777話 怒濤の遺憾ラッシュ
ピエロ・ポンピドゥとの面会になった。
俺とキアラ、プリュタニス。
そして欠伸をしているライサが、応接室に向かう。
プリュタニスには色々な人を知ってもらう、いい機会だからな。
部屋に入ると、数人が待っており全員起立していた。
真ん中がピエロ・ポンピドゥだろう。
中肉中背で茶色の髪と目。
実直そうで穏やかな顔をしている。
ほかは側近だな。
どれも真面目で神経質そうだ。
ポンピドゥ一族かな。
ライサを見る目は
この場に、ダークエルフが来るのは予想外……。
そんなところか。
お互いに軽く挨拶をすませ着席する。
俺の見立て通り、ピエロは真ん中の男だった。
側近たちはすべてポンピドゥ一族。
念のため、ライサは俺の顧問だと言っておいた。
出任せだが……。
納得させておく必要があったからだ。
実際、本人の気が乗ったら顧問のようなことをしているからな。
ピエロたちは表向き納得したようだった。
「さて……。
ポンピドゥ殿。
今回のご訪問は、冒険者ギルドとしての挨拶と伺いました」
ピエロは穏やかにほほ笑んだ。
「はい。
我々ギルドは、人類連合にご協力させていただくことになりました。
ラヴェンナ卿とギルドには、過去に行き違いがありました。
そこで新任の挨拶も兼ねて、こちらの思いをお話させていただければと」
行き違いねぇ。
聞くだけ聞いてみようか。
「行き違いですか?」
「左様です。
当ギルドとしましては、依頼を受けて、それを遂行しない……。
そんなことは有り得ないのです」
結果だけ見ればそうだが……。
当のピエロに、そんな様子はない。
「理念はどうあれ……。
実行されなければ無意味だと思いますよ。
努力目標で通じるのは、個人の趣味か子供の努力でしょう」
ピエロは汗、ハンカチを取り出して額を拭う。
「当ギルドは支部の自主判断を重んじております。
それが裏目に出てしまいました。
一部の支部が暴走した結果……。
遂行の遅滞となったのは、誠に遺憾でありまして……」
「つまり本部に、責任はないと?」
ピエロは、強く首をふった。
いかにも心外だと言わんばかりだな。
「そこまでは言いません。
当然、ギルドにも責はありましょう。
ですが個別に責を問うより、全員が反省した上で、新たに出発する。
これが正しい在り方ではないかと」
それは、ギルドの論理だ。
それを絶対正義のように振りかざしてこない。
少しばかり厄介だな。
悪くいう人はいない……か。
この物腰と曖昧な態度では、一般人の反感は買いにくい。
「その言葉で……。
被害に遭った依頼主たちは納得するのでしょうかね」
「そこは誠意を持って、謝罪に努めます。
時間がかかっても……わかっていただけるかと」
誰にも反対されない言葉を選ぶのは慣れているようだ。
「補償もするとお考えなのですか?」
「そうしたいのはやまやまですが……。
現在はギルドの財政は火の車でして、職員に支払う給与さえ遅滞する有様。
落ち着いた暁には、そうしたいと思っております」
結局……。
落ち着いたの基準が、あまりに不明確だ。
「それがいつになるか……わからないと」
「誠に遺憾ながら」
「蒸し返すようですが……。
サボタージュを主導した人たちへの責任を問わないので?
ギルド以外の人たちは、とても納得できないと思います」
ピエロはわずかに、眉をひそめる。
「遺憾ながらラヴェンナ卿は誤解されています。
サボタージュをしたことはありません。
事務手続きの遅滞が起こったことは事実でありますが……。
また責任は、ギルド全体で負うべきかと。
追求してはギルド内の和が保てません」
実際はサボタージュだが、それを認めると処罰せざるを得ない。
遅滞であれば曖昧に処理できるわけだ。
これはサボタージュを主導した中でも、比較的穏健な部類は支持に回るな。
「言葉の定義は置いておきましょう。
私はあれを遅滞というつもりはありませんがね。
全員が責任を負うとは、全員が負わないと同義では?
それではサボタージュが、また発生する可能性だってあるでしょう」
ピエロは、強く首をふった。
「遅滞です。
外部からは、あの決定が不可解に思えるでしょう。
これはあの場にいた者にしかわからない話なのです。
誠に遺憾ながら……。
全員が、本心では遅滞を招くような決定に反対しておりました」
どうもこの本心が、免罪符ってヤツだな。
内心で反対していようが……賛成した事実は重いはずだ。
これでハッキリしたことがある。
このギルド内部は、かなり強固な使徒教信者ばかりだな。
「全員がですか?
ではどうして、そうなったのですか?」
「その場の空気で、反対など口に出来なかったのですよ。
この状態で、責任など問いようがありません。
ですがラヴェンナ卿にとってそれでは遺憾でしょう。
なので責任を取る形で、前ギルドマスターには勇退していただきました。
ギルド内部でこの話は終わったのです。
これ以上の責任追及は、死人に鞭打つと同義ですから。
ギルド全体が空中分解してしまいます」
ギルドとしては最大限の誠意を示した、と言いたいようだ。
使徒教に照らし合わせてもそうだな。
挨拶という形で来ているから、強い指摘がしにくい。
ここで俺が、さらに追い込むと別の空気が生まれてしまう。
今は得策ではない。
だからと物わかりのいい態度でもマズイ。
今度は、被害に遭った人たちの非難が、俺に向いてしまう。
新ギルドにも悪い影響が及ぶなぁ。
「つまりこれで、手打ちにせよと?
依頼主がそれで納得すると思えませんね」
ピエロは生真面目な顔でうなずいた。
「ラヴェンナ卿のご懸念は最もでしょう。
貴重なご意見は持ち帰ってから、ギルド内部の様々な意見に耳を傾けます。
そしてじっくりと考え、しかるべきタイミングで適切に判断する次第。
ここは私めを信じていただきたいのです。
ギルドとしても先の事態は、大変遺憾に思う次第でありますから」
長々と話したが、まったく中身がない。
そういえば、ベンジャミンが言っていたな。
『使徒語とは変わった言葉ですねぇ。
中身のないことを、長々と話せる言葉なのですから。
油断すると、我々でも議論が空回りしてしまいます』
これには、俺も苦笑するしかなかった。
使徒語は情緒的だからな。
「それは今後の働き次第でしょうね。
それでポンピドゥ殿は、現在のギルドをどう建てなおすつもりですか?
事務畑からの選出は珍しいと聞きましたよ。
なにか首脳陣の心を動かす訴えがあったかと」
「ラヴェンナ卿に対して反発するものがいたのは事実です。
ですが反発したからと、事態は変わりません。
そのような強硬な態度は……。
遺憾ながら、現実的とは言えません。
ですからラヴェンナ卿に、ギルドとしての立場をしっかりとお伝えする。
そしてラヴェンナ卿の言い分を、ただ聞くだけではなく……。
しっかりと考えて、適切なタイミングにしかるべき判断をしたい。
拙速に態度を明確化させては、選択肢を狭めてしまいます。
ギルドとしてもこの事態は遺憾なのです。
一日も早く新体制をつくることが急務である、と訴えました」
さっきまでの会話で、何回、遺憾が出てきたのやら。
口癖なのかもしれない。
そしてまったく、中身がない。
それは、俺を非難しないことも同じだ。
これ以上話をしてもムダかな……。
キアラとプリュタニスには、辟易とした感じが漂っている。
ライサは何か言いたそうにしているな。
俺はライサにうなずいた。
ライサはそれにうなずき返してくる。
そしてピエロたちに向き直った。
口元には皮肉な笑みが漂っている。
予想通り喧嘩を吹っかける気だな。
「ところで……。
ギルドを建てなおすってわかるけどさ。
財政がとても
これの解決が急務と考えているはずだ。
また……地方の支部を閉鎖しまくるかな?」
ピエロは驚いた顔になる。
「これは驚きました。
まさかダークエルフで、ギルドの財政をご存じの方がおられるとは……。
そこはご心配なく。
支部は閉鎖しません。
また手数料などの料金も上げないと約束して、ギルドマスターになりました」
「それでギルドマスターの一族が納得するのかい?」
ピエロはますます驚く。
ピエロの側近たちも、驚きを隠せない。
「何故我が一族のことをご存じで?」
ライサはニヤリと笑った。
「ギルドマスター殿の
私の顔に泥を塗ってくれた因縁がね。
あのときは……。
約束を守る素振りで、実際は支部を閉鎖に追い込んだろ。
その話は聞いていないのかな?
ポンピドゥ一族の栄光としてね」
ピエロは、ハッとした顔になる。
演技は得意なタイプではないようだ。
「あれは……。
誠に遺憾ながら、支部の放漫経営が問題だったのです。
そしてアハマニエミ殿の顔に、泥を塗ったことなどありません。
約束は守りましたから。
やはり一族内の結束は高いようだな。
ライサはフンと鼻を鳴らす。
「切り捨てる側の立場ではそうだね。
でもそれが、お上から便宜を図ってもらっている連中の態度として……どうかな?
交渉で得た免税の権利だけは、しっかり受け取ってね。
おまけにそれを、各領地との交渉道具に使ったろう。
脅しの材料として、あの支部は潰されたのさ」
ピエロは一瞬、側近たちを見る。
側近たちは憤慨した顔だ。
一族の名誉心は、大変大きいわけだ。
侮辱など許さないと言ったところか。
ピエロはそれを見て、唾を飲み込んだ。
あまり口にしたくないが……言わないといけないと判断したようだ。
これは普段の決断も一族に引っ張られるな。
「ときには、小の虫を殺して大の虫を助ける必要があります。
それは領主の顧問という立場からご理解しておられるかと」
支部は虫か。
これは純正の使徒教徒だな。
身内は人間、それ以外は獣ってヤツだ。
「やり方の問題さ。
私が言いたいのはだね。
ポンピドゥのやり口を知っているヤツが、ラヴェンナ卿の側にいるってことさ。
それだけは覚えておきな」
ここまででいいだろう。
俺が取りなすと、ピエロたちは
ピエロたちが帰った応接室で、ライサは頭をかく。
「すまないね。
つい黙っていられなくてね」
飄々としているが熱くなるときはあるってことだ。
その可能性込みで連れてきているからな。
「構いませんよ。
これで彼らは、ライサさんを意識しますから。
つけいる隙が増えるわけです。
元々旧ギルドに潰れてもらうのは既定路線ですからね」
プリュタニスが大きなため息をついた。
「あんな中身のない話を聞かされて疲れましたよ……」
キアラが苦笑した。
「なまじ喧嘩腰でないだけに、とてもウンザリしましたわ」
部屋がノックされて、親衛隊を束ねるアレ・アホカイネンが入ってきた。
少し辟易とした顔をしている。
とても嫌な予感がするな……。
「どうしましたか?」
「新ギルド顧問のマウリツィオ・ヴィガーノ殿が……。
今か今かとお待ちです」
速いって!
「速いですね……」
すると勢いよく、扉が開く。
入ってきたのは、白まじりの赤髪で、赤い目をした老人。
長身で
50を越えているのに、バイタリティーの塊。
ベルナルドと年齢が近い。
……とてもそうは思えないよ。
シルヴァーナよりバイタリティーがあると思う。
マウリツィオは満面の笑みを浮かべた。
「いえいえ!
この老体が必要との由。
老骨に鞭打って駆けつけましたぞ」
まさかとは思うが……。
「随行員がいたのではありませんか?」
マウリツィオは、カラカラと笑いだした。
「置いてきましたぞ。
数日後には到着するかと。
まったく若い連中はだらしない。
ちょっとばかり昼夜兼行で駆ければ、すぐつくというのに……」
そういう問題じゃない。
「道中ひとりでは危ないでしょう」
マウリツィオは何故か、胸を張った。
「ラヴェンナ卿の威光のおかげで、道中は安全ですぞ。
それに安全なルートを全力疾走しましたからな。
そもそも小生の老い先は短いのです。
1日たりとてムダには出来ませんからな!」
思わず目眩がした。
そして気がつくと……。
皆逃げやがった!!
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