321話 12人の精鋭

 人質の護送は、後ほどになる。

 ここが自領になったので、かいばの問題もクリアされる。


 段階的に、軍を引き上げるが半数を残す。

 いきなり、カラにはできないからだ。


 副将のクウィリーノ・シャッカルーガに、このエリアの軍事を統括させるようだ。

 チャールズの指令にも、自分が適任とばかりに胸を張っていた。


 軍全体の統括は、チャールズに一任している。

 行政の統括は、俺の担務だ。


 ようやく、アンティウムに向けて戻る俺は、馬車の中。

 兵士が半数になり、物資の輸送量に余裕ができたから馬車に転がり込むことができた。


 条約締結と戦時体制の解除は、既に早馬を送っている。

 俺は地図片手に、中継地点の選定をしつつ、今後の体制構築を考え続けていた。


 魔族は今のところ反抗する様子はない。

 だからといって安心はできない。

 一気に領土が広がって、統治機構が脆弱を通り越して薄氷の上といったありさまだ。

 行政の影響が十分に及んでいない地域が散見する。


 今は、マンパワーでごり押ししているが…。

 それですぐ人が死ぬわけではない。

 だがしくじると、修正が大変になる。


 魔物退治もギルドと連携することになるだろう。

 ダンジョンに加えて、魔物退治の仕事が常にある。


 冒険者の流入は避けられないか…。

 やれ治安だの食糧の流通だの、地味なくせに、重要極まりない問題が山積みだ。

 街道をローマ式で、網の目のように張り巡らせているから、流通が止まることはない。

 そうなると今度は、目的地にたどり着く手引きが必要になる。


 地図は機密情報だから簡単には出せない。

 あーもうやることいっぱいだよ。


 落ち着いたら、1月くらいミルと領内を巡って新婚旅行にでかけよう。

 それが良い。




 そしてようやく、アンティウムが見えてきた。

 町の外で、大勢が出迎えているようだ。

 別にそんな大勢でなくても良いのに。

 とはいかないのが、領主のつらいところだ。



 ミルとキアラたちを筆頭に、首脳陣が全員いた。

 俺はいつものように、帰還の挨拶をするが、ミルとキアラの挨拶は珍しくあっさりしている。


 不思議に思っていると、アーデルヘイトに、背中を押されたクリームヒルトが緊張した顔で俺の前にでてきた。


「クリームヒルトさん、どうしましたか?」


 クリームヒルトは俺に、深々と頭を下げた。


「私たちの遺恨を終わらせていただいて有り難うございました」


 そんなことのためか? と思うと一歩前にでてきて小声になった。


「それと情報を隠していた件は、本当に申し訳ありませんでした」


 ああ、そのことか。

 俺は、笑って手を振った。


「もう良いですよ。

過ぎたことです。

それに手遅れではありませんでした。

この反省を、次に生かしてくれればそれで良いですよ」


 クリームヒルトは、小さく頭を下げた。


「重ね重ね、申し訳ありませんでした。

それと本当に有り難うございました」


 もうええって…。

 俺一つせきばらいをした。


「その話は、もう良いでしょう。

そこまで真剣に自省しているなら、一つお願いがあります」


 クリームヒルトは俺の言葉に、首をかしげている。


「私にできることでしたら何でも」


 俺は軽く手を振った。


「そんな大したことではありません。

他人が失敗をしたとき、自分の反省を生かして、その人が次に生かせるように助けてあげてください。

それで十分ですよ」


 そう軽い調子で笑いかけた。

 クリームヒルトは少し驚いたが、やがて少し目を潤ませて一礼した。


「はい、そうします」


 顔を上げたクリームヒルトは、なぜか苦笑いをしていた。


「どうかしましたか?」


「いえ、アーデルヘイトから注意されていたんです。

こんなときのアルフレードさまには注意しろと」


 おいおい。

 注意って何だよ。


「私は変なことはしませんが……」


 クリームヒルトは悪戯っぽく笑ったが、頰が赤かった。


「それが危険なんです。

油断すると、とんでもない魔力で引き寄せられるって」


 あ、あの女……とんだ言い掛かりだ。

 また話を盛って言いふらしているのか?


「魔力って何ですか」


「これは……味わった人にしか絶対に分かりません。

アルフレードさまが、独り身だったら良かったのに。

と言うことです」


 思わず吹き出しそうになる。


「いやいや、誘惑なんてしていませんよ」


 そこに、アーデルヘイトが、ノコノコとやってきて、クリームヒルトの肩をたたいた。


「ね? とんでもないでしょ? これで、一人の女性しか興味を示さないのってある意味犯罪よ。

いえ……歩く災害よ? 女の敵よ? これでたくましかったら封印しないと危険すぎるわよ」


 その言葉に、クリームヒルトが笑いだした。


「そうね。

確かにとんでもなく悪質ね」


 何かひどいことになりそうだ。

 不穏な空気を感じて、ミルとキアラがやってきて、俺の隣をがっちりかためた。

 2人を見渡すが、何か非難するような目を向けてくる。

 俺は悪くないよ。上司が部下に普通にアドバイスしただけだ。


 クリームヒルトがたまらずに笑いだした。


「思えばキアラさまは、小さい頃からこの魔力を、たっぷり浴びていたのですよね」


 キアラがフンスと胸を張った。


「ええ、ええ。

それはもう染みついて落ちないくらいですわ」


 俺は匂い袋か? 

 アーデルヘイトも無責任に笑っている。


「それじゃあ、ブラコンが、そこまでこじれたのも仕方ないですね」


 俺のせいかよ! ミルに救いの目を向けるが、ミルはジト目で俺をにらんでいた。


「その件については……今更仕方ないけどね」

 

 ミルはため息をついて、突然何か思い出した顔になった。


「あ、そうだ! 祭りやるわよ。

一応3周年やったけど、全然盛り上がらなくて。

平定記念で祭りやることになったからね!」


 さいでっか。

 なぜかアーデルヘイトが、祭りの言葉にうれしそうに両手を組んでいる。


「勿論、第2回謝肉祭もやりますよ! 戦争中なので延期してましたから!

本当は謝肉祭のあるときは、戦争禁止にしたいくらいですよ!」


 オリンピックじゃねぇか!

 そんなアーデルヘイトの言葉に応えるかのように、筋肉の一団が前にでてきた。

 先頭はあのルイだ。

 男女問わず仲間が増えてる。

 目を背けたい、でも反射的に数を数えてしまう。

 12人……だと?


「もしかしてみんな、医療班の方ですか?」


 ルイがキラリと、歯を輝かせた。


「はい! 我らが誇る精鋭の医療班です!」


 その言葉とともに、後ろの12人が思い思いにポージングを始めた。

 そして一斉に、声を上げた。


『筋肉とアルフレードさま万歳! お帰りなさいませ!』


 なんで、俺が一緒なんだよぉぉぉぉ!

 他の人たち口々に、お帰りと言ってくれたが、俺はひきつった笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る