313話 盟約の精神

 ドラゴンと対話かぁ。

 ある意味貴重な体験だよな。

 その前に、どうしても気になることがあった。

 本筋とは関係ないが…聞かずにはいられない。


「一つ質問をして良いですか?」


 ドラゴンの表情は分からない。

 そもそも分かりようがない。


吾主わぬしを招いたのだ。

客人の頼みは、むげにせぬ』


「では、ご厚意に甘えて…。

会話はどうやって通じているのですか? あなたが、声を発してるとは思えません」


 ドラゴンは少し沈黙した、そのあと笑ったような感じがした。

 声の抑揚はないから、すごい不思議な感じだ。


吾主わぬしは、愉しき客人ぞ。

われらの言葉は、大気の震動ではない。

われらの口は、言葉を紡ぐものではないのだ。

故に小さきものとの会話は、異なる手段をとる』


「確かに、ドラゴンの口は別の用途が主でしょうね」


『左様。

だがわれらにも、意思を伝達する方法はある。

われらは魔力の申し子。

意思を魔力に乗せて伝える。

そして意思は、それぞれ意味をもつ。

吾主わぬしの言葉が、それぞれ意味をもっているのと等しい』


 動物でも意思の伝達はできるな。

 叫び声だったり、手段はいろいろだが。

 その、意思と言葉を結びつけるのか。


「意思に合う言葉を選ぶのですか?」


『意思も言葉も意味するものが同じであれば、その波は等しくなる。

が、吾主わぬしの心に、その波を送ると、吾主わぬしの体が、言葉として認識する』


 なんとなく理解できた。

 意味は一致するが、そこに感情はないから、イントネーションがないのだな。

 呼び名が古いのはもしかして、時代で変わる呼び名も、それぞれ意味が違うのだろうな。

 知的好奇心を満足させるのは、実に愉しい。

 俺は、上機嫌でうなずいた。



「有り難うございます。

では本題に入りましょうか」


の姿を見て驚かぬところを見ると、魔の子らとの盟約は知っておるのか?』


「ええ、ただ…真偽が不明でした。

確認する術もありません。

そして、魔族から攻めてきた以上反撃しないわけにはいきません」


『此度の戦、理は吾主わぬしにあることは存じておる。

故に頼むのだ。

ここで手を引いてはもらえぬか?』


 そうくるのは予想できた。

 だが分かりましたとはいかない。


「では、また魔族が攻めてきても守るだけにしろと言われるのですか?」


 ドラゴンが身じろぎをした。

 振動がすごいな。


『しばらくは攻めることは能うまい。

それでは不満ぞ? 将来の禍根を断っておきたいのかえ?』



 脅すわけでもなく、話し合いをしてくれているのは有り難い。

 それならやりようはある。

 ここでは、相手の前提を崩すか。


「あなたが魔族を庇護するのは、盟約があるからですよね」


『然り』


「盟約を結んだ際の精神は、魔族を庇護して生存を保証するから、魔物を退治しろですよね。

魔族が生存を脅かされたわけでない。

自勢力の拡大のため、戦争を仕掛けた。

その敗戦の尻拭いをするものではありませんよね?」


 ドラゴンがしばし沈黙した。

 威圧するわけでもなく、思考を巡らせている感じがした。


『盟約の精神を問うか。

確かに精神からは、外れておる。

だが精神から外れたと言って、盟約を破棄する理由にはならぬ。

それは盟約で定めておらぬからだ』


「あなたが破棄をしないのはそれだけではない。

破棄をすると、魔物の駆除をするものがいなくなるから。

違いますか?」


『それでは吾主わぬしが、魔の子らの働きを代わりにすると申すか?』


 交渉の余地はありそうだ。

 なんとかなるか。


「あなたの力なら、魔物など簡単に駆除できる。

ですがそうしないのは、何か理由があるのでしょう。

それならばわれわれが代行しても良いと思います」


 ドラゴンが小さくうなった。

 それでも風が吹く。

 ドラゴンがその気になったら、俺はあっという間にあの世いきだ。

 ドラゴンがかませ犬なんてとんでもない。

 そんなドラゴンを瞬殺できる使徒の力は、やはりおかしい。


は魔力の申し子。

の力で、魔物を倒しても、すぐに魔物が沸いてくる。

そしての魔力に当てられて、自然に魔物が沸く。

堂々巡りぞ。

そして他の者はいざ知らず、にとっては、魔物の気配は不快なのだ』


 ドラゴンでも魔物が、不快なタイプがいるのか…。


「あなた以外が倒せば、魔物の発生が遅くなるのですね」


『然り』


「では、われわれと盟約を結ぶのはどうでしょう。

精神を汚されたときに破棄する決まりはないが、破棄しない決まりもないでしょう。

そして盟約の精神は、盟約の根幹をなすものではありませんか」


『魔の子らを滅するのかえ? 精神を汚したものは滅しても構わぬ。

だが守っているものまで滅するのは、の誇りに反する』


 なるほど、律義だな。

 俺の提案を拒否しないなら、話をまとめることが可能か。


「精神を守っている者の命はとりません。

われわれと同化するなら、同士として迎え入れましょう。

拒むのであれば別の場所で生きることを認めます。

それでどうでしょうか?」


 ドラゴンは俺を、じっと見ていた。

 これかなり、威圧感がある。


『そこまでして、魔の子たちに攻め込む理由はなんぞ?』



「共存を彼らが望むなら攻め込みません。

ですが、彼らの掲げる主義主張が、われわれを攻撃することに直結しているのです。

そんな危険を、子孫に残すわけにはいきません。

無駄な犠牲をだすからです。

われわれの世代の課題は、われわれで片付けます。

子孫は自分の課題を片付けるのです」


『子のために、問題を残さぬか。

魔の子の肩代わりをすることは、子孫に危険を残すことにはならぬのか?』


 確かに、その疑問は当然だ。

 トータルで考えたら、魔族に処理させ続けた方が犠牲は少ないかもしれない。


「未来は予見できません。

そして魔族が攻めてきた場合、戦う意思がないものまでも巻き込まれる可能性があります。

魔物の退治は、戦う意思があるものが戦うのです。

犠牲の数ではありません。

そして魔族がずっと、魔物を退治できている以上、われわれでも対処しきれると思っています。

それに魔物から、生活の役にたつものも得られるでしょう。

ですが、戦争はそんなものはもたらしません」


 完璧な理論ではない、俺の判断にすぎない。

 だが、どちらを選ぶかと言われたらこっちを選ぶ。


『なるほど。

では吾主わぬしが、に望む盟約はなんぞ』


「ラヴェンナ地方にあなたのような存在でないと太刀打ちできない力が襲った場合、守護してほしいのです。

人同士の戦いは放置してください。

あなたを頼りきって、都合よく利用するような盟約を残す気はありません」


 ドラゴンはしばし沈黙をしていたが、目を細めて俺を凝視した。

 にらむといったところか。

 これ下手したらチビりそうだな。

 こんなときは俺の壊れてる人格が役に立っている。

 

『使徒なるものの力からもか?』


 ああ…ドラゴンでも太刀打ちできないものの盾にされてはたまらないだろうな。


「あなたの手に余ると判断したら、手をださなくて構いません。

そうなったら、誰にも止められませんから」


『それではにとって、あまりに都合が良い話ではないのか?』


 こんな提案をしたのは、根拠があるのさ。

 俺は首を振った。


「エルフもそうですが、長命な種は、自身の魂が汚れたまま生きることを嫌うでしょう。

ですので、都合よく利用することは、あなた自身が耐えられないと思います。

ですから心配はしていません」


 ドラゴンは一瞬硬直したが、やがて体を揺さぶり始めた。


『愉しきかな。

愉しきかな。

吾主わぬしは、長命のものをよく知っておる。

そう言われて、精神を汚すのは、にとって耐えられぬ。

吾主わぬしは、の魂に、剣を突きさした。

良かろう、吾主わぬしとその子孫との間に、盟約を結ぼうぞ。

内容は魔の子らと結んだ、盟約と先ほどの話を合わせたもので良いな?』



 ドラゴンが言い終えると、新たな盟約が俺の目の前に現れた。

 文字が空中に浮いている。


 全部を読んで俺がうなずくと、目の前に何かドラゴンのオブジェのようなものが現れた。

 大きさ30センチほどのオブジェを、手にとった。

 すると空中の文字は消えていった。


「これが盟約の印ですか」


『左様。

魔の子らの印は、今をもって砕け散った。

この印を、魔の子らに見せるが良い』


「分かりました。

盟約に従っていた魔族に対しては、約束どおりとします」


『頼むぞ。

新たに盟約を結んだものよ。

吾主わぬしの名は何という』


「アルフレード・デッラ・スカラです。

ではあなたの名前を教えていただけますか?」


の名は、吾主わぬしらでは言葉にすることはできぬ。

故に吾主わぬしらの言葉の意味に置き換えよう。

は、第三の空の女王』


 女性だったのか。


「第三の空の女王よ、有り難うございます。

最後に一つだけ、個人的なお願いを聞いてもらえないでしょうか」


『言ってみるが良い』


「あなたたちドラゴンはどうやって、空を飛んでいるのですか?」

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