480話 利便性への欲望
バルダッサーレ兄さんから、兵士の集結場所を決めてくれと言われた。
勿論、それは決定済みだ。
「避難所がベストです。
訓練もそこで施します」
ラヴェンナからの教官は、そこに、派遣を指示している。
パパンにも兵士の話は、当然伝わっている。
俺が、避難所に移動する話も承諾してもらった。
避難所から、屋敷のある街カメリアには往復で6日ほど。
これは、街道が未整備だからだ。
整備すれば、1-1.5日ほど短縮できる。
移動する馬車の中は、いつもの4人。
俺の隣はキアラが占めており、基本的に上機嫌。
ただし街道が未整備で、馬車の揺れにはご不満顔だ。
「ラヴェンナに慣れると、この揺れは不快ですわね」
「多分、優先的に整備すると思います。
今後は港湾都市になって、流通も活発化しますから」
プリュタニスは揺れに苦笑している。
「避難所に移動するのは、それも狙っていますね。
嫌でも整備計画を優先させるつもりでしょう。
相変わらず、一つのことを一つの目的でやらない人です。
そうなると街道の存在は、目的で無く手段に戻ると」
街道の引き直しも必要になる。
戦略な視点なので、各街の既得権益に引きずられてはいけないのだ。
従来は各街からの徴発で行うため、街の要望は無視できない。
近い街が労働力を供出する。
だからこそ、自分の街に有利になることが最優先。
変な位置に橋があるのも、その弊害だ。
今回は緊急事態でもあるので、そんな意見など無視させるつもりだ。
「ご名答。
今は利権のための手段に成り下がっていますからね。
良い機会でしょう? 内乱というマイナスがあるのです。
どこかでプラスを見いだすべきですよ。
そういえば……、避難所の名前はやっと決まったんですよね」
キアラが、ちょっと考えるポーズをしてからうなずいた。
「本家の役人たちは、名前一つ決めるのにごたついたらしいですわ。
結局、昔住んでいた人たちの呼び名にちなんで、『ウェネティア』になったそうです。
事務方トップのアルバーノ・ザンベッリの先祖が、ウェネティ族と呼ばれていたそうですわ。
あそこは昔に先祖が住んでいた土地で、思い入れがあったそうですの」
つまりはヴェネツィアか。
水の都を目指すのも良いかな。
「では、ウェネティアと呼びましょうか。
避難所ではやる気も出ませんからね。
それと……」
オフェリーは俺が言葉を切ったので、気になったらしい。
俺に顔を近づけてきた。
必要が無いと思うが……。
本人的には必要らしい。
青少年のプリュタニスには、オフェリーの胸の揺れは気になるらしい。
頰を赤くして、外を見ている。
当のオフェリーは、全く気にしていない。
「アルさま、どうかしましたか?」
ガラにも無いことを言おうとしている……と気がついてしまったからな。
「世界でも話題になる、美しい都市でも目指しましょうかと。
ガラにもありませんので、ちょっと気恥ずかしくなっただけです」
キアラはぱっと、笑顔になる。
「あら……すてきですわね。
今は避難所で、都市計画も白紙ですから。
ザンベッリもそこまで着手できていないでしょう。
でもラヴェンナでは、そんなこと言いませんでしたよね」
「そこまで余裕が無かったのですよ。
それと他民族の集まりです。
人間の美的感覚を押しつけては、よくありませんからね。
機能性重視なら、説得力があるでしょう。
それに当時は、エンジニアたちにノウハウがありませんでしたから。
今なら欲が出てきているから、ちょうど良いかなと」
美しさって主観的。
機能性は、客観性が欠かせないので、説得力を持たせることができる。
それだけの話だよ。
そして技術の向上とともに、頑丈で機能的だけではない。
美しいものを目指すのは、自然の流れだ。
プリュタニスがなぜか、小さく吹き出した。
「アルフレードさまから美しいという言葉が聞けたのは驚きです。
今回の旅は、いろいろと思い出深いものになりそうですね」
忘れろよ……。
言って後悔したから。
遠くにウェネティアが見えてきたが、街とはとても言えない。
仮組みの家で立ち並んでいるだけだ。
これはプランを立てるのが楽しみだと、現実逃避をすることにした。
◆◇◆◇◆
ウェネティアに到着すると、チャールズが出迎えてくれた。
俺はチャールズに、軽く手を挙げた。
「ロッシ卿、ウェネティアの様子はどうですか。
特に報告が無いので順調でしょうけど」
「ええ。
今のところは……ですがね」
実際に周辺警護がメインなので平和なのだ。
軽く世間話をしていると、バルダッサーレ兄さんが騎乗したままやってきた。
先行して、ウェネティアに向かっていたな。
「ようやく来たな。
先に集まり始めた兵士のところに案内するぞ。
ついてこいよ」
乗馬は苦手なんだよな。
と思っていると、キアラが、バルダッサーレ兄さんにほほ笑んだ。
「馬車でいけますの?」
助かるよ……。
バルダッサーレ兄さんは苦笑しつつ、頭をかいた。
「そうか……アルフレードは、乗馬が苦手だったな。
大丈夫だ。
すぐ近くだし、馬車でもいける」
有り難く俺は馬車に戻る。
郊外に仮組みの、宿舎とテントが見えてきた。
馬車と並走しているバルダッサーレ兄さんが、そこを指さした。
「あそこだ。
今は2000人ちょっとだ。
残りはあとで集まる」
「ところで……どこから集めたのですか?」
「ルスティコ卿を説得して協力してもらった。
元々ウチの騎士団は、精強で有名だ。
だから従卒の希望者は多い。
人数制限の関係で試験に落ちるヤツらは、結構いるのさ。
元々騎士団でも、数の不利を補うための臨時従卒の増員を検討していてな。
ところがだ……試験に合格した従卒は当然難色を示すわけだ」
「確かに苦労して従卒になったのに、特別でも落第者を受け入れるのは嫌でしょうね。
本当はそれどころではありませんがね。
ですがそんなプライドが、強さの一因でもありますからねぇ」
それだけズレているからこそ、死を恐れない組織になれる。
冷静に損得を考えたら、騎士になるものではないからな。
「それで頓挫しかかっていた計画を、これ幸いと乗っ取った。
そのおかげだよ。
これだけ早く4000人を集められたのは。
実は6000くらい、希望があってな。
やっぱり不安に思っている連中も多かったようだ。
内乱の情報は、特に伏せていないからな。
故郷や家族を守れる……と張り切って参加してきた」
有り難いな。
確かに騎士の入り口である従卒になることすら、ハードルが高いからな。
「希望者を全員受け入れても良いですよ。
もし……本家で、常備軍にしてくれるならばですが」
「即答はできないが、父上とも相談してみる。
騎士もそうだが、戦士は平時には役に立たないからなぁ。
多すぎても困りものだよ」
その言葉に、キアラ、オフェリー、プリュタニスが笑いだした。
バルダッサーレ兄さんは首をかしげる。
「おいおい……なんだ、その笑いは」
キアラが、バルダッサーレ兄さんに笑いかける。
「お兄さまは一つのことしかできない組織なんて作りませんわ」
バレてた。
オフェリーもうなずいている。
「土木工事も教え込むつもりですよね」
先回りされたか。
俺は苦笑しつつ、肩をすくめた。
「彼らの宿舎も、自分たちで建ててもらうつもりですよ。
手に職を持ってもらいます。
平時でも十分役に立つでしょう。退役しても生活には困りませんよ」
バルダッサーレ兄さんがあきれ顔になった。
「土木工事も建築もできる兵士かよ。
ますます騎士には頼めないな……。
それどころか……頼んだ時点でキレるぞ。
分かった。
平時でも活用できる集団であれば条件は異なる。
それなら騎士団も、強硬に反対しないだろう」
役割が完全に重複すると、縄張り争いが起こるからな。
将来騎士団への入隊希望が減るとなれば、絶対反対される。
何でも屋であれば、騎士団のプライドはさほど傷つけない。
従卒試験の落第者をメインに採用だしな。
ラヴェンナから教官を派遣したので、戦い方から土木工事の技術までたたき込まれ始めている。
訓練を中断して、教官が俺に挨拶をしにきた。
そこで俺は彼らの苦労をねぎらう。
教官への反発が起こらないように、兵士たちに『これは必要なことだ』と簡単に演説をして終わった。
不満は俺に向けてくれれば良いさ。
身分の低いものが、領主から言葉を掛けられることは普通有り得ない。
たまに領主の気まぐれでならあるがな。
俺が出てきた時点で驚いたのか、俺の言葉に反発は無かったようだ。
むしろ偉い身分の人に演説のような形式ながら説得をされたので、あっけにとられたと言うべきか。
その様子を苦笑して見ていたバルダッサーレ兄さんは、残りの兵士の召集にまた出掛けていった。
一応ウェネティアに、仮組みの屋敷は作ってある。
将来は、ラヴェンナの出先機関にするためだ。
ところがだ……。
ここの生活は、結構不評。
理由は『水』だ。
中世では井戸と川から水を汲むのが一般的。
ラヴェンナのように水道橋を使っての流しっぱなしではない。
風呂も簡単には入れない。
俺が到着したときに、真っ先にお願いが殺到したのだ。
確かに、人が集まる場所での公衆衛生は重要事項だ。
しかし……水道橋は、山があることが条件。
平地からでも可能ではあるが、俺から仕組みを話す気はない。
古代ローマの水道技術を知ってるからだ。
水道管の水圧を利用すれば、水を高地に引き上げることは可能。
ここに派遣されていたエンジニアのイヴァン・ロージンが、ドンと自分の胸をたたいた。
「任せてくれ、実現できる」
イヴァンはドワーフの中でも一番風呂好きだ。
風呂上がりのウオッカは格別らしい。
できると言われては断れない。
とまあ……利便性の欲望に、俺は許可を出した。
これが実現したら、この革新は本家全土に広まるな。
水を簡単に使えることによる生活の恩恵は……計り知れないからだ。
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