479話 待てば海路の日和あり

 マンリオとの会談を終えて、屋敷に戻った。

 部屋に戻る最中にハプニングが……。


 平民服姿のままキアラたち3人と、鉢合わせてしまった。

 プリュタニスは失礼にも吹き出した。


「アルフレードさま、あまりにハマりすぎですよ」


 オフェリーも珍しく、笑いを堪えている。


「ア……アルさまは何を着ても似合うのですね」


 その、中途半端な優しさはやめてくれ。

 キアラですら吹き出した。


「平民服がこれほど似合う領主は、他にいませんわ」


 悲しいので、話題を変えよう。


「その様子だと、課題の回答にたどり着いたようですね。

書斎で集合しましょう。

私は向かいますよ」


                ◆◇◆◇◆


 書斎に入ると、3人がそろって……。


「あのう……兄上たち。

どうしてここに?」


 なぜか、アミルカレ兄さんとバルダッサーレ兄さんがいた。

 アミルカレ兄さんが俺の肩をたたく。


「バルダッサーレが、いろいろ動いていてな。

面白そうじゃないか。

私だけ仲間はずれは無しだ」


 バルダッサーレ兄さんは苦笑している。

 いつの間にか戻ってきたらしい。


「アミルカレ兄さんの協力も必要だからね。

さすがに兵士4000人を集めるには、許可がいるのさ。

それでアルフレードの悪巧みを知ろうと言った話だ。

その過程でお前がキアラたちに、宿題を出したと聞いてな。

今回の企みの一環だろうと考えたわけだよ」


「悪巧みではありませんよ……。

ともかく3人に、課題の答えを聞かせてもらいましょう」


 キアラが小さく咳払いをして、地図を広げた。


「まず傭兵の立場で考えます。

平原で正面からぶつかっても勝ち目はないでしょう。

勿論、数を生かしての消耗戦もありますが……。

死をいとわないのが騎士なら、自分のために生きるのが傭兵ですわね。

その手段は放棄しました」


 出だしは完璧だな。

 傭兵でも本拠地を持って、長期的な視点で運営すると信用が大事になる。

 そうなれば、前提が変わるだろう。

 だが……黎明期だ。

 今は、生きるための集団にすぎない。

 

「完璧ですね。

ではどうしますか?」


 プリュタニスが、地図の平原部分を指さした。


「スカラ家領内に侵入を果たすためには、騎士を拘束する必要があります。

ここで傭兵を、4万ほど動員したと仮定しました。

そして平地に陣取って、騎士団の注意を引く必要があります。

囮として2万を投入。

半分だとしても騎士団よりは多いのです。

大事なのは、決して攻めずに防御に徹することです。

騎士団は目の前に2万の大軍がいたら、数を減らす選択はありません。

そして残りの2万は……」


 スカラ家への、もう一つの入り口。

 裏口と言っても良い。

 湖沿いの隘路だ。

 東に湖。

 西には山。

 そして、領内の入り口として砦がある。

 プリュタニスはその隘路を指さして、砦の場所をトントンとたたく。


「こちらが本隊で、ここから侵入します。

調べさせると……朝方は比較的に、霧が濃いようです。

目立たずに接近できるでしょう。

勿論、霧の中の行軍は危険を伴います。

それでも湖沿いに進めば比較的安全です」


 アミルカレ兄さんとバルダッサーレ兄さんは、何か聞きたそうにしている。


「兄上たちも質問があればどうぞ。

私との問答は想定しているでしょう。

それ以外の問答にも答えられるかで、真価が問われます」


 アミルカレ兄さんは俺の言葉にうなずいた。


「では聞こうか。

その隘路を、2万で通過したとして……。

どうやって、砦を落とす?

大兵力は展開できない。

数が多いと、かえって詰まってしまうぞ。

むしろ1000人程度が限界だろう」


 キアラが、フンスと胸を張った。


「砦の守備隊長は、スカラ家の落ちこぼれが配属されていますわ。

しかも今まで平和だったから、砦に敵襲なんてありませんもの。

そんなところでくすぶっていれば……誇りなど持ち合わせていません。

買収なりすれば良いのですわ」


 バルダッサーレ兄さんが首をひねった。


「それでも騎士だろう? 落ちこぼれでも……傭兵に寝返るか?」


 オフェリーが、突然挙手した。


「キアラさまの部下に、行商人の格好をして砦を調べてもらいました。

士気は最低で、装備の点検はされていません。

設備もボロボロです。

備蓄するはずの兵糧も売り払って、酒にしているありさまでした。

それだけ堕落しているのです」


 耳目をここで使ったか。

 大変結構だ。

 それでこその諜報機関だよ。

 アミルカレ兄さんが目を丸くした。


「本当……だろうな。

急いで更迭しないといけないな……」


 それは困る。

 俺は、咳払いをした。


「いえいえ、是非ともそのままでお願いします。

掃除はあとでできますよ。

腐ったチーズでも……ネズミにとってはご馳走ですからね。

餌としても丁度良いでしょう。

それと兄上の懸念にお答えします。

傭兵なら格下からの誘いなので、首を縦に振らないでしょう。

ですが元騎士から誘いを受けるなら、首を縦に振りやすいでしょう。

多少は見下していても、傭兵よりは自分たちの側と見ますから」


 アミルカレ兄さんはなおも懐疑的だ。

 首をひねっている。


「それは納得したが……根本的な話をさせてくれ。

傭兵がどうやって、騎士に勝つのだ?」


「伝聞レベルですが……。

王都付近で、騎士団と傭兵がぶつかったと。

そして傭兵が勝ったそうです」


「王都だとブロイかファルネーゼか……。

お前の話を疑うつもりはない。

だがなぁ。

たまたま……ではないのか?

侮っていて負けたとかだ」


 言った直後にアミルカレ兄さんは強く首を振った。

 自分で答えがでたようだな。


「ああ……忘れてくれ。

侮ったなら復讐戦を挑むな。

それっきりだと普通に負けたわけだ。

しかし……一体どうやって勝ったのだ?」


 全員の視線が、俺に集中する。

 なぜ……俺を見るのだ。

 仕方ない。

 合っているか分からないが……説明するかぁ。


「傭兵たちがどうやったかは知りません。

私なりに考えた傭兵の勝ち筋があります。

傭兵や冒険者が、騎士から軽く見られる要因として……弓を使う点があります」


 アミルカレ兄さんが俺の言葉にうなずいた。


「そうだな。

飛び道具は嫌われる。

魔法もそうだな。

だからどこの騎士団も使う魔法は、肉体強化や治癒に特化している」


 ここは、中世ヨーロッパの気風に似ている。

 古代ギリシャの思想から継承したのか……ヨーロッパの騎士は、弓を『女の使う武器』と言って軽蔑している。

 弓で相手を討ち取っても名誉とされないのだ。

 魔法でもそうだ。

 直接ぶつかり合った勝利に、重きを置く。

 古代中国や日本とは違う点だ。

 もう少し、戦争が増えると攻城兵器がでてくるが……。

 それも名誉ではない。

 仕方なく使うといった形だろう。

 なにより対象が城壁だしな。


「私が騎士団と戦うなら、頑丈な柵をハの字に複数設置します。

その後ろに長弓兵を配備。

柵と柵の間に、槍兵を配備。

そして槍兵の前に、落とし穴を大量に作ります。

騎士はその慣習から、槍兵の陣を突破しようとするでしょう」


 アミルカレ兄さんが難しい顔をしつつ……腕組みをした。


「騎士は迂回などせずに、正面から敵を破砕するのが誉れだからな……。

馬では防御柵を越えられまい。

そして下馬を嫌う。

結果として槍兵に向かうが……。

これも天敵だ。

騎士を使い捨てるつもりで、延々と波状攻撃をしないと勝てないな」



 これは俺の独創じゃない。

 モード・アングレだからな。

 傭兵が自らそれを発見しても驚かない。

 彼らも勝ち方を考えるのだから。


 バルダッサーレ兄さんが何かに気がついた顔をして、眉をひそめた。


「防御は鉄壁だ。

だが……敵が攻めてきてくれないと無意味だろう」


 すぐに、モード・アングレの弱点に気がついたか。

 さすが……と言うべきだな。


「領内を略奪するなり侮辱して挑発すれば良いのです。

そうすれば……末端の騎士は、怒りと名誉心から突進するでしょう。

そうなるとなし崩し的に、戦端が開かれますよ」


 バルダッサーレ兄さんが両手を挙げた。


「降参だ。

そこまで考えた末か。

本当に……お前が敵でなくて良かったよ」


「では話を戻しましょうか。

3人の考えでは……砦の隊長を買収なりして、領内に侵入するのですね」


 プリュタニスは俺の言葉にうなずいた。


「騎士に対してどうやって勝つか……までは至りませんでした。

ですが、アルフレードさまのおっしゃった方法なら勝てます。

内部に侵入して、領内を荒らして攻撃させれば勝ちますね。

それに騎士の損失は、すぐに埋まりません。

傭兵の損失は、ずっと早く埋まります。

時間がたつほど、傭兵の優位が明らかになるでしょう」


 俺は3人に、笑顔で拍手をした。


「合格です。

大変よくできました」


 俺の言葉に、3人はほっとした顔になった。

 呆れ顔でそれを見ていたアミルカレ兄さんは、小さく肩をすくめた。


「教師が出す宿題にしては物騒だな。

それで……お前は、砦方面に敵の本隊を引き込むつもりか。

本当に来るのか?」


「どうぞお越しください……と言えば断られるでしょう」


 バルダッサーレ兄さんが腕組みをしながら、ニヤニヤ笑った。


「また引っかけるわけか。

お前の口ぶりでは、一回の攻撃で仕留めるつもりだろう。

隘路に引き込んで奇襲なら、たしかにいけるな。

だまし討ちなら、たしかに騎士には頼めない。

勝手に先走る者が出てきても……不思議ではないなぁ。

だが、どうやって引き込むつもりだ? 大将が来るとは限らないだろう?」


 またって……酷い評価だ。


「キアラ。

以前ラヴェンナで、事故調査をしましたよね」


 突然、話が飛んでキアラはキョトンとした。


「え、ええ……。

たしか一つ一つは、小さなミスですね。

それが重なると、大きな事故になる……でしたわ」


「策略も同じです。

一つでは大事故になりません。

いくつも失点を重ねさせて、あとは指でそっと押せば大事故になるように……案内するわけですよ。

あとは、優しく押してあげれば良いのです」


「いくつか手を打つのですわね。

それで何をすれば良いのですか?」


「騎士たちが見習いにきたときに、誓約書に署名するのが習わしですよね。

書類がここに残ってるはずです。

そこで……」


 俺の言葉に、キアラが天使のようなほほ笑みをした。


「素敵ですわね。

耳目にはその技能に長けた者がいます。

すぐに呼びますわ」


 アミルカレ兄さんは、呆れ顔のまま俺に苦笑した。


「それ一つでも、十分悪辣だよ。

それ以外の手は、どうするのだ?」


 つい……笑いが漏れてしまう。


「ある人に、お土産を持たせました。

それを受け取ると……こちらの様子をうかがいに、誰かが来るでしょう。

待てば海路の日和ありです。

それを待ちましょうか。

そこで兄上に、お願いがあります。

客人が来たら、私に応対させてください」


 アミルカレ兄さんが小さく息を吐いて、肩をすくめた。


「お前しか応対できないのだろ? 任せるよ。

海路どころか血路だろうが」


 プリュタニスは俺に探るような視線を向けてきた。


「全体図は秘密のようですね。

それでもロクでもない仕掛けなのは分かりますよ」


「秘密ではありません。

どうなるか分からないのです。

その場その場で、手を決めますよ」


 相手は人だ。

 そして俺が、現在のところ全てのカードを握っているわけではない。

 だからこそ大筋を決めての微調整が必要なのだ。

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