280話 良心の使い分け

 エルフ合流に向けて、事前の準備は進めている。

 おくりびとシルヴァーナはダンジョン調査に出発。

 イザボーにも要請は伝わるだろう。


 基本的に待ちの状態になる。

 少し一息つける、と思ったのが甘かった。

 考えれば、多重タスクの極みだからいろいろ問題はでるのだよな。


 耳目が執務室にやってきて、キアラに報告書を提出した。

 それを見たキアラの顔色が変わった。


 大変な問題か。

 覚悟だけしておこう。


 キアラが急いで、俺の所に駆け寄ってきた。


「お兄さま、これを…」


 だされた報告書に目を通す。

 思わず顔をしかめた。


 運河の工事中に事故が発生した。

 外壁工事中に足場が崩れて、けが人6名。

 死者1名。


 まだ、どんな状態か分からない。

 俺はキアラに視線を向ける。


「キアラ、大至急ルードヴィゴ殿、アレンスキー殿、オールストン殿を呼んでください」


 キアラの返事もそこそこに、報告書を俺はただ見ていた。

 見ても何かが分かるわけでもない。

 できるのは、不機嫌や怒りの感情を抑え込むだけだった。

 

 下手に激発すると、報告が上がってこなくなる。

 地位が上がるほど、自由は制限される。

 よく言ったものだよ…。



 しばらくして、4人がやってきた。


 開発大臣のルードヴィゴが恐る恐る、俺に顔を向ける。


「アルフレードさま、このたびの事故は誠に…」


 謝罪するルードヴィゴを俺は手で制する。


「謝罪は不要です。

まず工事を中断してください。

原因が判明して、対策が確定したら再開します。

勿論、待機中の賃金は支払います。

事故に関連しますが…皆さんをお呼びしたのはお願いがあるからです」


 建築・科学技術大臣のオニーシムがけげんな顔をした。


「どんな頼みかね?」


「事故の原因を調べてほしいのです。

各部署から腕利きを派遣して、調査委員会を設置してください。

恒常的な部署を目指しますが、まずは臨時です」


 法務大臣のエイブラハムが首をかしげた。


「法務省が召集されたのはなぜでしょうか?」


「そのあたりはまとめて説明します。

まず調べてほしいのは、これが事件なのか事故なのか。

事件であれば警察省のプリユラ殿に全て引き継ぎます。

ここからは事故であった場合の話になります」


 俺はため息を抑えて、全員を見渡す。

 全員俺の言葉を待っている。


「事故がなぜ発生したか、を徹底的に調査してほしいのです。

ここで大事なのは、事故を起こした本人でなく、制度に問題があったかを調べてください。

法務省は制度に問題があった場合、制度を決めた人に罪があるのかを判断してください」


 エイブラハムが再び首をかしげた。


「制度を決めた人に罪ですか?」


「例えば、安全管理の必要をしりつつ、予算を抑えるために、対策を故意に怠ったら無罪ではないでしょう。

または、予算を中抜きして必要な予算が不足していれば有罪でしょう」


「なるほど。

予想できない事故などの場合は罪でないと」


 人治主義なら責任者に詰め腹を切らせる。

 日本もそうだった。

 日本航空123便墜落事故の時に、日本側は犯人捜しに血眼でNTSBの調査員が困惑した話があったな。


「そうです。

有罪と言われて、その指摘が理不尽でないことが大事です。

各省の知恵を持ち寄って、原因究明をしてほしいのです」


 警察省大臣のトウコが力強くうなずいた。


「分かった、任せてほしい」


「そして大事なお願いがあります。

事故調査の原点になります。

その調査にあたって、良心を使い分けしないでください」


 ルードヴィゴがけげんな顔で俺を見た。


「良心の使い分けですか?」


「ええ、無関係な人になら、原因の究明は手心を加えないでしょう。

仲間であった場合、甘く見るときがあります」


 エイブラハムが身を乗り出した。


「お言葉ですが、そのようなことはありません。

それを見込んで、私を大臣にしていただけたと思っています」


 そんなことは百も承知だ。


「では、私に対しては?」


 エイブラハムが言葉に詰まる。

 トウコが身を乗り出した。


「ご領主がなぜ、事故の原因に関わるのだ?」


「建設指示をだしたのは私です。

急がせてもいます。

急がせて、十分な予算や人員を回さない。

そのせいで事故が起こったなら私の罪でしょう。

だから、調査の範囲は私も含まれます」


 トウコがうなった。


「そこまで徹底するのか」


「そうでなくては無意味です。

そして私の糾弾を遠慮して、他の人たちにだけ良心を発動してほしくないのです。

このような客観性が必要な調査で、ダブルスタンダードは自ら信用性がない、と公言しているようなものです。

そんな儀式だけの調査は金と時間の無駄です」


 転生前のメディアのようなことはしてほしくない。

 あれはひどいダブルスタンダードだった。

 それでいて、公正中立をうたっている。


 賄賂を受け取り続ける悪代官が、他人に清廉潔白であれと説くようなものだ。

 ユーモアにしては笑えない。

 偽装や誘導にしてはお粗末すぎて、用をなさない。

 騙されたがっている人にだけ有効だ。

 せいぜい、自己満足が限界だろう。


 そんなことを、俺の指示でさせるわけにはいかない。


 一同が沈黙してしまった。

 もう一つ注意しなくてはいけない。


「改めてお願いします。

犯人捜しでなく、事故が起こった原因を究明して、次の事故を防ぐための調査にしてほしいのです。

事故を起こしたやつが悪いなど、安易な解決はしないでください。

それは浪費をやめないで、そのとき買ったぜいたく品を捨てるようなものですから」


 ルードヴィゴが少し安心したような顔になった。


「承知しました。

それぞれメンバーを派遣しますが、どの省をリーダーにしますか?」


 決めたほうが良いのかな。


「特に決める気はないのですが…。

その事件に関して1番関係が浅い省の人にしてください」


 一同がうなずいて退出した。

 思わずため息がでた。

 だがもう一つやることがある。


「キアラ、亡くなったかたの葬儀と、遺族への見舞金も必要です。

金で済む話ではありませんが…。

ださないわけにはいきません。

あと、けが人の治療費もこちらでだすようにしてください」


「分かりましたわ。

他に何か手配することはありますか?」


「工事再開に向けて、欠員の補充ですね。

そこはルードヴィゴさんと打ち合わせてください」


 キアラはうなずいたあとで、じっと俺を見ていた。

 何か聞きたいことがあるのかな。


「キアラ、何か聞きたいことがありますか?」


「事故の責任を大臣にとらせますの?」


 普通の封建社会ならそうなる。

 だが、そんな気はさらさらない。


「もし、露骨な怠慢があればそうですが、彼は誠心誠意やってくれています。

事故調査の結果を踏まえて、さらに良い仕事をしてくれると思っていますよ」


 失敗イコール首。

 そんな社会で失敗を恐れるな……と言っても無理がある。

 だから、失敗や問題が起こったら、それをもとに改善してくれれば良い。


 転生前によくあった犯人を捜して終わり。

 そんなことをする気などない。

 人はミスをするもので、システムを改善しないと同じミスを繰り返す。

 過重労働を課してミスしたら、その人の責任なんて馬鹿げている。

 だから、事故や問題が起こったらシステムの問題を調査して修正する。

 

 俺ができることはそれだけだ。


 転生前に、大事故を起こした当人に、責任をなすり付けた経営者がいた。

 そんな人がトップの企業風土は、ミスした従業員をさらし上げて、懲罰を加えていた。

 確かに見た目上の収益は上がっていたが、砂上の楼閣でしかない。


 ロシアンルーレットで、今まで弾が入っていなかっただけだ。

 そして、ミスの隠蔽などが横行した揚げ句、大事故を起こす。

 事故のあとですら、俺たちは悪くないと組織的に隠蔽を図る。

 そんな組織は、部下に懲罰を与えて、仕事をした気になる管理職だけが増えていく。

 精神論でミスなど減りはしない。

 ロシアンルーレットで、弾が発射されたことに、当人の注意が足りないと言うようなものだ。

 事故が起こる組織で、その場にたまたまいたのが、その人だっただけのことだ。


 実に馬鹿馬鹿しい。

 転生してまで、そんな社会をつくるなんて御免被りたい。

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