494話 報復の論理

 人の想像力には、限界がある。

 俺もえらそうにしていても、大したことはない。

 そんな自嘲気味な気分になったのは、別の報告がもたらされたからだ。


 フロケ商会に派遣している耳目の一人が、別の領地で商談に向かう途中に殺された。

 理由はラヴェンナ市民であるから。

 そんな馬鹿げたことを言った男は、マントノン傭兵団の一員と名乗ったそうだ。

 この話を聞いたときは、頭に血が上った。


 しばらく俺は言葉を出せなかったが……ようやく少し落ち着いた。


「彼の亡骸を、手厚く葬ってください。

葬儀に私が出席できないことが悔やまれますが」


 今までバカボンウジェーヌは、ただのお邪魔虫でしかなかった。

 事ここに至っては、話が変わる。


 だが怒りに身を任せる気はない。

 相手はそれを狙っての挑発だろう。

 その意図は読めたからだ。


 心配そうなキアラとオフェリーが、俺を見守っている。

 そしてベルナルドも、俺の執務室を訪れていた。

 多分、俺が暴発したときの諫め役のつもりなのだろう。


 全員を見渡して、俺は努めて冷静さを保つようにした。


「以前にも言ったと思います。

ラヴェンナは市民一人の権利を守るために、総力を尽くすと。

その言葉に、偽りはありません。

彼らには代償を払ってもらいます。

手打ちなど無しです」


 俺の内心の憤怒が分かったのだろう。

 いや口調にも漏れた気がする。

 キアラは少し遠慮がちに俺を見ている。


「具体的にはどうしますの?」


「実行犯および指示したものを、ラヴェンナに連行してで処罰します。

それができないなら……」


「もしかして、傭兵団を壊滅させますの?」


 人間怒りすぎると笑いたくなる。

 口元に自然と笑いが浮かぶ。


「壊滅? そんな、手ぬるいことで済ませませんよ。

トップには責任を取ってもらいます。

いえ、取らせます。

少なくとも生かしておく気はありませんよ」


 キアラとオフェリーは、顔を見合わせた。

 何かを言おうとするが、言葉が出ない。

 そんな感じだ。


 2人には、心配を掛けて済まないとも思っている。

 だがこれは、どうしようもない。

 絶対に、報いは受けさせる。

 そうしなくては、俺がやって来たことも意味が無くなる。

 つまりは、今まで死んでいった者たちを裏切ることになるからだ。

 

 ベルナルドはそんな俺を、じっと見ていた。


「ご主君にお伺いします。

ご命令とあらば喜んで従います。

ですが……その方針で、死傷者が出るかも知れません。

それでもおやりになりますか?」


 多分、俺を間接的に諫めているのだろう。

 その気持ちは有り難い。

 そしてそれを無視するつもりもない。


「もし……領民が殺されて黙っていたら、私は領主をやっている意味などありません。

私は領民の生死を左右する権利を持っている以上、領民を守る義務があるのです。

そして世界中に知らせる必要があるのですよ。

罪の無いラヴェンナ市民を傷つけると、どうなるかを。

それを知らしめる過程で死傷者が出たときの非難は、私が引き受けます。

そのための領主ですよ。

誓いを守れない騎士の存在価値が無いのと同じです」


 ベルナルドは俺を、じっと見ていたが一礼した。


「承知致しました。

差し出口を……お許しいただければ幸いです」


 恐縮しているベルナルドに、俺は軽く手を振った。


「いいえ。

ガリンド卿は私が怒りに我を忘れて、むちゃなことをしないために諫めてくれたのでしょう。

謝罪には及びません。

むしろ私のほうこそ、その勇気にお礼を言うべきです。

普段ならば、無駄な血が流れるような手は使いません。

ただし、今回は懲罰が目的なのです。

いつものように……そのあとを見据えた手段を選びません。

まして流血を恐れ、有耶無耶にする気など毛頭ありません」


 ベルナルドは驚いた顔をしたが、目を細めた。

 そしてすぐに、真顔に戻る。


「それによってマントノン家との確執は起こらないのでしょうか?」


「ウジェーヌを廃嫡してから、マントノン家が無関係になっているなら何も言わないでしょう。

それならこちらも、何もしません。

もし……こちらに干渉するのであれば、管理責任を問います。

干渉する権利を持っているなら管理する責任は当然あるでしょう。

そうなってから知らぬ存ぜぬなど認めません」


「承知致しました。

ご主君のはやる気持ちは重々承知しております。

ですが、まず襲撃を撃退してからになると思います。

それはご理解いただきたいのです」


「勿論です。

私としては、ウジェーヌ本人に出てきてほしいものですがね。

今後の手間が省けますよ」


 どうも俺は、自覚は無いがかなり悪い顔をしていたらしい。

 気がついたのは、3人がお互いの顔を見合わせたからだった。


                  ◆◇◆◇◆


 ベルナルドが退出したあとの部屋は沈黙が支配している。

 こんなときは、一人になりたい。

 壁でも殴って、気を紛らわせられる。

 孤独は贅沢なのだ。

 

「全く馬鹿のやることは短絡的ですが、それだけに効果は大きいものですね。

さてキアラ、まず事件の裏を取ってください。

本当にマントノン傭兵団の仕業なのかを調べないといけません。

合わせて、ラヴェンナで市民が殺害されたことの公表です。

犯人は調査中となるでしょう。

これも分かり次第公表してください」


「分かりましたわ。

犯人が確定した場合の処置は、どうされますか?」


 少し考えようとする。

 多分俺は、自分が冷静だと思いたがっているな。

 結論に飛びつきたくなって、理屈をこじつけようとしている。

 これでは、思わぬ失策を招くだろう。

 俺は軽く頭を振る。


「まず、ミルたちに草案を出してもらってください。

全員の問題でもありますからね。

そしてラヴェンナ内部だけで閉じる話ではありません。

本家や王国にとどまる話でもないと。

そこは忘れずにお願いします」


 キアラは俺の顔をじっと見ていたが、優しくほほ笑んだ。

 俺の様子を見て、少し安心したらしい。


「分かりました。

お姉さまに伝えておきますわ」


 キアラが退出したあと腕組みをして、深い息を吐く。

 奇麗な言葉で飾ってはいるが、報復でしかない。


 コミュニティーの誰かが傷つけられたら、コミュニティー総出で報復する。

 中世までの前提だと思っていたが、冷静に思い返せば人々の納得を得やすいものだ。

 ある意味、人としての自然な在り方なのかもしれないな。

 だからこそ、近代になっても人々の納得を得やすい。

 

 コミュニティーへの帰属意識が低い人は違う考えを持つ。

 同じコミュニティーの誰かが殺されても、そのために誰かの血を流すのはおかしいと思うだろう。

 禁じていたところに勝手に立ち入った揚げ句、そんな目に遭えばそれはある程度正しい。


 そうではないのだ……と他民族の連合としてのラヴェンナを強調してきた。

 だからこそ『死んだのは気の毒だが、ここは冷静に話し合おう』など、上品ぶった話をする気はない。

 そうでなければ、今まで俺が言ってきたことは全て便宜上の建前と思われてしまう。

 信頼を壊すのは一瞬でできるからな。


 流血は新たな流血を呼ぶ。

 だから、報復の論理は非生産的だという話もある。

 報復のエスカレートを抑止するためだろう。

 この言葉が説得力を持つのは近代以降か、血を流し尽くした後だろう。


 だが……そんなことを言っても、ラヴェンナの人々は納得しないと思う。

 この世界の住人の論理や常識に沿った判断が必要だろうな。

 転生して余計な知識を持っていることは、良いことばかりではないな。

 こんなときの判断は、非常に難しい。

 冷静さを欠いている、今の状態で正しい判断ができるのか全く自信が無い。

 だからこそ、ミルたちに最初の案を委ねたわけだが……。


 また頰をつつく感触だ。

 オフェリーは無表情だが、つつくペースがいつもと違う。


「アルさま。

大丈夫ですか? とても辛そうに見えます。

犠牲者が出ると、アルさまが自分を責めて落ち込むと……ミルヴァさまから聞いています。

前もこんな感じだったのでしょうか?」


「いえ。

前は、もっと酷かったと思いますよ。

それより……私に恨みを持っている場合、私でなく領民を狙っても良い。

その考えに至らなかったことが悔やまれるのですよ」


 どこか転生前の感覚で、ものを考えている。

 勿論、この世界に合うようにしたからこそ……成功してきた。

 だが、どこかで満足して止まっていたのか。

 いずれにせよ、最優先課題になったわけだ。


「アルさまはいつも『無理に全てのことを防ごうとすると、かえって失敗する』と言っていました。

今、そんな無理をしようと……しているように見えます」


 思わず動きが止まってしまう。

 自分のことはよく分からないとはよく言ったものだな。


「確かにそうですね。

自分で言っておいて、自分がハマるとは情けない限りです。

オフェリー、有り難う。

事前に気がつけましたよ」

 

 オフェリーは満足そうにうなずいて、また俺の頰をつつき始めた。

 つつくペースはいつも通りになっている。

 俺は飼い猫か何かなのだろうか? と、たまに思ってしまう。

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