433話 異世界もの定番のアレ
オフェリーは少し思案顔になって、俺に探るような顔をした。
「以前、マヨネーズのレシピが送られてきましたよね。
アルさまは即座に保留して使わなかったですよね。
それとは違う理由ですか?
単にあの人から力を借りたくないと思っていましたけど……」
異世界もの定番のアレね。
そんな都合よくはいかないって。
俺もマヨネーズでウハウハして資金の問題を解決したいよ。
それで外部から食糧を買い込んでパラダイス。
世の中それだけ単純なら良かったなぁ。
「個人ならそんな好き嫌いで判断しますよ。
でも大勢の生活がかかるなら、私の好悪なんて問題にもならないのです」
オフェリーは深いため息をついた。
「使徒にどう接するかだけの教育ばかり受けてきたせいで、アルさまのことはちゃんと把握できていません……。
自分が悲しくなります。
まだ愛が足りないようです」
俺はオフェリーの頭を優しくなでてやる。
ゆがんだ教育のせいで、まだ子供じみた部分もあるからな。
「大げさですね。
ゆっくり自分の考えを持てば良いのです。
焦ることはありませんよ」
オフェリーはうれしそうにほほ笑んだ。
「はい。
もう少しだけアルさまに甘えさせてもらいます。
それで保留にした理由は何ですか?」
「第一の理由は、完成させるための手間がかかりすぎて高級品であることです。
魔法で攪拌させても、その労力は結構なものです。
混ぜて完全に乳化させるのは大変ですよ。
そこに労力をつぎ込む余裕がありません。
最大の理由は、食糧を調味料にすることです。
もともと食糧不足になることは予測されていましたからね。
平和な時期なら、問題ありませんでしたが……」
「食糧を調味料ですか。
卵のことですね」
「ええ、つまり一食にかかる必要材料が増えます。
単純で乱暴な計算をしますが、卵1個で3食分のマヨネーズができたとします。
それぞれ3食で使うとしましょう。
ラヴェンナの人口はほぼ3万5000です。
今までは1日1人3個卵を食べるとしましょう。
10万5000個の卵で足りていたものが、さらに増えて1日14万個です。
もちろん、高級品だからそこまで増えません。
でも卵を使わない日も、卵は必要になります。
統治する側として最悪の計算だけはしておくべきなのです」
オフェリーは少し渋い顔になった。
「鶏を簡単に増やす訳にはいきませんね。
鶏の餌も飼育場も必要になります。
どう波及するか分からないですね」
「調味料は単独で、食糧にならないものに限るべきだと思いますよ。
平和になって余裕ができきるまでは……ですね。
今は本家への支援に加えて、職人と家族が入ってきます。
ケチだと言われようが、余分な消費は認められないのです」
「すごく納得しました。
そこまで考えると、大変だとは思いますけどね」
「捨てるような部分も食材にならないか、考えてほしい気分です。
食糧が不足したら、一気に社会は崩壊します。
そうなってから苦労する位なら、防止するために駆けずり回るのがずっと楽ですよ」
平和になったら解禁するつもりだ。
だから保留にしてあるだけだよ。
そう内心で苦笑していると、オフェリーは突然ガバっと起き上がった。
「あの人関係の話題で、雰囲気が台無しです。
そして私の心が汚れてしまいました。
口直しを要求します。
ええ、それはたっぷりと」
いや、その話題を持ち出したのオフェリーだろう。
頭をかく暇もなくオフェリーにものすごく情熱的なキスをされて、そのままベッドに押し倒される。
オフェリーはキス魔なんだよな……。
今夜も、寝不足だなこれは。
約2週間後、イザボーが駆けずり回って職人や、商会の人を連れてきた。
こちらも海軍を護衛に出しているので、道中は無事だったようだ。
1回で済まないのは知っている。
後4-5回は必要だろう。
仮組みだが、特区もできておりおいおい整備していけば良い。
受け入れの実務は、市に任せている。
俺は成り行きを見守るだけだ。
そんな中、イザボーが内密に面会を求めてきた。
となると、応接室はダメだな。
表向きは苦労をねぎらう形で、いつも使っている喫茶店で話を聞くことにする。
俺がフラっとイザボーを訪ねて、喫茶店に向かう形。
面倒な情報がからみそうなので、キアラを伴う。
執務室をでるときに、ミルとオフェリーは何か言いたそうな顔をしていた。
それを見てキアラはフンスと胸を張った。
「役得ですわ」
頼むからあおるのは止めてくれ。
2人がぐぬぬ……って顔してるよ。
喫茶店のいつもの部屋に入って、イザボーと向き合う。
疲れてはいるようだが、目の下のくまは消えている。
「お会いする度にお礼を申し上げては、アルフレードさまがご不快になると思います。
早速本題に入ります。
王都で武力衝突が始まったのはご存じでしょうか」
「いえ、郊外の補給線遮断合戦に移行したとは聞いた程度です。
状況が変わったのですか?」
「傭兵の間で条約があったようですが、それが破られたらしいです。
それで王都のスラムの人たちを、各傭兵団が勧誘し始めました」
そこまでは予想通りだな。
俺は、あえて知らんぷりをする。
「傭兵同士の約束なんて、何の役にも立たないでしょう。
それで?」
「ある傭兵団が、団員募集をしているときに、別の傭兵団から妨害を受けて死者がでました。
スラムあがりの隊員が手を出したらしいのです。
スラムにはたくさんコミュニティーがあって、基本的に仲は険悪です。
スラム時代に敵対していた団員が直接の下手人との話でした。
相手が武器を持つと、自分たちのコミュニティーが襲われるのではないかと思ったようです」
「そうなると、傭兵団同士の抗争に発展しますね」
「はい、さらに悪いことに雇い主は敵対同士です。
もう後には引けません。
スラムを戦場に、衝突が拡大しています」
それは想定内だな。
それを内密とは考えられない。
「それで、内密に私に伝えたいこととは?」
「はい、衝突が始まると噂が流れ始めました。
ヴィットーレ殿下周辺からでたと思われますが……。
王都の商会員が、商人同士の噂として小耳に挟みました。
ラッザロ殿下の出自に関する怪しい噂です。
すり替えた子なのではないかと」
それは初耳だな。
確かにこの話は人前で話すと扱いが困るな。
だが王族の出産は、厳密に管理されるはずだ。
「ちょっと眉唾ですね。
母親が不義を働いていたほうが、よっぽど信ぴょう性がありますよ」
イザボーは、同意のうなずきをして苦笑した。
「そのすり替えは、本妻と側室の子の間です。
生まれたのが同日だとはご存じですか?」
初耳だな。
正直王族に、興味になかったからな。
知っているのは、名前と区別だけだよ。
「そうなのですか?」
「はい、それは確かです。
先王は正妻と側室の待遇を全く同じにしていました。
生まれてくる赤子への対応も全く同じ。
さすがに、出産は別室ですが隣室でした」
先王は何をやっているのだ。
馬鹿か?
「明確に分けないのが不思議ですよ。
側室によほど愛情を注いでいたのですか?」
「はい、それは確かです。
それで同じ部屋に赤子を寝かせて、先王が御覧になったそうです。
そのときに、不思議なことに周囲を下がらせました。
子供をじっくり見たい……とおっしゃったそうです。
部屋は王と赤子だけになりました」
何だよ……その三流ミステリーは。
頭が痛くなってきた。
「それだけでは根拠が弱いでしょう」
「以後、側室と庶兄は王宮から離されて別の屋敷に移りました。
ですが、王は度々その屋敷に通っています。
側室には愛情深く接したそうですが、庶兄には素っ気なかったようです。
嫡子と庶子の扱いは、別だとのことでしたが」
「王宮では逆だったと」
「はい、その通りです」
状況証拠ってヤツだな。
本当なら先王が主犯かよ。
「なぜ今頃、そんな話題が?」
イザボーは薄い笑いを浮かべた。
「昔から存在した疑惑だそうです。
ですが問いただそうが、噂を流そうが誰の得にもなりません。
口にした方の立場が悪くなりますからね。
支出と収入が見合いません」
ベタベタだが話の筋は通る。
「今になって再燃した理由とは?」
「最近、先王の側室が亡くなりました。
もともとヴィットーレ殿下が、争いに参加することには反対したそうです。
周囲は不思議に思っていたそうで……。
そのお方が亡くなる前に、うわ言を漏らしました。
そこですり替えの話がでてきたのです」
その話を黙って聞いていたキアラが、冷たい笑いを浮かべた。
「最後にしくじったのですか。
間抜けですわね」
「キアラどうしたのですか?
らしくありませんよ」
キアラは誰彼構わず、冷たい態度や敵視をしないはずだが。
理由があるのだろう。
キアラが、フンといった感じで外を見た。
「お兄さまは忘れているのですか。
ご自身のことは、相変わらず無頓着な方ですわ。
小さい頃に父上に連れられて、挨拶に向かったのを覚えていませんの」
どうでも良い情報だったから忘れていたよ……。
「訪ねたことは……ありましたねぇ」
キアラはため息をついて、ジト目で俺を見た。
「そのときに、あの人はお兄さまを侮辱したのですわ。
『そんなひ弱で、王家の助けになれるのですか?』ですわよ。
一字一句覚えていますとも!
ですからあの人は私の敵です」
正直覚えていない……。
「そんなことありましたっけねぇ」
キアラは俺をキッとにらんだ。
「あ・り・ま・し・た・の!!!」
イザボーはあっけにとられている。
俺は小さく肩をすくめた。
「キアラが代わりに怒ってくれたから、もう良いですよ。
もともと私の視野に入る人ではありませんからね。
正直どうでも良いのですよ」
キアラは小さくため息をついた。
「その達観ぶりは、お兄さまらしいですわ……」
しかし面倒な計算要素を、次から次へと持ち出してくれるよ。
あの王族はロクなのがいないな。
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