857話 人格の島

 アレクシアは応接室の外で待つそうだ。

 それなら問題ないだろう。


 それより問題を片付けよう。

 なにか聞きたそうにしているゼウクシスを、別室に呼ぶことにした。


 クレシダの件で、精彩を欠いているが……。

 本来極めて優秀な男だ。

 本人もそれを自覚している。

 だがこのような状況で、自信喪失気味となっているように見えた。

 そのまま折れられては困る。

 他国の人間であっても、俺がフォローする価値は、十分にあるだろう。

 そもそも常識の世界でなら迷うことはあっても、自信を失うことはない。

 俺のアドバイスも不要で、ひとりで解決出来る。


 今回は、転生者や古代人が絡んでくる。

 なまじ飛び抜けて優秀なだけに、枠外への対処が出来ないからな。

 同じ状況では、サロモン殿下もそうなのだが……。

 ふたりの決定的な違いは、自分でなんとかしようとするかどうかだ。


 まあ……。

 王族であるサロモン殿下に、それを要求するのは酷だと承知している。

 人を使うことは学んでも、自分でなんとかすることは教えられない。

 周囲にも学習すべき対象がいないのだ。


 もし世界主義と、深く関わっていないなら、俺の対応は変わってくるのだが……。

 個人的な心情としては、ゾエの恩人なので、なんとかしてやりたい。

 だがそうした場合、世界主義の侵入を許すことになる。


 俺の自由に出来る範囲を超えてしまっているのさ。


 別室でゼウクシスとふたりきりになる。


「それでガヴラス卿。

なにか聞きたいことは?」


 ゼウクシスは暫し躊躇ためらってから、ため息をつく。


「では率直にお伺いします。

クレシダさまから私信を受け取ったのは本当ですか?」


 全然率直ではないな。

 だが……。

 ここで話す目的は、ゼウクシスに立ち直ってもらうことだ。


 ならばこちらの考えを押しつけては逆効果だな。

 枝葉にこだわる必要はない。

 むしろ話ながら気持ちの整理をつけたいのだろう。

 まずはこれに付き合うべきだな。


「ええ。

噓を言って、どうするのですか?

そうするメリットがないでしょう」


 ゼウクシスは小さく首をふった。


「失礼。

なぜクレシダさまが、ラヴェンナ卿に興味を示したのか……。

それが今一わからないのです」


 これだけのイケメンで、地位も高い。

 それでいて浮いた話のひとつもないのは、この性格が原因か。

 理屈最優先で面白みがないのだ。

 寄ってくるのは、見た目だけに引かれたか、地位に魅力を感じたか……。

 ゼウクシスは、その手合いの女性を敬遠するだろう。

 だからこれを矯正すべき……とは思えない。

 長所を殺すことにつながるだろう。

 結果はマイナスだ。

 どう話をつなげていったものか……。


「それは私が聞きたいですよ。

迷惑極まりないのですから」


「そうですね。

詮無きことをお尋ねしました。

ではラヴェンナ卿に答えられる質問です。

クレシダさまが世界を崩壊させるなどと、世まい言を吐いたとして……。

それを信じたのですか?

ラヴェンナ卿は稀に見る現実主義者だと思っています。

余程の確信がおありではないかと」


 世まい言は実現出来る手段がない場合だ。

 やはり発言がぶっ飛びすぎていて、理解を拒否しているな。


「そうですね……。

クレシダ嬢は、余人では持ち得ない知識を持っている。

どうやって手に入れたかは知りません。

ただ持っていることはたしかでしょう。

それは理解されていますか?」


 ゼウクシスが小さなため息をついた。


「あの放送ですか……」


「それだけではありません。

半魔の集団を、ひとりで殲滅したのです。

それも伝え聞いているでしょう。

どう考えても常人ではない」


 ゼウクシスは驚いた顔をする。


「ラヴェンナ卿が常人でないなどと……。

これほどタチの悪いジョークはないと思いますよ」


 俺をなんだと思っているのだ。

 どうやらまだ認めがたいものがあるらしい。

 そちらがその気なら、こちらもやり方を変えよう。


「いえいえ。

婚約しておいて……。

下半身に翼の生えているペルサキス卿こそがジョークですよ」


 これは、鎌を掛けただけだ。

 証拠はなにもない。

 だが……。

 やはり的中したか。

 ゼウクシスが疲れた顔で肩を落とす。


「そ、それは……。

何度も制止しているのですが……」


 これで打ち切ってもいいのだが……。

 少し掘り下げるか。


「でしょうね。

その場では反省するけど、喉元過ぎれば……。

その繰り返しと」


 ゼウクシスは大きなため息をつく。


「まるで見てきたかのようなお言葉ですね。

ペルサキスさまの動向を探っているのですか?」


 そんな手間を掛けて、どうするのだ。

 

「なぜそのようなことをする必要があるのですか?

仮に調べあげたとして……。

知れ渡った悪癖は、交渉のカードにすらなりませんよ。

どうせやるだろう……と思っただけです」


 ゼウクシスは渋面を作る。

 俺が、鎌を掛けたと理解したようだ。


「それはそうなのですが……。

その場は、本当に反省しているのです。

それでいてなぜ何度もやるのか……。

まるで理解不能です。

とても信じてはもらえないでしょうが」


 ゼウクシスのため息に思わず苦笑してしまう。


「いいえ。

信じますよ」


 ゼウクシスは怪訝な顔をする。

 嫌味が飛んでくると思っていたらしい。


「本当ですか?」


 思わず苦笑してしまう。

 まだ若いな。

 口に出したら、また突っ込まれる。

 絶対に言わないからな!


「ええ。

人格とは情緒の海に浮かぶ島のようなものです。

ペルサキス卿の貞操観念は、島の先端……。

しかも海抜が低いのです。

だから水位が上がると、すぐに消えてしまう。

ことが終わって、水位が下がると、また浮かび出てくる。

ガヴラス卿は、人の理性とは一定だ……と考える。

だから、理解に苦しむのでしょう」


「肝心なときに、理性が働かないのは……ないと同然でしょう。

ペルサキスさまとは違いますよ。

後ろめたいと思うらしいですから」


 やはり人の子だな。

 何のかんので甘いのだろう。


「正確には違いますね。

弱いのですよ。

違うたとえになりますが……。

普段は享楽的。

危機に陥ると、別人のように高潔な人柄になる。

そのような人はいるでしょう?」


「たしかに……。

リカイオス卿も小勢力だったときは、とても英邁えいまいでした。

勢力が拡大するにつれ、精彩を欠いてしまいましたが……」


「水位があがって、英邁さを構成していた部分が沈んでしまったのでしょう。

そして内側の猜疑心が剥きだしになった、と思いますね」


「ラヴェンナ卿の見解では、地位が安定すると水位が上がるわけですか」


「人によっては水位の上がる条件は異なります。

情緒ですから。

満たされることで、水位が下がる人もいれば上がる人もいるでしょう」


 ゼウクシスは額に手を当てる。

 なんとか理解しようとしているようだ。


「それも個人差があるわけですか……」


「上り調子には、やたらと自己中心的になって……。

苦境になると、とても謙虚になる。

しかも謙虚さは演技じゃない。

そのような人がいるでしょう。

これだと謙虚と自己中心は、常に発揮されるわけではない。

ムラがあるだけでは?」


 ゼウクシスは軽く両手をあげる。


「降参です。

やはり口で、ラヴェンナ卿には勝てる気がしません。

では……。

なにがあってもブレない人は、海抜が高いわけですか」


「でしょうね。

むしろ断崖絶壁と言ってもいい。

ただ……。

人は断崖絶壁の孤島と、砂浜のある島……。

どちらを好みますかね」


 ゼウクシスは俺の言わんとすることに気が付いたのだろう。

 自嘲の笑みを浮かべる。


「津波の危険がないなら後者ですね」


「他者からの好悪も同じですよ。

断崖絶壁は畏怖こそすれ、親しみは感じないでしょう?」


「否定はしません。

私のことをおっしゃっていますね」


「自覚があるなら結構ですよ。

私が言いたいのは、ペルサキス卿の女癖は歓迎しません。

でも……どうにかなる問題でもない。

だからペルサキス卿のプラス面が上回る限り、不問に処します。

ガヴラス卿は、水位が極端にならないように気をつけるべきでしょう」


 ゼウクシスは苦笑して、手をふった。


「今の言葉は、絶対に伝えないでおきます。

今より節操がなくなるのは明白なのですから。

ふと思ったのですが……。

低い岬を高くすることは出来ないのですか?」


 つまり、欠点の矯正は可能なのか。

 俺ならその手段を知っているか知りたいのだな。


「ただの説教では、岬に砂を積み重ねるようなものです。

波が来れば、簡単に流されるでしょう。

本当に必要だ……と自分で思えば、島は隆起します。

そして普通の人生経験を積めば、島は自然と高くなっていくでしょうね。

だから人は、年をとると頑固になるのですよ。

あとは……年齢による性欲の減少でも、相対的に高くなります」


 ゼウクシスは引きった笑みを浮かべる。

 内心思いだして、腹が立ったのかもしれない。


「私の説教は砂だったのですか……」


「残念ながら。

無理に岩を落として高くすることは可能です。

ただ……。

その岩は、海抜の高いところから持ってくる必要があります。

降って湧いてくるわけではないのですよ。

つまりペルサキス卿の長所を奪いかねない……と思います」


「現時点でそうなられては困ります」


 欠点はあるが、長所も大きい。

 だからこそ人気があるのだろう。

 それを、旧主に恐れられたのは皮肉だが……。

 その人気が、身を守った側面もある。


「同感ですよ。

そもそも女性関係にだらしなくても、ペルサキス卿の人気があるのは……。

島が住みやすい形をしていて、中心が立派な山だからです。

美しい形状だ……と言ってもいい。

それを崩すことになりかねません」


 ゼウクシスは天を仰いで嘆息する。


「そう都合よく、人は欠点を矯正出来ないわけですか」


「可能ですけど……。

条件は厳しいと思います。

本人が必要性を感じ、周囲が隆起の邪魔をしない。

それが条件です。

さらには時間が掛かりますよ」


 ゼウクシスは大きなため息をつく。


「困ったものですね……。

今はペルサキスさまの才能が求められています。

ただ将来も保証されているわけではありませんから」


 さすがに、少し気の毒になってきたな。

 手を貸してやるか。


「まあ……折角話を聞いたのです。

ひとつ策を授けましょう」


 ゼウクシスは目を丸くする。

 心底驚いたらしい。


「珍しいですね。

ラヴェンナ卿が他国の人間に、そこまでするのは」


 完全な他人なら、なにもしないさ。


「シルヴァーナの嫁ぎ先ですから。

そしてシルヴァーナの親友であるミルヴァが悲しむのは、私にとっても受け入れがたい。

あとは友人が私の後押しで結婚した揚げ句……不幸になるのは、寝覚めが悪いでしょう。

それだけですよ。

聞きたいですか?」


 ゼウクシスは気持ち身を乗り出した。


「魔……。

失礼。

ラヴェンナ卿の知恵を是非お借りしたい」


 こいつ今なんて言おうとした?

 そこに突っ込んだら、話が進まない。


「人格の島が、鍵となります」


 ゼウクシスは首をかしげる。


「比喩が鍵ですか?」


「あまりに節操がなさ過ぎたら、ペルサキス卿の人格はだ……と私が言っていた。

そう伝えてください」


 ゼウクシスは一瞬硬直して、顔を赤くして震え出す。

 固まったのは、俺から下品な言葉が飛びだすと思わなかったからだろう。

 そして震えたのは、必死に笑いを堪えているためだ。


「わ……わかりました。

きっと効果覿面でしょう」


「非常に嫌な顔をすると思います。

まあ……こうなった責任の一端は、ガヴラス卿にもありますよ。

生まれたときに、人格の地盤も生まれます。

それが隆起して人格となるわけですが……。

それだけで島はできあがりません。

周囲の環境によって、形が変わっていくと思います」


「言わんとすることはわかります。

たしかに私の存在も影響しているでしょうね……」


「ペルサキス卿は女性に好まれる美形に生まれてしまった。

しかも後始末をしてくれる人がいる。

だからこそ貞操観念の岬は低いままなのでしょうね。

ガヴラス卿に甘えている。

そしてガヴラス卿も、それを受け入れているでしょう。

だからそれについての是非は問いません。

おふたりの関係に立ち入る資格を、私は持っていませんから」


 ゼウクシスは真顔に戻って、首をふる。


「そこは最近になって、ようやく私も反省しはじめました。

もう手遅れですが……」


「過ぎたことを悔いても、仕方ありません。

救いなのは、ペルサキス卿が他責思考でないことです。

他責思考が強ければ、シルヴァーナとの婚約は決して認めませんでしたが」


「他責思考ですか。

私の認識とラヴェンナ卿と認識が違っていると困ります。

それはどのような定義でしょうか?」


「自分は完璧だと思い込んで、他者に完璧を求める思考の人です。

そもそも自分が完璧なら、他者に完璧など求める必要はないのですがね。

だから決して自分の過ちを認めない。

自分は完璧なのですからね。

当然現実は忖度してくれない。

だから失敗ばかり。

これでは自尊心が傷つくばかりなので……。

現実との矛盾を解消する必要が生じるでしょう」


 ゼウクシスは辟易した顔になる。


「つまり安直な解決方法を選択すると」


「安直かはわかりませんが……。

関わる人すべてを、悪質な加害者に仕立て上げる。

これしかないでしょうね。

ただ他責思考の人がすべて失敗するとは限りません。

例外的に成功する人はいると思います。

条件は……歴史に残るような才能と幸運を持っている……でしょうか。

これが私の定義です」


「私と認識が同じなので、安堵あんどしましたよ」


「ただ……。

今までのような狭い社会なら、そのような人は相手にされませんでした。

生きるためには、それを引っ込めないといけません。

ところが……これから利用価値が出てきますよ。

そこには注意されることです」


 ゼウクシスの目が鋭くなる。


「利用価値ですか?」


「放送などによって、多くの人に情報が届けられる。

つまり体制を攻撃する象徴として、利用価値が出てきます。

このような人が救われないのは、政治が悪いせいだ……とね」


 ゼウクシスは納得したようにうなずいた。

 飲み込みが早くて助かる。

 常識的な話であれば、やはり有能だな。


「その人の欠点を報じず受けた仕打ちだけを伝えれば、そうなりますね。

社交界でも女性に、多く見られます。

常に被害者になろうとする人たちですね。

当然そのような女性は、同じ女性から強く嫌悪されます」


 それは、仕方のない面もある。

 どうしても、女性は受け身になりやすい。

 男性が主導権を持っている社会だからな。

 だからこそ男をどう転がすか。

 そのような技術ばかり発達してしまう。


「人は弱者になりたくありません。

強者にならずとも、弱者は避けたいでしょう。

でも装うことが好きな人はいますからね。

特権だけを利用したいのでしょう。

そのような人に限って、プライドは人並み以上に高いと思いますね」


 本当にプライドが高ければ、弱者を装うことすら恥じる。

 プライドと現実の差を埋めるための擬態だろう。


 それを理解しているとは思えないが。

 優秀な自分が不遇なのは、社会が悪い。

 本人にとって矛盾はないのだろう。


 本当にそのような事例はあるが、そう思っている人の数ほど多くはない。

 そもそも本当にプライドが高ければ、社会のせいにはしないだろう。

 ゼウクシスは苦笑して、肩をすくめる。


「悔しいですが反論の余地はありませんね。

後学ついでに教えていただきたい。

その他責思考が強い人は、どのような島の形なのですか?」


「中心が情緒の湖になっている島ですよ。

島は中心部が内面です。

外周が他者に対する意識だと思います。

他責思考が強い人は、外周は険しい山のように見えて……」


 ゼウクシスは皮肉な笑みを浮かべた。


「裏側は湖と。

奇妙な光景ですね。

自然であれば、観光にはいいのかもしれませんが……」


「その湖が美しいなら……ですね。

ヘドロのように淀んで悪臭を放っていますよ。

しかも完全に、海と遮断されていない。

ところどころ穴が開いていて、しょっちゅう水が流れ込んでくる。

だから淀んだ湖が枯れることはない。

悪臭が絶えないので、同じ匂いの人たちしか寄ってこないと思いますね。

あとは利用しようと、腐臭に集まってくるハエのような人たちです。

これは私の偏見かもしれませんがね」


 ゼウクシスは納得顔でうなずいた。


「なるほど……。

その話でいくと、クレシダさまは一体どのような形なのですか?

これを見越して、島の話をされたのですよね」


「ええ。

わかりやすいペルサキス卿を、例にしてみました。

人は自分の島を基準に、他人の島を計ります。

クレシダ嬢の島は、ガヴラス卿にすれば異質そのもの。

全容が見えないのだと思います」


 ゼウクシスは小さなため息をつく。


「本当に怖い人ですね。

即座に例え話につなげて理解しやすい土壌を作ったわけですか……。

リカイオス卿が手玉にとられるのは当然ですね」


「故人のことはいいでしょう。

それより生きている人の話です。

異質に感じるのはわかりました。

それには、嫌悪が含まれていますか?」


 ゼウクシスは一瞬考えて首をふる。


「嫌悪ではありません。

まるで理解不能なのです」


「もしそれが嫌悪であれば、形が歪か異臭を放っているでしょう。

でも嫌悪ではない。

ならば理解出来ないことに対する不安なのでしょう」


「改めて言語化されると、腑に落ちます。

おっしゃるとおり……。

不安ですね」


「不安を招くのは高さです。

人格の島で別の島を見るとき、上下の視野は狭くなります。

基本的にその高さが近い人たちでないと、親しくなりませんから。

なぜなら島の全貌が見えないから。

自分より高すぎても低すぎてもダメなのですよ」


 高さが違っても親しくなることはある。

 だが自然とはならない。

 なにかの出来事から、島の全貌を把握出来たときだろう。


「そのように見えないものは……。

畏怖を含む狂気として映るでしょう。

全貌は把握出来なくても、想像は出来ます。

かなり形状は変わっていると思いますからね」


「では低すぎるのですか?」


 今までの話から、島が高いほど気高さを現している。

 そうゼウクシスは理解したろう。

 だからこそ低いと表現したのだろうが……。


「逆です。

高すぎるのですよ」


 ゼウクシスは困惑顔で、眉をひそめた。


「あれだけ享楽的で、思いのまま振る舞うクレシダさまが?」


 たしかに、クレシダの本質のひとつだが……。

 もうひとつの本質を忘れてはいけない。


「それはクレシダ嬢にとって自制する必要がないことに関しては……でしょうね。

少なくとも私は、そう考えています。

クレシダ嬢が約束を違えたことはありますか?」


 ゼウクシスは腕組みをして考え込む。

 やがて、力なく首をふった。


「そう言えば……。

聞きませんね」


「クレシダ嬢は自分に課したルールを厳格に守ります。

その反面……他人の課したルールは歯牙にもかけないでしょう。

今までやりとりをして、私はそう確信していますよ」


 他人の定めたルールには従わないが、自分の決めたルールには忠実。

 俺とクレシダの共通点だな。

 これは傲岸ごうがん不遜な考えだが……。

 だからと改める気はない。


 他人に迷惑を掛けない限りはいいだろう。

 この部分だけは、クレシダと、決定的に違うだろうがな。


「それで……。

どのような形に見えているのですか?」


 当然の疑問か。

 そもそもクレシダは島ですらないだろう。

 ある意味で建造物だ。


「針のように細く鋭い山が、沢山あります。

その上に神殿が浮いている。

つまり自然の島としては理解不能な形をしているわけです」


「それを私は理解しようと空回りしていたわけですか……。

ラヴェンナ卿と王女殿下は、それをしなかった。

なんとも自分が情けない限りです」


 それは持っている情報が違うからな。

 恥じる必要などないし、どうにかなる問題ではない。

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