572話 思わぬ組み合わせ

 キアラは、エテルニタを抱いて退出していった。

 カルメンが待っているとのこと。


 トロッコを見にいこうかと思ったが、どうも大盛況らしい。

 今、俺がいくと、収拾がつかなくなる気がする。


 なので俺は戦没者慰霊碑に向かう。

 戻ってきてから、一度も訪れていないからな。

 定期的に訪れたいと思っている。

 亡くなった人を忘れることはない。

 皆にそう思って欲しいわけではない。

 そう自分に言い聞かせるためだ。


 このあたりが偽善者として嫌われるのだろうが……。

 顧みないよりはずっとマシだろう。

 式典の時だけ訪れるのは好きになれない。

 死者をパフォーマンスの道具になどしたくないからだ。

 

 護衛は付いてくるのだが、こればっかりは仕方ない。

 祭りの最中なので、慰霊碑の周囲には誰もいない。


 ここにきて落ち着くわけではないが、身が引き締まる気がしている。

 過去のことや、これからのことを思っていると、人の気配がした。

 顔をあげると、見知らぬ男性がいた。


 眼鏡を掛けたとっても地味な男性。

 お前が言うなと言うセリフはなしだ。

 片手に、分厚い本を持っている。


「おや? 見ない方ですね」


 男性は、少し緊張気味に一礼した。


「ラヴェンナ卿ですよね」


「ええ」


「お初にお目にかかります。

私、ティト・ジョクスと申します」


 ジョクス……ジョクス……。

 たしか本を持ってきた商会だったかな。


「ヴィヴィアン・ジョクス殿と関係がおありですか」


「はい。

私は商会の当主です。

内乱で行き場を無くして困っていたのですが、フロケ商会の伝手で、こちらにお世話になっております」


 本の取引以外の話は聞いていなかったな。


「本の売買が、主な取引ですか?」


「いえ、そのうちの一つといったところです。

本だけでは食べていけませんからね」


 やっぱりそうか。


「立ったままなのもあれでしょう。

どうぞ座ってください」


「あ、ではありがたく」


 少し、俺と距離をとって座った。

 当然だろうな。

 いきなり、真横に座るのはシルヴァーナくらいだ。


「いつもここで、読書を?」


「普段は図書館に入り浸っています。

今は祭りで騒がしいので……。

ここなら静かだろうと。

それにしても……あの蔵書は素晴らしいですね。

なにより大きさが素晴らしい。

初めて見る大きさです。

ついときを忘れて、ヴィヴィアンに連れ出されてしまいます」


 本の話になると、急に熱が入って饒舌になった。

 世界変われど、人の本質は変わらないな。


「まだ集め始めて、間もないですよ。

もっと集める気でいますからね」


「それは素晴らしいですね。

分野も広くて、申し分ありません。

ここは知の聖地になりますよ。

ただ一つ……」


「何か問題でも?」


 気がつくと、俺とティトの距離は、最初の半分ほどになっていた。


「致し方ない部分もありますが、手当たり次第といった感じで……集める形になっていると思われます。

整理の仕方も不十分だと思われます。

蔵書全体を管理する人が不在のようですが……。

あれだけ大きな図書館でも、蔵書が少ないのが残念でなりません」


 本があふれている世の中じゃないからなぁ。

 こればっかりは、どうしようもない。

 気長にやるさ。


「さすがに私は、それを管理する時間がありませんからね。

たしかお伺いした話では、ジョクス殿は本が大好きであるとか」


「お恥ずかしながら……。

あの図書館は魔界です。

一度入ると、ときを忘れてしまいます」


 頰を紅潮させて、目が輝いている。

 本当に本が好きなのだな。

 その純粋さが、とてもほほ笑ましい。

 だが、趣味に没頭だけして生きていける世の中ではないだろう。


「今、本業はどうしているのですか?」


「内乱が終わって、全ての需要が高まっています。

皆は忙しいのですが、当主がでるような販路の拡大などは、手が回りませんよ。

今販路を増やすことはできますが……増やしたが最後です。

皆が過労で倒れてしまいますよ。

つまりなにもすることがないので……暇なわけです」


 良いことを聞いた。

 好事家に、期間限定で任せて見るか……。


「どのくらいで、元の町に戻る予定ですか?」


「そこはなんとも……。

どんなに早くても1年後ですね。

それ以前に、ここに本拠を移しても良いか……お伺いしようかと思っていました。

生活がとてもしやすくて、なにより安全なのが大きいのです。

大人たちは複雑ですが、子供たちが戻りたがらないのです。

友人も沢山できましたからね。

妻も『子供の生活と将来を考えるなら……残った方が良い』と言っています。

とはいえ私たちが決められる話ではありませんので……」


 結婚していたのか。

 奥さんが実権を握って切り盛りしている気がする。


「期限を区切って、退去を迫る気はありません。

戻りたい人がほとんどかと思いましたからね」


 ティトは苦笑しつつ、頭をかいた。


「戻りたい商会もいますね。

我々のように……残れるなら残りたいと思う商会もいます。

戻る人たちも、ここに本部を置いて、元の町を支部のような形か……。

その逆になるかを望んでいます。

ここでの商売を失うのは、とても賢いやり方ではありませんから」


「残りたいのであれば、ラヴェンナとしては歓迎しますよ。

祭りが終わったら、商務大臣から聞き取りがあるはずです。

その際に、詳しい話をしていただければ」


 ティトは安心した顔でほほ笑んだ。

 彼なりに考えていたのか。


「それはありがたい限りです。

少なくとも子供は、ここで育つのが良い気がします。

読み書きなどを学ぶことが容易ですから」


 確実にそうだろうな……。

 商人にしても閉じた空間で成長するより、庶民と接して成長したほうが、視野も広がるだろう。

 もしくは友達になった子供が、ラヴェンナの役人になったときコネができるわけだ。

 いろいろな面から、利点が大きいのだろうな。

 当時はそこまで考えていなかったが……。


「判断は商会の方々にお任せしますよ。

ジョクス殿が最低1年は、ここにいるのでしたら……。

ラヴェンナ図書館の初代館長でもやってみますか?

もちろんラヴェンナと契約をして、相応の賃金は払わせていただきます。

そうでなくては、奥方は納得しないでしょう。

職員が必要でしたら相談していただければと思います」


 ずっと、館長やっていそうな気もするが……。

 この手の適任がいないからな。


「ほ、本当ですか!?」


 えらい興奮ようだ。

 顔を真っ赤にして、体が震えている。


「ジョクス殿が良ければですけど」


 ティトは思いっきり、前のめりになった。


「是非! 是非! これで妻に図書館に入り浸っても、言い訳ができます。

実はこんな本があればとか……。

個人的に書きとどめていたのです。

いつかラヴェンナ卿にお願いしようかと」


 まさに本狂いか。

 ある意味適任だな。


「では、祭りが終わってからになりますが、教育大臣に指示をしておきます。

そこで契約の詳細を詰めてください。

奥さんや商会の方たちにも、話を通した方が良いと思いますよ。

話はそれからになります。

仮に断られても、ジョクス商会には、一切不利益が及ばないことだけ明言しておきます。

明確な手順が決まっていない仕事は、意欲と理解が大事ですからね」


「あ、そうですよね……。

大丈夫です、説得します!」


 ティトは堰を切ったように、将来のプランを延々と語り始めた。

 思わず、勢いに飲まれて苦笑しつつうなずくだけだったが。

 かなり具体的に、プランを練っていたようで、そのまま任せても良さそうだ。

 奥さんは多分反対しないと思う。

 ラヴェンナと俺へのコネができるのだ。

 これを見逃す商人は、まずいないだろう。


 話が落ち着いて、ティトが息切れした。

 元々、本を読みにきたのだろう。

 俺がいては、落ち着いて読書ができないな。

 とっとと退散することにした。


                  ◆◇◆◇◆

 

 今日は、面会の終了時間が未定だったので、特に、予定は入れていない。

 暇だな。

 適当に、祭りの喧噪の外をぶらついてみるか。


 護衛を連れ歩きながら、喧噪のない裏通りをぶらついてみる。

 人も増えたので、このあたりの景色も変わったと思ったからだ。

 昔はなにもなかった裏通りも、怪しげな店までできている。


 ラヴェンナもそこまできたかと、思わず笑いたくなってしまった。


 そんな、怪しげな店の1件からでてきたのは、予想外の3人。


 キアラ、カルメン……パトリック。


 どうしてパトリックが?

 キアラが、俺に気がついたようで、軽く手を振った。

 見ない振りをするわけにもいかないので、手を振りかえす。


「思わぬところで、思わぬ組み合わせですね」


 キアラは俺の表情が、よほど間抜けだったのか、小さく笑う。


「そうですわね」


「ここは何の店なのですか?」


 キアラとカルメンが、パトリックに無言の合図をする。

 パトリックは頭をかきつつ、肩をすくめた。


「錬金術の店です。

私の知人が、ここで商売することにしたのですよ。

平和なときでさえ繁盛していた……とは言いがたいですからね。

内乱となればなおさらです。

それで私が呼びました。

賃料が安かったので、私が援助して、ここに店を出したのですよ」


 錬金術……そうなると毒がらみかぁ。


「カルメンさんは研究素材を探して、パトリックさんに行き着いたので?」


 キアラは小さく笑って首を振った。


「いえ。

カルメンが欲しがった薬品は、錬金術師が作るモノですの。

ダメ元で耳目に確認したら、錬金術の店ができたと聞きまして、カルメンと訪ねましたの。

そうしたらクノーさんがいたので、いろいろお話をしたのですわ」


 パトリックは感慨深げにカルメンを見た。


「カルメン嬢の注文は、なかなか通でしてね。

取り寄せが必要な薬品もありますが、大体は置いていました。

あいつも驚いていましたよ」


 カルメンは興奮気味に、手提げ袋を抱きしめた。


「これだけの品ぞろえは、旧王都でも望めませんよ。

おかげで研究がはかどります。

ラヴェンナさまさまです」

 

 なぜか俺を拝んだ。

 この喜ばれ方は、ちょっと複雑だ。


「ああ、ちょうど良かった。

クノーさんに頼みたいことがあったのです」


 なぜかキアラは、ニッコリ笑ってウインクした。


「でしたら、立ち話もあれですから、クノーさんお勧めの喫茶店にいきませんか?

そこに案内してもらう話をしていましたの。

お兄さまが増えても問題ないでしょう?」


 パトリックはうなずいたので、抵抗せずに勧めに従うことにした。


「構いませんよ」


                  ◆◇◆◇◆


 パトリックに案内されたのは、ちょっと変わった雰囲気の店だ。

 薄暗く……パブのような感じ。

 テーブルとカウンターの明かりが、昼間なのに独特の雰囲気を醸し出している。

 こんな店も増えたのか。


 マスターは護衛つきの俺に驚いたようだが、パトリックと話をして安心したようにうなずいた。

 知り合いのようだな。

 4人プラス護衛なので、奥の個室に案内された。

 護衛は個室の前で待機。


 出された飲み物はお茶ではない。

 湯気が立ちのぼる、良い香りの黒い飲み物。

 コーヒーか。

 使徒がどこからか探し出したコーヒーの豆が、ある程度拡散していたな。

 ただ育つ場所は限られるのでメジャーではない。

 コーヒーを好まない使徒もいたので、マイナーな飲み物としてとどまっている。


 キアラとカルメンにとっても初めてだったらしく、しきりに首をかしげている。

 パトリックは苦笑しつつ、口をつける。


「コーヒーと言います。

豆が特殊で、一部にしか流行っていません。

ここのマスターも、内乱で被害に遭う前に、私がラヴェンナに呼びました。

賃料が安いここに店を構えたのですよ」


 パトリックは冒険者ギルドの幹部だったな。

 どおりで表の顔は広いわけだ。

 俺はコーヒーを、口にする。

 記憶が薄れており、コーヒーの味は思い出せない。

 かすかな苦みがあり、こんな味だったのかなとは思う。

 コーヒーか……一点気になったことがある。


「特殊な豆って持ってきたなら減る一方では?

たしか自生する地域は限られるはずです」


「やはりご存じでしたか。

その点についてですが……。

シルヴァーナ経由で、ミルヴァさまに相談をしました。

エルフの知恵を借りて、なんとか自生できるまでこぎつけましたよ。

まだまだ改良中ですけどね。

エルフにこんな相談ができるのもラヴェンナだけでしょう」


 最大の問題をクリアできたのか。

 そうなると……。


「繁盛しているのですか?」


「珍しいモノ好きな人は、結構いますからね。

それなりに繁盛しているようです。

なによりここの水が上質で、マスターが惚れ込んでいますよ。

しかも汲みにいかなくても良いのが信じられないと。

こんな恵まれた環境から動きたくないと言い切っています」


 ラヴェンナを気に入ってくれる人に、今日だけで2人出会えた。

 今までの皆の苦労が報われた気持ちになる。


「1年留守にしていた間に、随分変わりましたねぇ。

裏路地に店ができるまでになるとは感無量ですよ。

さて、本題に入りましょう。

以前にお話した、ホムンクルス技術を応用した義手や義足……可能なら義眼などを作りたいのです。

研究できそうな錬金術師はいますか?」


 口にはできなかったが、オディロンの片目に、光を取り戻せたらと思っている。

 口にして、変に期待させる気には、とてもなれなかったからだ。

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