13章 飾りじゃ無いのよ王位は

483話 我慢比べ

 王都でのクーデターから、スカラ家領に逃げてくる貴族たちが増えた。

 ニコデモ殿下に『王位を正当な血統の手に戻すように』と訴えている。

 つまりは、自分たちの土地と財産を取り返してくれと言うわけだ。


 パパンへの陳情もひっきりなし。

 逃げてきた連中が、戦力になるかと言えば……微妙。

 騎士は個人芸だから、一応戦力にはできる。


 だが、装備は? 馬は? 食糧は?

 全部こっちに頼られてはたまらない。


 自分の領地に逃げたとしても、傭兵に攻められては守り切れない。

 だからといって領民をほったらかしで逃げてきているヤツは、あとで整理対象だな。

 責任を取るべきタイミングで保身に走るヤツは、その資格が無いことを自ら証明したも同然なのだ。

 

 庶民ならそこまで、大きな責任は無い。

 だが……貴族として、封土を守る気が無いヤツは辞めてもらおうじゃ無いか。

 都合の良いときだけ、いいとこ取りをする輩は大嫌いなのだ。

 そんなことのために、領民の命を危険にさらす気は無い。


 だが、現時点では突っぱねられない。

 だからといって、このまま受け入れ続けてはこちらがつぶれる。

 あまり、時間が無いのは事実だ。


 こっちが厳しいから、あっちが余裕かと言えば……決してそうでは無い。

 即位を宣言して王都内の略奪を禁じたものも、全てが従うわけも無く。

 挙げ句の果てに、治安維持と称して遠征先で略奪に及ぶ始末。

 それを、討伐もままならない。

 それなら給料を出せとの言い分は、ある種の正当性がある。

 まだ、金をもらえていないからだ。

 仕方ないので逃げ遅れた富裕層から財産を没収し、給料にするという悪手に出る始末。

 私有財産権を保護できない統治者など、失格以外の何物でも無い。


 治安の維持も、満足にできない。

 商業活動も停止、経済活動には安全が必須。

 それは、ユボーも分かってはいる。

 だが、それを実現する手だてが無い。


 もう一つの大きな問題として、行政機構の壊滅がある。

 行政のノウハウを持っている宰相家は逃亡していた。

 つまり、その側近たちもだ。

 末端の役人を登用しても、全体を知っているわけは無い。

 そもそも適した能力があるかすら謎。


 王座に座って号令をすれば統治できるわけでは無い。

 ゲームのように、数値が低い人物でも一応は処理できるわけでも無い。

 それは、行政システムが完備されている場合のみだ。


 もともと、王都の統治機構は、1000年の歴史があって責任の所在が不明。

 ごちゃごちゃしていて、一部の人たちしか分からない。

 宰相家が既得権益化するために、複雑なままにしている。

 その近辺にいた人間は、全てこっちに逃げてきているわけだ。


 つまりユボーとしても、こっちに流れてきている人材を取り込みたい。

 あっちも、決戦を急ぐ必要があったわけだ。


 こんな感じで流れてきた人たちからの情報を、キアラがうまくまとめてくれた。

 俺はパパンに『先に動いた方が負ける』と、アドバイスを送っている。


 まだ、待ち人は来たらず。

 我慢比べだな。


                 ◆◇◆◇◆


 そんな中、新たな情報がもたらされた。

 その報告を受けたとき、俺はほくそ笑んでしまった。


 イッポリト・サッケーリが『拙速な攻撃は避けて、まず体制を整えることが大事だ』と主張している。

 つまり、体制派を取り込めと。

 実に現実的だな。


 俺の笑いに、キアラがあきれ顔をしている。


「普通に考えたら、良くない話ですわよ。

何をたくらんでいるのですか?」


「大変良い兆候です。

つまりユボーは、決戦に前向きなのですから」


「でも……諫止されたのですよね。

そのあたりの情報はダダ漏れなのが、気になりますが」


「統治システムが未整備なのもあります。

つまり情報の統制ができていない。

それとこちらの焦りを狙っているのでしょう」


 プリュタニスは腕組みをして考え込んでいたが、意味ありげな笑いを浮かべた。


「そうなると、あちらから動きますね。

意見対立があった場合は、折衷案的な動きをするでしょうから」


「恐らくそうですね。

それを待っています」


 俺はそう答えて、軽く伸びをしたが…………脇がつった。

 いてぇぇぇぇ。

 思わず、前のめりになる。


 オフェリーが急いで、俺を治癒してくれる。

 有り難い……。


「アルさま、運動不足です。

最近、ずっと椅子に座って……何かを考えっぱなしじゃないですか」


「先のプランを考えていたのですよ。

運動は後回しです」


 俺の気の無い返事に、オフェリーが首を振った。


「そう言って運動しないのは、私でも分かります。

一緒に運動しましょう」


「今度にしましょうよ」


 オフェリーが俺をじっと見て、すごく悲しそうな顔をする。

 半分演技なのは知っているが……。


「分かりましたよ。

そんな顔をされては断れないじゃ無いですか。

でも、軽い運動ですよ」


 オフェリーの表情が一転して、笑顔になった。


「ストレッチ程度でも効果がありますから」


 庭に連行されて、一緒にストレッチをする羽目になった。

 オフェリーは普段のドレスとスカートから動きやすいズボンに着替えている。

 ジャージなど無いのだ。

 ファスナーなんて無いからな。


 始めてから3分後……オフェリーが首を振った。


「アルさま、体が硬すぎますよ……」


「運動していませんからね」


 悪戦苦闘しているところに、チャールズがやってきたがあきれ顔だった。


「ご主君が運動ですか? 明日は、雨が降りますかね」


 余計なお世話だ。


「本当に降るなら、適度にやりますよ。

今の時期に、干ばつは洒落にならないですから」


 翌日降ったんだけどね……。

 オフェリーはおなかを抱えて笑いだす始末だよ。

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