495話 暫定の布告

 ミルたちに対応を検討してもらうが、一つ俺から暫定の布告をだす。

 事件の起こったカラファ領との交易完全停止。

 また、そのカラファ領民のラヴェンナへの立ち入り禁止も含めている。


 カラファ家の第一声を聞いたときに思わず笑ってしまった。


「マントノン傭兵団のやったことだ。

犯人は逃げてしまい、遺憾ではあるが何もできない。

マントノン傭兵団には厳重な抗議をした。

あとはラヴェンナとマントノン傭兵団で解決すべき問題である」


 ラヴェンナとマントノン家を天秤に掛けて日和見を決め込んだわけだ。

 お話にならないので、もはや相手にしない。

 

 そして、今後の布石として理由付けも行う。


 ラヴェンナ市民の安全がカラファ家によって担保されない以上、許可を出すことはできない。

 市民の安全を守ることは、ラヴェンナの義務であるからだ。


 勿論、パパンにも事件とこちらの対応は伝えてある。

 パパンもさすがにこの話を聞くと憤慨した。


「全て、アルフレードに任せる。

ラヴェンナのことはスカラ家のことでもある。

それだけは忘れないように」


 と有り難い言葉ももらえた。

 普段から友好的な関係を築くと、こんなときに頼りになる。

 つまり、スカラ家の力を使って構わないとゆうことだ。

 むしろ、話が大きくなるなら使えと言っている。

 非友好的だと、やり過ぎるな。

 程度を弁えろになってしまうがな。


 これは、最初のジャブにしか過ぎない。

 これを周囲がどう受け取るか。

 どう反応するかによって、多くのことが見えてくる。


 指示を出し終わった俺がぼんやり外を見ていると、キアラが執務室に戻ってきた。


「お兄さま。

お姉さまに布告の件をお伝えしましたわ」


 そう言いつつ、俺の隣に座る。

 オフェリーは治癒術の講義をしているので、今は不在だ。


「ご苦労さま。

まずは様子を見るとしましょうか」


「ラヴェンナとの交易停止は、内乱で物流が死にかかっている領主にとっては痛手ですわね。

特に食糧を多少なりとも輸出できるのは、ラヴェンナだけですもの。

そして信用貨幣の鋳造もしていますわね。

まさかここまで……強力な武器になるとは思っていませんでしたわ」


 俺は小さく肩をすくめた。

 交易だって立派な武器になる。


 この武器を気に入らないから……といって振りかざすと、かえって孤立して災いを招く。

 

 転生前もどこかの大国がやっていたなぁ。

 自尊心が加速しまくって、この武器を振り回しまくっていた。

 結果として、一部では失笑されていたが。

 まあ、一部では何も言わない人たちもいたな。


 故に武器を振るうには、大義名分が必要だ。

 それこそ裏で失笑される大義名分など愚か過ぎて話にならない。

 そして武器をむやみに振り回すのは子供のやることだ。


 勿論、世界を支配するほどの力があれば……話は別だが。


「食の確保と安全の保証は、統治者にとっての責務ですからね。

辺境だからこそ、内乱による荒廃の影響をさほど受けずに済んでいます。

食糧の増産も、順調に進んでいますから。

この差は、どんどん広がるでしょうね。

内乱が終わっても、すぐに生産が回復するものではありませんから」


 キアラは俺の言葉にうなずいているが、小さく眉をひそめた。


「ですがお兄さま。

禁止されたカラファ家は、抜け道を探すと思いますわ。

許されている領主と交渉して、間接的にラヴェンナと交易をする可能性があります」


「でしょうね。

当然そうすると考えています」


「先ほどの大義名分では、この話を止められませんわね。

でも織り込み済みなら、対策をお考えですか?」


 俺は何の気なしに外を見る。

 皮肉な笑いが、口元に自然と浮かぶ。


「勿論ですよ。

最初の大義名分は、誰も反論できないでしょう。

ですがこの言葉に内包された意味に、一体何人が気がつくでしょうかねぇ」


 キアラは俺の言葉を考えていたが……すぐに理解できたらしい。

 少し意地悪な様子で笑う。


「次はマントノン傭兵団を受け入れる領主は、敵とみなすのですわね。

犯人の調査もその一環ですか。

そうなると曖昧な態度で逃げることはできませんわね」


「その通りです。

その次はカラファ家と交易をする領との交易禁止に流れていきます。

敵と交易しているものは敵。

単純な理屈です。

勿論、ラヴェンナが弱小なら意味の無い行為です。

ところが、スカラ家の分家で本家との関係も良好。

さらにスカラ家は、先ほどの戦いの勝者です。

果たして小貴族のカラファ家に、どれだけ義理立てするでしょうかね」


 大貴族をバックにするときは、むき出しの力で脅す必要など無い。

 大義名分を利用されると、その力に逆らうのは困難なのだ。

 周囲が疑問に思うほど熱心に本家に協力していることが、こんなときに生きてくる。


 音がしたのでそっちを見ると、キアラが楽しそうにメモしている。

 油断も隙もありゃしない……。


「一斉に見放されますわね。

カラファ家は生き残るためには、マントノン傭兵団の立ち入りを禁止して泣きついてくると思いますわ。

他の貴族たちも、それに倣うでしょう。

そうなるとマントノン傭兵団は、この王国での居場所を無くすでしょうね。

それこそ傭兵団長の首を手土産に助かろうと考える……そんな傭兵も出てくると思いますわ。

ごく普通の布告に見えて、そんな、悪辣な意味が含まれるのですね」


 やることは村八分ならぬ、国八分。

 その前段階に他ならない。

 そして一度ハブられると復帰は困難。

 さて……この恐ろしさに何人気がつくか。


「安全を守るとは、危害を加えた集団への罰則もセットですからね。

当然その犯人を匿うのであれば、共犯とみなすわけです。

それともう一つ無視できない要素に、誰もが気がつくでしょう」


 キアラのメモをとる手が止まる


「まだあるのですか?」


 俺は軽く手を振った。


「世界地図を見ましょう。

宿題ですよ」


「お兄さま、最近意地悪ですわ」


 キアラのふくれっ面を俺は笑いながら眺めた。

 これも勉強さ。


                  ◆◇◆◇◆


 ウェネティアへの襲撃は今のところ起こっていない。

 タッチの差で、ユボーの敗北が伝わったのかもしれない。

 踏みとどまるか、自棄になって突撃するか。

 どっちにしても決めるのは俺じゃないからなぁ。


 もう一つの報告が届いた。

 平原で騎士団と対峙していた傭兵団は夜に紛れて撤退したらしい。

 ただ夜の行軍は危険。

 整然と退却などできない。

 

 かなりの統率力をもつ指揮官と熟練した組織でないと不可能だ。

 それこそハンニバル程度の腕が無いと無理だろう。


 篝火を焚かずに、こっそり逃げ出すのだ。

 方向を見失って迷ったものもいたらしく、翌日に騎士団に捕捉されて相当数が討ち取られている。


 もう一つの報告、ユボーの首は見つからずじまい。

 仲間を見捨てて、湖を渡って逃げたのかもしれない。


 そしてスカラ家に持ち上がる問題。

 王都に進軍するか否かだ。

 パパンのところで、今大激論になっている。


 日和見たちは進撃して、ニコデモ殿下の戴冠を行うべしと主張。

 自分たちの権益を取り戻すのと、あわよくば以前より利益を得たいと目論んでいる。


 本家側は状況の確認を優先すべきと主張。

 下手に進軍して足元を掬われないためだ。

 議論は膠着状態になる。


 そうなると、俺にお鉢が回ってくる。

 本来なら、分家の当主にすぎないのだが……。


 今回の勝利の立役者としては、一部にしか知られてない。

 だが本家に対しての発言力は絶大なものになっている。

 本家では俺が司令塔だとの認識ですらいる。


 それ以外には……迷惑なことに、ニコデモ殿下が俺を友人であり師父と公言している。

 俺の意見に従うとまで言っているからなおさら厄介だ。

 つまり議論が膠着したとき、俺の意見が有力視される。

 正確には裁定してくれといったところだ。

 

 そこで俺は、一つの提案をした。

 王都までは進軍しない。

 ある程度まで軍を進め、兵站と後方の安全を確保。

 そしてユボー側の自壊を狙う。

 

 折衷案に見えるので、周囲の賛同を得やすい。

 だが、そう見えるようにしただけだ。


 もう一つ狙いがあるのだが、それは俺一人の胸に秘めておいた。

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