803話 違う視点

 狂犬の話は、心の片隅に留めておこう。

 危険を冒してまで調査する情報ではないからな。

 

 そこにマンリオが、俺を訪ねてきた。

 アンフィポリスでの情報を取ってきたか。

 キアラを連れて会うことにする。


 応接室で待っていたマンリオは、少しやつれた顔をしていた。

 

「マンリオ殿。

少し痩せましたか」


 マンリオは恨めしそうな顔をする。


「旦那の罠は危険だと知っていたつもりでしたがね。

アンフィポリスのどこが安全なんですか!」


 安全地帯だと言った記憶はないぞ。


「そんなこと言いましたかね?」


 マンリオがため息をついて頭をかく。


「ンなしのヤツが、『旦那は、この世で一番怖い』と言ったのが、よくわかりますよ……。

おっと。

怖い目にあったんですからね。

貰うモノは貰わねぇと……」


「内容次第です。

それは何度も言ったでしょう」


 マンリオが苦笑する。

 本気で色がつくとは思っていないようだ。


「つれないですねぇ……。

キアラさまが睨むから、本題に入ります。

今のアンフィポリスは、とても危険ですぜ」


 誇大表現の可能性もあるからな。

 鵜吞みには出来ない。


「前はクレシダ嬢の屋敷周辺が危険でしたね」


 マンリオが、真面目腐って頭をふった。


「今やアンフィポリス全体が危険地域ですよ」


 どうやら本当らしい。

 なにか根拠がありそうだな。


「ほう……。

その根拠は?」


 マンリオは珍しく真顔になった。


「クレシダさまの後任が来ても、統治が混乱しています。

昔の経験からの推測ですがね。

数人の重要人物が、統治の鍵を握っていたと思いますぜ。

連中をクレシダさまが連れていったら……。

マトモに動くはずがないのです」


 統治をあえて属人的にしたのか。

 短期間で成果をだすなら、それが最善だな。

 クレシダにとっても長期の視野など、必要ない。

 それが理に適っているだろう。


「それは十分に有り得るでしょうね。

それに伴う治安の悪化が危険と?」


 マンリオは笑って手をふった。


「いえいえ。

その程度なら、いつものことです。

かえって動きやすいですぜ。

問題は怪死事件が続いていることです。

それもクレシダさまのことを探っていた連中みたいでしてね。

町全体が何者かに監視されているようでした」


 アントニスやゼウクシスが、探りを入れたのだろう。

 的確に排除しているのか。

 それでいてマンリオが無事なのは……。

 ある程度、人脈も把握しているのだろう。

 町にいる不審な人物を、片っ端からマークするより……。

 ある程度関係する人間をマークしておく。

 そのほうが効率的だ。

 ただなぁ。


「それ自体は前と変わらないでしょう」


 マンリオかブンブンと頭をふった。


「クレシダさまがいたころは、まだ遊ばせているのか……。

緩かったのですよ。

今は違いますね」


 クレシダがいなくなったことで、判断は現場に委ねられたわけか。


「ほう……。

クレシダ嬢不在より厳しくなったと」


 マンリオは真顔でうなずく。


「それで探りを入れてみました。

これは命がけだったとわかっていただけますか?」


 隙あらば、危険手当をせしめようとしているな。

 油断も隙もありゃしない。


「知っていますよ。

それで?」


 マンリオは大きなため息をつく。


「ほんと情実では動かない人ですねぇ。

クレシダさまがここに赴任してから、ある商会が入り込んできました。

取引の規模は大きくないので、目立ちませんがね。

ただそこの連中が、クレシダさまを懐かしむような話ばかり流していましてね。

それもけっこう計算し尽くされています。

私も旦那のやり口を勉強しました。

だからどんなレベルか判断できます。

きっと旦那も知ったら、褒めるくらい巧妙でしたぜ」


 空気作りをしているわけか。

 クレシダをアンフィポリスから切り離しても、そう簡単には地盤を奪い取れないってことだ。


「その商会が、なにか関係していると?」


「その通りです。

アンフィポリスを実質支配していると言っても過言ではありません」


 なんとも曖昧な表現だな。

 俺に解釈を委ねるのは娯楽ならいい。

 だが……商品としては成り立たない。


「実質? 曖昧な表現では、金になりませんよ」


 マンリオは意外そうな顔で、頭をかく。

 誤魔化すつもりではなかったようだ。


「厳しいですなぁ。

町の経済ですよ。

クレシダさまが、大きな商会は排除したのです。

治安も悪かったから、大きな商会としても、これ幸いと撤退しましてね。

そのあとで、小さな商会を沢山呼び込んだのですよ。

商会間の連絡を仕切っているのが、ビュトス商会ってヤツですが……。

クレシダさまとかなり懇意なようですぜ。

ご存じですか?」


 ゼウクシスの書状にあったな。

 多分、アイオーンの子の隠れ蓑だろう。

 明確には答えなかったが、そこは危険だと伝えた。

 ここで、マンリオに知っていると答えるのはよくない。

 情報の取捨選択をさせる可能性が高いな……。


「初耳ですね」


 マンリオは得意気に、ニンマリと笑った。


「さすがのラヴェンナ卿でも、ご存じありませんか。

ざっと説明しますぜ」


 ここで聞いた話は、ゼウクシスの情報と大差なかった。

 医薬品を扱う商会で、上流階級ともコネがある。

 ゼウクシスの情報のほうが深いな。

 マンリオの立場では、これが限界だろうな。


「その商会が仕切っていると。

それだけなら得に、価値のある情報ではありませんね。

統治を引き継いでいるなら、機構はそのまま残すものですから」


 マンリオの笑みが深くなる。

 騙し合いが、得意なタイプじゃないな。

 得意なら、とっくに死んでいたろうが……。


「そう来ると思っていました。

このマンリオを舐めてもらったら困りますぜ。

ユートピアで教会関係者を偽装した連中の話を覚えていますか?」


 そこでつなげてきたか。

 マンリオが、得意になるのもわかる。


「覚えていますよ。

まさか?」


 マンリオはドヤ顔になった。

 得意満面といったところか。


「あそこで見た連中が、ビュトス商会にいたのですよ。

おっと……人違いではありませんぜ。

私は元家令です。

家令は、人の顔を見間違ったらやっていけません。

断言してもいいですぜ」


 過去の職業が役に立つわけだ。

 これは使えるな。

 まさかの大金星だ。


「ふむ……。

大きな情報ですね」


 マンリオは胸を張った。


「おっとそれだけじゃありませんぜ。

ところでこの情報は如何いかほどで?」


 一度に、全部だすと値切られると警戒したな。

 当然だが。


「金貨20枚ですね」


 マンリオは半泣きになった。

 もっとだすと思っていたな。


「そこはもうちょっと一声……」


「たしかに大きな情報です。

残念なことに……。

これを元手に、なにかを得られる話ではありませんからね。

そこどまりです」


 マンリオは渋い顔で、頭をかいた。

 俺の反応は予測済みだったようだ。


「相変わらず渋いですなぁ……。

でもその関係で、気になったことがありましたのでね。

ちょいと調べを入れました」


 確実に成長しているな。

 このままいけば、かなり凄腕の情報屋になるんじゃないか?


「それは?」


 マンリオはニヤリと笑った。


「連中が半魔になる仕掛けをしたのは明白ですからね。

なんの意図があるのかわかりませんが……。

他でもやっていないかと思った次第ですよ」


 そっちの方面から考えたか。

 違う視点だな。

 なかなか面白い発想だ。


「それには食糧の欠乏が、条件になりますね」


 マンリオは得意気な顔をする。


「契約の山が噴火したでしょう。

それで冷害が、各地で発生していますがね……。

シケリア王国はそれが、より深刻なんですぜ」


 そんなに困っているという話は聞いていないが……。

 当然か。

 本当に困っていたら、他国に漏らすことなど有り得ない。


「そこまで困窮しているのですか?」


「特に牧畜にダメージが大きいですねぇ。

元々高地は寒かったのですが……。

より寒くなりましたよ。

まだ雪が残っているところも多いですからね。

リカイオス卿の徴発で、食糧の不足が起こったでしょう。

それに対応するために、家畜の数を増やしたようなんですよ。

頭数を増やしたところに、この冷害です。

平時でギリギリの頭数を見極めたようですがね……」


 なるほど……。

 当然の自衛行為だったが、冷害でそれが裏目に出たわけか。


「冷害でその計算が狂ったと」


「そんなところです。

だから飢え死にまではいきませんが……。

かなり困窮していますぜ」


 そう簡単に生き物を増減させられないからなぁ。

 繁殖させたときにまだ冷害は来ていない。

 途中で危険を察知したろうが……。

 冷害になると知りつつも、ない可能性にかけたか。

 それに負けたわけだが。


「そうなると家畜が飢え死にする前に食べてしまいますか」


「よくおわかで。

それで今年をやり過ごそうとしたようですがね。

家畜の数を、大きく減らすハメになっています。

来年どうなるか……」


 こうなると、いろいろと深刻だな。

 事前に対策をしていたわけじゃないからな。

 ダメージが大きい。


「そうなると……。

これから人類連合のために、食糧を持っていかれるでしょう。

不満がすごいことになりそうですね」


 マンリオは苦笑して、肩をすくめる。


「田舎にまで人類連合なんて話は広まっていませんからね。

ただ食糧の欠乏で、治安が悪くなっていますよ。

クレシダさまの統治で持ち直した治安がチャラですぜ」


 一時的な治安の悪化は覚悟しているだろう。

 長期的には安定させられる。

 クレシダにしても、一定期間だけ時を稼げればいい。

 その前提を見誤ると、手痛いしっぺ返しを食らう。


「そこまでいけば、実験がやり放題と」


 マンリオが、得意気にうなずいた。


「ただ魔物が増えていますからね。

どこでもとはいきません。

実験は可能だと思いませんかね。

どうでしょうか?

なかなかいい情報だと思いますぜ」


 マンリオは半魔騒動が再発すると信じているようだ。

 クレシダにとって、道具のひとつにすぎないのだが……。

 もし半魔騒動を起こすつもりなら、なにか別の目的があるだろう。

 マンリオの調査は、まったくムダとは言えないな。


「合計で40枚ですね」


 マンリオは目を丸くした。

 少ないと思った顔だな。


「ええっ!?」


 価値はあるが、致命的に足りないものがある。

 そこにまでは気がついていないか。


「どうせ1箇所確認しただけでしょう。

ここで数箇所回って、情報を精査してくれば……。

価値は上がったのですがね。

局地的な現象かもしれません。

惜しかったですね。

それでも金貨40枚は破格だと思いませんか?」


 マンリオは項垂うなだれる。


「まあそれはそうですがね……」


「報酬が高くなるほど、条件が厳しくなる。

当然のことですね」


 マンリオは落胆しながら帰っていった。

 難しい顔をしていたキアラが、小さなため息をつく。


「お兄さま。

クレシダは、半魔騒動をまた起こすと思いますか?」


「半魔で人の恐怖を煽る。

これがひとつの使い道です。

もし違う使い道まで編みだしているなら……」


「有り得ると」


 あくまで漠然とした想像にすぎないがな。


「耳目を使ってまで調べるほどの確信がありません。

ならマンリオ殿に調べてもらえばいいでしょう。

外れても損はないですからね」

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