第12章 流血のタップダンス

435話 この世はままならない

 次に届けられた報告は、予想内で何の感慨もわかなかった。

 王都が戦場になって、戦火が王宮に及ばないことは有り得ない。

 

 キアラは報告を届けたが、さすがに難しい顔をしている。


「王宮が炎上したそうですわね。

両陣営が大急ぎで鎮火したそうですが……」


 俺は口元をゆがめて笑った。


「消火の次は、財宝の略奪ですからね。

お互い軍資金は欲しいところでしょう

つまり略奪する財宝を守るために消火をしたわけです。

実に欲望に忠実で結構なことです」


 ミルは俺の言葉に、肩をすくめた。


「私たちにはどうしようもないわね。

あの人たちは何がしたいの?

アルの隣にずっといたから見えることだけど……。

その後のことを考えていないのかしら」


「何も考えていませんよ。

彼らを支配しているのは、欲と恐怖と憎悪と不信感です。

感情が主になって、言葉でそれを飾っているに過ぎません。

上っ面だけを見れば、考えがあるように見えるだけです。

しょせん……王権は秩序を保つための標識でしかないのですがね。

標識を握った瞬間にそれを自分たちが壊したと気がつくでしょう」


 一つの目標のために争った結果、その目標が壊れてしまう。

 応仁の乱でもあった話だな。


「アルは戦後の秩序として、王家が役に立つと思っていたんでしょ。

予定が変わらない?」


「今のところはまだ……。

この国だけで話がつくなら、新秩序をつくる方が早いでしょう。

下手に破壊すると、他国の介入を招くでしょうね。

王家が打倒されると、他国の王は不安になりますから。

そこにだれかがささやくだけで、簡単に武力行使に至りますよ」


 キアラがため息交じりに外を見た。


「ここだけは別世界ですわね。

でも……避難してきたフロケ商会関係者の様子を見ると、外の様子は分かりますもの。

町もよその惨状の噂で持ちきりですわ」


「外の情報をまとめて、市民に公開する話はちゃんと進んでいますか?」


「ええ。

情報をまとめて官報とセットで、各地に張り出してありますわ」


 補佐官に指示を出し終わったオフェリーが不思議そうな顔をした。


「ラヴェンナは不思議なところですね。

普通の領地では、民衆に情報なんて知らせることはないのですけど。

むしろ知らせたいことだけを公布していますよね」


「人の口に戸は立てられません。

そのまま放置すると信じたがる噂だけが、一人歩きしますからね。

それなら教えた方が早いでしょう。

内部からの攪乱もやりにくいでしょう」


「逆のような気もしますが」


「ずっと情報公開は続けています。

つまりラヴェンナ市民は、情報にたいしての目が肥えているのですよ。

その情報を元に酒場で議論もしているでしょう。

まだ少ない娯楽の一つでもありますからね。

加えて学校の授業でも、それを元に議論することを授業に組み込んでいます。

それだけ個々の考えが根付いている環境での扇動は難しいですよ。

よほど巧妙にやらないかぎりね。

それも耳目の諜報網をかいくぐっては、ほぼ不可能です」


 オフェリーは、少し考えてうなずいた。


「他の領主が、頭を痛める内部からの蜂起は考えにくいですね」


「つまり、市民が満足できる統治をできていれば悩むことも減るのです。

健康な人が病気に掛かりにくいようにね。

逆に病弱になってから、健康になろうとあがいても大変だと言うことです。

ただ……これから保護を求めてくる商人をどこまで受け入れるか。

それが悩みの種ですね。

フロケ商会関係者で800人程度いましたからね」


 ミルが書類を見ながら、難しい顔になる。


「さすがに大量に来られたらさばききれないわね。

どうするの?」


「そのときは、本家に引き取ってもらいますよ。

断られる心配はありませんからね。

あとは使徒貨幣の問題を、どうクリアするか……」


「そうね、人が来るってことはそれが流れてくることだしね」


 悩みが尽きないな。


「少し気分転換に、外に出てきますよ」


 オフェリーが黙って、俺の手を握る。


「今日は私がお供します」


 ミルとキアラは、顔を見合わせて肩をすくめた。


「仕方ないわね。

私たちは今手が離せないからね」


「一つ貸しですわよ」



 オフェリーを連れてふらりと外に出た。

 オフェリーは黙って付いてくる。


 俺は、広場にいるラヴェンナ像にたどり着いた。

 オフェリーはラヴェンナ像を、興味深そうに見ている。


「不思議な像ですね。

何かの力を感じますよ」


 さすがに敏感だな。


「そうですね。

守護神ですから」


「アルフレードさまも神頼みをするときがあるのですか?」


「いえ、統治者が神頼みはダメでしょう。

神の領域の話なら頼みたくもなりますけどね」


 オフェリーはマジマジと像を見ている。


「ミルヴァさまとキアラさまを、モデルにしたんですよね」


「ええ、ぱっと思いつくのがそれでしたからね」


 オフェリーが盛大に、ため息をついた。


「そのときに私がいなかったことが恨めしいです」


「オフェリーは皆の守護神になりたかったのですか?」


 オフェリーは静かに、首を振った。


「いいえ。

気分転換にアルフレードさまに訪ねてきてもらえるのが……うらやましいだけです」


 ちょっと、コメントに困るな。


「と言ってもオフェリー本人ではありませんよ。

あくまで女神ラヴェンナですから」


「それはそうですけど……。

自分でもよく分かりません。

ただそう思いました。

せめてこの女神さまにご利益があれば良いのですけどね。

アルフレードさまが困っているんだから……助けてくれても良いでしょう」


 あるんだよ。

 言えないけどさ。


「オフェリー、気持ちはうれしいですけどね。

神は人の万能召し使いじゃありませんよ。

神は神の論理でうごくものですよ……多分ね」


 オフェリーは首をかしげていたが、返事をする代わりに俺の手を強く握った。

 俺の解釈に異を唱えたいのか賛同したのか、はてまたは返事に困ったのかは謎だが。



 そこに、伝令が走り寄ってきた。

 緊急の知らせか?


「何か報告があるのですね?」


 伝令は息を整えて、ビシっと背筋を伸ばした。


「ご報告します。

シケリア王国のリカイオス卿からの使いが、ご主君に面会を求めています」


 王国のゴタゴタの最中に他国かよ。

 しかも俺に直接ってのがなぁ。

 本当に、この世はままならないものだ。

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