491話 天然返し

 別れ際、モデストに一つの依頼をした。

 俺の話を聞いたモデストは、小さく肩をすくめる。


「ラヴェンナ卿はなかなかに愉しい依頼をされますな。

決して楽ではありませんが……。

畏まりました。

やってみましょう」

 

 態度とは裏腹に、口ぶりは軽い。

 つまり楽しんでいるようだ。

 やらせて損をするわけではないからな。


                 ◆◇◆◇◆


 執務室に戻ると、キアラとオフェリーが話をしていたようだ。

 俺の姿を見て、2人は顔を見合わせる。

 これは俺をネタに遊んでいるパターンだ。

 いいけどさ……。


 キアラが小走りにやってきてほほ笑んだ。


「シャロンさんはどうでしたか?」


「どう、と言われても……」


 オフェリーまで隣にやってくる。


「魔王対毒蜘蛛の対決はどうだったのか……ですよ」


 戦ってないし、その呼び名はどうかと思うぞ。


「別に何も。

ちょっと仕事を依頼しただけですよ」


 オフェリーが、ちょっと渋い顔になる。

 そのあとで、なぜかいちいち胸を張る。

 どうもシルヴァーナに見せつけているうちに、自然と癖になったようだ。


「そうじゃありません。

敵と判断しましたか? 味方ですか?

敵でも味方でも、アルさまなら手玉に取るでしょう。

毒蜘蛛さんはどう対抗したのかです」


 今までは、わりと白黒ハッキリする戦いが多かった。

 既存の権力に近づくほど、境目がぼやけてくる。


「そう単純ではありません。

それにこの世は、単純に敵味方で分けられません。

敵か味方の分類など、状況の占める比率が高いのですからね。

今のところは敵ではないし、利用価値も高い……とだけ言っておきます。

逆にシャロン卿も、同じことを思っているでしょう」


 つまり、互いが互いを利用する。

 個人的にはハッキリしていて、嫌いな関係じゃない。

 俺の感想とは別にオフェリーは、ちょっと不満顔だった。


「ですが、利用の度合いが不公平ではありませんか?

シャロンさんはアルさまを利用すれば、大きなメリットがあると思います。

アルさまが得られるのは、アルさまの中ではほんの一部ですよね」


「それだと私は同じような人としか取引できませんよ。

それにシャロン卿が私に求めたのは『反乱分子と認識しないでほしい』の一点だけです。

体制が定まれば、その構成要素になると明言していますよ。

シャロン卿の行動には彼なりのルールがちゃんとあります。

問題なくやれますから、心配しなくても良いです」


 キアラは俺の話を聞いていたが、諦めた様にため息をついた。


「お兄さまの決定には従いますわ。

でも……どんな依頼をしたかは、教えていただけますよね?」


 そこで俺はモデストへの依頼内容を、2人に説明した。


「シャロン卿の活動領域は、われわれの手の届かない陰の部分です。

有効に使いましょう。

その仕事ぶりを見て次の手を考えますよ」


 キアラはオフェリーを、ちらっと見て意地の悪い笑顔になった。


「オフェリー、分かります? 

お兄さまが悪辣な仕掛けを始めましたわよ。

大体そんなフワっとした話から、徐々に相手を追い込んでいきますの。

魔王の手下になった毒蜘蛛に狙われる人は大変ですわね」


 なんだその呼び名は。

 抗議しようとしたが走ってくる足音が聞こえた。


 足音の主は伝令だった。

 息を切らして駆け込んできたのだ。

 つまりラヴェンナに、攻撃があったと見るべきだろう。

 伝令は息を整えて敬礼した。


「ご報告します。

ラヴェンナが賊の襲撃を受けました!」


 うまいことタイミングを調整したな。

 それが感想。


 この一点だけを見ても、ユボーは決して無能ではない。

 情報伝達が未発達な世界だ。

 タイミングを定めて、別々の地域を攻撃するのは結構難しいのだ。

 魔法を使えばハードルは下がるが、1000年平和だった世界。

 内乱が始まって、組織作りから初めても絶対に間に合わない。

 そして戦いの準備だって時間がかかるし、予定通りなんてほぼ不可能だ。

 だからこそ、俺の中でユボーへの評価は結構高い。


 そんなユボーは絶対にスカラ家を調べる。

 そうなると、分家であるラヴェンナのことも調べるだろう。

 その結果、派遣していない戦力が相当あると判断する。


 ユボーは早くスカラ家を倒して、金を受け取る必要がある。

 だからこそ、ラヴェンナからの増派を抑えることは勝率アップにつながる。

 本家さえ倒せば、周囲からは正式な王として実力を認められるわけだ。

 世界的な視点では、ラヴェンナはスカラ家の分家でおまけにすぎない。

 ラヴェンナ討伐は、あくまで反乱鎮圧といった名目になるだろう。


 そのプラン通りにラヴェンナを拘束するにしても、時間がずれすぎてはいけない。

 ある程度の誤差に収束させる必要はでてくる。

 スカラ家と戦端を開く前に、増派ができない規模の襲撃を複数回実行するだけだ。

 タイミングが悪いと増派したあとに襲撃になる。

 つまりラヴェンナに嫌がらせはできるが、本来の目的にはあまり寄与しない。


 そこで内通者から急かされることで、不完全であっても作戦開始を余儀なくされるわけだ。

 なりたての自称王が、最初の戦いを躊躇するだけで一気に周囲から足元を見られる。

 実力で成り上がった故だな。今は演技であっても、強い王を演じなくてはならないからな。


 伝令から報告書を受け取って、キアラが安堵のため息をつく。

 報告の内容は吉報だということだ。

 キアラは上機嫌で、伝令に笑顔を向ける。


「ご苦労さまですわ。

下がって休んでくださいな。

お兄さまからの指示があれば、あとで届けさせますわ」


                 ◆◇◆◇◆


 伝令が退出したあと、キアラから、報告書を受け取る。

 ざっと一読してからウズウズしているオフェリーに手渡す。

 オフェリーは報告書を読んで、キアラと同じようにほっと胸をなで下ろす。


「2回の襲撃を受けたのに、被害が少なくて良かったです。

怪我人は多数でたようですが、船も7隻中1隻が破損。

それも修理可能ですか。

とにかく……死人がでなくて良かったですね」


「そうですね。

第2波の撃退は見事と言うほかありません。

これはプランケット殿の悪知恵か……。

いや、2人の合作ですね」

 

 キアラは俺の言葉に苦笑する。


「1回目は正面からの襲撃を撃退。

2回目は1回目は陽動と見て、別口からの侵入と読み切ったのですわね。

上陸地点は絞られますから、待ち構えることはできます。

わざと上陸させたあとで、賊の船を沈めて上陸部隊を孤立させたのですね。

仕上げに残った賊を包囲して、兵糧攻めで降伏に追い込んだと」


「ええ。

1回目の攻撃は威力偵察に近いものだったので、これを陽動と読み切ったのはプランケット殿でしょう。

オリヴァー殿はわざと上陸させてから、揚陸部隊を孤立させて兵糧攻めに。

そこで魔法にたけている魔族が、遠距離から魔法で時々攻撃を仕掛ける。

そうなると精神的に追い込まれますね」


 弟子の名前だけ賢者と違って、才能が本物で助かったよ。

 キアラは光景を想像したのか、口元をゆがめた。


「魔族は魔法にたけているので、有効射程は人より長いですわね。

脅しで十分だから、当てなくてもいいですもの。

反撃の糸口も見いだせないでしょう。

お兄さまお得意の、精神的な締め上げに習ったのですわね」


 お得意って……俺がまるで悪魔のような言い方だな。

 だが……突っ込んだら負けだ。


「敵は当然、第3波を考えるでしょう。

その前にユボー殿を片付けて、攻撃の意図を挫きたいところですね。

こちらもじきに、報告が来ますよ」


 好事魔多しだ。

 それすら陽動で、俺だけを狙うヤツがいる。

 油断は禁物だな。


 オフェリーは俺の無表情が気になったのか、なぜか指で俺の頰を突いた。


「まだ心配事がありますか?

今のところ、アルさまが事前に準備した通りに動いていますよね」


「うまくいっている。

それ自体は良いのです。

だだ……それが油断を招いて、足元をすくわれる。

それが怖いだけです」


 オフェリーはなぜか、俺へのプニプニを止めない。

 一見無表情だが、絶対楽しんでいる。

 野郎をプニプニしてなにが楽しいのだ。


「確かに浮かれているアルさまを想像すると、すごく不安になります。

鼻血で済めばいいですけど……」


 トロッコのことは、もう忘れろよ!

 あれは、楽しんだだけ! 早く話を変えないと、泥沼にはまる。


「相手だって考えるのです。

こちらの注文通りに動いて失敗したら、計画を変えるでしょう。

だからこそ、気を緩めるわけには行かないのです。

もちろん一般の兵士たちは、喜んでくれたほうが士気もあがります。

指示を出すものは、それに流されてはいけないのですよ」


 キアラは俺の言葉を、苦笑気味に聞いていた。


「そうですわね。

お兄さまは苦労が絶えませんわね。

たまにはハメを外したくなるのでしょう。

そうですわ! 妹に甘えて……ついハメを外しても良いのですよ」


 さらっと言うの止めようよ……。

 シャレになってないから。

 何か言おうとすると、突然オフェリーが俺の頭を抱え込んだ。

 つまりオフェリーの胸に、顔半分が埋もれる……。


「ダメです。

隙を見せると、アルさまはキアラさまに食われるから注意するように……と。

ミルヴァさまに言われています」


 キアラは憮然として聞こえるように舌打ちをした。


「予測して釘を刺すなんて、お姉さまは油断も隙もありはしませんわね……。

オフェリーは私より、お姉さまを選ぶのですか?」


 油断ならないのは、キアラのほうだよ……。

 オフェリーが首を振ったようだ。

 揺れるから、よく分かる……。


「選ぶとか……意味が分かりません。

ミルヴァさまもキアラさまも、私は大好きですよ」


 オフェリーの天然返しにキアラは露骨に肩を落とした。

 たまに人の言葉の裏を考えず、そのまま受け取る。

 こんなとき天然って強いね……。

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