312話 いやな予感

 翌日になって死傷者の報告を受けた。

 死者74名、負傷者159名。


 やはり、こちらの損害もデカい。

 とはいえここで、手を止める気はない。

 

 ただし逃走中でも、伏兵から攻撃を受けると無駄な損害を出してしまう。

 あとは…捨て奸をしてこないことを祈ろう。

 特にそんな組織だった抵抗はなかった。

 100名程度は、逃走している形跡があったので追跡を行う。

 死傷者の対応は、アンティウムに任せることにした。


 俺が不在の間は、戦略会議の責任者は、自動的にミルになる。

 だが正式に通達したほうが良いだろう。

 しばらく不在になる旨を、ミルとキアラに伝えてもらう。


 道中で放棄された砦を経由しつつ、さらに魔族領に接近する。

 その砦も、元々俺たちが建設したやつだが…。


 追撃中に、チャールズが俺のところにやってきた。


「ご主君、いったん兵糧輸送の手配をしたほうが良いですな。

かなり兵站が伸びています。

敵に逆撃をする余裕があるとは思えませんが…」


 俺は、チャールズを手で制する。


「相談は不要です。

決定だけを教えてください」


 チャールズは一礼して、行軍は一時停止となる。

 今度は、こっちの兵站が伸びるからな。

 あの手堅い判断は、実に頼りになる。


 今後の魔族の行動は、正直予想できない。

 だが、残存戦力がいれば追撃されている敗残兵を、救援に来るだろう。

 

 騎兵を先行させていて、状況の確認はできている。

 敗残兵も少しずつ脱落していた。


 もう、敵は真っすぐ逃げ帰ることだけを考えている。

 余裕がないのだろう。

 まだ、敵の頭脳がまひしている間に、トドメを刺してしまいたい。

 追撃からは馬に乗っているが、慣れない騎乗に四苦八苦することは変わらない。

 

 野営をしているときに、今後について考えていると、チャールズが俺の隣にやってきた。


「ご主君、ちょっとよろしいですかな?」


 わざわざ、俺に断りをいれるのが不思議だな。


「ええ、どうぞ」


「追撃を止めろと言う気はありませんがね。

ちょっときな臭いのですよ」


「きな臭いとは?」


 俺の問いに、チャールズが肩をすくめた。


「ハッキリした理屈はないのですよ。

ただ嫌な予感がするってだけの話ですが…」


 チャールズが珍しく口ごもる。


「長年戦場にいたものだけが分かる直感ってやつですかね」


「そんな仰々しい言葉ではないのですがね。

ただ何事もないとは思えんのですよ」


「分かりました、ここからは慎重にいきましょうか」


 チャールズは俺に意外そうな顔を向ける。


「随分あっさりですな」


「承諾した理由が、指揮をロッシ卿に託してあるだけではありませんよ。

魔族の内情を、われわれは知らないことと、例のドラゴン話がありますからね。

真偽の程は不明ですが、慎重にいくことに異存はないと言うだけです」


 チャールズは俺を見て、ニヤリと笑った。


「では、明日から慎重にことを運びましょう。

100人弱を必死に追いかけて、損害を出すのもばからしいですからな」


 俺は、その言葉に黙ってうなずいた。



 翌日からの追撃は慎重になった。

 兵站の問題もあるのだろう。

 任せている以上、特に口を出すわけでもない。


 ここ数日間は、あっという間にすぎてしまった。

 慎重に行軍したせいで、敗残兵との距離は離れてもいないが縮まってもいない。

 誘導しているなら、実にうまい距離の取り方だが…。

 今は、悩んでも仕方ないな。


 

 ついに、魔族領が見えてきた。

 つまりは隘路だ。

 思わず、緊張が走る。

 

 隘路に軍を進めると、急に霧が濃くなってきた。

 これは実に怪しいな。

 何事も起こらなければギャグだろう。

 

 そう思っていると、チャールズが俺の元にやってきた。


「ご主君、この視界での行軍は厳しいですな」


「同感です、引き上げましょうか」


 俺が、あっさり撤兵に同意すると、チャールズは、少し拍子抜けした顔をしたが、すぐに一礼して先頭に戻っていった。


 引き上げようと後ろに進むが、なぜか出口にたどり着かない。

 心霊スポットの迷い道みたいだな。

 これはひょっとするとひょっとするかな。


 ここまで来たら、どうしようもない。

 あとは出たとこ勝負だな。

 隘路に入らない決断はなかった。

 すぐに、異変を感じての撤収も間違っていない。

 周囲は動揺していたが、俺は平然としていた。


 慌てようが後悔しようが、何かが変わるわけではないからだ。

 そこに伝令が走ってきて、行軍の一時停止を伝えてきた。


 そうだな、霧がさらに濃くなって、1メートル前ですら見えなくなっている。

 明らかに異常だ。


 そして空から異常な気配を感じる。

 最初に馬が暴れ出した。

 乗馬が下手な俺は、見事に地面にたたき付けられる。



 そして俺以外の生物が、突然硬直した。

 バインド魔法の、強力なやつか。

 周囲を観察すると、時間が止まったわけではない。

 動物の動きが止められている。

 その証拠に、俺の足元の草は動いている。



 そして声がする。

 この表現は正しくないか。

 俺の体の中から振動して響く感じだ。

 転生前の骨振動音に近い。

 そして人の発声…というより、音声再生ソフトに近い感じでイントネーションに起伏がない。

 棒読みに近い。


『おぬしが集団の頭領かえ?』


 これ、普通にしゃべって通じるのかな?


「そうですよ」


『一つ吾主わぬしに頼みがあってきた。

危害は加えぬ故、の庭で話さぬか?』


 今更拒否しても全滅だな…。

 相手が話し合いをするつもりなら乗るしかないが…。


「終わってからちゃんと戻してもらえるなら良いですよ」


 笑い声のようなものが俺の体内で響いて、突如俺の体が浮き上がった。

 浮き上がり続けると、霧を抜けた。

 そうしたら…いましたよ、ドラゴンが。

 

 当然ながらデカい。

 体長は30メートルくらいあるだろう。

 白いドラゴンだ。

 霧を自在に操るのだろうか。


 そんな悠長なことを考えていると、ドラゴンが浮いている俺とともに移動を始めた。

 すぐ近くの花こう岩で切り立った台地に向かっている。

 台地は、かなりの高さだ。

 山脈の中にポツンとある台地は、確かに庭のようなものか。


 陸の孤島といった風情だ。

 台地は周囲1キロくらいで、真ん中は少しくぼんでいた。

 さらに、周囲の気候にそぐわない熱帯雨林のような場所に見える。

 その台地の中心に、俺は下ろされた。


 そしてドラゴンも、静かに俺の正面に降り立った。

 まさか、本当にいるとはねぇ。

 

 自分でも笑えるくらい、俺はのんきだった。

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