573話 実利か浪漫か

 研究員の話は、簡単に解決した。

 さっきの店の主、フォルトゥナート・サーラがその錬金術師だった。

 研究がいつ始まるか分からないので、フォルトゥナートに商売しつつ……待つことを勧めたらしい。

 薬の材料も作れるので、アーデルヘイトに気に入られ、契約を結んだようだ。


 そのあたりの事前準備をパトリックがしてくれたので、フォルトゥナートは安心してラヴェンナに来たらしい。

 研究を依頼するのは良いが、材料の納入量を減らすわけにはいかないな。

 契約したということは、有用性を認めたのだろうから。


 公衆衛生省に、フォルトゥナートを雇ってもらおう。

 フォルトゥナートに助手をつけるか、誰かを呼ぶなり……そのあたりの調整をしてもらうか。

 この件は、アーデルヘイトに託そう。


 カルメンが手伝わせてくれといったのは驚いたが。

 断る理由もないので、頼むことにした。

 特定の仕事をしているわけではないからな。

 もしかしたら錬金術に、興味が有るのかもしれないが……。


 話が終わって、パトリックは、安心した顔で、コーヒーをすする。


「この話が落ち着いて安心しましたよ。

別の話も有って、こちらにばかり構っていられませんでしたらかね。

むしろ別な話が、目下の懸案となっていますよ」


 懸案となるとギルドがらみか。

 現在冒険者ギルドにとって本来の活動ができているのは、本部の有るアラン王国かラヴェンナだけだ。


 当然の流れだが……ギルドの機能と人が、ラヴェンナに集まり始めた。

 すぐに支部が手狭になったので、市内移転ともう一つの支部の設立も申請が出された。

 ミルとシルヴァーナは、これを認めた……と報告書に書いてあったな。


 パリエース地方にも設置を希望してきた。

 つまりは旧魔族領。

 世界を隔てる山を、パリエース山脈と呼んでいたので、パリエース地方と命名した。

 あそこの地域はアイテールの住み処でもあり、パリエース山脈と関係が深いからな。


 旧魔族領などと言っては、同化の妨げになる。

 名前の力は馬鹿にならないのだ。

 そこでは魔物討伐が仕事の一つで、冒険者の出番も多い。

 アイテールとの盟約の話も有るからな。

 ある意味当然の要望なので、ミルたちも許可したのだろう。

 

 移転の後で問題でもでたのか。

 報告書になかったから違う問題だな。


「別の話ですか?」


 パトリックは少し疲れた顔で肩をすくめた。


「シルヴァーナ・ダンジョンのさらに奥深くに、ダンジョンが有った話はお聞きでしょう」


 結局シルヴァーナ・ダンジョンと名前が決まったのだった。

 パトリックは身分を隠して、討伐に参加していたな。


「ええ。

シルヴァーナさんがドヤ顔で報告しにきましたよ。

探索が進み始めたのですか?」


 1年経っているからな。

 当然進んでいるだろう。


「パーティーの再編成が済んだので、ようやくと言ったところですが。

そこで未知のモンスターが生息しているのも……ご存じで?」


「聞いてますね。

どんなものかまでは聞いていませんが」


「魔物からとれる素材は、この世界では欠かせない原材料です。

ギルドや冒険者にとって、このご時世では大事な収入源なのはご存じでしょう。

ところがラヴェンナの特殊性からか、魔物も新種だらけです。

つまり取れる素材も、新しいもので価値が確定していません。

そうなるとギルドとラヴェンナの間で、取り決めが必要になります。

冒険者はすぐに金にしたがるので、悠長に話し合いをする余裕もないのです。

それは当然の要求なので、無下にもできず……。

取り決めの度に、シルヴァーナに泣きつかれますよ。

それで私もギルド側の人間として立ち会っているのですよ」


 今はすぐにでも金が欲しいだろうな。

 その光景が、容易に想像できる。

 しかし類似のものであればそのまま適用できる。

 あまりに違うのか。


「それはご愁傷さまです。

特殊とは?」


「一番多いのが変わった獣でしてね……。

土竜のような熊のような……。

なんとも形容しがたいものですな。

力も強く俊敏です。

それだけなら問題ないのですが……。

斬撃と打撃の効果が薄いのですよ。

魔法か弓のような突き刺すモノには弱いのですけどね」


 聞いただけで面倒くさそうな魔物だな。


「そうなると前面で戦う戦士泣かせですねぇ。

ダンジョンで槍なんて使いませんし、弓も狭い空間では持ち込みませんからね。

切ると突くでは、戦い方も大きく異なりますよね」


「そうなんですよ。

ツヴァイハンダーをたたき込まれても怯む程度です。

幸い明かりには弱いので、光を顔に向けるとしばらく動きが止まります。

それでなんとか、対処が可能ですけどね。

他にも特殊なヤツがいるのでは……と探索も自然と慎重になります。

そいつに特化しすぎて、突きに耐性の有る魔物がでてきても面倒ですからね。

タチの悪いことに、自然魔力から発生する種のようです。

殲滅は一時的に可能です。

しばらくするとまた湧いてきますよ」

 

 そんな大剣、狭くはないので持って行けるが……。

 突然狭くなったら使えない。

 チャレンジャーなのか……。

 それとも使い慣れた武器をもっていきたかったのか。


 どちらにしても巨大な両手剣でも怯む程度か。

 普通なら骨まで砕かれるはずだ。


「なんか大変そうですが……。

ですがその革ならとても役に立つのでは? 防具にしても強いでしょう」


 パトリックは苦笑気味に、肩をすくめた。


「水を簡単に通してしまうのです。

何故か時折、濃い霧が発生するので、それで水分を吸収するのかもしれません。

この特性上、使い道が限られます。

防具にするには分厚すぎ、動きが阻害されるのですよ。

皮だけで5センチ以上の厚みです。

加えて加工がとても難しくて、難儀しますよ。

今のところは、盾に使うくらいですね。

くらいと言っても……最高の素材ですが。

鋼の盾より軽くて、丈夫ですからね」


「魔物も環境に合わせて特化すると。

水以外の栄養は、どこからとっているのでしょうかね」


「魔力を含んだ特殊なコケを食しているようですね。

それ以外は共食いでしょうか。

多分ボスのような個体は、共食いで勝ち残ったものでしょうね。

自然魔力から発生しますが、埋め尽くすほどではありません。

自然に間引きが行われていると見ていますよ」


「革が普通だったら素晴らしい供給源なのですがね。

革を剥いで持ってくるのも一苦労のようですね」


「さらに問題が有ります。

革をはぐときに、激臭が立ちこめるのです。

革と肉の間に、とんでもなく粘っこい物質が付着していましてね。

それをそぎ落とすときに、匂いが出るようです」


 黙って話を聞いていたカルメンの目が鋭くなった。

 研究魂に、火が付いたのか。

 まあそれは構わないけどな。


「それは冒険者が、地獄を見たでしょうね」


「冒険者の1人が、激臭を直接嗅いで気を失ったそうです。

しばらくは鼻がおかしくなって、撤退を余儀なくされました。

幸い匂いはすぐ消えるのが救いですが。

そんな訳で持ってくるときは肉がついた状態になります。

ただ切り落とすのも難事ですけどね。

死体を丸ごともってくるほうが楽かもしれません。

ボス格でないかぎり体長は1メートルちょっとですから。

かさばるので持ち運びも面倒なのですよ。

おかげで放置しがちになりますが……」


「共食いをすることを考えると、魔物がよってきますか?」


「いえ。死体には見向きもしません。共食いも鮮度が命のようですよ。

そんな手間はかかりますが、アレンスキー殿が買い取ってくれるおかげで、稼ぎにはなっています。

冒険者たちはとにかく金が欲しいですからね。

少なくとも普通の魔物の皮をはぐより高値です。

アレンスキー殿は使い道を見つけたようで……とにかくご機嫌でしたね。

アルフレードさまに自慢すると言っていましたよ」


 オニーシムが俺に自慢か。

 何を発明したのやら……。

 俺が一度オニーシムに発明をするように頼んでから、すっかり発明の虜になっている。

 実利か浪漫か……。

 今回はどっちなのやら。

 世界一頭の柔らかいドワーフだとの噂もある。

 つまりはドワーフ界では、世界一の変人だと言うことだ。

 ミルが苦笑交じりに『頑固ウオッカから、発明ウオッカに呼び名を変えようかな』と言っていたなぁ。


「何とかその魔物を排除しながら、奥に進むと大きな空間にたどり着きました。

そこは地下都市のようなものが有ったのですよ。

当然、無人で財宝は有りませんでした。

文字らしき模様が刻まれた石版など、いろいろ転がっていましたね。

魔物が寄りつけないような結界も張られていました。

永続する結界など前代未聞ですよ」


 石版か……。

 1000年以上前の古代都市なのだろう。

 そうなると紙が発明されていない時代のものかな。

 それとも有るけど朽ち果ててしまったのか。


「財宝はおろかマジックアイテムもなかったのですか」


「検知をしようにも、空間全体が魔法で覆われています。

それでいろいろ持ち出して検知してみましたが、ハッキリそれとわかるものは有りませんでしたね。

勿論、原理自体が違えば話は別ですが。

強いて価値が有りそうな物は石版くらいですね」


 石版となれば文字が刻まれているのだろう。

 古代人の情報だと、魔物への対処法なりが書かれているかもしれない。

 貴重な情報源だとおもうが……。

 パトリックは苦笑気味にうなずいた。


「知識であれば価値は跳ね上がります。

ですが書かれていた文字は、誰も読めないのですよ」


 確か翻訳魔法が有るはずだ。

 存在を失念しているとは思えないが……。


「魔法で読み取れないのですか?」


「魔法は万能ではありませんからね。

1000年以上昔の石版で、既に魔力は残っていません。

どれだけ価値が有るのかも不明で棚上げ状態です」


 確かにそうだな。

 翻訳魔法は、書き込んだ時の意識を読み取り、言語化するはずだ。

 文章を書くときは、一見何も考えていなくても意識はする。

 それが魔力として残る。

 それを読み取るのが翻訳魔法。


 アイテールとの会話と同じようなものだ。

 違いは自分から取りに行くかどうか。

 読み取った意識は、術者の頭で勝手に組み合わせて言語化される。

  

 だから文字を知らない人が、絵を写す感じで筆写したものは見当違いの翻訳になる。

 ましてや……活版印刷だった時は読み取れない。

 文字自体に力はこめられていないからな。


 そしてこの世界は言語が共通化されてしまっているから、この手の魔法は発展しない。

 不要な技術として捨て置かれているのだ。


 ペットの言葉を感じ取る程度の趣味魔法となっている。

 だが世界の壁がなくなると、再び脚光を浴びるだろうな。


 しかし……地下都市に文字か。

 ちょっと引っかかる。


「地下ですよね。

なにか明かりは有ったのですか?」


「そこだけは、明け方程度の明るさでしたね。

天井が光っていたようですが……。

そこまで調査が及んでいません」


 元々、地下に作られたか。

 昔は今と違う形の魔法が発展していたのか。

 それは分からない。


 1000年以上前の情報かぁ。

 ラヴェンナに聞けば教えて……くれないな。正確にはできないだが。

 安易に、人の手助けはできない神格だ。

 人知を超える力の災害が含まれているなら、話は違うが……。

 そうでないなら、人が頑張れと言う事だ。


「そうなると石版の文字を読み取らないといけませんか。

使徒じゃないと読み取れなさそうですね」


 魔力は減衰するが、ゼロにはならない。

 読み取りが可能なだけの魔力が無くなるだけ。

 使徒ならば、強引に魔力を流し込んで読み取れる。

 圧倒的な力は、常人にはできないことを可能にするからだ。


 パトリックはコーヒーを飲みつつ渋い顔になる。


「そうですね。

ですが、使徒はラヴェンナと聞けば、絶対に協力しませんからね。

だましたときは、発覚した後のデメリットが大きすぎます」


 だろうな。

 それに使徒に頼る気など、サラサラない。

 自分たちの力で、なんとかするべきだろう。

 石版のような文化財の扱いはギルドと取り交わしていないからな。

 そんなものが出るなど思っていなかったからだが。


「保存して、地道に調査するしか無さそうですね。

ギルドとしてはどう考えているのですか?」


「今だと骨董品程度の価値しか有りません。

価値が有るのかすら分からないのです。

ラヴェンナ次第といったところです。

ですが命がけで持ってきたのです。

相応の価値は認めていただきたいですね」


「それはもっともな話です。

ではラヴェンナで買い取りましょう。

それなりの骨董品扱いで、報酬は相談して決めましょう。

むしろラヴェンナとして、文字らしきものが書かれている石版なりの回収を依頼すべきですね。

仮に解読できたら、魔物と地下都市に関連する話は、ギルドと共有しましょう」


 解読の優先度は高くない。

 それでも保管しておくべきだな。

 失われた技術に関して、なにか有るかもしれないが。

 

「そうしていただけると助かります。

そのあたりが落とし所でしょうかね。

冒険者が欲に目がくらもうにも、価値が有るかも謎ですからね。

しかも内乱で、骨董品を買ってくれる貴族も激減しています。

では、シルヴァーナにその話をしておいてください。

シルヴァーナも祭りが終わったら、アルフレードさまに相談するつもりだ……と言っていましたからね。

その方向で、こちらもギルドに話をしておきます」


 俺はコーヒーを飲みほしたが、この厄介事が苦みを増したのだろうか。

 妙に苦く感じる。


 苦かろうと甘かろうと、放置はできないがな。

 そんな思いは、カップを指ではじく音に遮られた。


 音の主はあきれ顔のキアラ。


「お兄さまはクノーさんのようなタイプと話し始めると、二人の世界に飛んで行ってしまいますわね。

お姉さまに、一度注意されたのではありませんこと?」


 しまった……。

 カルメンはただただ苦笑。

 パトリックは他人のフリでコーヒーのお代わりを頼んでいる。


 これはあとのフォローが大変だ……。

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