282話 お留守番は落ち着かない

 ミルとエルフたちが、無事に到着したとの報告を受けた。

 大急ぎで、出迎えにいく。


 いつも、隣にいる人がいないと落ち着かない。

 戦場にでたときは、俺が移動したからそうでもなかったのだ。

 自分がお留守番する側だと、どうにも落ち着かない。


 俺が出掛けたときは、こんな感じだったのかな。


 町の入り口で、馬車が止まっている。

 俺が、出迎えにいくと、ミルが待っていた。


 元気そうでほっとした。

 俺はミルに笑いかける。


「お帰り、ミル」


 ミルは俺の所に駆け寄り、抱きついてきた。

 俺は、しっかりとミルを抱きしめる。


「ただいま、アル」


 周囲から、冷やかしが飛び交う。

 だが慣れたもので、気にはならない。

 それ以降は、あとでのお楽しみとして……。

 ミルが俺から体を離して、馬車のほうに合図した。


 見た目は若いが落ち着いた雰囲気を持つエルフの男性が、馬車からでてきた。

 ミルが俺に耳打ちする。


「里長のヴェルネリ・ソメルヴオリよ」


 俺は、ヴェルネリに一礼する。


「ようこそ、ラヴェンナへ。

私がミルヴァの夫で、領主のアルフレード・デッラ・スカラです。

要請に応えていただき感謝します」


 ヴェルネリは俺が夫の名乗りを、先にしたことに少し驚きつつほほ笑んだ。

 穏やかな笑みを浮かべつつ、優雅に一礼した。

 俺にとってミルをどの程度優先しているか……は伝わったようだ。


「ヴェルネリ・ソメルヴオリです。

自然と共存するお考えに、微力ながらお手伝いをしたいと思い、こちらに参りました」



 そのあとでエルフ用に用意していた住居への案内を、ミルに頼んで屋敷に戻る。

 ミルのアドバイスで植樹している地域に、エルフ用の住居を作ってある。

 植樹したばかりで、木は小さいが……。

 元々エルフを呼ぶつもりだったから、自然を残した町作りは意識している。


 しばらくして、ミルが戻ってきた。

 エルフたちは、移民省に委ねたのだろう。


 キアラが、ミルに笑顔を向けた。


「お姉さま、お帰りなさいませ」


 ミルはキアラに笑いかけて、後ろの補佐官たちにも笑顔を向ける。


「キアラ、ただいま。

そして、皆ただいま」


 移民に関しては、心配無用だろう。


「ミル、長旅で疲れたでしょう。

仕事は明日からでいいですよ」


 ミルは笑顔で、俺のすぐ隣に椅子を寄せて座った。


「じゃ、ここで休んでるわ」


 キアラが、ジト目でミルをにらんだ。


「お姉さま。

仕事の邪魔ですから、お部屋に戻ってくださいませ」


 ミルがわざとらしく、俺に寄りかかる。


「何を言ってるのよ。

ここが一番いいの。

私のことは構わずに、キアラは仕事しててよ」


 久々にこんな光景を見たな。

 荒れる前に、手を打つか。


「キアラ、私はミルと部屋に戻っています。

あとはお願いします。

埋め合わせは後日必ず」


 キアラがため息をついた。


「仕方ありませんわね。

埋め合わせのことは忘れないでくださいね」


                  ◆◇◆◇◆


 キアラの視線を感じつつ、ミルと2人で部屋に戻る。

 ミルはばたっと、ベッドに倒れ込んだ。


「久しぶりのアルの匂いは落ち着くわ。

帰ってきた気がするわね」


 思わず苦笑しつつ、俺はミルの隣に腰かける。


「やっぱり、お疲れかな」


「そうね……気疲れしたかな」


「エルフとの話は、うまくいったんだろ」


 ミルがベッドから、体を起こして苦笑した。


「それは大丈夫よ。

ただ、いろいろとアルのこと聞かれてね。

できるだけ客観的に答えたつもりなんだけどね……。

里長に『ラヤラの娘をそこまで夢中にさせるとは、大した人間だな』と言われたわ」


「そんな大層なものじゃないよ」


 ミルにジト目で見られてしまった。


「いい加減、自分の価値を理解したほうがいいと思うけど。

それより、私がいない間に何かあった?」


 あの話は、避けて通れないな。

 軽く、ため息をついた。


「運河の工事中に、事故があってね。死傷者がでたのさ。

今のところ、原因を調査してもらっている」


 俺の顔をじっと見ていたミルが、優しくほほ笑んだ。


「そう……。アルが落ち込んでなくて良かったわ。

別に事故があって、平気ってわけじゃないのよ。

責任感じて落ち込んでいたら心配だ……と思っただけよ」


「分かってるよ。

ミルは俺の良心担当だからね」


 ミルは俺の言葉に苦笑していた。


「まるで、アルに良心がないみたいな言い方ね。

アルは甘すぎるくらい良心的よ」


 実はそう思っていない。


「良心的に振る舞える余裕があるからね。

ギリギリの決断を迫られたら、手段を選ばない。

俺は優しくもないさ。

そうならないように、手を打っているけどね」


 ミルは、全く信じていない顔だった。


「はいはい」



 相手が一定のラインを越えない限り、そんなことはしない。

 転生前には話が通じないと思うか、ダメだと思った相手に対して、俺は人が変わったように冷淡になった。


 ダメだと思うのは能力、成績、出自が基準ではない。

 そもそも基準にすらしたことがない。


 自分たちのお仲間の不正は見ないことにして、敵の失敗を大げさにあげつらい、自分たちの主張を他人に押しつけるヤツ。

 人を非難するのに、自分が非難されると狂ったように攻撃的になるヤツ。

 自分が利益を得るのに、他人のためにやっていると見え見えのウソをついているヤツ。

 そんなヤツらには、冷淡を通り越して嫌悪感を隠さなかった。

 個人的には、そいつらに比べたら泥棒や悪人のほうが、はるかにマトモだとさえ思っている。


 大人げないと言われようが、俺は態度を改めなかった。

 人への対応が『一貫しないことでは一貫している』と言われたことがある。


 だがここで言い返しても、きりがない。

 俺は、せきばらいした。


「ともかく事故調査があっても、一カ月後には視察にいくよ。

それだけあれば、エルフもある程度落ち着くかな」


 ミルは俺の言葉に、小さくうなずいた。


「それは大丈夫よ。

住居を見て喜んでいたからね。

それと、ちゃんと自然に関しては協力してくれるわよ。

説明したときに、里の皆は納得していたから」


 頼んだのは、自然との共存に必要な基準作りだ。

 一部の判断だけでは、何かのときにそれを無視してしまう。

 環境次第では、開発可能な面積が変わる。


 全員が確認できる基準を提示する。

 それを元に、議論をしてもらう。

 寿命の長いエルフは、助言役を頼んでいる。


「それは良かった。

せっかく力を借りられるなら、得意分野を生かしてほしいからね。

それともう一つ、確認したいことがあるんだ」


「どんなこと?」


「自然を介して、言葉をやりとりできるだろ? それで情報伝達ができるかなと思ってね」


 エルフに直接聞くより、まずはミルに聞くのが一番早い。

 俺のやりたいことを理解しているからな。


「そうね……流れる言葉の違いだけど、言葉にはそのときの感情によって、色みたいなものがつくのよ。

あと流した人の自然とのつながりの強さで、深みが変わるわ。

だから誰が流した言葉かは、だいたいしかわからないのよ。

双子だとわからないわ。

その程度しか見分けられないの。

それと拾ってしまったら、言葉は消えてしまうわ。

できはするけど、仕事で頻繁にやりとりするのは難しいわね」


 そううまくはいかないか。

 別の手を探そう。

 これは、あくまで緊急時だな。


「分かった。

別の手を探そう。

あとエルフたちから、何か伝言はあるかい?」


 ミルがはっと気がついた顔になった。


「そうそう! 上物のワインを、数樽持参したわ。

お近づきの印だって。

だから、皆に振る舞ってあげて」


 俺は自然と安堵のため息をついた。


「シルヴァーナがいなくて良かった……。

先生も総督の顧問であっちだから、騒動は起こらないな」


 ミルが懐かしそうに笑いだした。


「もう2年以上たつのね。

懐かしいやら……。

思い出したくないやら…複雑ね」


 全く同感だよ。


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