315話 頼りない交渉相手

 翌日から、魔族領内に進軍を開始した。

 恐らくだが、ドラゴンの加護を失って、魔族は大混乱になっているだろう。


 だからといって警戒は解かない。

 こんなときだからこそ、攻撃をして撃退を試みるヤツらがいるからだ。


 案の定散発的な攻撃があったが、組織的とは言えなかった。

 負傷者は数名でたが、行軍を止めるほどでもない。

 現時点で負傷者の後送は難しい。

 負傷者は、馬車に乗せての移動になる。


 魔族内で意識の統一もままならないといったところか。

 これは、戦後処理が大変なことになりそうだ。


 そして3日後に隘路を抜けた。

 山に囲まれた盆地が広がっている。

 

 ただ……どことなく独特な雰囲気がある。

 森林が多く、集落が点在している。

 直近の集落はもぬけの殻だった。


 物資は残されているが、ここでの略奪は禁止した。


 穏健派や立ち位置が、グレーな相手を敵に追いやる危険性を考えたからだ。

 何より怖いのは伸びている補給線を、ゲリラなどに狙われること。

 魔族全体が抵抗でまとまると、ゲリラの捕捉は不可能になる。


 もしそうなったら、現地調達をする心づもりではあった。

 そこはチャールズと、話し合いを済ませている。


 行軍しつつ違和感を感じている。

 魔力がこもっているとは、こんな土地なのだろうか。

 肌で感じる空気が違う。

 具体的には言えないが、霊感スポットとでも言えば良いのか。

 

 集落に地図があったので拝借する。

 町や港の場所も確認。

 この地図だけはもらっておいた。

 あとで持ち主が名乗り出てきたら、金を支払うつもりだ。


 そのまま、野営に適した場所を見つけたので、そこで一夜を過ごす。

 テキパキと宿営地を作っていく。

 見ているだけは落ち着かないので、手伝おうとしたら皆から白い目で見られた。

 切ない。


 敵地での宿営は初だから、緊張感がすごい。

 無意識に、第三の空の女王からもらったオブジェを握りしめていた。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、宿営地を出発する。

 移動中に、面白い光景があった。


 天然アスファルトの湖だ。

 これを解析させて、アスファルトを実用化できるとうれしいなぁ。

 転生前の常識が適用できるなら、石油もあるのだろうが…。


 それは、将来の話だろう。

 内燃機関まではまだ、科学力は至らない。

 俺から、内燃機関を提示する気はない。

 詳しい構造を知らないからだが……。

 クリティカルな技術革新は、自分たちでたどり着いてほしい。


 領内では魔族の襲撃はなかった。

 比較的大きな町にたどり着くと、町の前で代表者らしき人たちが数名待っていた。

 彼らは降伏を申し出て、略奪や暴行をしないでほしいと懇願してきた。

 元からの方針なので、それは素直に承諾した。


 不意打ちがある可能性もあったので、町の外に宿営地の建設を指示した。

 加えて全員に町への立ち入りを禁じた。

 禁欲生活を続けた男たち1000人程度が、町にはいると、絶対にハッスルして問題を起こすからだ。

 そうなると、町全体が一気に敵に回る。


 町に入らなければ、住民も安心する。

 加えて俺たちに敵対すると、今よりずっと環境が悪くなることを恐れる。

 俺たちへの攻撃を扇動されても高い確率で拒否するだろう。


 宿営地を建設していると、町から食糧を提供する申し出があった。

 貰うより購入をこちらから提案したが、魔族領ではあまり金銭が出回っていないので、金をもらっても困ると言われた。

 結局、後日に穴埋めすることにして、軍票を代表に手渡す。

 終戦後に必要な金品か物資で返済することを約束。

 このあたりが限界かなぁ。


 兵士たちには1日だけ休養をとらせる。

 町には入れないので、せめてものストレス軽減に飲酒を許可した。


 ここで、領内の情報を得ることにする。

 代表者たちに現状を確認すると、族長から俺たちに抵抗するなと、指示を受けているそうだ。

 俺が高圧的な態度でないので、代表者たちは安心しきっている。


 反感もないし、損得勘定でも敵対はしないだろう。

 だが……俺たちは進駐軍だ。

 警戒されつつ恐れられている。

 油断は禁物だ。


 休息をとっていると、俺の元に魔族の使者がきた。

 オリヴァーからの使者と名乗っている。

 嘘か誠か分からないがな。

 中年の男性で、アナスタージウス・ハウスホーファーと名乗った。

 俺は、陣幕で使者を引見する。


「オリヴァー殿から伝言があるのでしょうか」


 アナスタージウスは緊張しているようだ。


「はい、オリヴァーはラヴェンナの兵士たちが、略奪や暴行に及ばないことを感謝しています。

つきましては、できるだけ早く戦争状態を終わらせたいので、クサンテンまでお越しいただきたいと」


「クサンテンが首都のようなものですか?」


「はい、そこでお待ちしています。

今動くことが困難なので、そこで交渉を行いたいと」


 そんな脆弱な状態なのか。

 そもそも交渉相手になり得るのか? いろいろ気になるな。


「オリヴァー殿が現時点で、あなたたちのトップなのですか? この交渉は、トップの承認がないと成立しない類いのものです。

そしてあなたたちの方針を、一族に徹底させることができるのですか?」


 アナスタージウスは俺の問いに冷や汗をかいている。


「オリヴァーが族長から、全ての権限を委譲されています。

現在の族長は8歳なので、オリヴァーがわれわれを率いているのです。

一族の統率は、現在多少混乱しておりますが必ずや……」


 族長が殺されたのか? それで代替わりでもしたのか? 幼少の族長をつれて移動もままならないか……。

 分からないことだらけだ。


「前の族長はどうしたのですか? 確か壮年くらいだと思いましたが」


「このたびの戦いが起こる寸前に病死されました。

ご子息があとを継ぎましたが、この戦いで戦死しています。

現在は唯一残った前々族長の親族が、あとを継いでいます」


 病死って毒殺でもされたのか。

 スザナに唆された急進派がクーデターを起こした。

 そして族長の息子を担ぎ上げて、俺たちへの奇襲攻撃に至ったのか。

 それとも死人に口なしで……そいつらに全ての責任をおっかぶせる気なのか。

 なんだか、ややこやしいな。


「現在の族長は、前族長の息子ではないのですか?」


「いえ、前々族長の愛人の子です」


 前族長の息子だったら、扱いに困ったが……。

 俺が親の仇になるからな。

 最悪8歳児の殺害も決断する必要があった。


 そうでないなら様子を見よう。

 ともかく会ってみないとダメだな。


「分かりました。

そちらに向かいます。

確認しますが、魔族全体で、抵抗はないと思って良いのですか?」


「は、はい」


「もし襲撃があれば、われわれに対する欺し討ちだと判断しますよ」


 アナスタージウスは、目に見えて顔面蒼白になった。


「勿論、攻撃をしないように指示をしていますが」


 つまり、完全に掌握できているわけではない。

 跳ねっ返りが、俺たちを攻撃する可能性もあるわけか。

 俺は反論を許さないような口調で、明言をすることにした。


「仮に攻撃があった場合は、こちらの判断で処置しますよ」


 アナスタージウスは力なくうなずいた。


「分かりました、こちらとしては、魔族全体がそうでないことだけは、ご理解していただきたいのです」


「それは頻度の問題でしょうね。

少なくとも全力で、部族の掌握を願います。

そうでない限り、交渉相手と認識できませんからね」


 どうにも頼りない。

 相手が頼りない以上、ある程度強気に出ないといけないだろう。


 隙あらば、俺たちを利用して、自分たちの立場を強化するだろう。

 つまりは俺たちに、反体制派を討伐させることだ。


 俺の個人的な感傷や見栄で、部下の命を危険にさらすわけには行かないのだ。

 この期に及んで、俺が温情ある態度を示すとか、譲歩する必要がある……と思っている相手であれば、交渉の必要は認められない。

 努力をする必要があるのは、負けた側と言うだけだ。

 ヴェルサイユ条約のような、愚かしい戦後処理をする気は全くない。

 だが俺たちだけが、血の流し損は認められない。

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