317話 魂の位

 今までは、魔族の利益を最大限に得るための交渉だった。

 今回は、毛色が変わる。

 印を見せるのは、まだ早い。

 演出的にも、間抜けすぎる。

 印籠は終盤に出すと相場が決まっている。

 効果があるならば…だが。


 舞台も交渉も、とどのつまり人同士の演目にすぎない。


 舞台は楽しむ前提。

 観客からできが悪ければ、ブーイングの嵐。

 だが舞台そのものを否定する観客は基本いない。


 今回の交渉で、舞台の演目となるのは戦争の終結。

 そこはお互い否定しない。

 ただし出来が悪いと、舞台そのものが否定される。

 舞台が無事に終わらないと、血が流れる。

 娯楽にするには重すぎる舞台だ。

 

 突然そう思ったのは、オリヴァーの雰囲気が違うと感じたからだ。

 本来なら、部族存亡がかかっていて前回より真剣で悲壮なはずだ。

 今回は違う。

 うまく表現できないが…。

 命を賭けて、演技をする役者のような感じがした。



「ええ、そのとおりです。

ドラゴンがあなたたちを庇護する理由が消えたわけです」


 まず、ハッタリでジャブを打つ。

 オリヴァーは俺を見て、静かに笑った。


「そうでしょうか。

全ての魔族を見放したとは思っていません」


 核心をついているがハッタリだろう。

 ドラゴンとあった魔族は、もういないからな。


「以前オリヴァー殿が言われたでしょう。

盟約を悪用する類いの行為は、報いを受けると」


「そのとおりです。

それが印の破棄でしょうな。

その際に、ドラゴンからわれわれの処遇も託されたでしょう」


 これも推測だろうが…決めつける根拠もない。


「なぜそう思われるのですか?」


「直接話をしたのならアルフレードさまは、われわれの処遇について話されるでしょう」


 俺を基点に、話を組み立てたか…。

 ある程度はオリヴァーの論理が見えてきたな。


「直接ドラゴンと会ったとは限らないでしょう」


 確信ありげにオリヴァーは、小さく笑った。


「確信がない限り、アルフレードさまはもっと慎重に行軍されたでしょう。

峡谷の中での行軍速度、領内に入ってからの行軍速度が違いますからね。

慎重なアルフレードさまを考えると、確信がないと出せない速度です」


 なるほど、俺を見れば分かりやすいと。

 ハッタリだけで大勢の命を、危険にさらさないと確信しているな。

 今のところ、へぼ役者同士の喜劇ではない。


「なるほど…。

ではその処遇についての確信は、どこからきているのですか?」


 オリヴァーが小さく、肩をすくめた。

 蛇足のような話をしてしまったか。


「アルフレードさまが将来の禍根を断つにしても、われわれを全滅させる際に払う犠牲を…許容するとは思えないからです」


 分かりきった話だよな。

 蛇足に過ぎたか。

 魔族の分断を狙って受け入れるものと排除する者は分ける。

 そのほうが、効率は良いからな。


「今回の奇襲を主導した者は、当然その責を問います。

それ以外のものは、条件次第で受け入れましょう。

それを拒むなら、この地より去ることを認めます」


 オリヴァーは目をつぶった。

 予想されたことだろうが、どう反応するか。


「主導した者は、ほぼ戦死しております。

それ以外は追放で、納得はしていただけませんか」


 それはダメだな。

 俺は、首を振った。


「もし身柄を確保しているなら、あなたたちで処刑してください。

われわれの法では、その罰則は定めていませんからね」


 うやむやで処刑しても良いが…。

 正直なところ、そこの法律の制定がまだだ。

 事後法を禁じている以上、俺の法律の及ばないものたちで処理させる。


 オリヴァーが、目を細めた。

 俺の要求が、従来のものから逸脱しているように見えたからだろう。


「今までラヴェンナは、寛容を旨としていたと思いますが。

戦いが終わった後に、処罰を求めるのでしょうか?

休戦中であって裏切り行為でないと思われますが」


 あえて吹っかけたのは、理由もある。

 そしてこの交渉の席には、数名同席している。

 味方にも俺の態度を知らせる必要もある。


「一見するとそうですがね。

非戦闘員への攻撃をしたのです。

それ相応の報いを望むのは行きすぎとは思えませんがね」


 オリヴァーが小さく、息を吐いた。


「ラヴェンナの魅力は寛容さと…この世で、他に類を見ない法の遵守と思われます。

その強みを捨てられるのでしょうか?

アルフレードさまが、その法を曲げて、われわれをただ奴隷のように服従させるのであれば、われわれは誇りをもった死を選びます」


 そちらから攻めてきたか。

 掲げてきた理想を突く。

 オリヴァーの狙いと勝算が、なんとなく見えてきた。


 こいつは、魂の位をかけた戦いだ。

 魂の位は誇りと同じような意味だ。

 皮肉っぽく言えば…誇りをかけたマウントの取り合い。


 前回のような現実的な外交官といった雰囲気でない。

 現実的な損得で勝負をする気は、最初からないようだ。


 役者のように感じたのは、それが原因か。

 人生最後の舞台を演じようというわけだな。

 最後の舞台だからこそ、悔いのない演技をするつもりか。


 最悪オリヴァーは、俺の条件を丸のみしても良いと思っている。

 全員死ぬと言っているが、自分の命で丸く収めるだろう。

 俺が、強引に迫れば拒否などできないからだ。


 その結果、自分が死んでも良いと思っているだろう。

 だがその場合、俺の位負け。

 『法を曲げて服従させる』この言葉が、俺の精神にトゲとして刺さるからだ。

 位で勝てないから、力でごり押ししたことになる。

 俺がそんな手法を嫌うことを、よく知っている。

 

 たとえ殺されても、一矢報いたと思うだろう。

 そして俺が、それを自覚することを知っている。


 俺が目先の結果より、長期的な成果を重視していることから導き出したか。

 物質的な世界での勝敗は既に決まっている。


 そこで勝負を違うステージで仕掛ける。

 勝者にこびへつらって魔族の地位を守るより、全て捨てても構わないと。

 自分の命でも収められない譲歩を要求されたら、迷わずそちらを選ぶだろう。

 その場合は、その決断を俺が背負えと言ってきている。


 だが…もう一つの要素がある。

 俺の感傷やプライドを最優先して、部下たちの意思を無視する気はない。

 首謀者を許す選択は元から無いのだ。

 俺は小さく息を吐いた。


「われわれの法に反しないとしても、あなたたちの部族の決まりには反するのでは?

少なくともクーデターに失敗して、無罪放免など有り得ないでしょう」


 現実的な戦いではない。

 俺とオリヴァーは、理論と誇りを武器に斬り合いをしているようなものだ。

 敗者でも誇りまでは捨てていない。

 オリヴァーの目が細くなる。


「われわれに処置を委ねると言われるのですか?」


「あなたたちの処置が、われわれの信用を得るものであれば…ですね。

もし貴方たちが勝者の立場だったとして考えてください。

身内と判断して、甘い処置をする人たちを信用できますか?」


 オリヴァーは目をつぶった。


「分かりました。

ですが主導しても、罪の濃淡があります。

そこはご理解いただきたいのです」


 この件は、それが限界か…。

 最悪魔族が全滅しても良いとまで割り切る相手はやりにくい。

 必生は虜…とはよく言ったものだ。


「そこは認めましょう。

ではもう一つ、クリームヒルトさんの一族との遺恨です。

それを捨てられるかどうか…。

ラヴェンナの法では、そのようなものは認めません」


 オリヴァーは、小さく笑った。

 随分、反応が軽いな。

 俺たちが思っているほど重たい話題ではないのか?


「ドラゴンとの盟約を受けている、特別な一族。

それがわれわれのアイデンティティーでした。

遺恨もそれがあって正当化されてたのですよ」


 つまりは知らない先祖の遺恨は、おまけになっていたのか。

 それより、もっと大きく依存できるものがあるが故か…。


「つまり捨てても、問題ない…と」


「盟約を新たに得たのが、その遺恨を否定している人たちです。

この時点で、遺恨も力を失ったのです」


 思ったより、ドラゴンとの盟約はでかいのか。

 そんなでかいのに悪用するのは、少し妙だな。


「そこまで貴重な盟約なら、なぜ悪用する気になったのですか?」


「盟約を大切にする派閥と、そうでない派閥がいた…。

それだけのことです。

そして今回の戦いでそうでない派閥は消滅しました。

遺恨に関しては問題ないと申し上げましょう」


 ちょっと肩透かしだな…。

 

「では一つ聞きましょう。

あなたたちがラヴェンナに、何を求めますか?」


 白紙と言うことはないだろう。

 オリヴァー自身は最悪を覚悟していたとしてもだ。

 うまく進んだときのケースは、当然考えるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る