316話 寛容のさじ加減

 オリヴァーとの再会か。

 懐かしいなどの感想はない。

 

 正直なところ、立ち位置が読めないから、計画が立てられない。

 この段階で、何を目指すのか。

 出たところ勝負だな。

 盟約の印を持っているが、どれだけ効果あるのか。


 一つの懸念は、魔物を抑え込んでいる魔族が、全てこちらに敵対行動を取ったときにどうなるか。

 相当数の戦力が内在しているはずだ。

 ただドラゴンとの盟約をかっさらったことで、相手の神経をまひさせている。


 このおかげで、統一的な行動はとれなくなっている。

 俺が、略奪を厳禁している理由の一つ。

 恐怖があれば、それで団結できるからだ。


 それでも確実ではない。

 ここ最近ギャンブルばっかりしているな。


 事前に情報を得て、手堅く行くはずが、たった1度の慢心でズルズルとこのザマだ。

 考えると、頭痛がする。

 俺自身への憤まんを隠しつつ、クサンテンに向かう。


 こんなときは無表情になる。

 だが…周囲は、俺が何か深い計略を巡らせていると勘違いしている。

 笑いたくなる話だが、ハッタリとしては有効なので放置しておく。


 行軍にはアナスタージウスが同道している。

 いろいろ情報を得ようとするが、実に頼りない。

 あやふやで、精度は低い。

 

 本気で俺たちと交渉する気があるのか。

 腹が立ったが、すぐに努めて冷静になる。

 冷静さを失うと、とんでもない失態を招きかねない。


 冷静になって観察すると気がついたことがある。

 これは狙ってやっているなと。

 

 俺たちとしては、アナスタージウスを、交渉相手から除外しても次の相手がいない。

 不満でもコイツと話すしかない。

 一見情けないように右往左往している。

 実際は、こちらに最低限の言質しか与えない。

 

 殴ってもブヨンと振動するだけ。

 切りつけても、すぐにひっつく。

 実に手応えがない。


 俺からの信用は、確かに得られない。

 だがコイツが、本交渉の相手ではない。

 だから極端な話…コイツ自身が、信用を得る必要はない。

 そして俺と同道している以上、俺たちはコイツの提案を聞くしかない。

 本交渉に向けて、不利な材料を積み上げることはできないのだ。

 

 そして本交渉の相手がしっかりしているほど、このギャップが大きい。

 そして俺が、交渉をまとめる意思を持っていると知っている。

 俺の性格を考えての人選か。

 もしまとめる気がない相手なら、この手は使わない。


 ここまで考えると、実際は魔族の統率がほぼとれているだろう。

 確かに、一部は反抗しているだろうが…。


 やっぱり、オリヴァーは手ごわいな…。

 そう考えて、アナスタージウスから情報を引き出すことを止めた。


 そうすると予想どおり、相手から小出しに情報が出てきた。

 実に、抜け目がない。

 俺の様子を見て、即座に方針を変えてきたか。

 情けないように見せるのは擬態のようだ。

 こんな演技ができるのは中年でないと無理だな…。


 若いなら、よほど演技の天才でないと、どこかに力みが出る。

 つまり…わざとらしくなる。


 実に自然に無能を装っている。

 泥をかぶってでも、役目を果たす。

 交渉がまとまった後で、コイツは冷や飯を食う確率が高いからだ。

 そう思うと嫌悪感はなくなる。

 これが計算ずくなら恐れ入った話だが。



 前々族長が病気で倒れたのは事実らしい。

 そこで部族に動揺が走った。

 その隙に、スザナに扇動された前族長が蜂起。

 オリヴァーは影響力が大きいので軟禁されていたとのこと。


 扇動も下地がそろっていた。

 俺たちが無敗だったことに、恐怖が増している。

 あれだけ強力だったドリエウスの社会を、一気に併呑。

 因縁のあるクリームヒルトの一族が、要職に就いている。

 どう考えても危険だと。


 そうなると残された自分たちが狙われるのは、自明の理。

 その証拠に、一族の聖地にめざとく町を作って自分たちを挑発してくる。

 先制に出た賢者を、手玉にとった。


 こんな話を並べたら、自制は無理か…。

 オリヴァーも俺に内通していると、噂を流せば、恐怖を持っている魔族は容易に流される。


 スザナは外交官としての才能はないが、扇動家としての才能はあったようだな。

 もしくは脚本家だな。

 うまく乗せたものだよ。



 信じたわけではないが、筋道は通っている。

 オリヴァーと話していけば、おのずと分かるだろう。


 3日ほどして、そこそこ大きな町につく。

 町並み自体は平凡だ。


 町の近くに到着すると、宿営地の建設を指示した。

 一同は驚いたが、すぐに指示を実行に移した。


 町の中に踏み込むのは、危険がある。

 そしてもう一つ、メッセージがある。

 相手のホームグラウンドで交渉する気はない。

 交渉の基本だ。


 加えて、もう一つ。

 俺自身が出向くことに、兵士たちから多少不満が出ている。

 面倒なのもあるが…勝った方が、なぜ出向くのだといった類いのものだ。


 出向くのは、理由があってのことだが、敵だけ見て政治はできない。

 軍事のフェーズはほぼ終わって、半分以上政治のフェーズに入っている。


 ここまで出向いたのだ、今度はそちらから出向けとの意思表示。

 同化すれば、上下はない。

 だが今は違うのだ。

 そうでないと命がけで戦った兵士たちも納得しないだろう。

 勝った側が、誇りを持って敗者を虐げないだけのことだ。



 会見は宿営地が完成した翌日に行うと通達した。

 一度は驚いた兵士たちだが、この通達に多少あった不満は解消されていた。

 つまりは、俺たちと考えは同じだと思ってくれたわけだ。

 俺が無原則に寛容だと、卑屈や弱腰に見えてしまう。

 そんなヤツの指示に命など張れない。



 翌日、俺の陣幕にオリヴァーがやってきた。

 お互い挨拶をすませて着席する。

 軟禁されていたようで、少しやつれているな。

 オリヴァーは俺を見て、静かにほほ笑んだ。


「アルフレードさま、前置きは不要でしょう。

われわれは全面降伏します。

ただ勝者の権利を行使されないよう願います」


 意外だな…もう少しもったいぶるかと思ったが。


「条件はつけられないので?」


 オリヴァーが首を振った。


「ドラゴンとの盟約の印が砕けてしまいました。

われわれは長らく保ってきた、存在意義と誇りを失ってしまったのです。

このあと…どうすべきか、計画も立てられない状態に陥りました。

そして…予想ですが、われわれの盟約を、アルフレードさまが引き継がれたのでは?」


 さて、これは死んだフリか? 果たして本音か。

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