804話 頭の痛い話
なんかラヴェンナからの書状が届いた。
それを受け取ったキアラがカルメンと話し込んでいる。
俺に報告しないのは、プライベートな話なのだろう。
そう思っていると、珍しく上機嫌なキアラがやってきた。
「お兄さまにも報告しておきますわ。
エテルニタの出産が終わりましたの。
母子共に健康ですわ」
それはなによりだな。
エテルニタが出産で死んだら大変だ。
各方面が、残念に思うだろう。
「それは一安心ですね。
何匹産んだのですか?」
キアラは、ニコニコ顔だ。
「3匹ですわ。
それでオフェリーから、名前を決めて欲しいと頼まれましたの」
何匹が平均なのかわからないが……。
3匹とも無事なのだろう。
「姿を見てからがいいでしょうけど……。
難しいですからね」
「そこでオフェリーが気を利かせて、子猫の絵を描いて送ってくれましたの」
見せたくて仕方ないようだ。
ほほ笑ましい話だ。
乗っておこう。
「どんな絵ですか?」
待ってましたとばかりに、キアラが紙を差し出してくる。
「これですわ」
リアルな絵だ。
それにしても才能あるな。
「あいかわらずうまいですねぇ」
キアラは頰が緩みっぱなしだ。
「ええ。
早く会いたいですわ。
ピャーピャー鳴くのが、とっても可愛い……。
そうオフェリーが言っていますの。聞いてみたいですわ。
名前は3人で分担してつけることにしました。
ああ……。
お兄さまの名前は使わないから安心してくださいな」
冗談めかしているが……。
つけるなら変えさせるつもりだぞ。
しかし子猫の名前か。
オフェリーが、とても挙動不審になりそうだ。
舞い上がってな。
「それはなによりですよ」
キアラは、突然真顔になった。
「あと一点報告が。
ダークエルフの受け入れ準備は順調のようですわ。
ただ……。
お姉さまからひとつ、懸念が伝えられていますの」
ミルが心配していることか。
種族間の対立ではないだろう。
「それはなんですか?」
「移住して代表を決めてもらっても……。
スムーズに意見が上げられるのか。
そこを気にしていますの」
そうだな。
ただ移住しただけでよしとはならない。
橋渡しする役が不在だからな。
「ああ。
そこはライサさんに戻ってもらいます。
問題ありませんよ」
キアラは、驚いた顔になる。
予想していなかったのか。
「ええっ。
大丈夫なのですか?」
受け入れると決めたときに、もう俺の中では決定事項だ。
言ってしまうと、ライサが受け入れを断る可能性が高いからな。
そのあとで悔やまれても困る。
「ここはもう安全でしょう。
それにラヴェンナで問題を蓄積されるほうが、ずっと怖いですよ。
ライサさんは渋ると思いますけど……。
ダークエルフたちにとっては未知のラヴェンナです。
そこにライサさんがいるのといないのでは……。
雲泥の差ではありませんか?」
キアラは微妙な表情だ。
ライサがいなくなると不安なのかもしれない。
キアラとカルメンは、ライサと親しくなっているからな。
「そうですわね……。
橋渡し役あっての、スムーズな移住ですもの。
ちょっと不安ですけど……」
「シャロン卿がいますよ。
それとクレシダ嬢は、ここを狙ってきませんからね」
キアラは意外そうな顔をする。
まだクレシダが、ここを狙ってくると思っているのか。
「そう断言出来ますの?」
むしろ最初の襲撃も、クレシダの本意ではないと思っている。
その手の嫌がらせを企むとは思えないからな。
「ここを狙っても、大きな成果は得られません。
それどころか……。
私に人類連合から抜ける口実を与えるようなものです」
「抜けさせたあとで非難する……。
なんて中途半端なことは、しませんものね」
そんな興醒めな嫌がらせは、クレシダが嫌うだろう。
なにより、俺に失望されたくないと考えている。
その点において、確信があった。
「そう。
クレシダ嬢はあくまで、私を人類連合に留めておきたいわけです。
私の手足を縛るには、それしかないのですから」
キアラは大きなため息をつく。
「クレシダがなにもしなくても……。
危険だと思いますわ。
あのメディアとか自称する連中です。
お兄さまの悪評を、熱心に広めていますもの。
扇動された民衆が、ここに押しかけてくると大変ですわよ」
扇動するには、まだ危機感が足りない。
気軽に移動なんて出来るご時世ではないからな。
そもそも熱狂して理性を失うには、ある程度の人数が必要だ。
だからそう扇動まで至らない。
ただ……。
俺に悪役のイメージがつくだろう。
そこはクレシダにとって織り込みずみ。
さらにその先を見ているだろうな。
実に、悪意に満ちた企みだよ。
「そこはもう少しの辛抱です。
彼らは小動物ですからね。
少し脅かすと逃げ散ってしまいます。
それで終わるならいいのですが……。
また騒ぎだしますからね」
キアラは辟易した顔を隠さない。
「なんだかモヤモヤしますわ。
最近は願望垂れ流しですもの。
報告を聞いているだけで胸焼けしますわ」
報道の内容は、こちらにも伝わっている。
思わず笑いたくなる。
これが報道なのかと。
「アラン王国の窮地で、私が失脚か!? なんて見出しは面白いですよ。
信じたい人たちが集まっているから、願望に拍車がかかるわけです」
キアラはジト目で、俺をにらむ。
他人事のように、暢気な態度に納得出来ないのだろう。
「なんか色々と理由をこじつけて……。
失脚するような願望垂れ流しでしたわね。
しきりに当人たちは、客観的で中立だと連呼していますけど……」
アラン王国がピンチになった。
そこで救援を渋る俺に批判が集まりはじめている。
ランゴバルド王国はその悪評を恐れて、俺を切り捨てるだろう。
そんな理論展開だったな。
それを公正中立かつ客観的な立場からの論評だ、といちいち前置きをする。
実に滑稽なんだよな。
看板を過剰に振りかざすのは、不安の表れでしかない。
もしかしたら……。
無意識にそう前置きすることで、自説を信じたがっているのかもしれない。
そんな公正中立と銘打った分析は、信じたがる人にとっては好都合。
ある意味、同調者のニーズには応えているわけだ。
いつのまにか自分でも、それを心から信じ込んでしまう。
それにそこから降りることが出来なくなる。
降りてしまっては、せっかく集まった同調者から非難されてしまう。
そうなっては孤立してしまうからな。
それはなによりの恐怖だろう。
見ている分には楽しい。
関わりたくはないが。
そんな共依存の集団に対して、誤りを指摘をすると……。
実に救えない話だよ。
ただひとつ言えるのは……。
この手の願望を垂れ流す連中は、臆病なのだろう。
臆病だが、承認欲求が人より強い。
自説の正しさを論理に依るのではなく、公正中立という看板に依る。
公正中立だから正しい。
そんな理屈だ。
そんな手合いは、自分を悪く言われることが耐えられないタイプだな。
「そう自分を定義しないと……。
耐えきれないほど繊細なのでしょう。
せめて人の破滅を願うならねぇ。
自分の意志でやって欲しいものですよ。
公正中立の看板がないと、なにも出来ないのですからね。
実に困ったものです」
キアラが重いため息をついた。
「それだと……。
お兄さまが締め上げても懲りなさそうですわね」
なにより中毒症状に陥るからな。
理性では止められない。
「そうでしょうね。
自分の願望を、多くの人に聞いてもらえる快感は、麻薬のようなものですから。
一度それを知ったら、もう戻れないでしょう」
キアラは辟易した顔で、ため息をついた。
「何度も対処するのは、骨が折れますわね」
真面目に対処していれば、そうなる。
そんなことは、手間暇のムダだからな。
やるなら、一度ですませる。
相手の出方にもよるが……。
「そんな何度も対処する気はありませんよ」
◆◇◆◇◆
ダークエルフの移住に関して、ライサと相談をすませた。
通り道になるので、こちらに来てもらうことにする。
食糧も不足するだろう。
そして通行許可証を持たせるためでもあった。
なにせ半魔騒動で、とても排他的な雰囲気になっているからな。
そこでライサに、彼らに付き添ってラヴェンナに向かうように伝えた。
ライサは一瞬不満げな顔をしたが、俺の配慮がわかったのだろう。
すぐに受け入れてくれた。
仕事を途中で放り投げたわけではないと、俺が改めて説明した上でだがな。
100名程度の集団の移動は大変だろうが……。
それだけの人数を収容出来る建物はない。
どうしても野宿になるが……。耐えてもらうしかないだろう。
状況次第では、数日ここにいて、疲れをとってもらう必要があるな。
しかも夜型だろうからなぁ。
そのための準備を整えて待っていると、早朝にダークエルフの一団がやって来た。
まず屋敷の庭で休んでもらう。100人分のテントなら用意出来るからな。
食事などの話は、代表に確認をとればいいだろう。
ライサが一団のところに出向いて、先に話をしてくるそうだ。
すぐに、ライサが戻ってきた。
代表は応接室に待たせているとのことだ。
キアラとアーデルヘイト、クリームヒルトに同席してもらおう。
政治的な配慮ってやつだ。
エルフのミルが正妻。
その事実に身構えてしまうだろう。
そこでほかにも亜人がいれば、多少は安心するだろう。
ただ変な誤解を与えないよう注意しよう。
応接室ではダークエルフの女性が待っていた。
銀髪に黒い肌。
ライサと違って、普通の服を着ている。
まあライサは、趣味なのか職業柄か謎だけど。
その女性は、少し疲れているようだが、
ダークエルフの族長で、ウルスラ・マルククセラという名前だ。
ライサとは親戚らしい。
わりと一族から浮いていたライサの、数少ない友人とのことだ。
時折連絡をしあう仲だったらしい。
だからライサを頼ったのか。
お互い軽い挨拶をすませる。
「マルククセラ殿。
移住の手筈については、ライサさんから伺っていると思います。
なにか心配事などありますか?
遠慮はなしでお願いします」
ウルスラは戸惑った顔でライサを見たが、ライサは黙ってうなずいた。
それで決心がついたようだ。
いささか緊張した面持ちになる。
「ラヴェンナ卿のご配慮に、感謝の言葉もありません。
子供が数名……慣れない長旅で、体調を崩し気味なのです」
「では数日、ここに留まってもらいましょう。
屋敷の部屋を開放します。
体調の悪い子供とその親は、部屋で寝泊まりしてください。
引き離しては、どちらも不安になるでしょうからね。
ほかにも体調の悪いひとがいますか?
可能な限り対応します。
本来なら全員を、屋敷の中にいれたいのですが……」
ウルスラは驚いた顔になる。
「とんでもありません。
ここまで細やかなご配慮をしていただけるだけで十分です。
想像以上に慈悲深いお方ですね」
ライサは苦笑して、肩をすくめた。
「アルフレードさまの噂は、デマ8割だからね。
私が気楽にやれている。
これがなによりの証拠さ。
心配しなくていいよ。
それと踏み越えたら駄目なラインは明確だからね。
最初は窮屈かもしれないけど……。
これが楽だと気がつくさ」
ウルスラは真面目腐った顔でうなずいた。
「なんとか受け入れていただけるように努力します」
「努力を強いるつもりはありません。
それでは長続きしませんからね」
ウルスラはアーデルヘイトとクリームヒルトを見た。
「それとほかに……。
なにか私たちに出来ることはありますか?」
「誤解のないように言っておきますが……。
エルフだけを優遇しているわけではありません。
それをわかってもらうために、ふたりに同席してもらいました」
キアラが、突然身を乗り出した。
「その通りです。
これ以上側室は不要ですわ。
その手の配慮はいりません。
それよりラヴェンナのために働いてくれるほうが、お兄さまは喜ばれます」
ライサは笑いだした。
「そうそう。
もしその手の配慮が必要なら、私がとっくにアルフレードさまの女になっているよ」
ウルスラがはじめて苦笑する。
「ライサが誰かの女になるなんて、想像も出来ないよ」
ライサはフンと鼻を鳴らした。
「誤解のないように言っておくけど……。
お誘いは多かったんだよ。
全部躱したけどさ。
どうにも興味が湧かなくてね」
それは、容易に想像出来る。
思わず苦笑してしまった。
「ライサさんは人に弱みを見せるのが、不得手な人ですからね。
誰かの女になるより、自分の男にするタイプでしょう」
ライサは大袈裟に、お手上げのポーズをする。
「悔しいけど反論が見つからないよ」
この側室関係の話をすると、両サイドからの圧が強い。
話題を変えよう……。
「マルククセラ殿。
道中でなにか、問題や気になることはありませんでしたか?」
ウルスラは真顔になって考え込んだ。
この顔は探しているというより……。
言葉を選んでいる顔だな。
ウルスラは、小さく息を吐きだす。
「迫害とまではいきませんが、かなり敬遠されていましたね。
そこまでダークエルフは嫌われているのか……と困惑しました」
半魔騒動で神経質になっている人は多いからなぁ……。
「それはダークエルフだからではありませんね。
余所者に対して警戒心が強くなっているだけかと」
ウルスラは小さく首をふった。
「どうも人間以外に対して警戒しているようでした。
『人間同士でも信用出来ないのに、亜人まで信用出来ない』
そんなことまで言われましたから」
これは思ったより深刻だな……。
「ラヴェンナでは決して、そのようなことはありません。
それは断言します。
そのような本人にとって、どうにもならないことで差別するなど、私が許しません」
ウルスラは
内心心配だったのか。
これは、頭の痛い話だな。
使徒の平和で、亜人への差別は禁じられていた。
その平和が破れたとは、差別を禁じる力もなくなることだ。
長年の慣習で、すぐに、差別が顕在化することはない。
それでも見た目の違う存在に対しての警戒心は、誰にも存在する。
人間同士でも、肌の色や見た目が違うと、自然と同じ見た目のグループとして別れてしまう。
それでも平和であれば、そこまで問題にならない。
危機に陥れば、今まで見向きもしない話でも皆が食いつく。
元から差別意識のある者は、これを機会に差別を公言しはじめるだろう。
それ以外は、恐怖を忘れるために、差別に
そして亜人たちも、当然反発するだろう。
さらに、亀裂は増していくわけだ。
もう少し移住の判断が遅れたら、もっと移動は困難になったろう。
これは、亜人に対する迫害が起こる前兆だ。
さらに厄介なのは、人間の間でも差別に反発するものたちがいる。
その争いに、ラヴェンナが巻き込まれる危険性は高い。
そして亜人たちが、ラヴェンナに逃げ込むと、さらに問題が大きくなる。
どうしたものかな……。
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