、棚にお戻し下さいませ」
リースの必死の説得空しく、ノアは動こうとはしない。完全に子供の我儘状態である。
どう説得したものか。リースが悩み出す。
ご夕食の後にデザートを……いえ、お望みであればいつでもお出しします。特別というわけにはいきません。だからといってお許しになるわけにも……。
なにもリースはお菓子そのものが悪と言っているわけではない。ティータイムにクッキーなどをお出しするのは日常的だ。
だが、こうしたいつでも食べられる高カロリーのお菓子は、一度食べ出すと制限がなくなってしまう。ふくよかなノアも素敵ではあろうが、リースは今の体形こそが神の造形美と考えている。
故に、リース側でカロリーコントロールが難しくなるお菓子類やジャンクフードは避けていたかった。
メイドとしてあらゆる技能を身に付けたリース。同時期に入社した同期に収まらず、尊敬する者は少なくない。そんなリースがお菓子を買わせないよう頭を悩ます姿など、MSCの誰も想像できまい。
ご主人様のために断腸の思いでお止めしなければなりません。
決意を固めたリースをノアが呼ぶ。
「リース……」
「いくらご主人様とて、あまり我儘を――」
「ダメ?」
「…………」
――
「~~♪」
「私は……不出来なメイドです」
お菓子の入った袋と、食材の入った袋を抱えて機嫌良く帰路を歩くノア。
後ろからは、自身の意思の弱さを嘆き、肩を落とすメイドが一人。
ただ、嬉しそうな
甘いですね、私は。
自身をもう少し律しなければと思うも、さてどうやってご主人様のお願いに対抗しようか、明確な答えは出てこない。
苦笑を零していると、ノアが建物を見て立ち止まっていた。
「なにか、お店でも開くのかな?」
「さて。告知はどこにも出てはおりませんが」
内装の工事が入っている建物。ただ、窓ガラスの向こう側に見える建物の中はほとんど出来上がっており、喫茶店のような雰囲気のある木製のテーブルやカウンターが設置されている。
喫茶店に見えるのだが、どこにも新規オープンのチラシは張られていない。告知前という可能性はあるが、どうにも違和感がある。
「マンションの直ぐ近くだし、お店だったら来てみようかな」
「そう、ですね……」
言葉を詰まらせながらもリースは同意する。
頭の隅で警鐘が鳴っているが、なにがどう危険なのか言葉にすることはできず、気にはなりつつもリースはノアを追ってその場を離れるしかなかった。
――
「で、この有様はなんでございましょうか?」
翌朝。週の始めであり、登校日。
休日の後故に憂鬱になるのか、それとも週明けだからこそ気合を入れるのかは人それぞれであろう。
ただ、どちらにも当てはまらない者もいるわけで――。
「狂華が悪い……あんな夜に新作ゲームを持って乗り込んでくるんだもん」
「ふふ。君もノリノリだったじゃないか」
ゲームのコントローラーを両手に握り、ノアと狂華の二人の両目は未だにゲーム画面に向けられていた。
周囲にはお菓子の袋が転がっており、昨日ノアが我儘を言って買った物だけでなく、チョコレートやスナック菓子の袋、炭酸ジュースの空き缶などがゴミとして一か所にまとめられていた。
明らかなる徹夜に、深夜の暴食。狂華と一夜を過ごしたというのも捨て置けない。
散々たる惨状に、ノアのメイドたるリースは深くため息を付く。
やはり、私は少々甘過ぎたようです。
リースは、ベッド端に座り、狂華に寄り掛かりうとうとしている
「ご主人様。しばらくの間、お菓子の購入と徹夜の禁止をさせて頂きます。ご了承頂けますね?」
「……………………ごめんな、さい……」
睡魔に負けながらも、自身に非があると認めたノアは謝りながらも崩れ落ちて狂華の膝に倒れ込む。
狂華の膝で安らかに眠る
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