395話 数値にすると実感する

 バルダッサーレ兄さんが鞄から紙を取り出した。


「あと、アルフレードに頼まれていた情報も持ってきたぞ。

断っておくが、ウチの領地に限った平均値だからな。

4000平方メートル単位の野生かいばの量は、1日80頭分の馬を養える。

これも自給している農地に関しての平均だが…2・6平方キロあたりの人口密度は20人だ。

その土地から収穫できる小麦の量は5トン。

役人が首をひねり続けていたが、強引に計算させたぞ。

私には教えてくれるんだろ?」


 ミルも目が点になっている。

 いきなり、数値を出されて、俺の意図が読めなかったようだ。

 ベースとなる数値は転生前の記憶。

 だがヤードやマイル単位の数値だからな。

 使徒がヤードやポンドなんて言葉を使ったか怪しい。

 仕方なくメートル法に変換して依頼した。


 転生前とこっちでの、生産量の違いを知りたかったのだ。

 ラヴェンナは農業技術が進んでいるから、量が多くて当てにならない。


 転生前の約1.6倍の量か…。

 どおりで農業も発展しないわけだ。

 動物の成長も早い分、穀物の収穫量もでかいな。

 動物の繁殖はもっと早いが、植物よりは敵が多くて数の減りも早いから、バランスが成り立っているようだな。


「戦争になったとき、真っ先に足りなくなるのはかいばです。

馬の数と野生かいばの量が計算できれば、計画が立てられます。

また、これからの戦争は、人数が増えるでしょう。

常に食糧が輸送できるわけでもありませんからね。

これも計算の指針ですよ」

 

 バルダッサーレ兄さんが難しい顔をした。


「それでアルフレードが聞いてこなかった兵糧の消費量はどうなんだ?」


「これはラヴェンナで確認できますからね。

人間なら1日で1人あたりパンを1キロ程度ですね。

パンの製造比率を元に5000人の兵隊を、10日養うのに必要な小麦量は…」


 暗算は苦手なので、紙で計算を始める。

 1キロのパンを作るのに、0・68キロの小麦が必要として…。

 0.68×5000×10=34000


「34トンの小麦が必要ですね」


 ミルが頭を振った。


「すごい量が必要なのね」


 バルダッサーレ兄さんも苦笑している。


「改めて数値で、必要量を出されると引くな…」


 だから戦争は、金がかかるんだよ。


「ですが、この計算を無視して、兵士を集めても無意味です。

それこそ兵士だって生きるために、略奪に走ってその地域が疲弊します。

いったん疲弊すると、回復にはもっと時間がかかるでしょう」


 バルダッサーレ兄さんが俺を、興味深そうに見ている。


「その計算のためだけとは思えないな。

お前…まだ何かたくらんでいるだろう?」


 たくらむとか、ひどい言い方だ。


「相手がそんな計算をしないばあい…。

むしろそれが普通でしょう」


「そうだな、そんな計算をするヤツはいない」


 ウチの将校は、それができないと昇進できないけどね。


「そうなると、敵の行軍は戦略目標でなく胃袋の命じるままになります。

止まることもできません。

足を止めた瞬間飢え始めます。

つまり…」


「相手の動きが読めると。

さらに軍全体で固まっていては、瞬く間に食糧を食い尽くすからな。

主戦場までは部隊を分散して行軍させないとダメだな。

実に素晴らしい視点だ」


 ナポレオンにならっただけだよ。

 トータルでは少数でも、分散した相手よりは多数。

 大勢で少数をたたく。

 戦術の基本だ。

 それを積み重ねて、勝利をもぎ取る。


「そして…こちらは維持不可能な大軍を招集しなくても、良いと言うことです。

もしくは短期決戦に持ち込みやすくなるでしょう。

最悪の手段ですが、食糧などを持ち去って、敵を飢えさせてたたくこともできます」


 バルダッサーレ兄さんが肩をすくめた。


「やれやれ、とんでもないことを言い出すが…。

理にかなっているのが悪質だよ。

私たちも予測しているが…将来確実に戦争は大規模化する。

騎士だけでは絶対に数が足りない。

誰かが兵士をかき集め出すと、皆も合わせてかき集める。

空前の兵士需要が生まれるな。

だが…その需要を満たすだけの兵士がいるかは謎だ」


 赤の女王仮説だな。

 競争はどんどんエスカレートしていく。


「それは何とでもなりますよ。

冒険者から、傭兵に転向するヤツは大量に出てくるでしょう。

アウトローの受け皿の一つですからね。

そしてもう一つの受け皿である、野盗なんかも使えるわけです。

田畑を荒らされた農民だって転職するでしょう。

穀物や金で払えなくなって、血で払うしか手がありませんからね。

奴隷に自由を与えると約束して、兵士にしても良いのです」


「そんなことしたら、自分の領地だって荒れ放題になるぞ。

法律だって守るほうが馬鹿馬鹿しくなる。

悪循環だろう…。

いや、そんなこと言って滅ぼされたら、身もふたもないな。

こいつはアミルカレ兄さんと真剣に相談しないとダメだ」


「もう一つ、この計算は統治上にも役立ちます。

この数値より下回るなら疲弊している証左ですからね。

気がつくのも早くなって、手遅れになる前に手が打てるでしょう」


 バルダッサーレ兄さんがため息をついた。


「正直…本家もお前が継げば良いと思うよ…」


 俺は笑って、肩をすくめた。


「ダメですよ。

私は短気なんです。

言うことを聞きたがらない役人の相手なんてできません。

できあがった組織の運営に必要な能力は、忍耐力が多くを占めますよ。

なので私が本家の統治をしたら、確実に失敗します」


 バルダッサーレ兄さんは俺の言葉に苦笑した。


「確かに、お前は一見辛抱強そうに見えるけど、結構短気だな。

ダメだと思ったヤツの相手は絶対しないからな。

しかも一度こうと決めたら頑固だから、なかなか変えない。

だからミルヴァさんを困らせ続けているわけだ」


 突然話を振られて、ミルがビクっとした。


「あ…いいえ。

別に困りは…確かにしてますね」


 おい…否定しろよ。

 ミルは俺にほほ笑みかける。


「でも、心配させてくれるのも良いかなと思ってますよ。

ただ首を縦に振って…ついていくだけだと寂しいので」


 バルダッサーレ兄さんが顔に、手を当てる。


「これだよ…。

アルフレードめ…もげろ、爆発しろ、呪われろ、ハゲろ。

ダメだ、ここにいると悲しくなる。

カールラに会ってくるよ」


 そう言って、バルダッサーレ兄さんは出て行った。

 俺のどこが悪いんだよ!



 そのあとで、カールラにせがまれたのか、バルダッサーレ兄さんから乗馬の許可を求められた。

 仕方ないのでバルダッサーレ兄さんが一緒のときだけは、乗馬を許可した。

 さすがに直々の頼みは断れないし、下手な護衛より強い。

 周囲の警戒で事足りるだろう。



 乗馬デートをしたあとで、バルダッサーレ兄さんは帰って行った。

 結構イイ雰囲気だったとの報告。

 まあ、幸せになるなら良いか。

 その癖なんで、俺に恨みごとを言うのだ…。


 よし…キアラにあの失言をチクってやろう。

 うん、そうしよう。

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