579話 奇跡の共演

 ゾエ・ラペルトリから書状の束が届いた。

 キアラが先に目を通したが、束だったので時間がかかったようだ。

 報告書を俺に差し出しつつも、感心した顔をしている。


「あの人、諜報の才能もあるのですわね。

驚きましたわ」


 面会して聡明なことは分かっている。

 しかし……俺が会う女性は、ほとんど聡明か、精神的にタフだったりする。

 我ながらよく圧倒されずにやってこれたものだ。

 あのスザナにしても頭は良くなかったが、タフであることは間違いない。

 安全が保証されない世界ほど、女性が強いのかもしれないな。

 狙われやすいだけに、弱いだけでは生きていけない。


 頭に、スイーツが詰まってそうなのは男ばかりだ。

 使徒とか、あの賢者サマとか。

 ともかくだ……。


「彼女の仕事は、人とじかに接するものです。

その人が、何を欲しているのか。

それを見抜けないと、一流にはなりえないでしょう。

その中でも、彼女は超一流でしたからね」


 娼婦にせよ踊り子にせよ、客を喜ばせないとやっていけない。

 若いウチなら、若さだけでやっていけるが……。

 自分より若い娘が出てきても蹴落とされないためには、相応の資質が必要だ。

 

 そんなゾエは、俺の性格を完璧に読み取ったはずだ。

 つまり客観的で信頼できる情報源である……と認めさせないといけない。


 報告書を一読する。

 実に、簡潔にまとめられている。

 なるほど、キアラですら感心するわけだ。


 アラン王国の権力構造は、王権がそこそこ強い。

 絶対ではないが故に、名門貴族を王族との婚姻で取り込んでいくようだ。


 婚姻で足りない部分を補う。

 そして権勢が特定の貴族に固定されないように立ち回る。

 それに特化した王家と言うべきか。


 アラン王国では、社交界での立ち回りが重要。

 密室での陰謀や、実直な政治議論は軽視される。

 社交界でいかに注目を集めて、根回しをするかが重要。

 そこ以外で決めては軽蔑されてしまうのだ。

 会議はセレモニーの場でしかない。


 そして1次産業は軽視される。

 装飾品や美食が、産業の主となっているようだ。

 この世界における、文化と芸術の中心地でもある。

 ただし華やかなのは都会だけで、田舎はどの国よりも貧しい。

 それでも国が成り立っているのは、農耕に適した土地が多く飢えることが少ないからだ。

 下層は悲惨でも脱却する抜け道を用意して、ガス抜きをしている。


 王家や有力者に美女を差し出してお気に召されれば、一族はおこぼれに預かれる。

 おこぼれ程度でも、一生遊んで暮らせるくらいの恩恵だ。


 結果として、多産でも有名。

 数撃ちゃ当たる。

 子供で一山当てようって感じだな。


 顔立ちが悪いと捨てられるか、奴隷として売り飛ばされる。

 そんな人たちを待っているのは過酷な労働。

 そして長生きはできない。


 結果的に整った顔立ちが遺伝して、国民全体の顔面偏差値は高い。

 ただデメリットはどこかにあると思うが……。

 現時点では分からないな。


 血族の概念が強いのも特徴だ。

 それ故1人が罪を犯すと、族誅が待っている。

 

 その他の特殊性としては、高級娼婦や踊り子、歌手の社会的地位が非常に高い。


 ファションデザイナーや高級料理人、芸術家なども尊敬される。

 名産のワインメーカーも名門貴族並の待遇をされていたな。

 そんな専門職は一族で占められていて、余所者が入ることを拒まれている。


 身分の低いものにとっては娼婦や踊り子や歌手を目指すのが、貧困脱却の近道。

 男娼が多いのも特徴だったか。

 女性の公的地位が高い国でもある。故にシケリア王国とは基本的に疎遠。

 国が違うと、ここまで違うのかと面白くもなる。


 それで王位継承者たちは……。

 全員が大過なく、王を務められる能力は持っているようだ。

 際だって優秀な人はいないし、際だってダメな人は1人を除いていない。

 ドングリの背比べか。


 悪い方向では、ロマン王子が突き抜けすぎている。

 ロマン王子関連で、ある1人の情報が記されていた。


「右腕とも称される側近がいるのですか。

トマ・クララック。

ヴァロー商会の縁続きですか。

ラペルトリさんの危惧も当然ですかね」


 俺のつぶやきを聞いていたミルが、眉をひそめる。


「問題児の側近だと、悪い影響を与えているのかしら?

よく聞くわよね。

権力者は凡庸でも、側近が悪い遊びを勧めて堕落させるって話。

その人が原因なのかな?」


「読む限りちょっと違いますね。

互いが切磋琢磨して高め合う関係があるじゃないですか。

長所だけではありませんよ。

短所を高め合うことだって起こりえます。

この場合は低め合うでしょうが……」

 

 ミルは少々うんざりした顔で、頭を振った。


「悪い人同士でつるむと、どんどん悪くなるって話?」


「まあ、そんな感じですよ。

特定の集団は、その特長を伸ばしていくって話です。

善し悪しは関係ありません。

学問を修める集団は、知識を深め続けますよね。

盗賊の集団は捕まらない限り、盗みをエスカレートさせるでしょう。

伸ばせるのは長所だけではありませんからね。

互いに短所を増幅させ続けていると見るべきでしょうね。

むしろ本能に従うだけなので、悪いほうは簡単に伸びますよ」


「普通の人でも迷惑なのに、王子がそれだと被害はとんでもないことになるわね」


 被害は、その人の地位権力に比例するからな。


「でしょうね。

ロマン王子はクララック氏に、面倒な実務を頼る。

大好きな芸術と女に耽ることができます。

思いつきのお膳立てもしてもらえる。

クララック氏は自分にはない権力を、ロマン王子に頼る。

ロマン王子の虚栄心を満足させつつも、自分の欲望も満たしているでしょう。

かつクララック氏は、保身のための保険は怠らない。

言い訳は常に用意しているようですね。

珍しく無難に終わっていた場合、自分は懸念していた……など言っているようです。

それ以外の失敗は、全て部下のせいにし続けていると」


 ミルは不思議そうな顔で首をかしげる。


「懸念なんて示したら、忠誠心を疑われない?」


「失敗したときならそうでしょう。

ロマン王子的に成功してご機嫌なときに、懸念を持っていた……と言った場合は違います。

懸念していたことなど無用だと、自己の優秀さを誇示できます。

クララックはまだまだ甘いな……とでも思うでしょう。

そのタイミング以外では決して口にしません。

これは周辺には自分は良心的であると……アピールにもなるのです。

ロマン王子が嫌いな人には、側近にも良心的な人がいる……と思わせたいわけですね。

本人からすれば一石二鳥とでも思うでしょう」


 ミルはあきれつつも困った顔でため息をついた。


「悪知恵がすごいと言うか単純にずるいと言うか……」


「この方面の才能は万全だったのでしょう。

主君の悪行を増幅させて、自分の身を守ろうとする才能ですね。

最側近になれるのも納得ですよ。

ロマン王子はどう考えても、マトモな人が仕えていたら精神を病むような主君です。

ある意味、運命の相手とでも言いましょうか」


 俺の皮肉に、ミルはひきつった笑いを浮かべる。


「嫌な運命の相手ね……。

そんな人なら、ヴァロー商会がロマン王子に取り入るつもりで、クララックを派遣したのかしら?」


「どうも違うようです。

クララック氏はまっとうな方向での、人格、能力ともに見るべき所がない人ですね。

思いつきを実行したがるけど、計画は杜撰で楽観的すぎる。

上にはとことん媚び諂うけど……下には、絶対に自分の間違えを認めないタイプらしいですよ。

普通の感性を持つ人には、敬遠されているようです。

だからこそ厄介払いのつもりで、ロマン王子の側近に出したと思いますよ。

マトモな人ではつぶされてしまいます。

ヴァロー商会にとっては、王妃に恩を売れます。

そして厄介払いもできて、一石二鳥と思ったのかもしれません」


 ゴミだと思ってゴミ箱に捨てたら、特殊な反応をして大惨事が起こった……とでも言うべきか。

 思わず苦笑しつつ、書状をミルに手渡す。

 ミルは熱心に読んでからあきれたように笑いだした。


「厄介払いどころか……大惨事になったのね」


「ヴァロー商会にとっては予想外だったようですね。

クララック氏は王妃にまで気に入られました。

おかげで、商会内でもクララック氏にすり寄るものも現れたようです。

結果的にヴァロー商会は、ロマン王子の与党として見られ始めている。

そうなるとヴァロー商会にとって、王位継承でロマン王子が脱落すると大問題です。

一蓮托生となり、それが傾倒を増す。

そして被害が拡大する。

悪循環ですね」


 ミルはため息交じりに、天を仰いだ。


「切り離せないのかしらね。

この奇跡の共演が、災害になっているんでしょ」


「着眼点は良いですが難しいでしょうね。

利益でお互いがつながっていますから。

離れるときは不利になったときです。

クララック氏の身が危うくなれば裏切って、ロマン王子を売るでしょう。

ロマン王子の地位が危うくなれば、クララック氏を切り捨てて保身を図ると思います。

クララック氏の悪評は有名のようですから。

ともかく現状では難しいと思います。

心の狭い人、卑しい人は、外部から攻撃をされたと自覚すれば団結しますからね」


 あきれたり笑ったりするミルの顔を、面白そうに見ていたキアラが、人の悪い笑みを浮かべた。


「確かにそうですわね。

悪い要素は一纏めにして、最後にまとめて処理したほうが手早いかもしれませんわ。

ある種のスライムは分裂させると大変ですもの」


 ミルは書類を読み終えてから、大きく息を吐き出した。


「アルが市長に教えた9つのダメなことだっけ。

2人合わせると、全部網羅しているのね。

むしろクララックのほうが、一杯備えていそうね。

権力がないから発揮しようがなかったけど……。

ロマン王子と共演することで、悪い才能が全開になったわけね。

あの心構えは、こんなのを防止するのに役立つわね」


「ごく当たり前のことを、偉そうに言っただけですよ。

誰でも納得できる内容だからこそ当たり前と言いますかね」


 キアラはかわいらしく笑って、肩をすくめた。


「クララックのような人でも、偉くなれるのが問題ですわね。

ラヴェンナでは、そんなことをしたら偉くなれませんもの。

あの石に彫って、庁舎の前に飾ってある効果は大きいですわねぇ。

どんなに仕事ができても、あれに抵触したら出世できませんもの。

あの性格で許されるのは、1人で仕事をする人くらいですよね」


 気がついたら、市庁舎前に石碑として鎮座していた。

 さらに役人の心構えとしても書かれているありさまだ。


「あそこまでするとは思いませんでしたよ……。

でも、不変の価値があるなら、石に彫っても構わないでしょう。

きっと1000年先でも有効だと思いますよ。

創業時には、そんなタイプでも才能重視で登用することもありますが……。

守文の時期になりつつありますからね」


 ミルは意味ありげに、小さく笑った。


「人の本質って変わらないのね……。

エルフは寿命が長いから、変わらないけどね。

親が子、子が孫になっても同じなのね」


「人としての性でしょうね。

人は群れないと生きていけません。

でも本能は群れることに適さない。

だからこそ、教育が必要になるわけです。

本能に反した生き方でしょうね。

エルフの本能とはまた違ったものですよ。

エルフは、本能的に正しさにこだわりますよね。

そうでなくては、エルフであり続けられないのでしょう?」


「そう聞いているわね。

エルフと言えば……。

答えは分かっているけど、一応聞かせて。

ダークエルフのことよ。

冒険者をするダークエルフは、そこそこいるのよね。

それでラヴェンナに、興味を持つ人たちもいるみたい。

移住してラヴェンナの一員になりたい人もいるって話よ。

その場合、受け入れるの?」


 その前に確認すべきことがあるな。


「エルフたちの意見はどうです?」


「アルの判断に従うってさ。

私たちのことを考えて受け入れてくれるのだから、自分たちの好き嫌いで反対するのは醜いと言っていたわ。

同じ立場であれば異存はないそうよ。

私もアルの判断に従うわ。

個人的に遺恨はないしね。

あっちが恨んできたら来ないでほしいけど。

私からは迫害とか敬遠はしないわ」


 若干の引っかかりはあるだろうが、ラヴェンナの方針に従ってくれるのは助かる。


「条件を受け入れるならです。

ラヴェンナの法に従うこと。

種族間の遺恨を持ち込まないことですね。

個人的な好き嫌いは問いませんよ。

それにしてもダークエルフから、打診がきているのですか。

確か使徒の嫁にいたような……。

彼女の立場が悪くなりませんかね」


「ダークエルフだって一枚岩じゃないもの。

エルフにも人種と同じように、部族で違いはあるわよ。

ダークエルフも同じね。

ヴァーナも何度か組んだことがあるって言ってたわ。

変わっているけど、別に悪い人じゃなかったってさ。

あとは冒険者だと、遺恨を持ち込まないそうよ。

持ち込んでたら自分の首を絞めるだけだって」


 外の世界に出たなら、現実的でないと生きていけないからな。

 ある意味マトモな判断と言うべきか。


「パーティー選択の幅も狭まるし、依頼の幅も狭まると。

現実的ですね。

そんな考えだからこそ飛び出したのかもしれませんが。

ミルたちとは違うエルフもいますよね」


「ええ。

親密な植物の違いだけどね。

じゃあヴァーナにも伝えておくわ」


 砂漠だと、サボテンと親しいエルフとかがいるのかもなぁ。

 髪の毛がトゲトゲだったら笑える。

 俺がクスリと笑うと、ミルににらまれた。

 なんで分かるんだよ!

 俺は咳払いして、不埒な考えを誤魔化す。


「シルヴァーナさんに話を持ちかけたのですか。

冒険者だったらそれが手っ取り早そうですね。

それにしても……市民権を得る方法は、制度化して考えないといけませんね」


 ミルは、ちょっとだけ驚いた顔になる。


「あら? 増やさないようなこと言ってなかった?」


「簡単には増やしませんよ。

それこそ他家との争いの元です。

人は税収にも直結しますからね。

今は私が、個別に決めていますが……。

制度としてどうすべきか考えても良いと思います。

それこそ10年20年と、ラヴェンナに住んで……市民権が欲しいと思うのは自然でしょう。

ある程度は流入を認めたほうが、活力にもなりますから」


「分かったわ。

そのあたりは、会議をしないとダメそうね」


「そうですね。

出席者は各大臣に3つの行政区の長でしょうかね。

討議は4カ月後くらいにしましょうか。

流れてきた人を、部族として受け入れる基準で考えてもらえば良いでしょう」


「ああ……。

そうね、資料を作るとか事務作業も必要よね」


 全員を納得させることはできないが、堂々と説明できる条件だけはまとめてほしい。

 結論ありきで話をすると、説明に自信がなくなって、かえって疑念を招く。

 つまり、やらないほうが良かった制度になってしまうからだ。

 だから議論の結果、やらないのであれば……それに従おう。


「ええ。

時間的猶予を作らないと、結論ありきになってしまいます。

是非も含めての討議になりますよ。

結構デリケートな話題ですから、一度の会議で決めるつもりはありません。

最低でも2~3年かけて議論すべき話題かなと思います」

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