893話 決断の連続性

 ソフィとの面会を終えて、屋敷に戻る。

 既に、ベンジャミンとマウリツィオが待っていると、報告があった。

 まずはベンジャミンと話さなくてはいけない。

 マウリツィオはその進展次第だ。


 理性で考えれば、問題はない。

 だが……理性と別次元の戒律を、至上とする石版の民だ。

 成功する確証はない。

 俺にとっても、大きな賭けだ。

 

 だが一度張ったら、最後まで張り通すのみ。

 それがすべてではないが……。

 俺の賭けは、かなり特殊だ。

 新しい社会を、既存と並立させる。

 どうしても普通の取引では成立しないほど、此方こちらに分が悪い。

 だからこそ、途中で引き返したり立ち止まることは出来ないだろう。

 途中で日和ひよるくらいなら……やらないほうがマシ。


 だが……博打は苦手だ。

 博打で高揚する人が、すこし羨ましいな。


 応接室に待っていたベンジャミンは、俺が入室すると起立した。

 お互い挨拶を済ませて、本題にはいる。

 戦力として預かっている石版の民3000人を、教皇ジャンヌの護衛として、教皇庁に入れること。

 ここまでを聞いたベンジャミンは冷静だが目は鋭くなっている。

 さらには一時的でも、教皇の指揮下に置かれる……と聞いたとき、ベンジャミンは厳しい顔で目をつむった。

 ここからが勝負所だな。


「石版の民にとって、容易に飲み下せない話なのは知っています。

そこは曲げて納得していただきたい」


 ベンジャミンは、表情にこそださないが不快だろう。

 それほどに大きな話だ。


「ラヴェンナ卿に戦力をお預けした際に、好きに使っていただいて構わないと申し上げました。

それでもされるのですか?」


 もし最初の約束を盾に、俺が強行すれば、ベンジャミンは抗しきれない。

 それなら同胞への言い訳も立つ。

 これほど困難な選択を強いたのか……。

 不快感の元はそれだろう。


 それも考えた。

 だが……ここは、決断を促すのが最善だろう。

 どうしても、ベンジャミンに納得してもらう必要があるからだ。


「好きに使う範囲が、ベンジャミン殿の想定を超えているからです。

言葉を盾に強引に進めても、なんら益はありません。

ですから納得していただく必要があります」


「言わずに私との約束を盾に動かしても、同胞は従いましょう」


 その結果、どうなる?その場は凌げるだろう。

 だがベンジャミンの立場はどうなる?ただの伝言役に成り下がる。

 同胞への発言力も低下するだろう。

 そうなると石版の民は制御が効かなくなり、周囲から責任を問われる。

 目の前の困難を避けて、将来に禍根を残す。

 俺にそのような選択をする度胸はない。


「かもしれません。

ですが……ベンジャミン殿の発言力が小さくなっては困ります。

石版の民が私に持つ印象は、無関心なその他より悪くなるでしょう。

そしてその他から私は依然として石版の民の後見人。

その後はろくな未来が待っていません。

一時の困難を避けて、後の災いを招くのは愚行と思っています」


 外交は誠実さが基本……という奇麗事を信じたからではない。

 そう見せかけることは大事だ。

 だが……今回の話は、それと異なる。

 今後問題になりそうなことを、ここで片付けておきたい。

 それと……聡明そうめいなベンジャミンですら忘れがちな事実を確認させる必要もある。

 俺の目利きが狂っていたら、会談は決裂するだろう。

 自分の目利きを問われる場面でもあった。


 ベンジャミンは渋い顔で髭をしごいた。


「なるほど……。

正直にお話しいただいたことで、私は難しい立場に立たされることになります。

ラッビーイーム会議に諮るべき問題となりますが……。

議論百出して容易に結論などでないでしょう。

それでは間に合わない。

つまり……私の独断で了承せよと」


 まずは前提を理解してくれたようだな。

 非常に危険な決断を迫っていることは、間違いない。

 だが……もうひとつ大事な理由があった。

 石版の民を動員出来るだけ、ベンジャミンは信頼されているだろう。

 異教徒の言葉に耳を貸さずとも、同胞の言葉なら耳を貸すはずだ。

 俺の真意を理解してくれれば、不要な摩擦を避けることが出来る。


 ただ……難事だろう。

 言いくるめてなんとかなる相手ではない。

 なにせ議論が趣味の民族だ。

 すこしでも論拠が怪しければ、納得などすまい。


「それだけではありません。

お預かりしている石版の民を、説得もしていただきたい。

不平を抱えた護衛など虚仮威しにしかなりません」


 不満が高まるとは……内通のリスクが跳ね上がることになる。

 それでは困る。

 完全にリスクを排除出来ないが、リスクだらけより遙かに対処しやすい。


 それにジャンヌが失望するだろう。

 足手まといを護衛として送り込まれてはな……。

 ベンジャミンは天を仰いで嘆息する。

 内心頭を抱えているのだろう。

 可能なら、俺だって面倒なことはしたくないが……。

 避けるとさらなる難事が待っている。


「理屈はわかります。

極めて難しい選択を迫られるのですね」


 そろそろ説得にはいるか。

 話の通じる相手だからこそ、理屈だけでは押し通せない。

 だが人は、理性だけで生きるにあらず。

 むしろ感情が主人だ。

 主人たる感情を暴れさせないように配慮が欠かせない。


「建国を目的とするのであれば、避けては通れないでしょう。

すべての国と断絶するなら、問題ありませんがね。

それは他国から攻められても、誰も文句を言わないことにつながります。

むしろ火事場泥棒を企む者すら現れるでしょう」


 ベンジャミンの目が鋭くなる。

 これだけで説得出来るとは思っていない。


「我々の土地が豊か……とは限りますまい。

ただ気に入らないからと、侵略を企図するものでしょうか?」


 まずは感情のマイナス要素を、すこしでも軽減する必要があるな。

 俺が普段からお世辞を言っていると困難だが……。

 お世辞を嫌っている俺だから使える手がある。


「あなた方は極めて優秀な民族です。

だからこそ、痩せた土地であろうとも富み栄える土地にするでしょう。

100年後どうなっているか……。

商売は続けるが、それ以上の関わりを、戒律を掲げて避け続けたら?」


 ベンジャミンはいぶかしげな顔になる。

 複雑な心情が表情に表れたようだ。

 自分たちの優秀さには、自信があるのだろう。

 事実そうだ。

 でなければとっくに滅んでいる。

 それでも俺の口から称賛されると嬉しいのだろう。

 やや不快感は和らいだようだ。


「それが今回の話と、どう関係するのでしょうか?」


「今回の護衛に成功すれば、教会は迫害をやめ、石版の民を世界の一員として認めます。

公の発言力を、手にすることも出来るでしょう。

そもそも石版の民が迫害されて日陰に生きたのは、世界の一員として認められなかったからです」


 ベンジャミンの顔が厳しくなる。

 あえて危険なところに踏み込む。

 被害者意識の強い民族だ。

 ひとつ間違えれば、取り返しがつかない。

 それだけ危険だからこそ、突破口がある。


「我らが故国を追われたのは、非があったからではありません。

それを飲み下して……認めさせるための代価を払えと?

しかも迫害の主導者は教会です。

教皇を守るなど……理不尽ではありませんか」


 石版の民はそう思うだろう。

 飲み下せない理由はこれだ。

 これは普通なら決して口にしない。

 

 危険に踏み込んだが故の発言だ。

 これを待っていた。


「ひとつベンジャミン殿は、思い違いをされています。

非はありました」


 ベンジャミンの顔から、表情が消える。

 被害者意識を、強く刺激されたのだろう。

 自分たちは被害者との思いが強いからな。

 だからこそ結束が強い。

 戒律の存在あってこそだ。

 

「それはなんでしょうか?」


 頭では理解しているが、心情的に拒む部分を指摘するだけだ。


「この世で一番狙われるのは金貸しですよ。

それなのに自己防衛を軽視した。

世界は戒律の元に生きていません。

力が大前提となります。

危険な隣人が現れたのに無防備なまま……。

しかも隣人の欲しがるものを持っている。

これだけで隣人が襲う理由としては十分でしょう。

自分は悪いことをしていない。

だから襲われないなど、お伽噺とぎばなしでもありえない。

ただ……過去の話を思い悩んでも詮無きことです」


 ベンジャミンは肩を落とす。

 これを痛感したからこそ、俺の庇護を求め、祖国の再興を望んだのだ。


「それが非だと……。

返す言葉もありません」


「あなた方が教会に良くない感情を持っているのは当然です。

それを否定する権利は私にはない。

大きな決断を迫っていることはたしかです。

それでも建国を目指すなら避けては通れないでしょう」


 ベンジャミンは眉をひそめる。

 理解したくないと、心が拒んでいるのだろう。


「建国と異端者を守るのみならず……。

遺恨ある教会の首魁に従うことと、どのような関係が?」


 石版の民にすれば、教会は異端だろう。

 だが戒律には明記されていない。

 解釈の問題だが……。

 石版の民にとって正当な解釈だ。

 それを公言しては危険すぎる。

 ベンジャミンらしからぬ表現だ。

 それだけ刺激が強かったのだろう。


「すこし話はれますが……。

『ひとつの例外は、さらなる例外を呼ぶ』

この言葉はご存じですか?」


 ベンジャミンは急に真顔に戻る。

 失言とも捉えかねない言葉を、俺がスルーしたことで冷静になったのだろう。

 すくなくとも俺に悪意がないことだけは理解したはずだ。

 言葉の揚げ足を取って、無理に認めさせる気などない。


「勿論です。

知っていることを、あえて確認されるとは……。

なにか続きがあるのでしょうか?」


 知っていることを問うたのは、冷静になる時間を作るためだ。

 感情の揺らぎが強いときに考えさせるのは、いい結果を生まない。


「ええ。

なにもこの話は、例外のみに限った話ではありません。

『ひとつの決断は、次の決断の呼び水である』

私はそう考えています」


「決断が決断を呼ぶ……ですか」


 決断とは今の環境を変えることだ。

 当然、次の決断が待っている。

 一度の決断で済むなら、その決断は小さいだけの話だ。


「人は決断するとき、現状と将来について、必死に考えを巡らせます。

ただ決断を強いられる状況は、最初の決断から連続している。

これを多くの人は忘れているように思えますね。

私が何故貴方たちの建国願望に、ノーを突きつけなかったのか……。

それを考えてください」


 ベンジャミンは眉をひそめて、暫く沈黙する。

 俺は黙って待つ。

 ベンジャミンは大きなため息をついた。


「その場での関係悪化を恐れるお方ではありません。

私は『否定しても無駄。 それなら将来への布石として、曖昧な回答を選択した』と考えました。

それだけでは足りないと?」


 その認識は間違っていない。

 だが……それは枝葉にすぎないのだ。

 やはり思いが至っていないか。


「残念ながら……ね。

最初の決断はなんでしたか?

『社会に認知される危険を冒してでも、表舞台にでる』

私はそう受け取りましたよ」


 ベンジャミンは驚いた顔になる。

 俺が違う視点で物事を見ていたことに、驚きを隠せなかったようだ。


「もしや……建国願望は、最初の決断と矛盾しないが故ですか」


 此方こちらの話を、真剣に聞く気になったな。

 相手の前提をひっくり返せば、話をしやすい。


「ええ。

なにかを実現するには、必要な力の量があるでしょう。

多くの人が決断して、途中で失敗するのは、その連続性と力の総量を考慮しないからです。

目の前が断崖絶壁なら直進しても、力を使い果たす。

だからと安易な道を選んでは……。

回り道ばかりで、力を使い果たすでしょう」


 ベンジャミンはすこし俯いて、再び沈黙した。

 俺の言葉そのものを否定する気はないようだ。

 それでも心情的に納得し難いのだろう。

 ベンジャミンが顔を上げた。


「今回のお話を拒否するのは……。

安易な回り道とおっしゃいますか?」


「心情的には納得し難いでしょう。

ここは大きな分岐点です。

その回り道は、あまりに遠く途中で力尽きるでしょう」


「ラヴェンナ卿が強い言葉を使われるとき……。

必ずなにかの意図があるのでしょう

仔細をお伺いしたく」


 ようやく本心から話を聞く気になってくれたか。

 今までの信頼関係があればこそだ。

 今なら理屈を納得してくれるだろう。


「今回心情に従って拒否するとは……。

最初の決断とは、真逆の方向なのですよ。

決して教会とは和解しない意思表示ですからね。

敵対もしないのが、貴方たちの本意でしょう。

社会はそう受け取りません。

それなら最初から決断しないほうがマシではありませんか?

石版の民内でも、異論がでると思います。

そしてベンジャミン殿の反論は弱くなる。

その場限りの理屈では正しくとも……。

最初の決断と矛盾するのですから」


 ベンジャミンは力なく頭をふった。

 俺に協力するときも、全会一致とはならなかったろう。

 だからこそ拒否した場合……。

 同胞との議論では、勝ち目がなくなると理解したようだ。


「建国を望んだが故に、決断を迫られたと」


「違います。

それは決断ではなく、願望に過ぎません。

ただ歩んでいく道に反した願望ではありませんでした。

貴方たちは2度目の決断をしたでしょう。

人類連合設立の際に、私に助力することで、旗幟を鮮明にしたことです。

これによって次の選択が迫ってくる。

それは教会との関係を明確にする決断です。

そのときがきただけです」


 俺は最初の決断に賛同した。

 その延長線上で動いたにすぎない。

 もし最初の決断と矛盾するような動きを示していたら、とうに見捨てていた。

 だからこそ今回は矛盾しないが、飲み下し難い話を説得している。


「たしかに連続性で考えると、教会との関係は避けては通れませんが……。

そこまで重要視されるのですか?

凋落著しいでしょう」


 再び認めたくない感情が湧き上がったようだ。

 それほど、遺恨の根は深いのだろう。

 俺は考えなしに、このような提案をしたわけではない。


「たしかに凋落しているから無視しても構わない。

それも一理あります。

昔のような絶対的な力は持っていませんからね。

それは目に見える力です。

見えない力は、いまだに絶対的ですよ。

そして教皇聖下せいかは、それを見誤らなかった。

なればこそ無視は下策でしょう」


「見えない力ですか?」


 もう理解しているだろう。

 だからと突き放してはいけない。

 今は感情と理性が綱引きをしていて、理性がやや優勢なだけ。

 ここでは理性に助太刀しなくては。


「このような状況下でも、村や町の民は、教会の司祭を頼ります。

教会ではなく、司祭個人を頼りにですが……。

そのような人材が、末端を支えている組織は強い。

もし貴方たちが教会を無視して、建国に走ると、教会は既存秩序への挑戦と受け取るでしょう。

聖下せいかはそれを見過ごさない。

かなり分が悪くなりますよ」


「たしか教皇は、齢70を超えるとか。

ラヴェンナ卿のようにお若いならまだしも……。

次の教皇が、同じような指導力を発揮出来る保証はないかと」


 老人を頼りに重要な決断など無駄になるのではないか……。

 それなら次の教皇で隙が出来るかもしれない。

 なにも無理に心情を押し殺して強調する必要はない。


 当然の理屈に思える。

 だが……もう一押しだ。

 理屈ではない将来の予測に逃げはじめたのだから。


「そうでしょうね。

数段スケールは小さくなります。

ただ……今を逃せば、教会が石版の民を認めることは、今後数百年ない。

指導力がある聖下せいかだからこそ出来るのです。

教会にしても、暗黙の迫害だからこそ撤回する余地がある。

そしてそれを認めています。

貴方たちが決して譲れないのは戒律でしょう。

そこに明記されていますか?

異端に手を貸してはいけないと」


 ベンジャミンは厳しい顔で、首をふった。


「ありません。

教会は異端の概念と完全に一致しません。

ただ……解釈次第です」


 たしか開祖サムエルは『戒律は期限切れで、新たな契約によって戒律を完成させる必要がある』と言っていたらしい。

 元々は石版の民の一宗派だったが、独立してたもとわかった。

 戒律への解釈が異なるためだ。


 ベンジャミンは『教会は信条的には異端、解釈的には異教と見なしています』と言っていた。

 つまりは感情の話だ。


 もし社会に認知されたいなら、それは悪手。

 余所者が存在を認めさせるには、かなりの労力が必要になる。

 そしてなにより大事なのは、この恨みは伝統的なものだ。

 伝統だからよいとは限らない。

 よい伝統は残し、悪しき伝統は過去に封印するべきだろう。

 普通は逆になるのだが……。


「もし貴方たちが、国を奪われた直後なら……。

このような話は持ちかけません。

受け入れるほうが無理ですからね。

今はどうか。

語り継がれた恨みと、今までの境遇が拒否反応に駆り立てている。

その感情を大事にしたいと思うなら、最初から社会の表舞台にでて来るべきではなかった」


「恨みは捨てよ、とおっしゃいますか」


 そこまで、内心に踏み込むつもりはない。

 無理なだけでなく無益だ。

 それにしても……ベンジャミンほどの知恵者でも、慣習から自由になれないか。

 だからこそ内部で、一定の信望があるのだろう。


「いえ。

貴方たちの内心に土足で踏み込み、正論を振りかざし……。

自分が悦に浸る趣味はありません。

私が問いたいことは簡単です。

子孫のために、国が欲しいのでしょう?

未来に残すのは……国か恨み。

普通であれば論じる必要もない。

ですが……貴方たちが持つ恨みの重さを、私は軽々に口に出来ません。

だからこそ選択を委ねた。

どちらを大事にするか考えてください」


 ベンジャミンは、暫く沈黙してから大きなため息を漏らした。


「ラヴェンナ卿は厳しいお方ですね。

だまし討ちはせずに、正面から選択を迫ってくる。

あくまで自分で決めよと……」


 大事な選択だからな。

 当然だろう。

 俺は後見人のような立場であって主人ではない。

 背を押すことや警告は出来るが、強制する権利や義務がないだけだ。


「貴方たちの未来は、貴方たちのものですからね。

ひとつ言い添えておきます

教会にとってもこれを飲み下すのは難事だった。

異教徒に教皇を守らせるなど前代未聞ですから。

そして私にとっても、大きなリスクを伴う決断です」


 ベンジャミンは意外そうな顔をして頭をかく。


「たしかに……。

我々のことばかり考えてしまいましたが、それだけではありませんでした。

たしかに護衛に失敗すれば、ラヴェンナ卿への信頼は地に落ちます。

そこまで危ない橋を渡られるのは何故ですか?

我々への好意でないことは、重々承知しています」


「今までは未知の存在は、恩恵をもたらす存在と思い込んで来たでしょう。

使徒など人知を超えた力の持ち主など、未知の存在そのものです。

でも……あるが、ままを受け入れて問題なかった。

ところが聖ひつ所持者の暴挙で、未知の存在への恐怖が沸き起こります。

石版の民は、未知の存在に近いでしょう?」


 ベンジャミンは渋い顔になる。

 そのようなことはない……と反論しようにも反論出来ないことを自覚したのだろう。


「知らないから、いくらでも恐怖出来るわけですか」


「建国までしたとなれば、貴方たちに侵略の意図がなくても、人々は恐怖します。

そして因縁のある教会は尚更。

そうなると、討伐の気運が高まります。

矢面に立たされるのはラヴェンナですよ。

関わりが深かったのですから。

『お前たちが責任を取れ』と言われては……逃げられません」


 ベンジャミンは真顔でうなずく。

 すべてに納得したらしい。


「なるほど……。

ここで私が拒否すると、ラヴェンナとの関係も変わってくるわけですか」


 あくまで確認か。

 当然脅しにも近い言葉になるので、あえて言わなかったのだが……。


「状況次第では。

どちらを選択しても変化しますよ。

ここで聖下せいかを守りきれればどうなりますか?

私は表だって貴方たちを擁護することが出来ます。

大変重い決断を強いたのですからね。

もし受けてくれれば……貴方たちが不幸にならないよう、最大限努力する責任が私にも生じるでしょう」


 ベンジャミンは真剣な顔でうなずいた。

 どうやら決心してくれたようだ。


「わかりました。

私が命に代えても、同胞を説得します。

正直生きた心地はしませんが……。

これも子孫のためと思えば乗り越えることが出来ます。

息子たちにはよき未来を残したいですから」


 子供がいたのか……。

 決意した理由の大部分はそれだったのかもしれないな。


「それは初耳です。

ならば尚更失敗出来ませんね。

教皇庁は知らない土地でしょう? 冒険者ギルドに支援させます」


「有り難うございます。

ところで素朴な疑問なのですが……。

決断は次の決断を呼ぶ、とおっしゃいました。

もし最初の決断が誤っていたと気付いたときは、どうすべきですか?」


 決心して落ち着いたからか。

 もうひとつのケースが、気になったのだろう。


「簡単です。

拙速でも早く引き返す。

多少の損得勘定より、時間が貴重なものになるでしょう。

ただ逃げればいい……とはなりませんがね」


 ベンジャミンは妙に感心した顔でうなずいた。

 言われてみれば当然だと思ったのかもしれない。


「なるほど……。

一度決断したからと進むばかりではないのですね」


「進むことと留まることしか知らない獣は……運命という理不尽な猟師に狩られるだけですよ。

言うは易し……ですがね。

人は未練という欲に囚われて、危機が迫っても留まってしまいますから」

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