436話 形式の位置づけ

 面会を求めてきたのは、クリスティアス・リカイオス卿の部下の副官。

 有名なフォブス・ペルサキス卿の副官。

 その地位に留まらず、個人的にも親友でもあるようだ。

 ゼウクシス・ガヴラスと名乗っていた。


 本人かどうか危ぶむ声も出ていた。

 確かめようにも、ベルナルドたちを避難所に派遣しており、不在。

 俺自身としては、本人かどうか確認しても大した意味はないと思っている。

 正式な外交使節でもなく、位置づけは微妙なところ。

 あの国にコネのある、マガリ性悪婆に同席を依頼する。

 マガリ性悪婆は面倒くさそうに俺のあとをついてくる。


「老人使いの荒い坊やだねぇ。

将来ロクな大人にならないよ。

ああ……もう手遅れだったねぇ」


 ひどい評価だがスルーしよう。


「シケリア王国の知識とコネのある人は、プランケット殿しかいませんので。

使える人は老若男女問わず使いますよ」


 応接室に入ると、長身の男性が起立して一礼した。

 ダークブロンドに緑の瞳。

 これはイケメン。

 嫌みのない好青年といった感じ。

 年齢は20前半か。

 騎士のはずだが、どこか柔和な雰囲気を漂わせている。

 背後には屈強の騎士が数人護衛として控えている。


「突然の来訪にも関わらず、お目通りをお許しいただき感謝致します」


 俺はゼウクシスと名乗った男にうなずく。


「リカイオス卿からの使いであれば会わない訳にはいきません。

どうぞお座りください」


 ゼウクシスは落ち着いた様子だが、俺とマガリ性悪婆の取り合わせに、少し意外さを感じているようだ。

 

 お茶をだしてお互い一息ついたところで、俺から切り出すことにする。


「ガヴラス卿。

ラヴェンナにお越しになったのは、リカイオス卿が私に何かを望まれているのでしょう。

お伺いしますよ」


 ゼウクシスは落ち着いた様子でほほ笑んだ。

 いろいろと絵になるタイプか。

 確かフォブス・ペルサキスもかなりのイケメンらしい。

 転生前だったら一部にカルト的な薄い本がはやりそうだな。

 町を歩かせたら黄色い悲鳴がすごそうだ。


「はい。我が主のお考えをお伝え致します。

現在は戦乱で多くの物流が壊滅状態なのはご存じでしょう。

その結果、民の生活にまで悪影響が及んでいます。

安全な土地で食糧を生産しても、届かなければ意味がありません」


 言いたいことは見えてきた。

 俺は黙って次の言葉を待つ。


「陸上輸送は調整が必要な領主が多すぎて、時間がかかります。

せめて海上輸送だけでも、早急に安全を確保したい。

そこでお互いの領海を通過、および港を使用する商船を互いに保護する協定を結びたい。

それが我が主君の申し出です」


 領海ときたか。

 明確な概念をもっている国はないと思ったが……。

 こいつはますます油断ならない相手だなぁ。

 ゼウクシスを見たが、実に落ち着き払っている。

 俺は茶に口をつけてから、ゼウクシスに視線を戻した。


「海であれば、利害関係の調整は少なく済みます。

多くの領主は港までしか見ていませんからね。

ですが私は分家の人間です。

ランゴバルド王国の正式な家臣ではありませんよ。

王国と本家を飛び越えてなぜ私に?」


「現時点で海を積極的に利用する意図があるのは、我が主とラヴェンナ卿……加えて海賊のみです。

そして航海の安全を守る力があるのも同じ。

形式は王家を経由して、スカラ家本家に話が伝わってから……が正しい在り方です。

平和な時代であれば、形式は大切です。

今はそうではありません。

今の形式では民を守れない。

形式が大切になる日まで倉庫にしまっておく。

それが主のお考えです。

それ故に、非礼を承知で提案させていただきました」


 つまり、形式は過去のものにして新たにつくる意思表示か。

 実に率直で壮大だなぁ。

 俺はそこまで風呂敷を広げる力はない。


「貴国は海賊の被害は多いのですか?」


「お恥ずかしながら。

それでも護衛船が同行していれば、手をだされません。

いずれ当家としても大掃除を考えています。

ですが今しばしかかりそうです」


 話自体は悪くない。

 俺はマガリ性悪婆に視線を向ける。

 マガリ性悪婆は小さく肩をすくめた。


「アタシはこの坊やの顧問みたいなものでね。

老人が相談役なんてどこでもあるだろ。

ところがさ……敬老精神がかけらもない領主でさ。

ひどく酷使されているさね。

生かさず殺さずってヤツさ」


 ゼウクシスはあっけにとられた顔をしている。

 話がどこに飛ぶか予想できないのだろう。

 マガリ性悪婆は意味深な笑みを浮かべた。


「か弱い老婦人の気の毒な身の上話はさておき……だ。

シケリアは海岸線が複雑で、海賊にとってはパラダイスだよ。

逃げる場所には事欠かない。

さらに座礁ポイントがどこにあるかも分からない。

大船団を組織しても掃除は難しいよ。

アテはあるのかい?」


 マガリ性悪婆の疑問に、ゼウクシスは小さく苦笑した。


「その時には、なんとかします。

詳しい方法はお伝えできません。

ラヴェンナ側が助力していただけるなら話は変わってきますが」


 俺はマガリ性悪婆にうなずく。

 連携して相手の様子を探っただけだからな。

 だいたい欲しい成果は得られた。


「いえ、詳しくおっしゃらなくても結構ですよ。

それより保護と言うと、領海内の商船の安全を保証することになると思います。

貴国のほうが、負担は大きくなるのではありませんか?」


 ゼウクシスは俺の疑問に興味深そうな顔になった。


「われわれの負担を心配していただけるのは有り難いです。

普通は得になるなら黙っているものだと思いますが」


「一方があからさまに得する協定など、ロクな結果が待っていません。

よほど力の差があれば、話は違いますけどね。

ラヴェンナがリカイオス卿を圧倒する力をもってなどいません。

損をして得をとるのだとしたら、気になりますよ。

教えてもらえませんかね」


 俺の実に軽い調子に、マガリ性悪婆は笑いを堪えている。

 ゼウクシスは一瞬あっけにとられた顔になったが、生真面目な表情に戻った。


「そこまで深い理由はありません。

私が直接仕えているペルサキスは戦場では負け無しですが、経済や食の安定という戦いでは四苦八苦しているのです。

ご存じでしょうがシケリアは山が多く耕作地も少ないのです。

海産物は豊富ですし牧畜などは盛んです。

ですが、それだけでは足りないのです。

そこで農業の発展しているラヴェンナと安定した交易をしたい。

これが目的です」


 ラヴェンナの漁業は、まだそこまで強くない。

 対岸の島に基地をつくったので、範囲が広がり始めたといったところだ。

 牧畜はそれなりだが、基本農業主体でやっている。

 

「おっしゃる通りですね。

食のバリエーションが少ないと、民は不満をもちますからね」


 肉肉騒動を思い出して俺は一瞬遠い目になる。

 ゼウクシスはまた困惑顔になったが、少し身を乗り出した。


「いかがでしょうか。

ラヴェンナにとっては負担も少なく、利もあると思われます。

それに商人の保護を始めていると伺いました。

ラヴェンナだけで全ての商人を保護しきれないでしょう」


 そこも、大きな狙いか。

 自分たちも商人を保護して利益を上げる。

 確かに無理に本家に振り分けるよりは良いか。


「分かりました、お受けしますよ」


 ゼウクシスはまた拍子抜けした顔になった。


「よろしいのですか?」


「ええ。

正式な調印のために、事務方で詳細をつめて早期の調印を目指しましょう」



 そのあと以後の調整の日程だけを決めて、事務方に引き継ぐことになる。

 ゼウクシスは首をかしげながら帰って行った。

 ゼウクシス一行を見送ったマガリ性悪婆は笑いだした。


「あのハンサム坊や、調子が狂いっぱなしだったようだね。

もったいつけると思っていたのだろう。

もう少しゴネれば、相手からもっと良い条件を引き出せたかもしれないよ?」


「欲張っても、ロクなことがありません。

今回は相手側の警護の負担が大きいです。

それだけでよしとしましょう」


 マガリ性悪婆は俺を白い目で見ている。


「今度は何を仕掛けたんだい?」


 毎回俺が何かを仕掛けると思っているのか。

 相手が分からない時点で、それは危険なだけだよ。


「まだ何も。

お互い今回は様子見ですよ。

ですから、今回私のカードは伏せておきました。

相手が正攻法できてる以上、こちらも正攻法でやるしかありませんからね。

策に酔って自滅する趣味はありませんよ」


「つまり、時期が来たら仕掛けるのかね?」


 俺はマガリ性悪婆に肩をすくめてみせる。


「将来のことは分からないのです、その時になったらですよ。

すぐ攻めてくる気はないのは大助かりです」


「そりゃ馬鹿でもないかぎり、いきなり外に手をださないだろうよ。

ランゴバルド王国は、放置すれば勝手に弱体化するとふんでいるだろうさ。

しかし坊やはよくよく面倒な相手に、目をつけられるねぇ。

見ていて飽きないよ」


 お前も巻き添いにしてやろうか?

 いや、巻き込むけどな。

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