677話 閑話 神の思し召し

 マリー=アンジュがユートピアを立ち去るときに、大勢が見送りに現れた。

 だがユウとカールラの姿はない。


 カールラは見送ろうとしたが、周囲の反発を懸念したユウが止めさせた。

 ユウは不満げなカールラにほほ笑む。


「心ない言葉を、カールラが浴びせられるのは嫌なんだ。

だからいかない方がいい。

そこで僕が、泥をかぶろう。

僕が命令して見送らないことにしてくれ。

そして僕も見送らない。

カールラを悪者にはしないよ」


 これは口実であった。

 単に見送りたくないだけなのだ。

 ユウはマリー=アンジュを見るのが嫌になっていた。

 

 自分のことを責められているという被害者意識。

 加えて、あのロマンに抱かれた女という嫌悪感が湧き上がる。


 嫌なものは見ないし聞かないのが、ユウの一貫したスタンスであった。


 見送られるマリー=アンジュは、ベールで顔を隠していた。

 今の顔を見られたくないのと、この姿を見た民の怒りがユウに向かうことを恐れたためだ。


 そんなマリー=アンジュを、ノエミ・メリーニとアンゼルマ・クレペラーが支えている。

 ふたりの目には、涙が浮かんでいた。

 それでもユウへの反感が沸き起こらない。

 精神的影響は、かくも強いのである。


 マリー=アンジュはふたりに力なくほほ笑む。

 そして見送りに来た民衆に小さく頭を下げた。


「皆さん。

私の見送りに来てくれて有り難うございます。

これだけは知っておいてください。

私がここを離れるのは、私の我が儘です。

ユウさまは引き留めてくれましたが……。

私は自分が許せないのです。

だからユウさまとカールラのことを悪く思わないでください。

ふたりはなにも悪くないのですから。

私の望みは、このユートピアで皆が幸せに暮らせることなのです。

皆さんこれからもお元気で暮らしてください」


 自然と拍手が巻き起こる。

 

 マリー=アンジュは、あえて噓をついた。

 噓をついてさえ、自分が立ち去ったあとで問題を起こしたくなかったのだ。

 そして僅かな期待を込めて周囲を見渡したが、ユウの姿はなかった。


 かくしてマリー=アンジュは、馬車に乗りこむ。

 受け入れを名乗り出てくれた人物の元に向かうのであった。


                  ◆◇◆◇◆


 受け入れ先は修道院ではない。

 前々教皇であるアレクサンドル・ルグランの屋敷である。

 アレクサンドルはマリー=アンジュの到着を屋敷の前で待っていた。

 馬車から降りてきたマリー=アンジュを、優しく抱きしめる。

 アレクサンドルが自らマリー=アンジュを支えて、屋敷へと連れて行く。


 マリー=アンジュは戸惑ったが、アレクサンドルに従う。

 そして日当たりのいい、小奇麗な部屋に案内された。

 アレクサンドルはマリー=アンジュに、優しくほほ笑みかける。


「馬車の移動は疲れたろう。

まずは休むといい。

起きたらこれからの話をしよう」


 アレクサンドルはついてきたメイドに言伝をして、部屋を出ていった。

 そっと閉じられた扉の音に、マリー=アンジュは気遣いを感じる。


 こんなに優しい人だったかしら……。


 マリー=アンジュはアレクサンドルに聞きたいことがあった。

 だが疲れていたので、まずは眠ることにする。

 ユウと別れて、なにか心境が変わったのか……。

 ようやく普通に眠れるようになっていた。


 瞼を閉じたときに浮かんだのは、自分がアレクサンドルに退位を迫った光景である。

 内々にではあるが、マリー=アンジュがユウにねだったのは、紛れもない事実であった。

 そんな自分を、何故受け入れてくれたのか。

 恨みこそあれ、親切にする道理などないのに。

 答えがでるはずもなく、マリー=アンジュは眠りに落ちていった。


 目が覚めたのは翌日のことだ。

 付き添っていたメイドの知らせで、アレクサンドルがすぐにやってくる。

 アレクサンドルはやつれきったマリー=アンジュを見ても、一切の動揺を見せなかった。


「目が覚めたようだね。

なにか食べてもらいたいが、すぐにはムリだろう。

まずはハーブティーでも飲むといい」


 マリー=アンジュはやっとの思いで体を起こす。

 メイドから差し出されたハーブティーは、どこか懐かしい香りがした。


 マリー=アンジュはハーブティーを口にして、ホッと息を吐き出す。

 そしてアレクサンドルに、軽く頭を下げる。


「このたびは、突然のお願いに……」


 マリー=アンジュの言葉を、アレクサンドルは手で遮る。


「礼や謝罪は不要だ。

これからのことは考えているのかな?」


 マリー=アンジュは小さく首を振る。


「いえ……。

それより伺いたいことがあります」


「なんだね?」


 マリー=アンジュはしばし、躊躇ためらう。

 だがすぐに思いなおす。

 今更失うものなど、なにもないのだ。


「私は義父のために、叔父さまを教皇から追い落としました。

それなのにどうして、ここまで親切にしてくださるのですか?

使徒ハーレムの落後者なんて、誰も関わりたがらないでしょう」


「ふーむ。

その話か……。

伝えないとマリー=アンジュは、落ち着かないなら教えよう」


 マリー=アンジュは黙ってうなずく。

 アレクサンドルは、小さく苦笑した。


「最初は、恨みもした。

だが教会の慣習だからね。

マリー=アンジュが使徒さまに選ばれたのだ。

それならクレマンが、教皇になるのは当然だよ」


 それはマリー=アンジュも理解している。

 だからと簡単に割り切れるのか。

 ユウの正妻になってからの気苦労が、マリー=アンジュの視野を広くしていた。


「それはそうですが……」


 アレクサンドルは手で、マリー=アンジュの疑問を止める。


「まあ……聞きなさい。

心境の変化があったのは、その後の教会を襲った苦難を見たときだよ。

情けないことに、教皇を追われて良かった、と安堵あんどしてしまった。

それとオフェリーだよ。

使徒さまに選ばれて正妻になることが、女にとって最高の幸せだと、私も教えられてきた。

今までの慣習からすれば、オフェリーは敗者で、あとはただ生きているだけの存在だ。

だがなぁ……。

あの子の様子を知るほどに、なんの迷いもなく信じてきた慣習は正しかったのかと。

たまに手紙が届くのだよ。

それであの子にあんな個性があったのか、と驚くばかりだ」


 マリー=アンジュは、懐かしそうな顔でほほ笑む。


「たしかにお姉さまは変わりました。

とても幸せそうです。

今でも理解できずに居ますけど……」


 アレクサンドルは苦笑する。

 それは単なる苦笑ではない。

 色々な思いがこもった、とても複雑な苦笑であった。

 今のマリー=アンジュであればこそ、感じ取ることができるものだった。


「そこで思ってしまったのだよ。

お前たちのためでもあると思い、やって来たことは本当に正しかったのかとね。

これは日々の儀式から解放されて、暇になったからこそだ。

教皇のままだったら、決してこう思わなかったろう。

それこそマリー=アンジュを恨み続けたと思う。

マリー=アンジュに自分を振り返る時間など、なかったはずだ。

だから不思議に思ったのだろう?」


 マリー=アンジュはアレクサンドルの言わんとすることが、なんとなく理解できた。


「……はい。

トップの座から引きずり下ろされるのは、その世界に生きる者にとって、とてつもない苦痛ですから」


 アレクサンドルはマリー=アンジュに、優しくほほ笑む。

 育ての親であったクレマン・ルグランから向けられたことのない、優しい笑顔であった。


「教皇を追われた私と、使徒さまの元を離れたマリー=アンジュは、似たような境遇だと思う。

なればこそ先達せんだつとして生きる道を示すべきだろう。

これは贖罪しょくざいの意味でもあるのだ。

お前たちに、我々の慣習を押しつけてしまった大人のひとりとして。

そして現教皇を止められなかった教会関係者としてもだ」


 マリー=アンジュは、小さく首をかしげた。


贖罪しょくざいですか?

私はそんな酷いことをされた覚えがありません。

だからこそ、ユウさまから離れたお姉さまが理解できませんでした」


「いずれわかる。

時間はたっぷりあるのだからね」


 そんなものは自分に残っていない。

 マリー=アンジュは寂しげに笑った。


「私にもう時間は残っていませんよ」


 アレクサンドルは驚いた顔になる。


「なんだと?

マリー=アンジュの人生は終わってなどいない。

ひとつの区切りではあるが……」


 マリー=アンジュは力なく首を振った。


「そうではありません。

前々から自覚していたのです。

ユウさまから離れると、体の調子が悪くなりました。

心ではなく肉体がです。

王宮に向かったときの体調は、本当に最悪でした。

立っているのがやっとでしたの。

ユートピアに戻ったときは、体だけは元に戻りましたわ。

そして離れた今、体調は悪くなる一方です。

もう自分は長くもたないとわかるのです。

それと……。

私が死んだときは、そのことをユウさまに伝えないでください」


 アレクサンドルは力なく、椅子にもたれかかる。


「どうにもならないのか」


「はい。

誰がユウさまの力に抗えるのでしょうか」


 しばし無言だったアレクサンドルは、マリー=アンジュにほほ笑みかける。


「せめてマリー=アンジュの願いは、出来るだけ叶えよう。

なんでも言ってくれ」


 これから死ぬだけの自分に、望みなどない。

 もっても悲しいだけなのだから。

 そう達観したマリー=アンジュであった。


「そう言われましても……」


 アレクサンドルは子供を諭すような優しい顔で、身を乗り出した。


「オフェリーもかなり心配している。

今までは用事があるときしか、文を寄越さなかったのだ。

最近はマリー=アンジュが心配だとしつこいくらいでね。

このハーブティーも、オフェリーが送ってくれたのだ。

お前が小さい頃に好きだったと言ってな。

会う機会があれば渡してほしいと」


 突然、胸に熱いものがこみ上げて、マリー=アンジュは涙を流す。

 それを見たアレクサンドルは、優しく背中をさする。

 相手が年配だからか、それとも親戚だからかはマリー=アンジュにはわからない。

 不思議と嫌悪感が起きなかった。


「死ぬ前に、一度お姉さまに会いたいです。

欲を言えば、お姉さまの腕に抱かれて死にたい……」


 アレクサンドルは、力強くうなずいた。


「オフェリーを呼ぶことは難しい……。

だがマリー=アンジュが、ラヴェンナにいくことは可能だろう。

私がラヴェンナ卿と使徒さまに、お伺いをたてるとしよう」


 マリー=アンジュは望みを口にはした。

 だか実現はできないだろう、と諦めている。


「ユウさまは機嫌を損ねると思います。

ラヴェンナの話をすると、情緒が不安定になりますから。

それにラヴェンナ卿は許可してくれないと思います。

ユウさまに従ったとはいえ、ラヴェンナの人たちに酷いことをしましたから……。

お姉さまひとりの願いのために、民の意思をねじ曲げることはしない人でしょう」


 アレクサンドルは小さく首を振る。


「心配するな。

なんとしてでも認めてもらう。

これでも権威はあるのだ。

今使わなくて、なんの権威だというのだね。

これも神の思し召しだよ。

マリー=アンジュは長旅に耐えられるように、少しでもなにか食べなさい」


 アレクサンドルが結論を急いだのには理由がある。

 教会にとって、唯一残った正統的権威がアレクサンドルだ。

 教会関係者にとって、アレクサンドルの死は組織の崩壊につながる。

 なので原理主義的勢力に命を狙われることが多々あった。

 教会は是が非でもアレクサンドルを守る必要があるのだ。

 だから屋敷の警護は最も強固である。


 それでも安全とは限らない。

 マリー=アンジュを受け入れる、と表明してからすぐ怪しい動きが報告された。

 その意図は明白だ。

 マリー=アンジュを受け入れるな、という警告だろう。

 アレクサンドルは、マリー=アンジュの命が狙われていると悟る。

 ここが何時いつまでも安全とは限らない。

 この世で最も安全な場所に、姪を送り出すことにしたのである。


 それに、わずかでも幸せな時間をプレゼントするべきだろう。

 教皇の姪などに生まれなければ、手に出来たであろう時間なのだ。

 アレクサンドルは、それが神から自分に与えられた使命だと確信していた。


                   ◆◇◆◇◆


 ユートピアに届いた知らせに、ユウは不機嫌になる。

 マリー=アンジュが姉に会うために、ラヴェンナへの渡航許可を求めてきたからだ。

 そもそもユウに拒否する権利はないのに、わざわざ念を押しての申請である。

 本音を言えば拒否したい。

 だが……そう簡単にはいかない。


 申請者はアレクサンドル・ルグランなのだ。

 ユウが推したクレマン・ルグランは、いいところがないまま没してしまった。

 相対的に前々教皇の権威と評判は高まる。

 クレマンの尻拭いとして、使い走りを黙々とこなしたから尚更だった。


 教会で最も権威が高い人物の要請を切り捨てることは、ユウにとって難しい。

 ユウの顔を立てての申請を蹴っては、確実に教会を敵に回してしまう。

 教会は信用ならないが、数少ない味方であることは間違いないからだ。

 そして自分が捨てた女の行き先に、口を出すのは格好が悪い。

 だが……嫌なものは嫌なのだ。


 ひとりで考えても、名案が浮かばない。


 ユウはマリー=アンジュを追い出した後ろめたさからか、ノエミとアンゼルマとはやや疎遠になっている。

 必然的にカールラを頼る機会が増えていた。


 ユウはこの要請をなんとか断れないかと、カールラに相談することにした。


「カールラ。

このアレクサンドルからの要請をどう思う?」


 ユウは断りたいと、自分では言わない。

 そんなことを口にすれば、自分が小さな男だというようなものだ。


 自分の思いや行動を省みないユウは、器が大きく誠実かつ愛情深い歴代最高の使徒、そんな自己イメージにしがみついていた。

 ただし自分でイメージに合う行動はしない。


 ある意味ロマンと似たもの同士である。


 それでも今までは、なんとでもなっていた。


 相手が常に察してくれるからだが……。

 カールラは即座に、ユウの本心を悟る。

 小さくため息をつく。


「そうね。

あまり望ましくないわ」


 ユウが我が意を得たりと、カールラの手をつかむ。


「だろ?

あんなところに元メンバーを送るなんて、僕に対する当てこすりじゃないか。

教皇を退位させられたから……恨んでいるに違いない。

僕の顔を立てるフリをしてだよ。

アレクサンドルはマトモな男だと思っていたのに……。

失望したよ」


 ユウはあの日から意図して、マリー=アンジュの名前を口にしない。

 まるで最初から居なかったことにしたいように。

 ユウにとってマリー=アンジュが、どこかの修道院に入ってひとり余生を過ごしてくれるのが良かった。


 本人に自覚はないが、子供の言動に酷似している。

 子供が玩具を要らないと、乱暴に投げ捨てる。

 呆れた親が、それを誰かにあげようとすると……。

 これは大事なものだ、と泣き叫んで駄々をこねる。

 要らないけど、他人にはやりたくない。

 だから押し入れにしまっておく。

 

 そんな状態によく似ているのだ。

 不機嫌なユウに、カールラはほほ笑む。


「そうね。

彼女は修道院に入るといったのに、噓をつくなんてね。

それだけでも酷いのに……送る先が悪すぎるわ」


 ユウは自分で認めないが、被害者ポジションが大好きなのだ。

 実際に被害に遭うのは我慢できないが、そのような道徳的優位な立場に立ちたがる。

 だから噓をつかれた、となればユウにとって実に好ましいのだ。


 さらにカールラはユウの意図を汲んで、マリー=アンジュの名前を決して呼ばない。

 自分にとって心地よい世界からでられないユウへの、完璧なアプローチであった。


 ユウが喜色満面の笑みを浮かべる。


「まあ……。

別に噓とかはいいんだ。

その程度で文句をつけるほど、僕は小さい男じゃない。

でもあそこに送るのは、僕に対する仕返しだろ?」


「そうね。

ここぞとばかりに仕返しをしたみたいね。

昔は教皇だった人なのに困ったものだわ。

ユウが交代させたのも当然ね」


 さりげなくユウの行為を持ち上げるのも、カールラの駆使するテクニックであった。

 ユウは照れ笑いをして頭をかく。


「やれやれ……。

参ったなぁ。

元教皇の癖に嫌がらせとは、なんて器の小さいヤツなんだ。

それでこの要請は、どうしたものかな?」


 無原則な要求を拒否されるか、相手の行為を曲解して器の大小を非難する者がいる。

 さぞその人の器は大きいのかといえば……当然否だ。

 大体は器と呼べない大きさしかない。


 正しい大きさを理解できないからこそ、自分の望みが相手にとって過大であると判断ができない。

 そんな器無しを満たせる大きさは、無限の大きさしかないのだ。


 さらに器ですらない大きさしか持たないから、相手の行動をその器の基準で考える。

 相手への非難は、自分を映す鏡に他ならない。


 だがそれらの不都合な現実は、ユウにとって見ないから存在しないと同義であった。


 ユウが望む答えは知っているが、カールラの意図とは真逆である。


「認めてあげればいいんじゃない?」


 ユウは裏切られたと言わんばかりの、傷ついた顔をする。


「ええっ!?

なんでだよ!」


 カールラは諭すような笑みを浮かべる。


「ユウ。

落ち着いて。

器の小さなアレクサンドルの要請を、器の大きなユウが受け入れてあげるのよ。

それにね……」


「別に僕は、自分の器が大きいなんて宣伝した覚えはないけどなぁ。

やれやれだよ。

皆勝手に僕に高い理想を押しつける。

それになんだい?」


 お世辞が大好きなユウは、口で否定したものの、頬は緩みっぱなしである。

 カールラは真剣な顔に戻る。


「彼女をアラン王国にいさせると……。

またユウに迎え入れてもらえると、勝手に希望をもつかもしれないわ。

断ったなら……。

ユウが実は彼女を手放したくないのだ、と都合よく考えない?

そんな気はないでしょ。

勿論、彼女のためを思ってのことでしょうけど」


 ユウは予想外の指摘に、渋い顔をする。

 それでも見たい現実に添ったカールラの指摘は、すんなり受け入れられるのだ。


「そんな迷惑だなぁ。

元メンバーには新しい人生を歩んでほしいんだ。

僕のことは忘れてほしいよ。

言われてみればたしかにそうか……。

僕から離れたいなんて思う子は居ないからな。

わかった。

カールラのいうとおりにするよ」


 カールラは親切心で言ったわけではない。

 ユウと物理的に離れると、体調が悪化するのだ。

 それは自覚している。

 つまりマリー=アンジュをラヴェンナに送れば、症状はさらに悪化する。

 確実に、死に至るだろう。

 そうすればラヴェンナと戦う口実が、嫌でも生まれるのだ。

 暗殺などの危険を冒す必要がない。


 マリー=アンジュが生きていれば、今度どんな横槍を入れてくるかわからない。

 なればこそ始末を考えていたが、名案が浮かばなかった。

 そこに今回の要請である。

 カールラは天の時は、自分にあると確信した。


 さらには邪魔になりそうなアレクサンドルも排除できる。

 

 そしてあのアルフレードは、事実をねじ曲げたことがない。

 マリー=アンジュの死を否定しないだろう。

 ねじ曲げれば、領内で不信の念を巻き起こせばいい。

 

 どちらにしても、自分に損はないと考えたのだった。


 ひとり自室に戻ったカールラは、鏡に映った自分の姿を見て愕然とする。

 自分が憎んでいたランゴバルド王国の前王妃にそっくりだったからだ。

 強く頭を振ると、その姿は消えていた。


「まだ心のどこかに、甘さが残っているようね。

まだマトモで居たがるなんて……。

お笑いぐさだわ」


 カールラは自嘲の笑みを浮かべたのだった。

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