359話 楽園の行く末

 使徒の拠点は、ポジティブな話題のようで、実はそうではない。

 さほど働かなくても、飯が食える。

 使徒をあがめていれば、贅沢な生活が過ごせるのだ。

 そんな話を聞いて、人が殺到しないのはオカシイ。

 そして、まともな人間でも勤労意欲を失う。


 くわえて、商人も使徒を無視するわけにもいかない。

 積極的に交わろうとする。

 最初は大量の収入にほくほく顔になる。

 だが、しばらくして当然気がつく。

 これがずっと続くとどうなるのか。

 対症療法として、交易を盛んに行う。

 つまり、連鎖してインフレが広がっていく。


 いくつの商会がつぶれるのやら。

 それにしても不自然だ。

 教会が対処できない。

 つまり……以前の使徒はそこまでひどくはなかったのだろう。

 飛び抜けてダメな魂を、神様はつり上げたわけか。

 急いで吟味する暇がなかったのかもしれない。

 抑えの効かない欲望丸出しの魂ほど、力が強いのか。

 こればっかりはわからない。


 ゲームの世界だけだよ。

 金と食糧が無限にたまっても、なんら世界に影響を及ぼさないのは。


 オフェリーは治癒術の教育も安定して忙しいはずなのに、第3秘書の仕事もこなしている。

 1日1回、執務室に顔を出さないと、気が済まないようだ。

 仕事熱心なのはいいのだけど、体調を崩さなければいいのだが。

 休むように言っても、頑として聞かない。


                  ◆◇◆◇◆


 自分の業績を誇示したいのだろう。

 わりとまめに使徒の情報は入ってくる。

 その情報に3人があきれて、ため息をつくのが日常の光景。

 あきれるのはわかるんだけどね。


 俺の気乗りしない様子に、キアラがめざとく気がついた。


「お兄さま、どうされたのですか?」


「いえ……少し心配になったのです」


「何がですの?」


「使徒の御乱行ですよ。

皆さんがそれについてあきれる。

それはわかります。

ですがそこで止まるのは危険なのですよ」


 ミルは俺の危険といった言葉に、眉をひそめた。


「危ないの?」


「今の話なら、問題ありませんよ。

そう間違ってもいないでしょうから。

ただ、それに慣れてしまうと、足元をすくわれます」


「慣れるってどういうこと?」


 庶民ならそれでいいのだが……。

 大勢の運命を左右する立場では危険なのだよね。


「使徒が馬鹿だから、そんなことをしている。

そう考えていませんか?」


 3人が、顔を見合わせた。

 いつの間にか、仲が良くなっている。

 女性陣でもグループができているんだよな。

 この3人は使徒被害者であることが結びつきの核なのだろう。


 オフェリーは無表情に、首をかしげた。


「馬鹿だとは思っていませんが……。

力を行使するのにふさわしい人とは思えません」


 それは馬鹿だと思っているのと大差ないさ。

 行為と思慮の不均衡は、馬鹿な行為と呼ばれるモノだ。


「それも似たようなモノです。

このやらかしは、使徒が馬鹿だから。

今回はそれで済むかも知れません。

次似たようなケースがあったとき、同じような判断をしてしまうのは危険ですよ。

一見愚かな行為でも、別の意図を内包することもありえます。

もしそうなったら、気がつくのは取り返しがつかなくなってから。

そうなりませんか?」


 ミルが俺の指摘に、軽く頭を振った。


「そうじゃない……とは言えないわね」


「庶民ならいいですよ。

外れても笑いのネタで済みますからね。

私たちはそれでは済まないのですよ。

だから固定観念で済ませずに、経過を検討する。

これを忘れてはいけませんよ」


 叱責したつもりは全くないのだが、3人が目に見えて落ち込んでしまった。

 指摘するのも、一苦労だなこれは。


                  ◆◇◆◇◆

 

 後日、イザボーから警告に対する感謝の手紙をもらった。

 使徒との取引に、無理に関わらずに済んだことに対してのモノだ。

 どっぷり関わった商会は、対応に追われているらしい。

 この先の予測は難しいな。

 関わる人が増えすぎて、人間が読み切れるモノではなくなるからだ。


 ラヴェンナでは取引通貨の制限は驚かれたが、今のところ問題なく進んでいる。

 辺境で通貨の流通が少ないことも幸いしたからだ。

 本家は使徒と関わりの強い商会の取引を抑える対応に、かじを切ったようだ。

 今できることはそれくらいだろう。


 一見すると、好景気に見える。

 だが先の見える人間は、不動産や財宝の確保に走る。

 バブルがはじけるのは、何時になることやら。

 こんなときは、民主主義国家でなくて助かる。

 民衆の知恵が高まっているなら、民主主義でいいだろう。

 ここではダメだ。

 封建制度で、民は由らしむべし知らしむべからず。

 そんな世界からいきなり人権の話をしても、混乱を招くばかりだ。


 結果が予想できる。

 使徒はニュースにならない実務は面倒くさくなって、選挙によって議会をつくらせ拠点の運営をさせるのではないかと。

 欧米が伝統のない世界に、無理やり議会制民主主義を押しつけたアレが再現される。

 そして汚職と不正がまかり通る。

 押しつけた当人たちは失敗の原因を深くは探らない。

 民主主義は宗教のようになっているからな。


 運営のノウハウがあるとは思えない。

 使徒補正でうまく回るのか。

 お手並み拝見だろうな。


                  ◆◇◆◇◆


 そんな予想をしていると、案の定というべきか。

 オフェリーに、手紙が届いた。

 最近マリーが、オフェリーを頼りにしている気配がする。

 どんな心境の変化か、必要に駆られたのかは知らないけどね。

 たまに意地悪をしたくなるので、手紙を持って俺の所にやってきたオフェリーに、俺はウインクをした。


「手紙の内容を当ててみましょう。

マリー=アンジュ嬢がラヴェンナでの都市運営のノウハウを知りたがっているのでしょう」


 そのときのオフェリーの顔は見ものだった。

 あの無表情が、あんぐり口を開けている。

 たまらずに爆笑してしまった。


 そのあと、3人にたっぷり怒られたけど……。

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