438話 閑話 ゼウクシスの憂鬱

 ゼウクシス・ガヴラスはクリスティアス・リカイオス卿に報告をすべく、馬上の人になっていた。

 クリスティアスの屋敷までは数日の距離。

 馬車に乗るより騎乗を好んでいる。


 ゼウクシスは馬上でため息をついて、憂鬱な表情をしている。

 フォブス・ペルサキスは思い立ったら即行動の人だ。d

 自ら乗り込んで、アルフレードに会いに行きかねない。

 会ってみたい、それだけの理由でだ。

 正直なところそれは賛成できないので、強く釘を刺した。

 どこまで有効か分からないが……。

 会って喧嘩を売ることはない。

 だが下手に意気投合すると、クリスティアスから疑念を抱かれる。


 そうなると問題だ。

 だが自分の立場への注意は疎い。

 いや、気にもしていないのが正しい。

 空を駆ける英雄は、地面を気にしないもの。

 だからこそ自分が、足元を守らなければならない。


 アルフレードは信頼に値する。

 不思議と確信はあるのだ。

 だが個人的な友情より、公の利益を優先する確信もある。

 使徒襲撃の際に、領民を守って自分を犠牲にしたのだ。

 

 親しい人が狙われたのなら、自分でも迷わずできる。

 だが領民といった、曖昧な関係だったら?

 とても自分にできるとは思えない。


 クリスティアスは利益で味方を増やす。

 利でなびかない相手にはフォブスを使い、武力で打倒。

 順調勢力を伸ばしている。

 この理論で対応できる相手なのか。

 答えは出ないままだった。


                  ◆◇◆◇◆


 数日後に、クリスティアスの屋敷に到着した。

 そのまま謁見の手続きを済ませ、許可が下りるのを控室で待つ。

 すぐに許可が下りたので謁見の間に出向く。


 謁見の間はいつ見ても豪華だ。

 シケリア王国の王宮にも匹敵する。

 王位を簒奪するのでは……との噂があるが、クリスティアスは心底からの国王派。

 ゼウクシスはクリスティアスが簒奪などしないと思っていた。

 

 謁見の間ではクリスティアスが、いつものように椅子に座っている。

 物静かなたたずまいだが、衣装などは豪華で見事に着こなしている。

 黒髪で黒い瞳。

 あの黒は暗黒からにじみ出たものだろうとまで噂されている。

 何より……鋭すぎる眼光が多くの人を困惑させているだろう。

 

 ゼウクシスはひざまずき、クリスティアスの言葉を待つ。


「ガヴラス卿、ラヴェンナへの使いご苦労であった。

事前に報告は受けている。

先方は特に付帯条件はつけなかったのだな」


「はっ。

最初の条件だけで即断しました」


 クリスティアスは唇の端を少しゆがめて笑った。


「世の中は常識的な提案をすると、弱腰と勘違いしてつけあがる者が多い。

ラヴェンナ卿は殊勝のようだな。

今後条件をつり上げる可能性はあると見ているのか?」


「いえ、それはないと思われます」


「その根拠は?」


「目先の危うい利益で、判断を誤るようには見えませんでした」


「なるほどな。

大貴族の子弟であれば、おおよそ自分の力と家の力を混同しがちだが……。

大変結構だな。

ところで、もう一つの見立てはどうかね?」


 つまり服従させることができるか。

 その偵察任務も請け負っていた。


「難しいと愚考致します」


 クリスティアスは詰まらなそうに鼻を鳴らした。


「卿からそのような言葉を聞くのは初めてだな。

それもあくまで今のところは……だな」


「御意にございます」


「古代シケリア王国は文明の中心地であった。

昔は周辺も皆シケリア王国に憧れたものよ。

ランゴバルド王国など辺境の蛮族だった。

ヤツらの惨状を見ると、到底王家として成り立ってはおらぬ。

動乱の時代になって、先祖返りをしたようだな。

血は争えない……とよく言ったものだ。

そんな脆弱な王権など邪魔なだけよ。

正しく力強い王権が確立してこそ、民も平穏に暮らせよう。

それならば国が三つに分かれる道理もない。

そうではないかな?」


 ランゴバルド王家の荒れ模様は、確かにひどいものだ。

 だからといってシケリア王家が、残り2国を併合できるだけの力があるのかは別問題。

 だが……ここは異論を述べる場ではない。


「仰せの通りです」


「とはいえ、まだここの内乱も治まっておらぬ。

まずはそこを片付けてしまうか。

足元が不安定なときに、足を引っ張られても困るからな。

内乱の平定は通過点に過ぎぬ。

ご苦労だった。

下がってよろしい」


                  ◆◇◆◇◆


 クリスティアスの元を辞したゼウクシスは、自然と主君であるクリスティアスとアルフレードを比較していた。

 と言ってもアルフレードは実態がつかめない。

 比較などしようがない。

 根拠のない直感で言えば、比較にならない。

 アルフレードのほうが上だろう。


 クリスティアス自身が謀略にたけているだけでなく、側近にも謀略にたけたものを多く登用している。


 その謀略はえげつないの一言だ。

 政略結婚を利用して、相手を取り込むか家を乗っ取る。

 親戚縁者の娘を政略結婚のカードとして使う。

 カードが足りないときは、配下の娘を養女にするなど常のことだ。

 邪魔ならば、当主を暗殺もしている。


 だがアルフレードに通用するのか……。

 しないだろうな。


 町の空気一つ見ても、ラヴェンナは自由闊達で活気に満ちている。

 計略を仕掛けられる土壌がないのだ。

 アルフレードの実績を詳しく調べる必要があると思っている

 多民族が集まる土地は、本来なら不安定で容易に騒乱が起こる。

 その気配が全くない。


 側近の頭脳集団も、数はいるが協力しあっていない。

 熾烈な出世争いをしており、全てがライバル。

 それ故に、能力は高いのだが……。

 今は足の引っ張り合いはしていないから、競争がプラスに働いている。

 直感的にそれがマイナスに転換するのではないか。

 そんな危うさも感じている。

 

 できるなら、クリスティアスには自重してもらいたいものだ。

 老練で堅実なベルナルド・ガリンドが加わって重用されている。

 それだけで、簡単に勝てる相手でない。


 戦うにしても、アルフレード単体ではない。

 バックの本家であるスカラ家は正統派の大貴族だ。

 その力は強大で簡単に倒せる代物ではない。

 古き良き貴族の責務に忠実な珍しい家。

 それ故に、乱世では強い。

 シケリア王国で戦っている貴族たちとは、役者が違うのだ。

 町のチンピラと歴戦の戦士ほどの差はある。

 

 それはクリスティアスも知っている。

 だが知っていることと、それを役立てることは全く別の話だ。


 クリスティアスは冷徹だが、今のところ勝利の美酒を飲み続けている。

 酒は気分を高揚させるが、飲み過ぎては判断を誤る。

 ゼウクシスから深いため息が漏れる。

 

 アルフレードと面会してから、ため息の数が急増したことに気がついた。

 頭を軽く振って、ため息を追い払う。


 そこにある考えが、頭をよぎった。

 アルフレードとフォブスが手を結んだら、統一王朝も可能な気がする。

 少なくともクリスティアスは実現可能だと思う。

 やはり自分はフォブスの配下であって、クリスティアスの配下ではない。

 苦笑交じりのため息が漏れてしまった。

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