994話 友情

 モルガンの友人が挨拶にやって来たので応接室に通す。

 キアラとモルガンを伴って応接室に入る。

 部屋で待っていたのは30代後半で、恰幅かっぷくのいい僧侶だった。

 名前はモーリス・シクスー。

 モルガンとは教会で知り合った。

 事前情報はそのくらいだな。


 一見すると自信満々に見えて、どことなく不安気だ。

 折角時間をつくったのだ。

 教会のことを聞いてみるか。

 挨拶を済ませて本題に入る。


「ブラザー・シクスーは、ルテティア地方の責任者になられたとか。

総督のようなものですよね。

このようなことはなかったと思いますが、聖下せいかにお考えがあってのことでしょうか?」


 モーリスは重々しくうなずいた。

 どことなく芝居がかっているのはモルガンの友人だからか。


「はい。

我が友ルルーシュに書簡をだしたときは正式名称が決まっていませんでした。

正式名称は総督になりましたので、シクスー総督と呼びください。

今まで教会領は民の自治に任せていたのですが、由々しき問題が起こりました。

そこで明確に世俗統治の仕組みを整えるべき……が聖下せいかのお考えです」


 教会は世俗統治について、明確な統治機構をつくっていなかったな。

 先例にないので教会内部の反発が起こる。

 ジャンヌは問題が起こってから改革をするつもりだったのだろう。

 使徒教徒は、洪水が起こるまで、堤防をつくることに反対する。

 機能絶対主義に従い『他の大事なことに金を使え』となる

 ひとたび洪水が起こると、完璧を求めるばかりか……無駄な堤防までつくる悪癖があるからなぁ。

 堤防ならまだいい。


 使徒が『これからは文化の時代だ』と言えば、各地に竹の子の如く文化会館という使途不明な建物が出来る。

 吟味して必要なものをつくることが殊の外苦手だ。


 堤防にしても……使徒が『不要な堤防は金の無駄』と口にすれば、必要なものすらつくらない。

 困ったものだよ。


「問題ですか?」


 モーリスは重々しく首をふった。

 さも重大事……と言わんばかりだ。


「教会の権威が衰えたのは明白でして……。

嘆かわしいことに高利貸などが、違法な貸し付けを行っているのです。

民が司祭に訴えるも、明確な権限がありません。

高利貸共は、言を左右にして逃げる有様です」


 昔は、教会の権威が強かったから睨まれると高利貸は社会から抹殺される。

 明文化する必要すらなかった。

 今は力関係が逆転してしまったからな……。


「違法な貸し付けとは?

どれだけ高利なのですか?」


「驚かないでいただきたいのですが……5割です。

従来の慣習では2割が限度。

嘆かわしいにも程があります」


 5割とは……高すぎるな。

 明確な法がないから、高利貸の立場が強くなればやりたい放題というわけだ。

 それでも借りるしかないのか……。

 すべての高利貸が足並みを揃えているのか?

 恐らく足並みを揃えたのだろう。


 そうなれば民衆の生活は大変そうだ。


「そこまでいったら口減らしもありそうですが……。

そのような話は聞いていませんね」


「信徒を奴隷にしたとなれば、教会が介入する大義名分となります。

そこは狡猾な商人ですから『奉公人として、子供を引き取っている』と聞きました。

しかも、発覚を恐れてのことか……施設に閉じ込めて労働を強いているとか。

このような悪事を見過ごすことは、教会権威の失墜に他なりません。

断固として戦う姿勢ですが……抵抗は激しいでしょう。

剣で私を排除しよう、と考えるのは必然です。

言論なら彼らに負けませんが……。

ペンは剣より強し、とは未来で勝てるだけのこと。

目先では剣が圧倒的に強いのです。

未来に悪事が明らかになっても、民を救えません。

残念ながら……剣にはより強い剣で対抗するしかないのです。

つまり大元帥のご助力が得られればと」


 奴隷が信徒になってもなにもないが、信徒を奴隷にするのは問題となる。

 それでも、信徒側に問題があれば黙認されるが……。

 今回は暴利での貸し付けだ。

 貸し付けそのものを無効にされかねない。

 有形無形の抵抗は激しいだろう。

 実力行使も有り得る。

 だから俺の助力を欲する……か。

 一見筋は通っている。


「教会の騎士団では役に立たないのですか?」


 モーリスは、渋い顔で首をふる。

 やはり役に立たないか……。


「騎士団は、明確な悪事でないかぎり動けません。

口減らしにあった子供が餓死したとしても……事故で片付けられるでしょう。

そもそも、教会の騎士団は、世俗への介入は及び腰ですから。

聖下せいかもそれを懸念されておりまして……。

拙僧が、その解決に適任とお考えになられた模様。

ただ……拙僧だけが努力しても如何ともし難く……。

元帥のお力を借り出来れば、教会の騎士団も危機感を持つでしょう」


 思ったより、教会領の荒廃は深刻化しているようだ。

 世俗に関わらない原則を盾に事なかれ主義に走ったのかもしれない。

 もしかしたら、賄賂を受け取っている可能性すらある。


 だからこそジャンヌはモルガンと親交のあるモーリスを総督に抜擢したわけだ。

 モルガン経由で俺に泣きつくことを想定して。

 相変わらず食えない婆さんだ。


「なるほど……分かりました。

道理に適うことであれば協力しましょう。

それにしても、強硬な手段をとっては周囲から反発を買うのでは?」


 モーリスはやや顔を紅潮させて胸を張る。


「それは承知の上です。

ですが改善すれば民は再び教会に心を寄せるでしょう。

それが教会権威の復活につながり、民心の安定に寄与します。

かくして善政を敷くことが功績となり拙僧には、高い地位が約束されるでしょう。

私のような高潔な者こそ出世すべきなのです。

己を高潔という輩は胡散臭いでしょうが……。

拙僧が本物なのはルルーシュが保証してくれるでしょう。

残念ながら聖職者とは名ばかりの俗物も多い。

そのような俗物の目を覚ますためにも、妥協すべきではない……と愚考した次第であります。

騎士団も大元帥に介入されては面目丸つぶれ。

必死になって働いてくれるでしょう」


 キアラは目が点になっている。

 そりゃそうだ。


 モルガンは珍しく笑いを堪えていた。


 なんだろう。

 ここまで堂々と出世欲を披露されると言葉もない。


「そうですか……」


「それ以外にも、自治だけでは行き詰まっている現状がありまして……。

自治体同士での権益を調停する仕組みがないのです。

昔は司祭同士の話し合いで納得したのですが……。

今は司祭の話でも都合が悪ければ無視をする始末です。

本来は騎士団の力を背景に調整すべき話ですが……。

世俗不介入の悪癖が抜けきらない。

なので大元帥の助力で目を覚まさせる必要があるのです」


 そのあとは延々と所信表明をされて圧倒され続けた。

 ただ、モーリスのいう問題は正しいのだろう。


「果たして……すべて改善出来るのでしょうかね」


「拙僧とて現実を知っております。

金の亡者から民を救うことだけは必ず成し遂げなくてはいけません。

それ以外の問題は、現実と妥協しながら穏健に改善していくつもりです。

結果を見ていただければ、大元帥も満足なさることでしょう。

むしろ無名の拙僧に時間を割いたことで、先見のめいがあると益々名声が高まること請け合いです」


 モルガンの評した自画自賛が鼻につくどころの騒ぎではないぞ。

 これは呼吸する自画自賛だ。


 正直、返す言葉がない。


 そのあとは型どおり、モーリスの働きに期待すると言って会談が終わる。

 モーリスが退出したあとの応接室は微妙な空気に包まれた。


 キアラは疲れた顔でため息をつく。


「なんといいますか……。

本当に聖職者ですの?」


 モルガンがニヤニヤ笑いを浮かべる。


「キアラさま。

あの程度で驚いてはいけません。

シクスーが総督の打診を受けたとき本人は死ぬほど嫌がったのです。

教皇庁にいなくては出世もままならないと。

『自分は、教皇庁に必要な人間なのに』と嘆いていましたから。

私が『功績を挙げれば、名声も高まり結果として出世する』と唆したので……」


 キアラが曖昧な笑みを浮かべる。


「だから……あれほどやる気を見せたと?

評価に困る人ですわね」


「いえいえ。

まだまだ大人しいほうですよ。

これから届くシクスーの手紙が楽しみです。

功績自慢のフルコースにデザートは自画自賛でしょうから」


 キアラは額に手を当てる。

 軽く目眩がしたらしい。

 

 俺も苦笑するしかなかった。


「まあ……出世欲の権化でも善政になるなら構いませんよ」


 モルガンはやや真面目な顔でうなずいた。


「それは保証します。

やる気をだしてからは、赴任先の情報を詳しく調べて問題を洗いだしましたから。

問題把握と解決能力については申し分ありません。

感情の揺らぎは大きくても、頭脳明晰めいせきです。

大きな流れをつくることは出来ませんが、手直しする力量は十分かと。

大政治家ではありませんが、二流の名政治家ですよ。

基本は臆病ですが……脅されると逆に勇気が出るタイプでして……きっとやり遂げるでしょう。

問題があるとすれば、延々と続く自画自賛に耐える必要がある程度でしょうか」


 キアラは心底から嫌そうな顔をする。

 想像しただけで胃もたれしたようだ。


「ルルーシュが耐えるだけなら私は構いませんわ」


 モルガンはニヤニヤ笑って首をふった。


「そうはいきません。

自分の精勤ぶりをラヴェンナ卿にも伝えてほしい、と言われるでしょうから。

キアラさまに取り次いでいただく必要があります」


 キアラが引きった笑みを浮かべる。


「それは教皇聖下せいかに送るべきではなくて?」


 モルガンは微妙な顔で肩をすくめる。


「教皇にも送りますが、それだけでは飽き足らず、ラヴェンナ卿にも知ってほしいとなるのですよ。

シクスーにとっては、当然受けてしかるべき称賛が欲しいのです」


 キアラは力なくソファにもたれかかる。


「なんだか頭が痛くなってきましたわ……」


「それだけではありませんよ。

教会が素晴らしいなら、自分のような高潔な者が出世するべきだと信じ込んでいます。

出世欲と教会の存在意義を同一視させているのですよ。

なかなかの俗物だと思いませんか?」


 俗物なのは分かったが……。

 本当にモルガンの友人なのか?


「話だけ聞けば、ルルーシュ殿と馬が合うように思えませんが……」


「私もそう思うのですがね。

不思議と憎めないのですよ。

なにより、彼の手紙はユーモアに満ちていて……捨てるには惜しい。

実は彼に執筆を勧めているのですよ。

ラヴェンナで出版してやると。

読んでいただければ納得すると思います」


「出版は自由ですよ。

それより功名心が先走って、余計な問題を掘り起こした揚げ句……大変なことをしでかしませんかね?」


 モルガンは楽しそうに笑いだした。

 モーリスの話になると途端に人間臭くなるな。

 この男でも友情はあるらしい。


「それは心配無用です。

そもそもシクスーは、妥協を重ねてゆっくりと出世してきた男でしてね……。

現教皇が即位するときの愚痴がまた傑作でした。

『たしかに女が教皇になれないという不文律はない。

だが慣習に反するだろう。

それとも……老婆は閉経しているから女じゃない。

男と然程変わらない……とでもいうつもりなのか?

鉄の聖女と呼ばれていたのは昔のことだ。

とっくに鉄は錆びているはずだろう?

困難な時期にお迎えがきそうな老婆を教皇にしてどうするつもりだ。

教会ごと天に召させるつもりなのか!』

と私に言ってきましたよ」


 キアラの目が点になる。

 そりゃそうだ。

 俺だったコメントに困る。

 

「そこまで文句を言っていたのに従ったのですか?」


「そうです。

それを私が指摘するとあっさり訂正しましたよ。

『あれは誤りだったと素直に認める。

困難な時期だからこそ、強い教皇が必要なのだ。

鉄は錆びるどころか、切れ味が増している。

聖下せいかほど現状に適した御方はいない。

君は手のひら返しと笑うだろう。

だが……前言に固執するのは智者ちしゃの行いではない。

時の流れには従うのが智者ちしゃなのだ』

と開き直っていましたから。

このように状況次第であっさり妥協するのです」


「それだと高利貸とも妥協しませんかね」


 モルガンはニヤリと笑う。


「そこは問題ありません。

シクスーにも譲れない点がありましてね。

苛斂誅求かれんちゅうきゅう貪婪どんらんな統治を嫌うのです。

その場合は、妥協せずに沈黙を守るか逃げ出すでしょう。

ところが、教皇から総督に任じられたので逃げることは出来ません。

しかも、ラヴェンナ卿の助力を仰いで沈黙など出来ません。

なにより私が追い込みます。

妥協心より名誉心が勝りますよ。

しかも根はお人好しで……困窮する民を見捨てられないのです。

ですから、民から富を吸い上げることは一切しません。

ただ金持ちからの寄進は受け取るでしょうね。

だからと不当な便宜を図ることはないでしょう。

ただと思い込むだけですから」


 モルガンにしては饒舌だ。

 奇妙な友人関係だよ。

 それにしても……まったく聖職者に思えないな。


 だが面会での義憤は演技に思えなかったからなぁ……。

 根っからのお人好しなのだろう。


 キアラが皮肉な笑みを浮かべる。


「友人の弁護には熱が入るのね。

ルルーシュにもとは驚きよ」


 モルガンは澄ました顔で肩をすくめる。


「ラヴェンナ卿に比べたら私は真っ当も真っ当。

人間そのものですよ」


 キアラはジト目でモルガンを睨む。


「そこでをだすのは反則だと思わなくて?」


 おい……ってなんだよ。

 モルガンは涼しい顔で一礼する。


「これは失礼しました。

たしかにを持ちだすのは反則ですな」


 キアラとモルガンは笑い合った。

 俺は人間だぞ


 それにしても、このふたり……仲が悪いようで……それなりに上手くやっているのか?

 俺をダシにしているのは納得出来んが。

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