440話 血の神子

「それで、どんな魔物なのですか?」


「見た目が胎児なのはご存じでしょう。

あの魔物がいた部屋が、子宮を見たててつくられているようです。

そこから赤子が生まれるように、産道をとおって地上にでます。

ところが、別の古代人でしょうな。

封印を施して、外にでられないようにしているようです。

ダンジョン内にあった不可思議な紋様と同じものが、書物にありました。

それを破って外にでることはないようです」


 ちょっと聞き捨てならない言葉がでたぞ。


「封印が破られたらでてくるのですか?」


「いえ、それは現状ないと見ています。

ラヴェンナの魔力に満ちた特殊な環境で、ようやく存在を維持しているようですね。

まだ胎児で、赤子になっていません。

赤子になって、外にでたら高確率で消滅します。

ただ……」


「副作用があるのですね」


「ええ、あの魔物が外にでたときに泣き叫ぶようです。

そうすると周囲の生物の魂は破壊されるらしい……と。

そしてその魔物は、破壊した魂の残りかすを食うとあります。

音でなく魔力の叫びらしいので、どこまで遠く届くかは不明ですがね」


 はた迷惑な……。

 俺のうんざりした顔に、アーデルヘイトは首をかしげている。


「そんな危険なものを育てて、どうするつもりだったのです?

話だけ聞くと、何のメリットもなさそうですが」


 パトリックは書物の一ページを示した。

 かなり適当な絵だが、胎児の魔物がかかれていた。

 名前は血の神子か。


「まず、受肉のために血をささげる必要があります。

手首を切って、鮮血を結集核に注ぎ込む。

そうなると眷属となるようで、その泣き声でも魂は破壊されなくなります。

この書物で、眷属は神子の舌と呼ばれています。

書物で呼び名はまばらですが、一応この名前の数が多かったので……。

ともかく神子の舌になると、姿だけは人の魔物になるようですね」


 書物を見ると、物騒な記載があった。


「食う度に小さくなるのですか。

そして最終的には、見た目上一応赤子のようになると。

ただ目は血のように赤く、体中の血管がはっきり浮き出ている。

それが子供にまで成長すると神人として、皆を導くのですか……」


 気持ち悪いな。

 明らかに異質だ。

 パトリックは皮肉な笑みを浮かべて、別の書物のページを開いた。


「血の神子を生み出すためには、まず核が必要になります。

それは流産した胎児でないといけません。

かつ、死んでから3日以内でないとダメだそうで……。

鮮度がキモらしいですなぁ。

呪文と儀式、そして血に浸して結集核に変化させるようです。

元々は流産した子供をよみがえらせる。

そんな儀式だったのが、いつの間にか化け物を生み出すように変わったようです」


 思わず、腕組みをしてしまった。

 推測とオカルトの世界だからなぁ。

 だが魔法が存在して、世界の基盤となっている。

 つまり、簡単に切り捨てられない。


「いろいろな儀式と願望が混じっているようですね。

過去に成功例はあるのでしょうか」


 パトリックは、小さく肩をすくめた。


「完璧な成功数は0です。

存在しえないものを、この世に生み出すのです。

ほぼ不可能でしょうね。

血の神子は魂を壊すと言いましたが、動物や植物……はては精霊までも滅ぼします。

周囲は死の大地に成り果てますよ。

そして魂の残滓を食えないと、血の神子は消滅するとありますね。

胎児のときは、神子の舌を使った栄養摂取で大きくなります。

赤子になると、自分で壊した魂が主食になるそうで……。

神子の舌経由だけでは足りなくなるそうです」


「破壊し続けないと生きられない。

腹が減ったと泣き叫べば、生物が死ぬと……」


「ええ。

それも人間の赤子のサイズになると、また変わるようです。

そこからの資料は断片しかないので、まだお伝えできることはありませんが……。

違う存在になるとだけは明言できます。

進化までどれだけの魂が必要かは分かりません」


 使徒以外にも、環境破壊兵器が存在するとか……物騒すぎだろ!


「封印し続ければ、害はないのですよね」


「アルフレードさまが気にされるのは、放置していて大丈夫なのかですよね」


「ええ。

大事なのはそこです」


 パトリックは頭を、ボリボリとかき始めた。

 白いものが飛び散っている。

 風呂に入ってないのか?


「今のところは問題ないとだけ言えます。

これから無理のない程度で、調査を続けていますよ。

そこで厄介なことに取り込まれた冒険者を見かけた、との報告が上がっています。

ただ結界の外にはでられないようです。

恐らく神子の舌にされたと思われますよ。

『苦しいから印を消してくれ』と訴えていたそうです」


「当面は安全ですか。

神子の舌はどうやって本体に栄養を送り込むのですか?」


「神子の舌は神子と魔力でつながっています。

そして人なら人の血を吸うそうです。

種族が異なるとダメなようですね。

吸われた人は神子の舌になりませんが、意識不明になって死ぬまで魔力を吸い続けられるそうです」


「特殊なつながりができてしまうのですね」


「ええ、厄介な魔力によるつながりです。

困ったことに、そのつながりを切断すると……その人の魂は壊されて肉体的にだけ生きている状態になります」


 吸血鬼かよ。

 よりタチが悪いな。

 本体をたたかないとダメか。


「封印からでられないのは救いですね。

ところで……神子の舌の弱点はあるのですか?」


「基本的に倒しても霧のように消えます。

そしてまた、神子の元に現れます。

弱点としては日の光はダメのようです。

一定の深さのある水は渡れないようですね」


 まんま吸血鬼だな。

 他の弱点まで同じか不明だな。

 試すにしてもリスクが大きい。

 他種族で退治すれば良いのだろうが……。


 それに装備や服はどうなのだろうな。

 そんなものまで生成するとは考えにくい。神子の舌は武装をしてないと見て問題ないな。

 裸でうろついてそうだ。

 とはいえ吸われたら終わり。

 面倒なことは変わらないか。


「神子を始末しないとダメと。

ですが、神子の舌の活動を抑えることはできそうですね。

しかし生前の姿を保っているなら……その言葉に惑わされるものがでてくる可能性がありますね」


「ええ、あとは視線が合うと魅了されてしまうようです。

結界を飛び越えては効果を及ぼせないようですが。

なので現状調査を中断し、絶対に立ち入らないように厳命しています。

幸い人手不足なので、奥地までいける人数は限られていますからね」


 そこまで面倒くさくて厄介なのに知られていないのが不思議だ。


「もっとメジャーでも良さそうですが、どうして古文書にしか記載がないのでしょうね。

意図的に情報を隠されていなければですが」


 パトリックはしばし思案顔になったが、肩をすくめた。


「冒険者ギルドが形になる頃には、存在報告がありませんでした。

それこそ、眉唾の伝承扱いですよ。

だから物好きが書き記していた程度だったのでしょう」


「なるほど。

まさかこんな形で封印されているとは誰も思わなかったわけですね。

とんでもない場所を見つけてくれたものです」


 パトリックは俺のため息を苦笑で返した。


「時間の問題だったと思いますよ。

あまりシルヴァーナを責めないでやってください。

あれは結構優秀な冒険者でしてね。

一部のギルド員たちからも評判は良いのですよ。

野生の勘を持っていると。

あとパーティーで色恋沙汰のトラブルは無縁でしたからね」


 使徒狙いだったろうしな。

 野生の勘にはつい笑ってしまう。


「ああ、シルヴァーナさんを責めていませんよ。

探すなと言ったわけではありませんからね」


 アーデルヘイトはじっと話を聞いていたが、眉をひそめた。


「あのぅ……すごく気になることがあります。

今ダンジョンの調査をしている人って亡くなった人に恩がある人が、多くいません?

姿だけでも同じ人に訴えられたら、つい封印を破ろうとしませんか?」


 言われてみればそうか。

 それは、十分考えられるなぁ……。

 パトリックは渋い顔になっている。


「それは勿論考えました。

ご婦人がおっしゃったとおりです。

傭兵にならずにここに残っている者たちは、そんな関係者が多いのです。

詳しく説明して、納得はしてもらったのですがね。

ただ、可能性はあるので入り口の監視をしています。

さすがに少人数で封印の場所まではたどり着けないので……大丈夫だと思っています」


 アーデルヘイトは少しバツの悪い顔で、下を向いた。


「経験があるから言えるのですが……その場で納得しても、何かの拍子に助けたいと思うかもしれません。

そんなときは、理屈が入る余地はないんですよ。

もうそればっかりにとらわれちゃって……」


 俺は腕組みして天井を見上げた。


「ダンジョンをぶっ壊すと封印まで壊しかねないですね。

危険な人をラヴェンナ領内から退去させても、また戻ってきそうです」


 パトリックは頭を、派手にかく。

 白いものが、より一層飛び散っている。

 天使の羽でなく、学者のフケだが……。

 アーデルヘイトは、顔をしかめている。

 内心風呂に入れと思っているだろう。

 パトリックはアーデルヘイトの表情には、全く気がついていないようだ。


「とにかくできる限り念押ししましょう。

監視役も関係がない人にやってもらうことにしましょう。

もしかしたら、警備の人を派遣してもらう可能性もありますが」


「ともかく、一度、風呂に入るなどしてリラックスしてはどうですか?

そんなときに、名案が浮かんだりするものです。

神の声は、雷鳴ではなくささやくような小さい声ですからね」


 ひらめきは力を入れているときでなく、リラックスしているとき。

 頭を空っぽのときにやってくる聞いたこともある。

 トイレや風呂に入っているときだな。

 そこで閃きが欲しければ、スマホや本を持ち込むな……と聞いたこともあった。


 俺からでた神と言う単語に、パトリックは笑いだした。


「教会に喧嘩を売ったアルフレードさまの神とは、古代の神々のことですね。

確かに一度、気分転換をしたほうが良さそうです」


 別の頭の痛い問題が発覚する。

 これも、あまり先送りする問題ではなさそうだなぁ。

 どうしたものだか……。

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