320話 策略は親切心が大事

 チャールズから急報がもたらされる。

 俺が期待している鼠が、港付近の屋敷に潜伏していた。


 38名、全員が高位の魔族。

 逃走を図り抵抗したので、全て殺したとのこと。


 生かして首都まで連行するのも、護送の手間がかかる。

 ある意味ちょうど良かったか。

 残りの人数は、恐らく一般兵だろう。


 それなら責任を問う必要はない。

 死体をオリヴァーに確認させよう。



 そろそろ、この交渉も終わりごろだ。

 チャールズと部下たちが、死体を荷車に乗せて帰還してきた。


 俺は、チャールズを出迎える。


「ご苦労さま」


 チャールズが、ニヤリと笑う。


「いえいえ、ご命令どおり引き返しましたが、他の逃走者は探さなくて良いのですか?」


「下級兵士は魔物を食わされていたでしょう。

指揮官クラスは食べませんよ。

だから隠れるなら、理性が減退する下級兵士まで一緒にいては不都合なのですよ」


 チャールズは、あきれたような顔をした。

 

「使い捨てにしても、感動的ですなぁ。

そこまでして、何がしたかったのやら…」


 俺は、チャールズに肩をすくめて笑いかけた。


「夢でも見たかったのでしょう」



 オリヴァーを呼び出すと、予想していたらしくすぐにやってきた。

 死体を一瞥したが、軽く頭を振っただけだ。


「アルフレードさま、説明を願えますかな?」


「防衛体制確立のため、ある地域を調べていたのですよ。

そうしたら人里離れた屋敷に彼らが潜伏していて、逃走を図った揚げ句に抵抗をした。

その結果ですよ」


 オリヴァーは俺を、じっと見ていたが…やがて静かにうなずいた。


「確かに戦争を主導したものたちですな…」


 もう一つ確認をしておくか。


「オリヴァー殿は彼らが潜伏していたとは知らなかったのでしょうが…。

この中に、前族長と取り巻きはいますか?」


 当然知っていたろう。

 だが証拠もないし、追求する気もない。

 なんとか食い下がって、うやむやにしようとした理由も想像がついている。


 オリヴァーは死体を見て回り、一人を指さした。


「彼が前族長です。

周囲は全員取り巻きです」


 声に特に感情はない。

 ただ徒労感だけは感じた。

 無理もないな、


「そうですか」


 オリヴァーは俺に、視線を戻した。


「あと残っているのは、取り巻き以外の一般兵です。

彼らのことは私たちに、処置を委ねていただけますかな?」


 俺は苦笑して首を振った。


「責任者が責任を取ったのです。

一般兵の罪を問う気はありません。

世の指導者は、兵士がいくらスケープゴートになっても歯牙にもかけないでしょう。

ですが決定を下した者が追求されると知れば、襟を正すと思いますよ」



 そのあと条約の最終決定の交渉に入った。

 ここからは、トントン拍子に進んだ。

 障害が自滅してくれたからな。


 いきなり市民とは認めない。

 魔族は準市民として扱う。

 時機を見て、市民に昇格する旨を伝える。

 準市民なので、代表者の選出は無しだ。


 族長は、首都の有力者の家にホームステイして勉強してもらう。

 有力者の子供たちにも、同様のことを求めた。

 一種の人質だ。

 だが、厚遇して教育を施す。

 族長の成人後、適性があれば、この領地の総督にすると約束した。

 勿論、有力者の子供たちも、総督の補佐としてここに返す。

 魔族の同化は次の世代で完了するだろう。


 この決定を、オリヴァーは覆さなかった。

 ただ族長たちの身の安全を保証するよう、俺に求めた。

 勿論それは、俺の名前で保証した。


 この地は、総督を派遣して統治する。

 オリヴァーは顧問として、総督の手助けを要請。

 これも、承諾を得た。


 あとは勉学を希望するものがいるなら、首都で受け入れることも提示。

 魔族もこの地に残す者と、そうでないものを分ける。


 一カ所に固める気はない。

 適度に分散して入植させる。


 最後に、盟約の履行を考えねばならない。

 民の処置については、約束を守った。

 もう一つの魔物退治だ。


 そこで町に主だったものを集めてもらった。

 俺は、親衛隊を伴って町に入る。


 広場に集まった有力者は、一様に生気が無く不安な顔をしている。

 俺は、一同を見渡して口を開く。


「あなたたちは以前から、ドラゴンとの盟約に従って、魔物退治をしていました。

その盟約は、精神を汚されたことで失効しました。

そしてそれを、私が継ぐことになりました」


 懐から盟約の印を、皆の前にだす。

 そうすると印が、突然まばゆい光を放った。

 おいおい、こんな仕掛けは聞いてないぞ! これ、第三の空の女王のサービスなのか?

 舞台装置としては完璧だが…。


 その光に、魔族たちはひれ伏してしまった。

 俺の脳内で『ええ~い、控えぃ控えおろう! この紋所が目に入らぬか!』のBGMが流れ出した。

 なんか間抜けに見えるのは俺だけなのだろうか。

 シリアスな雰囲気が俺の内心から崩れ去ってしまった。


 しばらく輝いたあと、光は消えた。

 俺は印をそそくさと懐にしまう。


「もし盟約を、引き続き履行したいのであれば、魔物退治を認めます。

その家族がここに残ることも認めましょう」


 単に魔族全員を動かすと、魔物退治に空白期間ができるのを嫌っただけだが。

 あえて恩着せがましく言っておく。

 俺の言葉に、魔族が顔をあげる。

 何だろう、少し生気が戻った顔をしている。


「履行したい者は、オリヴァー殿に申し出てください。

あとの降伏条件についても、オリヴァー殿から告知があるでしょう」



 そう周知して、俺たちは町から引き上げる。

 宿営地で引き上げの準備をしていると、チャールズがやってきた。


「ご主君、よろしいのですか。

かなり甘い条件のようですが」

 

 俺は、その言葉に苦笑してしまった。


「甘いでしょうね。

ですが、将来への遺恨をつくらないことを最優先しました」


「よその勢力からなめられたりはしませんかね」


「それはありません。

私の報復は、指導者層に狙いを絞りましたからね。

民がいくら私たちを恐れても、指導者層がなめてかかれば無意味です」


 チャールズが、あきれ顔になった。


「確かにそうですな。

いずれにせよ、これで腰を据えて統治体制の構築に入れますな」


 俺は、チャールズに笑いかける。

 ちょっと疲れたから、笑いにも疲労がにじんでいる。


「ええ、やっとですよ」


「オリヴァー殿はわれわれに虚偽の申告をしていたのに、不問にしたのはなぜですかな?」


 そこは納得がいかなかったか。

 俺の個人的な判断も強いのだが…。

 あの少年族長の話から実情をほぼ理解できた。

 お飾りで実権はもっていない。

 だが接する大人たちのことは知っている。


「軟禁から解放されても魔族の統制は、できても緩やかです。

情報もハッキリしない。

そんな中で一番流血が少ないのは、新しい族長を立てて新体制での講和です。

身柄を差し出さずに、隙を見て逃がす約束をして、政権から降ろしたのでしょう」


「それでウソをついたと…」


「ええ、逃亡兵とはいえやっぱり族長です。

力ずくで引っ捕らえて、私に差し出す戦力はないでしょう。

盟約が破棄されて、穏健派の魔族は茫然自失ですから。

ですから…あれが精いっぱいですよ。

そして他に手がないから、首謀者たちもその提案をのんだのです。

勝つ見込みがないなら、生存の可能性のほうに心が傾くでしょう。

ですが裏切って差し出されると、疑心暗鬼になっていたはずです」


 心ならずも尻拭いをさせられたなら、責任を問う気にならない。

 不本意であっただろう。

 それが、本人にとっての罰で十分だ。

 甘いのだろうが、俺個人としてはそれで良いと思っている。

 チャールズが、俺の言葉に苦笑した。


「それで簡単に、鼠たちがあぶり出されたわけですな」


「単に疑いたがっている人たちに、思い込む動機をあげただけですよ」


 チャールズが、俺の偉そうなセリフに笑いだした。


「親切心ですか? ひどい親切もあったものですなぁ」


「いえいえ、策略は親切心が大事ですよ。

相手の立場になって、何をほしがっているかを察してあげないと成功しませんから」


 チャールズが、俺の教師じみたセリフにあきれた顔をした。


「そんなことを言われたら、人の親切なんて信じられなくなりますよ。

まさか子供たちにふきこんでないでしょうな。

ご主君みたいな子供が増えたら悪夢ですよ」


 ひどい偏見だ…。

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