860話 聞く権利

 イポリートに頼んだ脚本家がやってきた。

 フラヴィ・ローズモンド・アズナヴール。

 ミドルネームがついていても未婚女性だ。

 

 アラン王国では、未婚でもミドルネームをつける家庭はあるそうだからな。


 それより驚いたのが年齢だ。

 フラヴィは16歳。

 イポリートはアラン王国をでていたが、たまに帰郷をしていたのかもしれない。

 ロマン即位時に、親戚の伝手を頼って、ランゴバルド王国に避難していたらしい。

 そのときに知り合ったと考えるべきだろうが……。


 俺に推薦したとなれば、イポリート本人の見識も問われる。

 つまり高い才能を認めているのだろう。


 推薦の内容は、子供を褒めるものではない。

 ひとりの芸術家として彼女を評価している。


 それにしても……。

 歳が親子ほど離れていても、才能があれば敬意を払う。

 イポリートらしい。


 だからと芸術の才能がない人を見下してはいない。

 見下すのは、才能があるフリをして、自尊心を満足させる連中だ。

 俺と波長が合ったのは、そのあたりの好みが一致しているからだろう。

 

 推薦状には、注意書きがあった。


 人生経験の短さから、荒削りな部分がある。

 ただ観察眼は鋭く、情熱があって向上心も強い。

 鋭すぎる嫌いもあるが、これは教えて伸ばすことが難しい。

 希有な才能だと評している。

 長所を伸ばせば、必ず大成するとも。


 たしかに観察眼に秀でない人は、努力すれば人並になれる。

 だが鋭いとなると……。

 直感も含まれる領域なので、立派な才能と見るべきだろう。

 イポリートが将来に太鼓判を押すとは珍しい。

 ただ絶賛するだけではない。


 もしこれが短期的な仕事であれば他を推薦した……とあるな。


 いきなり完璧な仕事は出来ないと言っている。

 それで問題ない。

 そもそもこれは新しいジャンルなのだ。

 普通の劇とは違う。

 

 将来を見込んだ理由も書かれていた。


 俺は必ず未来を見据えている。

 場当たり的な対処をしないので、長期的な成果を考えているはずだ。

 それならば……彼女を超える逸材はいない。

 俺なら短所を消して、長所を殺すようなことはしないだろうと。


 俺もそうありたいと思うが、出来ているとは断言できない。

 答えがでるのはもっと先の話だからな。


 わざわざイポリートが短所と書いたとなれば、かなり目立つのだろう。

 それがコミュニケーションに難のあることだ。

 だからサポートしてほしいと。

 複雑な家庭で育ったせいだと思われる。

 詳細は本人に許可をとっていないので記せない。


 と書かれていた。


 これが俺に伝えられるギリギリのラインなのだろう。

 つまりフラヴィにとって、この話はトラウマなのかもしれない。

 好奇心から安易に聞く内容ではないだろう。

 『聞いてくれ』と書かれていないからな。

 判断は俺に委ねたいのだろう。


 フラヴィか……。

 きっとイポリートは、ラヴェンナに呼びたかったろう。

 だがこの部分がネックで呼べなかった。

 イポリートの知る限り、俺ぐらいしかサポートできる人が思い当たらなかったようだ。

 ライサなら出来ると思うが夜型だからなぁ……。


 俺がフラヴィ専属の世話役になったら、皆が納得しないだろう。

 イポリートはそれを知っているから、なにも言ってこなかったわけだ。


 だが状況が変わった。

 重要な任務に必要な人材を求めたからな。

 なので短所も書いた上で推薦したわけだ。

 


 16歳は成人でもなりたてだ。

 固定観念に染まりがちな大人よりは、新しい価値観により適しているだろう。


 イデルフォンソと面会させる前に、先に話をしておいたほうがいいな。

 キアラとカルメンに、同席を頼む。

 年齢の近い女性が同席すれば、すこしは気が楽になるだろう。


 応接室で待っていたのは、眼鏡を掛けた赤毛の女性だった。

 とても色白で小柄。

 華奢だな。

 キアラとカルメンの中間……くらいか。


 うつむき気味で、そばかすと癖毛が強め。

 目は暗い青。


 どことなく自信なさげだ。


 自己紹介をはじめたが、フラヴィは消え入れそうな声で返事をする。

 ただカルメンの名前を聞くと、表情が一変した。


「あ! カルメン・デッロレフィチェさん!

もしかして……。

名探偵として有名なデッロレフィチェさんですか!」


 カルメンの視線が泳ぐ。

 この熱意あふれる好意と尊敬の眼差しは苦手らしい。


「あ~。

そんなふうに呼ばれることもあるわね……」


 フラヴィは頰が紅潮して、目が輝いている。


「あ、あたし……。

大ファンなんです!

お会いできて光栄です!!」


 早口になって、声のトーンまで高くなった。

 カルメンはフラヴィから、手を差し出されたので、苦笑しながら握手する。


「そんな大層ものじゃないわよ……。

とにかく話は、あとで聞くから」


 フラヴィは、顔を赤くして頰に両手を添えた。


「あ……。

すみません! 興奮してつい……。

もう一生手は洗いません!!」


 カルメンが救いを求めるような顔で、俺を見た。

 どうも落ち着かないらしい。

 気持ちはよくわかる。


「ではそろそろ、本題に戻ってもよろしいでしょうか?」


 フラヴィは顔面蒼白そうはくになって、肩を落とす。


「あ……。

そ……その……。

申し訳ありません!!」


 俺は笑って手をふる。


「気にしていませんよ。

憧れていた人に会えて、つい高揚してしまったのでしょう。

話を戻します。

放送を見たことはありますか?」


 俺が咎めずに本題に進んだことで、フラヴィは安堵あんどした顔になる。

 なんとなく見えてきたな。

 複雑な家庭環境とやらが。

 これは結構難儀しそうだ。


「あ……。

はい」


「ではランゴバルド王国側のやっている劇は?」


 フラヴィの声は、どんどん小さくなる。


「一応は……」


 どうしたものか。

 このままだと、本音を聞き出せそうにない。

 個人的な心情を聞くつもりはないが、仕事に関しては、本音を語ってくれないと困る。


「アズナヴールさん。

私はイポリート師範が、いい加減な推薦をしないと確信していましてね……。

つまりアズナヴールさんを、有能な作家と考えています

そこで放送された劇の感想を、率直に聞かせてくれませんか?」


 フラヴィは助けを求めるような顔で、カルメンを見た。

 カルメンは苦笑して、髪をかき上げる。


「アズナヴールさん。

アルフレードさまが、そう言ったなら思ったこと率直に話したほうがいいわよ。

あとから文句をいうことは、絶対ないわ。

私が保証する」


 フラヴィはやや、上目遣いでうなずいた。

 普通の人なら、このやりとりに苛立つかもしれない。

 だが俺の持った感想は違う。

 オフェリーに対して感じたものと似た……。

 つまりは歪んだ教育の被害者として、気の毒に思うことだ。


「よ……よろしければ、フラヴィと呼んでください」


 これは、カルメンにだけ向けた言葉だな。

 この場にいる全員が、そうだと勘違いしてしまうが……。


 カルメンは一瞬俺を見てから、真顔になる。


「じゃあフラヴィ。

アルフレードさまに話してくれる?」


「わかりました。

短くまとめていて、よく出来ていると思います。

ただ……ちょっと……」


 なおも口ごもるか。

 それでもこの言葉を発するには、勇気が必要だったろう。

 言葉をひとつ間違えれば、かなり傷つけることになる。


「遠慮なくどうぞ。

そうでなくては、アズナヴールさんがどのような見識を持っているかわかりませんので。

あとから非難することは絶対にありません。

ただ思ったことを聞かせてほしい。

それだけです」


 フラヴィはしばらく躊躇ためらってから、顔を上げた。

 やはり安易に、名前で呼ばなくて正解だったな。


「足りないかな……と」


「それはすべてに対してですか? それともある特定のものに関してか……。

どちらでしょうか」


 俺が語気を一切強めなかったので、フラヴィはすこし安堵あんどしたようだ。

 やはりなぁ……。

 いつもならここで詰問されていたのだろう。


「ええと……。

ちょっと淡泊かなと思います。

慣れてくると飽きが来ますから」


「なるほど。

いい視点ですね。

これならお任せして大丈夫でしょう。

私の要望は聞いていますか?」


 褒められたことが意外だったのか、フラヴィは驚いた顔になる。

 イポリートが評価した才能を産んだのは、歪んだ教育の賜なのか……。

 歪んだ教育でも折れなかったからなのか。


「はい。

亜人差別を否定する内容の脚本で、それが目立たないように……。

そう伺っています」


「私からの注文はそれだけです。

出来ますか?

難しい場合は、どのような支援があれば可能か。

あっても不可能なのか……。

それを教えてください。

断っておきますが、完璧を求めません。

数をこなして完成度をより高めていってほしいのです」


 フラヴィがさらに驚いた顔になる。


「支援してくださるのですか?」


「そもそもこのような仕組みははじめてです。

想定しても予想外は、必ず起こるでしょう。

なので限界まで引っ張ってダメだった、と報告されるより……。

早めに問題があれば相談してくれたほうが助かります」


 フラヴィは半信半疑の表情だ。

 それを見たカルメンが苦笑する。


「アルフレードさまがそう言ったら本当よ。

だから信じていいわ。

あとアルフレードさまは、意図的な怠慢でない限り怒らないからね」


「わかりました。

放送の責任者さんと相談する必要はありますけど……。

そこでちょっとお願いが……」


 なんとなく、想像がつく。

 でもここで、下手に忖度そんたくして的中しては不味い。

 俺ならなんでも察してくれる……と思われては困る。

 今は察することが出来る。

 それは初対面という、限られたシチュエーションだからだ。


 今後は察することが出来ると限らない。

 そのとき、フラヴィは裏切られたと思い傷つくだろう。

 下手をすれば、自傷行為に走りかねない。

 そのような危うさすら感じる。


「遠慮なくどうぞ」


 フラヴィはしばらく躊躇ためらってから、小さく息を吸い込んだ。


「私は知らない人と、会話が苦手なので……。

文章でのやりとりのほうが、ちゃんと意見を伝えられます」


 やはりな。

 イルデフォンソはこの手のやりとりを嫌うだろう。


「なるほど。

わかりました。

その方向で話してみましょう。

そうなると執筆する部屋にこもる感じになりますか?」


 フラヴィは、目を丸くして口を開ける。

 俺の対応が信じられないようだ。


「…………えっ?

いいのですか!?」


「創作活動に私は疎いですからね。

それでも芸術家はイポリート師範のようにこだわりがあって、それぞれに適した環境があるとも知っています。

もしかして連絡は、毎日決まった時間にしたほうがいいですか?」


 フラヴィは面白いくらい、力強くうなずいた。


「すごく助かります。

いつも休む時間は決めていますから……」


 これで俺のやれることは決まったな。

 あとは、いい脚本を書いてくれるように願おう。


「では必要なものは、その都度教えてください」


 フラヴィは、感慨深い顔で息を吐いた。


「すみません……。

すんなり理解されるのは驚きました。

生まれてはじめてです」


「創作活動は、普通の仕事と質が違います。

やり方もそれぞれで違うでしょう。

なので画一的な業務のように縛っては、時間と金の無駄になります。

こちらがそれを押しつけて……。

仕事に影響しては、元も子もありません」


「はあ……。

ただただ驚きです。

イポリートさんから、これ以上ないくらい理解がある最高のパトロンだ……と聞きました。

あたしからすれば、イポリートさんは、誰とでもうまくやれるから……半信半疑でした。

でも本当みたいですね」


 そう言いつつも、まだ心のどこかでは引っかかっているようだ。

 だからとそれを非難する気はない。

 そもそも決めるには早い。


「その評価を下すのは早いでしょう。

ね」


 フラヴィは驚いた顔をしたが、すこし頰を赤らめた。

 あくまで対等の立場だと強調したのだ。

 それを悟って嬉しくなったのだろう。

 誰だって人から認められれば嬉しいものだ。


「頑張ります!!」


 このあと打ち合わせを済ませて、フラヴィは用意してある宿に向かった。

 すっかり元気な顔になったので一安心だ。


 最後にカルメンと握手することだけは忘れなかった。

 

 キアラはすこし疲れた顔でため息をつく。


「なにを言ったらダメかわからなくて……。

なにも言えませんでしたわ」


「そうですね。

でもアズナヴールさんが、カルメンさんのファンで助かりました。

そこを突破口に、スムーズに話が出来ましたからね。

もしかしてカルメンさんは人気者だったのですか」


 カルメンは自嘲の笑みを浮かべ、髪をかき上げる。


「うーん。

アルフレードさまと同じで、評価は極端ですよ。

生意気だとか……女のくせに……とか文句は多いですから。

どうでもいいですけど」


 どうでもいいと言いつつも、すこし気になるようだ。

 これが何度も『どうでもいい』を繰り返すと、かなり気にしていることになる。

 そんな様子がないなら、なにもいうことはない。


「人はどこからでも言葉を持ってきて気に入らないものを叩く。

そんな悪癖がありますからね。

当然正しい批判はありますけど……。

悪癖からでた言葉は、根拠がないのですぐわかるでしょう?

そうやって叩いた言葉に、意味はありません。

気にしないのは正解でしょう。

なんでもいいのですから。

手頃な棒きれ程度ですよ。

棒の種類に思い悩むより……。

そんな相手から離れたほうがいいと思います」


 カルメンは苦笑して手をふった。


「その点は大丈夫です。

ラヴェンナに来てから聞かなくなりましたから。

それにしても……。

フラヴィは変わっていますね。

あのタイプの子って、とても対応が難しいですよ。

でもアルフレードさまは、方法を知っていましたよね。

普通は知らないはずです。

まあ……今更驚かないですけど」


 キアラも苦笑する。

 対処に困ったのだろう。

 この手のタイプと接する経験は少ないからな。

 オフェリーも近いが社交的だ。

 だからなんとかなったが……。

 フラヴィは違うからなぁ。

 さらに重症だ。


「かなりアズナヴールに、気を使っていましたね。

それが通じたかどうか……わかりませんけど」


 ひとつ間違えたら信頼関係の構築は、大変困難になるよ。

 依存になるか、拒絶になるか。

 極端に陥りやすい。


「オフェリーとすこし似たところがありましたから。

人との距離感をつかむのが、不得手なタイプだと思います。

それ以上のコメントは差し控えましょう

勝手に臆測を語るのは失礼ですからね」


 キアラはうなずいて、大きなため息をつく。


「でも文章のやりとりって大変そうですわね。

プライドの高いセッテンブリーニが承知しますの?」


 普通なら、絶対に承知しないだろうな。


「私が間に入ります。

それなら問題ないでしょう」


 俺が間に入るなら、イルデフォンソがへそを曲げることはない。

 俺がそれだけ、イルデフォンソに配慮していると伝わるからな。


「お兄さまが!?

そこまでする必要がありますの」


 カルメンが呆れた顔で、首をふる。


「アルフレードさまは多忙でしょう?

私がやりますよ。

それならセッテンブリーニも拗ねないと思います」


 イルデフォンソは、カルメンが俺の最側近のひとりだと認識している。

 だから軽視されたと思わない。

 だがなぁ……。

 その申し出は有り難いが、それだとリスクが大きすぎる。


「もし脚本がうまくはまれば……。

将来流れる血を減らせます。

それだけ大事なのですよ。

もしカルメンさんが、アズナヴールさんの望みを却下すると大変です。

自分の殻に閉じこもってしまいますよ。

だからアズナヴールさんが味方だ……と思っているカルメンさんが、間に入っては不味いのです。

カルメンさんは最後の命綱ですからね。

これは必要な配慮ですよ」


 普通なら、ここまで配慮することはない。

 だが……成功して得られる成果は、千金を超える価値になる。

 カルメンが不承不承うなずく。


「わかりました。

でもアルフレードさまが、それだけ気を使うなら……。

なにがダメなのかとか教えてください。

そうでないと……。

命綱なんて言われても困るだけです」


 そう言われては、推測でも話すしかないだろうな。

 ただ本にするのは、よろしくない。


 俺の視線に、キアラは不満げながらうなずいた。


「わかりました。

これは本にしないでおきますわ。

でも聞く権利はあります!!」


 どんな権利だよ……。

 拒否してもカルメンから聞き出すから追い払っても無意味だが。

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