753話 自分たちと他人

 不毛な会談の翌日。

 天井のシミを数えていると……ないはずのシミが浮かんできた。

 徐々に人の顔に見えてくるから不思議だなぁ。

 突然、肩を叩かれる。

 幻は消え去ってしまった。


 キアラが呆れ顔をしていた。


「随分お忙しそうですね」


「まあまあ忙しいですよ。

それでなにか?」


 キアラはジト目で、ため息をつく。


「アルカディア難民たちの動きですわ。

町のあちこちで、出鱈目な噂を流しまくっています。

内容は聞かなくてもよろしいです?」


 既に耳目がここで動いている。

 だから情報はすぐに届く。

 だが……。

 情報と呼べない妄想を聞いても仕方ない。

 マンリオなら飯の種にかき集めるだろう。

 大衆向けのゴシップで食っているからな。

 俺に売れない情報は、チャッカリ別の人に売りつける。


「意味はないですね」


「ほとんどは思いつきの誹謗ひぼう中傷と妄想なので、意味はありません」

でも気になる報告があがってきましたの」


 たしかに意味はない。

 だが別の意味で、アルカディア難民を活用するつもりだ。


「聞きましょう」


 キアラはほほ笑んだが、良からぬことを考えている顔だ。


「暇な人たちを集めて、雑談形式にしません?

アルカディア難民の話をすると、大変モヤモヤしますの。

こればっかりはお兄さまと分かち合うには、くどすぎますわ」


 キアラが言わなくても、そうするつもりだった。

 実に有り難い。


「一緒に地獄に付き合わせようと。

構いませんよ。

キアラもなかなか、性格が悪いですね」


 キアラはプイと横を向いた。


「お兄さまに言われたくありません。

お兄さまに比べたら、私は善良そのものです。

世界で1番性格が悪くて優しいお兄さまですわ。

では……談話室に集まってくださいな」


 突っ込む気にもなれなかった。

 かくして談話室に向かう。

 俺が一番乗りか。

 すぐに暇人たちがやって来る。


 キアラ、アーデルヘイト、クリームヒルト、カルメン。


 モデストは町を調べるため外出。

 プリュタニスは、サロモン殿下を訪ねている。

 アラン王国との連携は、プリュタニスに一任したからな。

 そしてライサは爆睡中。


 カルメンは大袈裟なため息をついた。


「不味い料理を皆で分かち合うのが、今回の趣旨なの?

キアラも日々、性格が悪くなっていくね……」


 キアラは悪びれもせずほほ笑む。


「料理の方が、食べられるだけ遙かにマシだと思いますわ。

本題に入ります。

ちょっと不思議なのですが……。

アルカディア難民たちはあちこちで、お兄さまの悪口を言いふらしています。

それと同時に、昨日卒倒した使者に対する非難の声もあがっていますの。

あれだけ非礼なことをするとは非常識だと。

お兄さまの話だと……悪いことをした、と思っていないのですよね?」


 ああ……。

 そこまで説明していなかったか。


「ええ。

矛盾しませんよ」


 カルメンの頰が引きる。


「なんかイヤな予感がしてきました……。

あ! ええと……! そうだ! 私は、エテルニタの世話をしないといけないわ」


 キアラがカルメンをにらむ。


「カルメン……。

見苦しいわよ。

エテルニタは置いてきたでしょ」


「そこは話を合わせてよ。

もうおなか一杯なんだから……」


 カルメンは最初面白がっていた。

 ところが……だんだん辟易としてきたのだ。

 なまじ人間観察能力が高いから、深淵しんえんを覗き込んでしまったのだろう。

 キアラはプイと横を向く。


「私だってイヤだから、カルメンを道連れにしたのよ!

お兄さまの仕事から逃げられないもの。

これも友情よ」


 カルメンはため息をついて項垂うなだれる。


「そんな友情いらない!

それにキアラが、友情って口にすると胡散臭いじゃない」


「人聞きが悪いですわね」


 仲がいいなぁ。

 眺めているのは楽しいが、話を片付けよう。


「じゃあ説明しますよ。

まず自分は正しいことが、絶対の真理です。

これは感情的利益とでも表現したらいいでしょうかね。

それがすべてに優先します」


 キアラは首をかしげた。


「感情的利益ですの?

わかるようなわからないような……」


 感情の充足と表現してもいいが……。

 それだけでは弱い。

 利益ならば、損をすることに強く反発する心理が理解できるだろう。


「平たく言えば……。

イイ気分になることが、利益と思ってください。

ロマン王、クララック氏がいい例ですよね。

アルカディア民の行動原理は、そこから来ています。

感情的利益の追究は、道徳的に正しいことになりますね」


「物質的利益は二の次ですの?

ロマンは自分のためなら、浪費はお構いなしですけど……。

トマは吝嗇過剰でしたよね。

ふたりの行動は極端ですわ。

イイ気分になることって、損をするケースもありますわね」


「いい質問です。

思想の源流にあるだけで、場面場面でどちらの面が現れるか変わります。

彼らはその場の感情がすべてですからね。

彼らは難民ですが、もし自立して経済力をつけたとしましょう。

別の地域で、災害が発生して各国が援助するとします。

目の敵にしているラヴェンナが、金貨1万枚の援助をすると表明。

すると彼らは対抗して、2万枚の援助をすると表明します。

それをあらゆる場所で宣伝するでしょう。

これをロマン面としましょうか」


 アーデルヘイトは苦笑した。

 そのあたりの機微について、学んでいるからな。


「見栄で張り合う人もいますね……」


 それで終わらないのが特殊性だ。


「あとになると、2万枚は出し過ぎじゃないかと思います。

そうすると2万枚援助するのは、イイ気分になりません。

ではどうするか。

分割して払うと内々に告げて、1000枚程度を援助するでしょうね。

1000枚で2万枚分の名声が得られたと満足する。

これがクララック面です。

あとは知らんぷり。

援助してやったんだから文句をいうな、となりますね。

このあたりは独自進化を遂げたアルカディア面となります」


 クリームヒルトは呆れ顔だ。


「誰かがそれを指摘したら……。

ああ。

その人の正当性を攻撃して、指摘自体を否定してしまうのですわね」


 思わずニヤニヤ笑ってしまう。


「ええ。

皆さんいい感じに、アルカディアの深淵しんえんに迫っていますね」


 カルメンが小さく頭を振った。


「そんな深淵しんえんに触れて、平然としているアルフレードさまが怖いですよ」


「そういうものだと考えているだけです。

母猫が状況によって、子猫を置き去りにする。

それと同じようなものです。

善悪で判断しては取り違えますよ」


 カルメンは辟易した顔になる。


「よくわかります。

でも……。

せめて猫を比較対象にするのだけは……止めてください」


 エテルニタがアルカディア難民に見えたら大変だな。


「これは失礼。

話を戻しましょう。

自分は正しいのに、現状は満たされない。

それはなぜか。

『他人がよからぬことをしているせいだ』となります。

そんな彼らでも、客観性は持っているのです。

感情的利益に抵触しない限り……。

我々との価値判断の違いは、個性の差で納まる。

だから他者の非を咎める話なら、我々は理解できるのです。

これが同じ価値観を持っている、と錯覚させるのですけどね」


 真っ当な批判をしている人が代表になれば、問題はなくなる。

 なんて思うと、手痛いしっぺ返しを食らう。

 アーデルヘイトは首をかしげる。


「旦那さま。

その非難は、アルカディアの人たちにも共有されるのですよね。

それなら代表が交代するのですか?」


 クレシダの圧がある以上、問題を先送りできない。

 だから交代したことで、すべてをチャラにしようとするだろうな。


「間違いないでしょうね」


「それなら次は、マトモな人になるのでしょうか?

少なくともラクロさんのやった行動だけはしないような……」


 やはり、そこの落とし穴にはまるか。

 同じ価値観であれば、それは正しい。

 だがその前提が間違っているからな。

 真っ当な批判をしている人が、トップになったら真っ当なことをするのか?

 それは違う。


「いいえ。

本質的には変わりませんよ。

自分は正しいという原則は変わらないのです。

自分が非礼な態度をとるのは事情があるから正しい。

他人の非礼は間違っている。

それでも……あのような言動では、私が許さないと理解します。

まるっきり同じことはしません」


 クリームヒルトは驚いた顔になる。


「あれ? もしかして……。

子供が刃物を振り回していて、『危ないからやめなさい』と怒られたときのアレと似ていますか?

刃物での遊びは止めるけど、今度は火遊びをするような……」


 その手の問題児は、どこにでもいるからな。

 クリームヒルトは、その手の報告を受ける機会があるだろう。


「本質を理解しないので、その認識で合っていますよ。

なので新しい代表の行動は読めます。

非礼はラクロ殿個人の責任にして、形ばかりの謝罪はするでしょう。

そして私に、協力を求めてくるでしょうね。

謝罪してやったのだから、こちらの要求を聞くべきと」


「頭が混乱してきました。

それとこれとは、話が別だと思いますよ……」


 もうひとつの概念は説明したのだが……。

 あまりに特殊すぎて理解出来ないか。


「彼らは他人のことで謝罪することには抵抗ありません。

自身の優位性を示すものですからね。

感情的利益に合致します。

でもその責任は負わない。

と他人の関係性ですよ。

他人の責任を負うなど、彼らにとって不道徳な行為です」


「ああ……。

レクチャーしてもらったですか?」


 自分と同じ感情的利益を共有する人は、と認識する。

 ただし思い込んでいるだけ。

 度々、アントニスの資料に出てくる言葉だ。

 彼らも分析しようと努力した形跡が見られる。


 これは、アルカディア独特の認識だ。

 この説明は苦労したなぁ……。


「ええ。

自分の正しさが揺らぐことは、彼らにとって耐えられないことですからね。

謝罪はそれに直結します」


 クリームヒルトは心底ウンザリした顔になる。


「あの概念は、いまだに理解しきれていませんよ……。

時と場合によって、対象範囲が変わるんですよね」


「ええ。

まず新しい代表にとって、ラクロ殿は他人です。

そこで屋敷を包囲したことは、ラクロ殿の責任に出来るでしょう。

ただ悪い噂を流していることまで、ラクロ殿のせいにすることは出来ない。

現在進行形なのですからね。

多分部下のせいにするでしょう。

その時点で部下は他人となります。

彼らの思考は理解できますが、私がそれを受け入れる義理はありません」


 クリームヒルトがウンザリした顔になる。


「それがどうして、アルフレードさまに感謝しろって論理になるのですか?」


「彼らの行動原理は、3本の柱からなります。

まず『自分たちと他人』の原理から、ラクロ殿にすべての責任がある。

だから自分たちは無罪。

そして『自分がやれば善、他人がやれば悪』の原理から、非礼な程度に出ても問題ないと考えます。

さらに『自分たちと他人』と、『相手は自分を思いやれ』の原則が出て来る。

自分が悪くないことを謝ってやったのだから、私が事情を考慮して折れろとなるのです」


 反応がないので全員を見ると……。

 一様に辟易した顔をしていた。

 俺と目が合ったキアラは小さく笑う。


「つまりは先日の繰り返しが発生するわけですか。

また言葉だけで、人を殺すつもりですのね」


 人聞きが悪いな。

 殺していないだろう。

 勝手に倒れただけだ。


「彼らと約束をしても無意味ですからね」


 アーデルヘイトは困惑顔で肩をすくめた。


「約束を守らないからですよね?」


 守らせることは出来るのだが……。

 問題があるんだよなぁ。

 大きな手間がかかるのだよ。


「それもあるのですが……。

代表が変わると、以前の取り決めは、基本反故にされますからね」


 アーデルヘイトが腕組みをして考え込む。


「基本ですか?」

 

「自分にとって都合のいい……。

つまり感情的利益がある約束だけは守ります。

感情的不利益がある約束は、事情があるから守らなくていい、となりますね。

アルカディアとの取り決めと銘打ってもです。

アルカディアは代表にとってですが……。

取り決めをした前代表は、他人となります。

他人が交わした感情的利益にそぐわない約束を守る。

それは不道徳なのです。

ただ堂々と破っては、世間から批判されると知っている。

つまり……言い訳をしながら破っていきます。

こちらが怒って、約束を破棄させるのが狙いです」


 アーデルヘイトはポカーンと口を開ける。

 クリームヒルトはそれを見て吹き出してしまった。


「変わり身の早さはすごいですね……。

そこまで自分の代表だった人を否定出来るものですか?」


「彼らの中では矛盾しませんよ。

1番偉い人は道徳的に正しいから、権力を持っている間は従います。

地位を失うとは、道徳的な正しさが否定されたから。

これが彼らの理屈です。

そんな不道徳な人が勝手に交わした約束を守るのは、彼らにとって不当なのです。

でも外部から不道徳だ、と非難されたくない。

約束を破ることは悪いと知っていますからね。

自分は事情があるから例外なだけです」


 クリームヒルトが力なく首を振った。


「その発想が理解できませんよ」


「感情的な正しさを守ろうとせずに、法や約束を順守するのは、不道徳な存在ですから。

融通が利かず、弱い者だけが守る決まりを押し通してくる。

皆さんがロマン王やクララック氏に抱く感想を、彼らは私に持っているのですよ。

そして彼らの基本的コミュニケーション手段は、侮辱と蔑視。

それが非礼な態度に直結します」


 アーデルヘイトは真顔で、ため息をついた。


「価値観の違いって怖いんですね……。

もし旦那様が、感情的な正しさを押し通そうとしていたら……。

結果は違うのですか?」


「すんなり理解できて、力も違うので屈服しますよ。

だからクレシダ嬢には屈服したのです。

逆らったら、殺されますからね。

必死に顔色を窺うでしょう」


 カルメンはあきらめ顔で苦笑した。

 内心、もう来ないでくれと思っているだろうな。


「どっちにしても……。

会っても成果はないですか」


「ありませんよ。

アルカディアに利用価値があるなら、話は別ですがね。

それでも間に誰かを立てて、緩衝材にするのが正しいやり方です。

新しい代表と約束しても……変わればご破算になるでしょう。

トップが変わればすべてが変わる。

それが彼らの常識ですからね。

アラン王国の芸術を破壊したのが、その根源です」


 キアラが呆れ半分、感心半分といった表情で肩をすくめた。


「それでよく、社会が成立していますわね」


 社会がどうなりたつのか。

 ラヴェンナ中枢にいるキアラは意識せざる得ない。


「相互不信社会なのですよ。

他者の悪事を警戒しなければ利用されると、常に考えています。

不信だけだと精神が持ちませんからね。

その反動で、《自分たち》》の概念が生まれたと思いますよ。

誰だって楽になりたいのです。

信じ込むのは、結構楽ですから。

アルカディア難民の間で、私を罵倒する間は……。

一体感が生まれて、相互不信も忘れることが出来ます」


 キアラが、どこか嘲るような笑みを浮かべる。

 ラヴェンナの統治に、自信があるからだろうが……。


「悪いことはすべて他人のせいが、相互不信を加速させるのですね。

それを維持するには、たしかに序列で強制するしかありません。

もしくは明確な敵を作って一緒になって叩けば、仮初の団結ならできますわ。

でも……。

行き着く先は先鋭化と過激化で、自滅の道だと思いますけど」


 ちょうどいい頃合いだな。

 折に触れて注意喚起をしていたが、そろそろ狙った方向に話を持っていくか。


「そういうことです。

ただ……。

これはアルカディアの民特有の現象ではありませんがね。

自分の言動が、頑なに正しいと信じる人はいますよね?」


 カルメンは苦笑して頭をかいた。


「たしかに……。

どんなに証拠を提示しても、頑なに認めなくて……。

罵倒までしてくる人がいましたねぇ。

あれは面倒くさかったです。

恋人に暗殺されかかったのに、絶対に認めようとしませんからね」


 カルメンは探偵まがいのことをしていたからな。

 そんな場面に出くわす。

 依頼人の男性が、誰かに殺されかかっていると相談してきた件だ。

 犯人は恋人だとすぐわかったが、依頼人がそれを頑なに信じない。

 それで放置すると寝覚めが悪いから、別の罪を見つけてその恋人の罪を告発したな。

 過去にも、別の恋人を毒殺した過去があったらしい。

 それで犯人は処刑されたが、依頼人からカルメンは、相当恨まれたらしい。


「恋愛沙汰に限りませんが……。

想像で現実を決め付けるタイプです。

事実によって揺らぐと、感情的な反発でそれを押さえ込もうとしますね。

個としてはいますが、アルカディアではそれが標準なのですよ。

自分は絶対そうならないと思い込むと危険です。

先ほど述べたタイプですが……。

基本的にアルカディアの民と似た反応を示します。

自分の味方だと思い込んでいた人が違う意見を述べると……。

裏切られたと思い込みます。

全面的な肯定以外は敵認定ですよ」


 カルメンは妙に感心した顔でうなずく。

 経験があるだろうからな。

 探偵みたいな仕事は、相手に見たくない現実を突きつけることが多々ある。


「アルカディアの民は、使徒の正当性とトマが合体して……。

ああなったのですよね。

それ以外では違う要因なのですか?」


「そうですね。

色恋では、本人の不安が過信に至るでしょう。

それ以外では、プライドと承認欲求が原因ですね。

どちらも本人の器を超えて肥大化すると、そうなります。

何事も器を超えると、人は動揺しますよ。

一時的なら、反省も出来ますけどね。

量が多すぎると……。

器が認識できなくなって、その感情に流されるままになります」


 カルメンは苦笑した。

 昔を思い出したのだろう。


「そうなると手がつけられませんね。

普通の人が陥る言動と難民たちの言動は、似ていても根元が違うと……」


「現象は同じでも、原因は違うところにあるわけですよ。

失火も放火も、火事になることには変わらないですからね。

似た言動をしている人に、『お前はアルカディアの人間だろう』と決め付けても問題は解決しません。

アルカディアな民を排除すれば、そんな人がいなくなる訳ではありませんから」


 キアラは苦笑してうなずいた。


「その注意喚起をされたかったのですね。

よくわかりました。

でも……ちょっと回りくどいですわ」


 全員がうなずく。

 さすがに題材が強烈すぎた。


「そうですね。

反省します」


 キアラはちょっとバツが悪そうに苦笑した。

 俺があっさり謝って、言い過ぎたと思ったのかな。


「それはそれとして……。

懲りずにアルカディアの新代表が訪ねてきたら、どうしますの?」


 今日中に新しい代表がやってくるだろう。

 クレシダが怖いのだ。

 それだけでなく不安定な位置に置かれた状況は、他の難民たちから突き上げを食らう。

 成果は喉から、手が出るほどほしいだろう。


「謝罪がなければ無意味と言いましたからね。

会わないといけません。

ただ……。

屋敷を囲んで汚物を投げつけた件と、私への誹謗ひぼう中傷を広めている件も、追加になりますけどね。

問い詰めたら……。

また倒れるんじゃないですか?」


 キアラはウンザリした顔で、ため息をつく。


「それでまた新しい人が来るわけですか」


「まあ……。

難民の人数だけ繰り返せば終わりますけどね。

時間のムダなので……。

クレシダ嬢に抗議するとしましょう」


「気が重たいですわ……」


「抗議するにしても正当性が必要ですからね。

2回やってダメなら問題ないでしょう」


 カルメンはウンザリした顔になる。

 追い返す度に、この話をされるのはイヤだろう。


「注意喚起はよくわかりました。

そろそろ彼らの分析は、やめにしませんか……」


 全員がうなずいた。

 そりゃそうだな。


「私が話をしたのは、もうひとつ別の目的があったからです。

1回だけだと流されてしまいますからね。

もう分析はしませんよ」


 キアラがジト目で俺をにらむ。


「またなにか仕込んでいたのですわね……」


「自分たちに理解できないものと遭遇した時にとる態度です。

自分が無知である可能性に目をつむって、物事を決め付ける。

周囲はよくわからないまま、感情的で過激な行動に拍手喝采。

それが危険なのですよ。

彼らは不誠実で傲慢だ。

だから滅ぼせ、と言ったら皆は賛同しますよね?」


 アーデルヘイトがなぜか挙手する。

 オフェリーの動作が伝染しているな……。


「難民は理解できない存在ですけど……。

他にも出てくるってことですか?」


 不幸なことに、ひとつの価値観で1000年固定されてしまった。

 異なる価値観との対応ノウハウが死滅している。

 そしてもう、それで済まされない。


「ええ。

山を越えて、人がやってきた。

これははじまりにすぎません。

知らない世界から、人がやってくる可能性は高いでしょう。

そこで決め付けるような感情的対応が基本になっては危険です。

争いの火種にすらなるでしょうね。

だからアルカディアの出現は、ある意味幸運だと思っています」


 客人にとって非礼だ、と感じれば関係が悪化する。

 こちらを侵略する意図があれば、それは危険だ。

 もしくは……。

 しなくていい関係悪化を招きかねない。


 キアラは微妙な顔で首をかしげた。

 理屈はわかるが、サンプルが酷すぎると愚痴りたいのだろう。


「こうやって考える切っ掛けになるからですの?」


 仕方ないだろう。

 サンプルは選べない。


「ええ。

この練習は失敗しても、問題が大きくなりません。

どこかに半追放して、彼らだけで自活せよ。

それで済みますからね。

でも異なる世界は違う。

簡単に排除して、オシマイでは済まないのですよ」


 クリームヒルトが首をかしげた。


「それだと学校で教えた方がいいでしょうか?」


「そうしたいところですが……。

教える側も知らない話を、子供に教えられるのか。

そんな問題があるのですよ。

学校での学びは、社会に出るための手段にすぎませんからね」


「ああ……。

だからこれから新規で採用する教師には、3年の社会経験を積ませる話になったんでしたね」


 初期の教員は社会経験を積んでいる。

 足りないのは教える技術だった。

 逆だと、致命傷になりかねない。

 教える側の、人格的な厚みが全然違う。

 学校は知識を教えるだけ。

 理論だけの世界だからな。

 偏っては、生徒に尊敬されない。

 人間力を子供はシンプルに見抜くだろう。

 それを防ぐために……より偏る。


「学校しか知らないと、学校だけの論理で教えるでしょうしね。

教える内容も、とにかく知識を詰め込めばいいとなりがちです。

教師も学校しかすがるものがないと、教師達が結託するでしょう。

そして権利を主張し続け……組織が肥大化します。

社会とは浮いた存在になりますからね。

そのツケは子供が払わされます。

それに教師として不適格でも、他に道があるかもしれません。

社会とのつながりをもつのは、損にならないでしょう」


 いつの間にかメモをとっていたキアラが、眉をひそめた。


「アルカディアの話をカットして、ここにつなげるのは難しいですわ……」


 あれはかきたくないだろうな。

 そう思っていると、親衛隊が部屋にやって来た。

 口を開く前に、俺が手でそれを制止する。


「アルカディアの新しい代表が、面会を求めに来ましたね。

先日の件は謝罪するとも言っていたでしょう?」


 親衛隊員は目を丸くして固まった。

 予想は的中。

 会談の成果もゼロ。

 積み上がったのは、ストレスで倒れた新しい代表だけだった。

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